いっぱい食べるキミが好き 2 - 1/3

「山姥切ぃ~、もうちょっとだけ南泉に霊力供給してくれん? 霊力パスつながるまでの間だけ!」
「……先日のあれ、俺の負担がかなり大きかったんだが」
「うん、だから担当さんとも相談して、その間は山姥切の乳首から霊力出るようにしてもらうから!」
「は? ……は? 主??」
「やっぱ唾液とか涙だと量足りないし、時間もかなりかかるらしーのね。毎日三時間キスしっぱなしとか日常生活に支障をきたすってやつじゃん。血は継続的だとヤバいでしょ。手入れしたら傷は治るってもちょっと猟奇的だよね、コップに入れてもトマトジュースにはならんし。あと山姥切にばっか負担かかるってなってさ、南泉が刀解希望しても悲しいし」
「いや、待て。待ってくれ。乳首? 百歩譲って女体型ならまだしも、俺は男体型なんだが!?」
「だいじょーぶ! 審神者界隈での山姥切乳首からおっぱいが出るかもしれない認識、八割超えてっから!」
「おかしいだろう! せめて指先とか、出るにしても他にあるだろ!!」
「やっぱ山姥切も付喪神だな~。すっげえ人の身に慣れてますって感じだからちょっと意外。親しみわいちゃう! あのな、実は人体って、指先から液体は出ねえんだよ」
「知っているが!? そして俺の胸からも何もでないな!??」
「なんか認識が大切らしくってさ、そうかもしれないな、が五割超えてないと政府も無茶できないって。で、山姥切の指先から霊力が出る、より胸から霊力含んだおっぱいが出る、の方が認識高かったらしいよ」
「らしいらしいってどこの情報かな」
「時の政府アンケート。公式」
「……胸、以外の選択肢は」
「え~、乳首からなら三十分ですむらしいのに。後は前か後ろかかな。どっちかっつーなら俺としてはまだちんこの方が」
「胸で! ……胸で、よろしく、頼むよ……」
「オッケー! 十日くらいでなんとかなるらしいし頼むな!! いや~よかったよかった。さすがに了承とらずにスカはね、まずいよな。二振りがいいなら俺は気にしないけど」
 という経緯により、期間限定で山姥切の胸からは霊力のこもった液体が出ることになった。けして母乳ではない。乳首から出る上に南泉にとってはある意味食事だが、絶対に授乳などしない。
 後日『スカ』という単語が何を表しているのかひそかに調べた山姥切は、心底、この時の己の判断をたたえた。

 

◆◆◆

 

 一日目。
 よお店開いてる? 的な勢いで部屋に乗り込んで来た南泉が、ちゅちゅっと吸ってじゃああと十日よろしくなと去っていった。蕎麦屋かな??
 正直肩透かしというかなんというか、初回に流されセックスまがいまでしてしまった経験から、もっと大仰な事になるんじゃないかと思っていた。絶対に挿入はしない、と気を張っていた山姥切は少々空回りだ。
 乳を吸われながら三十分は長い気もするが、夕食だと思えばそんなものだろう。あまり早食いしても胃に負担がかかるかもしれない。顕現当初、鯰尾が先輩面してそのような事を言っていたし。
 明日からは本でも用意しようかな、と山姥切は布団に潜り込みながらのんきに考えた。

 

 

 二日目。
 図書室で本を借りたついでに南泉の部屋を訪れた。出前かよ、と目をぱちぱちさせるので、まだ注文していないだろうと笑い飛ばしてやる。ちょっと乳を吸われるくらい、どちらの部屋でも大差ないだろうに。
「俺が膝立ちするのと猫殺しくんの胡坐の上に座るの、高さは同じくらいなんじゃないかな」
「重さが違うんだよにゃー。おら、立て立て」
「早食いはよくないといえ、三十分じっとしてるのヒマなんだよね。キミはしゃべれないし」
「口つかってっから仕方ねえだろ。そのために本持って来たんじゃねえのかよ」
 膝立ちで三十分どころか二時間でも三時間でも苦はないが、それはそれとしてあいさつ代わりに嫌味とからかいは口にしておきたい。膝に座らせろとわざとらしく童ぶれば、鼻にしわをよせて嫌がられる。期待した通りの反応を返してくれるあたり、律儀なことだ。
 うんざりといった気配を隠しもしない南泉は、さっさと布団を敷いてその上に座り込んだ。
「ほら、畳に直よかちったあマシだろ」
 ひざが痛いとは言っていないが、気の遣い方がかわいかったので山姥切は素直に傍に寄った。

 

 

