八日目。
「今日は寝ない」
部屋に顔を出した南泉へ、勢いのままにした宣言が正しく伝わっていない事に気づいて言い直す。
「寝転んでじゃなく、起きたままで霊力供給する。その方が俺の負担が小さい。いいな?」
「おまえがいいならいいけどよぉ」
横になった方がラクって言ってなかったか、と首をかしげる南泉を勢いのまま押し切る。山姥切の体としては寝た方がラクだが、精神的にいけない。南泉の布団で上からのしかかられれば、南泉の匂いに包まれ抱きしめられ愛おしまれている気に勝手になってしまい、どうにも逃げ場がない。おそらく山姥切の認識が、布団でくんずほぐれつすればセックス、となっている。そこに双方の感情は無関係だ。つまり、この霊力供給をセックスだと誤認識しないためには、布団に横たわらなければいい。
「いいから言ってるんだよ。ほら、ちゃっちゃと吸え」
「布団敷くから待てよ。膝」
「痛くないから! いいから、早く」
わざと布団を敷かなかったのだ。それなのに南泉は、膝が痛いと戯れに告げたことさえ覚えている。板張りでもなし、畳の上なのだからたいした負担はない。これくらい刀剣男士の身になんの不都合もない。わかっているだろうに、南泉は勝手に座布団を自分の両側に置いた。南泉の脚をまたいで座布団の上に膝を置く。礼を言おうとして、なんとなく悔しくて山姥切が悩んでいる間に胸元がはだけられる。冷えた空気にふるりと震えた腕ごと、抱き寄せられた。
南泉の食事は、山姥切の乳首を舌でねっとり舐めることから始まる。
むき出しの、南泉に吸われることを待っている胸元に顔を近づけ、舌先にたっぷり唾液を絡め、何もしていないのにすでにふつりと尖った乳首の先に押しつけるよう、舌をひっつける。そのまま先端の穴をえぐるよう舌でぐりぐりする時もあれば、ふやかすように舌全体でおおってしばらく待つ時もある。腰を引いて逃げないよう、両腕が背にしっかり回されているのは山姥切が望んだからだ。動かないように押さえろと、過去確かにそう告げた。だからどれだけ胸の先がうずいても、腰がしびれても、身をよじって逃すことができない。それでもふるえる肩甲骨や背骨を、なだめるようにゆっくり指がはう。ぞわりとした感覚に山姥切の肩や腰が跳ねるたび、南泉の口から乳首がこぼれだす。
「山姥切」
南泉はけして無理強いしない。これがイレギュラーだと、特別対応だと知っているから。本来なら不要な霊力供給につきあわせていると理解しているからこそ、山姥切が望まないことはけしてしない。
だから南泉は待つ。拒めば、止める。もう与えられないと告げればそうかと受け入れるだろう。
「……吸いなよ」
だからこれは山姥切が望む行為だ。そう、なってしまう。二振りの間では。
じっと待つ南泉の口元に自ら胸を近づけ、ぷくりと頭をもたげた乳首で唇をつつき、そのぬるい口内に入れてほしいと請わねばならない。ゆっくり開く唇を肌で感じ、ぬめった舌に迎えられ、押しつぶされ、ピンピンに尖り乳をため込んだそこをちゅうちゅう吸われたいのだ。
そう、山姥切は行動で示さねばならない。でないと南泉は食べないので。霊力供給が相手の負担になっていると思えば、すぐさま刀解を選ぶので。ひどい刀だ。
恥じる行為ではない。なかった。
体液を飲まれるのは霊力供給で、胸から出るのも男の乳を吸うなど気の毒だと思うだけで、山姥切の身体に支障などない。そのはずだった。
確かに最初は、そうで。
いつからだろう、吸われる乳首のむずがゆさが笑い飛ばせなくなったのは。気楽に本でも読むよ、なんて無理に決まっている。乳首から霊力を含んだ乳がでるたび、腰が跳ねる。
南泉に霊力を与えるための行為が、知らぬ間に山姥切が快感を得る行為になっている。これは霊力供給で、食事で、けして性行為ではないのに。気持ちよくさせようなんてかけらも思っていないだろう行動で、勝手に悦くなってしまっている。恥ずべきことだ。お互いそのつもりならまだしも、こちらだけが勝手に快感を拾っている。こんなに己がいやらしい肉体を持っていたなんて山姥切は知らなかった。ずっと知らないままでいたかった。
山姥切に己のあさましさを知らしめた刀は、飽きもせずやんわり乳首を食んでいる。
ぬめる舌に自らぷくりと膨らんだ乳首を押しつければ、よしよしと背中を撫でられる。やめてほしい。これが褒められる行為だと、南泉に乳を吸われることが正しいのだと、身体が勝手に学習してしまう。山姥切の学習能力の高さを甘く見るな。
逃げる身体を諫め、揺れる腰を支えてくれる腕が助かると思っていた。けれど今は、手持ち無沙汰なのか背を這いまわる指先を意識してしまうから困る。支えてくれる手のひらが熱くて、寝間着越しにじわじわ熱が伝わる。南泉の足を跨いでいるから、力が抜けると膝がすべってどんどん股が開いてしまう。だらしない。はしたない。座布団が畳の上をすべり身体が落ちる。
「しっかり立てよ。もう疲れちまったか?」
「まさか」
必死で平坦な声を出した。
胸の先からピリピリ伝わり、腹や腰、山姥切の体内でうごめく熱がどんどん溜まる。指先がしびれてうまく動かせない。南泉の手が、唇がふれる部分が溶け落ちてしまいそう。内側から火で炙られているように熱い。口の中も熱気がこもっているから、吐く息まで熱い気がする。なるべく南泉にかからぬよう顔をそむければ、すいと耳たぶをなでつけられ「熱いにゃ」と笑われる。
かくんと膝の力が抜け、南泉の太ももの上に座り込んでしまった。尻たぶをつかまれそのままぐいと持ち上げられる。思わず上げた声が突拍子もなかったからおもしろかったのか、ケラケラ笑いながらそのまま尻を揉まれた。男の尻など硬いばかりで楽しくなどないだろうと言うのに、おまえの反応込みでおもしろいなどとふざけた返答を。ちくしょう。こんなものただの肉だ。ふれられているという感覚があるだけだ。そう思うのに、そのはずなのに、乳首を吸われながら尻を揉まれれば尾てい骨がビリビリする。南泉の両手が尻をぐにぐにひっぱり、秘められているはずの穴まで共に形を変える。意図なく、寝間着越しに指先がそこに当たっただけで、山姥切は息をのんだ。
あの日、そこから南泉が入って。
山姥切の奥の奥、胎の中までぜんぶ。南泉がふれてない場所などないほどふれて、濡らして、あふれんばかりに精液を注ぎ込んだ。出すなと命じて栓をするよう体内にとどまり、南泉のものが復活すればまた動いて。
膝が滑り体が落ちるたび、ぺちりと尻を叩かれる。
「ほら、もうちっとだからがんばれ、にゃ」
いたずらした幼児ではないのに、なんたる屈辱。なのに。それなのに。
背筋をたどり、尻を揉みしだき、また上に戻ってうなじを撫でてから耳をひっぱり、そのまま耳の穴に指先を入れられる。身をよじって逃げたいのに、南泉の腕は山姥切を閉じ込め、あまりにも動けば暴れるなと尻をぺちんと叩かれる。下着と寝間着越しだから痛みも音もたいしたことないが、だからこそ、軽い注意でしかないとあからさまな。それでも身をよじれば南泉の口から乳首が飛び出し、その場で待つ舌に自分で寄せねばならないのだ。吸え、と自ら乞いながら。
ああひどい。なんてひどい刀だ。情け容赦もない。
これは南泉から請われた行為だから、と言い訳すらさせてくれない。
ふくらみなどない胸部にがぶりと噛みつき、上あごと舌で固く尖った乳首を扱くように吸われる。腹の底が波打ち、指の先がピリピリとしびれ、また足の力が抜ける。
本当に?
本当に、我慢できないくらい? 耐えられないほど?