 三日目。
 昨日は来てもらったから、と山姥切の部屋を訪れた南泉はなぜかまんじゅうを手にしていた。
「なにこれ」
「手土産」
「……猫殺しくん、誰かの部屋を訪れるたび手土産持参してたら破産するよ。今度博多のお金の使い方講座に参加する?」
「ちっげーよ! おまえが腹空かしてっから」
「さっき夕餉が終わったばかりだが」
「知ってる。でも足りてねえだろ」
 オレに与えてるせいで。続けられた言葉はその通りだったので、山姥切はあっさり頷いた。
「霊力供給してるからだろうね。量も増やしてもらってるんだけど、一度に食べられる量には限度があるんだよ。まあ十日ほどだし。そういうことならありがたくいただこうか」
 こういうところがかわいいんだよ猫殺しくんは、と後方古馴染み面をしながら胸元をはだけ傍に寄る。南泉の足をまたいで膝立ちになり、頭を胸元に抱えながら本を開いた。
「あ、まんじゅうもこっち持ってきたらよかった」
「人の頭の上で食うんじゃねえ」
 もっと文句がでるかと思ったのに、南泉はぱくりと胸に口をつけてしまった。これで今日の会話は終了だ。
 顕現したばかりの南泉は忙しい。練度上げだけでなく、内番だなんだと本丸内のあちこちにひっぱられ、ろくに顔も合わせない。縁側で昼寝をすると噂で聞いていたのに、そんな姿見たことがない。執務室で書類をさばいている山姥切とはきれいに活動範囲がずれていて、だから今、この霊力供給の時間が唯一だというのに。
 終わったらまんじゅうを一緒に食べようと誘おうか。あまり遅くならなければ大丈夫だろう。なら早く吸い終わってくれれば、とふと胸に意識を向けた。
 ちくり。何かが胸の先に集まり、吸いだされていく感覚。
 じわじわと温もりが動き、生暖かくぬめったものにきゅっと挟まれ胸の先から出ていく。
 あ、これ陰茎吸われた時と同じだ。そう気づいてしまったとたん、背筋がぞわりとした。
「っ、あ」
「んだよ」
「いや、なんでもない」
 ちがう、いや、ちがう。同じではない。あれは精液を、霊力のこもった体液をだそうと舌で唇で口内で、しごいて舐めてしゃぶってしたから。でも今だって求められているのは霊力で。体液が出るようにバージョンアップした山姥切の乳首から、出るように。だから出てる。出てるんだ。だってもう二日間も飲んでる。山姥切の乳首を、あの日の陰茎の様に、舐めて吸ってしゃぶって、なんせん。南泉、が。
 人の身をとって以来初めての、いっそ暴力的な快感を思い出す。
 あれと同じことを、今、南泉はこの胸元でしているのだと。理解し、思い出し、リンクした。してしまった。
 一度得た快感は、忘れたフリをしてなかったものにしていたはずの快感は、あっさり山姥切の肉体に舞い戻り記憶の蓋を開く。乳首なんて肌の延長、気持ちよくなるはずがない。そう思うのに、そのはずなのに、あの日南泉に与えられた快感の記憶が山姥切の脳を揺らす。
 南泉の舌が、唇が、気持ちいいものだとあの日学んでしまった。
 脳が気持ちいいと判断するのを、身体の感覚でねじ伏せる。胸なんて、乳首なんて気持ちよくない。さわっても腕や腹と何も変わらない、だから触れられてもなんともない。感じるわけがない。これは頭が勝手に記憶をさらっているだけで、実際の肉体はなにも感じていないんだから。
 おそらく、感覚をシャットダウンすべきだった。遮断してしまえば気にすることもない、己と無関係のものだと切り離してしまえば。
 けれど山姥切はねじ伏せようとした。そんなものに負けまいと、己の身体に勝手は許さぬと、胸の先で生まれたものは快感ではないと否定しようとして。
 記憶を事実で押し殺すため、意識を胸に集めた。意識すればより感覚を拾う。鋭敏になる。そんなもの思い出すまでもない道理だろうに。
 やわ、と唇で食まれ、舌がほめるように先端を撫でちゅくちゅく吸われる。そのたび胸の先からほのあたたかいものが流れ出てくるのを、我がこととして山姥切は実感した。ようやく。
「……っ、う」
「ん? どうした」
「いや、意外な展開でつい声がもれてしまっただけだよ」
「へえ。おもしろいなら今度貸してくれ」
 本は二ページしか進まなかったし、乳首が妙に赤くなってしまった。

 

 