尻ごと持ち上げられたくはなかったか。軽く叩かれ、腕の中で揺さぶられ、山姥切と耳に声を流し込まれたくはなかったか。ほんのひとかけらも望まなかったと、おまえはそう言えるか。南泉の目を見て、堂々と。
吸いにくいにゃ、の声に求められているなんて誤解を積極的にして。山姥切が与えなければ南泉は誰からも奪おうとしないと、思い込もうとして。
ぐ、と唇に力がこめられ一気に霊力が流れ出す。胸の先、パチパチと小さな火花がはぜるような軽い痛みが生まれ、南泉の唾液を塗りこめられることでとたんムズムズかゆみを帯びる。ぐりぐりと執拗に乳頭を舐め、穴に舌先をねじ込まれた。
あ。
あ。あ。あ。
「山姥切」
名を呼ばれた。呼気が、名の分の吐息が、たっぷり濡らされいたぶられた胸の先をすうとかすめ、すぐさまきゅうと歯を立てられる。これがお前の名だ。お前だ。そう告げるかのように、刻むかのように、刃が。山姥切の胸の先、ツンと尖った芯を甘やかし嬲り愛おしんだ舌が、唇が、ひたすら情だけを供に。
一方的に吸われているはずなのに、与えられた。
身体中、四肢の先、爪の先から髪の毛一本一本まで。山姥切の全身を巡りひたひた侵していたなにかが、寄せては返す波であったはずのそれが、方向性を与えられ一気に集中する。流れ出す。ごうごうと耳の奥に響く音は世界から山姥切を切り離すのに、どうしてか目の前の男が呼ぶ己の名だけは拾い上げる。
待て、と。言葉にしたつもりだが口は動いただろうか。開いたままろくに動かない唇からでるのは、情けない母音のみ。せめて首をふろうと必死で力を込めるも、どこに力を入れれば動くのかよくわからない。かくんとのけぞる頭を支えられ、力の抜けた腰ごと太い腕で抱え込まれる。
でた。
この感覚に似たものを知っている。ここまでとんでもなくはなかったが、若い男の身を模した姿ならそれなりに親しみのある快感。己の性器から精液がでる、それが。今。
南泉に霊力供給するため、現在の山姥切は射精できない『設定』だ。なんせ二振り分の霊力を身の内に溜めねばならないのだから、無駄撃ちしている場合ではない。だから陰茎は硬くなっても射精はしない。乳首から霊力という名の乳が出る期間はそのはずで。だから。なのに。
確かに射精の快感を得た。だというのに理性はまるで戻らず、心の臓は忙しなく打ち、熱がまだ全身を駆け巡っている。
「汗、すげぇにゃ」
南泉が胸元から唇を離し顔を上げる頃には、山姥切の腰はとっくに砕けていた。ずるり、膝がすべり後ろに倒れる勢いをなんとか腕をついて殺す。殺そうと、する。できただろうか。
背を支えていた腕ごとついてきた南泉が、重力に従ってどしりと上にのしかかってくる。重いよと告げたはずだが、声はまともに届いていない気がする。あまりに堪えるばかりで、音の出し方があやふやになってしまった。
ふわふわと鼻先をくすぐる金色がくすぐったくて顔をそむけようとすれば、また呼ばれる。
「山姥切」
こんな声だったか。
肉体を得たから、響きが違うように聞こえるのだろうか。
「こっち向け、なあ」
山姥切が動くのが待ちきれなかったのか、分厚い手のひらが頬に添えられ固定される。やわらかな金糸がまぶたをくすぐるから、目が開けない。こそばゆい。汗で額にはりついた髪の毛がすいとかきあげられる。
どこもかしこも、己が思うように動かせない。指先のしびれは治らず、肌は南泉の寝間着がこすれるだけで粟立った。腹の底、へその裏側から尾てい骨まで丁寧に丁寧になめされたような気がする。ずっと、山姥切の内側はいぶされている。
「み、ちた……かな」
おまえは満たされたか。きちんと、霊力を得たか。飢えてはいないか。確たる存在としてここに、山姥切の前に存在しているか。
「おお、満足してんぜ。いつもにゃ」
ゆっくり押し入ってくる舌と流し込まれる唾液を受け入れながら、山姥切は未だ落ち着かない身体を抱え混乱していた。射精の快感を得た実感はあれど、常なら訪れる賢者タイムがこない。出せば気持ちよく終われるはずなのに、快感が体の中で渋滞しそこここで事故を起こしている。
これが。こんなとんでもない快感が、あと二回も?