 四日目。
 山姥切は戦に赴くかの勢いで南泉の自室に突撃した。
 昨晩のあれは気のせい。風呂で気持ち胸を意識して洗ってみても、いつも通りで特に何も感じなかったのだから問題ない。本が進まなかったのはちょっと小難しい箇所だったからだ。うん、そうそう。
 いつも通り南泉の前に膝立ちになり、胸をさらす。これ自分から吸ってって請うてるみたいだな、と考えてからあわてて首を振った。その思考はまずい。なんだかわからないがダメな方向に向かいそうだからやめよう。敵前逃亡じゃない、戦略的撤退というやつだ。
「っ!??」
 南泉の唇が胸に触れたとたん、ビリビリと電流が走りつい腰を引いてしまった。空いた距離にぽかんとしている顔が見える。口が半開きで、これから動こうとしていたんだろう赤い舌がちらりと見えた。
「違う! いや違わないが、違う。待て。ちょっと整理するから」
「お、おう? わかった」
 何がわかっているのか、とりあえず頷いているだろう南泉を放置して山姥切は頭を抱えた。違うってなんだ。整理も何も、今起こったことは一つしかない。山姥切は乳首にとんでもない衝撃を受け、とっさに逃げたのだ。
 は? 逃げ? この本歌山姥切が逃げた???
 あまりの解釈違いに出陣したくなる。この憤りは敵をぶった切ることで晴らすしかない。いきなり殺気を漂わせる腐れ縁をなだめるためか、南泉の手がよしよしと頭や背を撫でてきた。幼児扱いどころか馬を落ち着かせる手付きだが、気がそれて殺気は消えたので良しとする。
「どうしたよ。無駄怒りか? 思い出し殺気はやめとけよ、誰か駆けつけてくんぞ。にゃ」
「俺の怒りは無駄ではないし、勝手に思い出し笑いと同じカテゴリに分けるな」
 わざとらしくにゃあなんてつけてもちっともかわいくない。あれは自然に出てしまい顔をしかめるまでがセットでかわいいのだ。
 それでも、なだめようという意思はありがたかったので山姥切はなんとか怒りを散らした。本丸内で騒ぎを起こしたいわけではなし、今駆けつけられてもどうしようもない。乳首に異変を感じて逃げた己が許せなかったので、と説明してはたして理解されるものだろうか。理解されてもそれはそれで腹が立つ気がするな。
「……よし。猫殺しくん、腕をこう、俺の背にしっかり回して。俺が逃げても押さえつけてしっかり吸うように」
「待て。痛みがあるのか?」
「痛くはない」
 反射で身を逃がしてしまうのは仕方ないので次善の策をとろうとすれば、南泉は探る様にじっとり睨んでくる。察しが良くて何よりだが、今回ばかりは愚鈍になってほしい。まさか山姥切が乳首の感覚を警戒しているなどと思わないだろうから、大丈夫だろうが。
 おそらく風呂で胸をこすりすぎたせいだ。何かあるのかとゴシゴシ強く洗ったから、少し常より刺激に敏感なだけで。だから明日なら大丈夫。今を乗り切れば、時間をおけば元通りだから。
「猫殺しくん、俺は嘘をついてないよ」
 むりやり乳首を口に押しつければ、ため息と共にひやりとした感触。
 チロチロと先だけを舌先で舐め、濡れたそこに吐息がかかる。思わず引いた腰は力強い腕で留められた。
「痛い時はぜってぇ言えよ」
「もちろん」
 痛くはないのだ。
 だからこそ、問題で。
 少しでも身を引かないよう、南泉の頭を抱えた。ふわふわした感触が頬にあたりくすぐったい。かわいい。風呂に備え付けのシャンプーの香りの下、ほんのり汗の匂いがした。よかった、南泉も汗ばんでいる。山姥切だけじゃない。
 妙にのどが詰まって息がしにくいから、大きく空気を吸った。深呼吸をするつもりだったのに、吐く息がとぎれとぎれになってしまう。ピリピリしたむずがゆさが胸から順に広がり、ゆっくり四肢に広がっていく。ちゅ、と吸われるたび跳ねそうな肩をぐっと押しとどめ、荒い呼吸が南泉に当たらないよう顔をそむけた。常よりずっと熱く湿っている。こんな吐息を、知られたくない。
 霊力と共に気力も吸われているのだろうか。胸から体液が抜けていくたび、足の力も抜けていく。踏ん張りがきかず、膝がずるりと滑った。急に腰が落ちたから、南泉の口から乳首が飛び出そうになり歯がひっかかって。
「ひっ!?」
「悪い! 噛んじまったか。血はでてねえけど」
 口の中でやわやわふやかされ甘やかされていた乳首を襲った、エナメルの硬い感触。怪我がないか調べるためにはわされる、南泉の指先。指の腹でそっと押され、優しくひっぱられ、血がでていないか痛みはないかと上から下からじっくり観察される。く、と乳頭を押し込まれればぷちゅりと音がして、あまりの羞恥に山姥切はめまいがした。
 今は吸われていないのに、出ている。早くとねだるように先端からじわりとにじんだ乳が、南泉の指先を濡らしはしたない音までたてている。
 歯があたらなかった方の乳首がじんじんする。南泉の指に弄られている乳首が羨ましくて、せつなくて、こちらもとピンと張って主張している。痛い、と言えば撫でてくれるだろうか。まだ触れられてもいないのに芯をもった先端を、ひねってひっぱって弾いて、思うさま意地悪されてから優しく舐められたら。そうしたら。
「切れてはねえにゃ」
「も、んだいないから! 早く吸ってしまえ」
 そうしたら、どうなる。
 吐き出した山姥切の声は必要以上に湿っていなかっただろうか。妙に上ずっていると、怪しまれなかっただろうか。
 本は、開くこともできなかった。