明日も、明後日も、こうなるだろうとわかっていて南泉の元に来なければいけないのか。いや、日を追うごとに山姥切の身体はより快感を得ている。今日でこうなら、最終的に自分はどうなってしまうのか。
というかここまでされてしまって何だが、布団に寝る寝ないは関係なかったな? この馬鹿があまりにこちらを思いやった甘やかしをするから、これもうセックスでいいよと脳が勝手にオッケー出してしまってるだけだな??
山姥切は動けなかったので仕方なく、南泉に布団を敷いてもらいそのまま一緒に寝た。
熱は、どこにも散らずずくずくと胎の中に溜まったまま、山姥切を形作ってしまう。
◆◆◆
「終了?」
「そ! がんばってくれてありがとうね、山姥切! 思ってたよりうまくいったみたいでやっと南泉のパスつながったよ~」
だから霊力供給もおしまいね。
ありがとうと労わられながら告げられた事実に、喜びより先に惜しむ心が沸いた己に愕然とした。
いいことだろう。よかったね、と祝うべきだ。これでもう南泉は体の不調もなく、万全に、刀剣男士としてこの本丸で健やかに過ごせる。それを山姥切も望んでいたはずで、昔馴染みの不幸などけして。だけど。
あと二回はあったはずだろう、と口走らなかった己を褒める。
自室に閉じこもっていても南泉は顔を出さないし、今夜からは山姥切も訪れない。そうする理由がない。
なんの用もなく傍に行き語らい過ごすには、先に理由を積み重ねすぎた。顔をあわせる用事がなくなった時点で身動きが取れない。内番でも出陣でもなく顔を合わせるのが霊力供給しかなかったから、それを失えばとたん山姥切は南泉に近づけなくなった。
せめて祝ってやると酒でも用意し二振りでと思いつくも、すでに同部隊の男士に誘われていた。そりゃ毎晩見ていた新鮮味のない顔より、これから仲を深めたい相手と飲みたいだろう。せっかく食べたものが全て自身の霊力として巡る様になったのだから。
理解はできるがやるせない。本来なら今晩も、明日も、南泉は山姥切のもとに居たはずなのに。
「いや、何を考えてるんだ? これじゃまるで俺が寂しいみたいな」
言葉にしたことを後悔した。形に、声にしてしまえば耳に入る。内に響く。説得されてしまう。たゆたっていたあやふやしたものが、山姥切の中で確固としたものになってしまう。
寂しい、と自覚してしまった。
山姥切は審神者間で噂されているほど情緒がないわけではないので、というか本霊からして付喪神的にありえないほど感情豊かな部類なので、寂しいという気持ちを知っている。そうでないなら己に与えられた愛である山姥切という名をここまで大切にし、守ろうなどとしない。そして己がそう感じることも許している。感情に正も負もない。あるのは動きで、己の内で留まる限り山姥切はそのすべてを抱えると決めている。
けれどこれは違う。いけない。
本丸に南泉がいなかった、居たけれど猫殺しくんと呼ぶことを拒まれた、わかる。これなら寂しい。
けれど、南泉が山姥切を一番に優遇しなかったから、などと。これは違う。自分たちは別にそんな関係ではない。山姥切は確かに南泉を古馴染みだと親しく思っているし、からかえばにゃあにゃあ怒ってくれるのもかわいいと好ましい。南泉も口ではああだこうだ言っても、山姥切を身内認定しているのを知っている。他のものには許さぬ距離を許しているのも。
だけど一番ではない。特別ではない。約束せずとも必ず最初に優先される立場ではない。
それなのに寂しいと感じるなど、山姥切が間違った認識を抱いてしまったにちがいない。
ダメだ。こういうときは頭を空っぽにして寝てしまうに限る。夜にする考え事はろくなことにならないと、誰かが言っていた。こんのすけだっただろうか。
手っ取り早く寝るにはこれか、と胸元に手をかけてから、いやいやと裾を割る。男性体の自慰に胸は不要。いいな? 己に言い聞かせながら下着に手をかけ、まだ兆しもしていない陰茎をゆるく握った。身じろぎしたからか寝間着が肌をかすり、ぞわりと性感が目覚めた。もう山姥切の『設定』は元に戻された。成人男性の身を持つものとして、問題なく陰茎から精液を出す。胸からは何も出ない。それなのに。
少し乱暴にこすりあげれば、みるみる昂り硬くなる性器。何も考えず、ただひたすら手を動かせばいい。それだけで出る。射精してしまえばこの煮立った頭も、落ち着かぬ心も、すべて冷え以前に戻るはず。
荒い息。布がこすれる胸元は、以前はなかった。こんなふうに芯をもち、ピンと尖ったりなどしなかったのに。山姥切を裏切り勝手に膨らむ先端を、寝間着に自らこすりつけるように動いてしまう。ダメだ。違う。なんで。
陰茎を握っていた左手が、胸元にきていた。指先が勝手に動く。親指と中指が乳輪からつまむようにぎゅうと引っ張り、人差し指が乳頭をはじいた。
知ってる。似た動きを山姥切は知っている。南泉の口の中、歯をたて舌で弾かれうずく胸。気持ちいいと答える代わりに乳が出ていたのを、今の山姥切は否定できない。感じたらいっぱい出る、なんて。吸わずともとろとろこぼれていく乳を、南泉はどう思ってみていたんだろう。もう何もでない胸が、どうしてこんなに。
爪を乳頭にきゅむと立てたとたん、久方ぶりに射精した。
どこにも出口がなく身体中にうごめいていた熱がやっと放出された山姥切は、安堵の息をつきつつ布団にたおれこんだ。手を拭かなくてはひどいことになる、と頭の隅で思うも今は動きたくない。昨日までなら南泉が寝床を整え運んでくれたのに。南泉の匂いに包まれ、あたたかな体温に抱き込まれ、がんばったな助かるサンキューにゃなんて労われながらキスされて。
……いや、めっちゃ甘やかされてるな??? 布団に運ぶまではまだしも、霊力不足じゃないんだからキスされなくていいしそのまま寝落ちる必要ないな??!?!
しん、と冷え切った自室。よく知る柔軟剤の香り。手はまだ精液でべたついていて、爪を立てた乳首はジンジン痛い。歯を立てられても弄られても、そのあと舌で優しく舐められ甘やかされれば大丈夫だったのに。
「……っは」
唇が冷たい。
キスがない。
「今、かよ」
八日前なら戦略も練れただろうに、五日前なら口説く期間もあったろうに、三日前なら勢いで押し流せただろうに。身体以外の関係性を結ぶことをサボっていた山姥切にはこれからとれる手段が少なすぎる。
まあしかし、少ないといえ手段がないわけではないので。
「猫殺しくん、ちょっといいかな」
「おう、どうした」
山姥切は己の気持ちに気づいた勢いのまま南泉の部屋に押しかけた。しょっぱな霊力供給で世話になったと思っているのか、この本丸の南泉は噂に聞くより山姥切に対するあたりがやわらかい。とりあえず夜に部屋におしかけても嫌そうな顔をされない。
正しい仲間としての距離感。よき本丸の同僚。
だけどそのままでは山姥切の望む未来に舵をきれないので。安寧の内にたゆたうよりも乱世での勝ち馬を狙うのが本歌山姥切なので。
きれいに整えられた襟元をひっつかんで、両腕にぐいと力を込める。ざまあみろ、おまえばかりが乱せると思うなよ。
これは宣戦布告で、恋の告白で、けしてけして霊力供給ではないので。
「色気より食い気だなんて、かわいいものだね?」
ふれあわせた唇を親指で拭って、にんまり笑ってやれば、金緑の瞳がぱちぱちとまばたきした。まつげがけぶってかわいい。どこか推さなさを感じさせる、無防備ないとけない表情。まさか山姥切にこれから口説かれるとは思ってもいないのだろう。
「ここから俺を意識させてやるから覚悟しておけ」