いっぱい食べるキミが好き 2 - 2/3

 五日目。
 一晩おけば、昨夜の件は別に大した問題ではないなと山姥切は切り替えた。
 南泉としては霊力が得られればいいだろうし、その過程でちょっと山姥切が気持ちよくなっても誰に迷惑をかけるでもない。まあ南泉は気まずいかもしれないが、気づかないふりをするくらいのデリカシーはあるだろう。おまえがデリカシーを語るな、と言われそうだが口に出していないので当然南泉は突っ込めない。
 意気揚々と南泉の部屋に乗り込んだ山姥切は、早いにゃ、などと首をかしげている部屋の主を後目にさっさと布団を敷いて宣言する。
「今日は寝転んでするよ!」
「いいけど、どうした」
「その方がラクだろ。ほら、寝て寝て」
 昨夜、最終的に山姥切の腰はがくがくだった。気力だけでなんとか立ち上がり自室に戻ったが、正直這って歩きたい気分だった。おそらく膝立ちがいけない。南泉の両足をまたぐ態勢のため、膝が滑って足の上に座り込まないよう必要以上に力を入れているのだろう。だからがくがくするのだ。なら最初から楽な姿勢をとればいい、からの本日の提案である。
 乳首をいじくられて気持ちよくなったのは良しとしたが、足腰がたたないのは許せない。まるで山姥切が軟弱であるかのようだ。山姥切は失敗から学べる刀である。今日こそ、スマートに南泉の部屋から去るのだ。
 一振り分のスペースを開けてころりと横になる南泉の隣に滑り込む。胸元をくつろげようとしたとたん、南泉の腕が襟の合わせから滑り込んできた。背を撫でながら、肩から寝間着をおとしぐっと引き寄せられる。
「今日もぎゅってする方がいいのか、にゃ」
「え、ああ、うん。そうだな」
 ぎゅ、などと妙にかわいらしい表現をされて驚いた。ジタバタしたら吸いにくいだろうから押さえろ、がえらくかわいらしくなったものだ。まあ別に嫌なものでもなし、構わないけれど。
 そっと両手を南泉の後頭部に回し、撫でてみる。やっぱりふわふわだ。見てるよりずっと。
 ちろ、と乳首に濡れた感触がして山姥切はくっと腹に力を入れた。大丈夫、動かない、我慢できる。ピリピリするけれど覚悟していたからいける。横になっているから足とて今日は問題ない。
「あっ、……え?」
 いきなり胸の先、ツンと尖っている部分に痛みを与えられ思わず声をあげる。
 南泉の歯がきゅっと乳首を挟み込んでいた。そのままきゅんと引っ張られ、跳ねるように口から飛び出す。全身にぐっと力を入れていないと大声で叫んでしまいそうだった。腹の奥がきゅっと縮まる。
「やっぱな。昨日ちょっと乳首押したときの方が出がよかったんだよにゃ」
 背を撫でる手だけは優しく、いっそ無邪気に南泉は笑った。
「吸われる時間短い方がおまえもラクだろ」
 軽く歯をたてられた跡をたどる様に舌が動く。歯のあとに凹んだ部分にぐりぐり舌を押し込み唾液をまぶしつけ、口の中に乳輪ごと迎えいれてじゅうと吸いつく。
 勉強した、と得意気に胸を張る南泉はかわいかったし、山姥切への思いやりで行動したのも優。だけど。赤子の乳の吸わせ方とか! 方向性は間違っていない。乳首から出る液体を吸うのだから赤子先輩に学ぶのは正しい。だろうけど、理解と納得は別なのだと山姥切は実感した。
 乳首だけ吸うよりこう、乳全体っつーか、乳首の周りの色違うとこ、乳輪か? そこまで口に入れてぐって強く吸わせるのがいいらしいぜ。あとマッサージとかあるらしい。
 勉強の成果を発揮するのはいいが、これまで触りもしなかった胸筋を手のひらでふにゅふにゅ揉まれるとなんだかくすぐったい。指先が脇腹や鎖骨にあたり、そのたび身をよじっては上から抑え込むよう回されている南泉の腕で抱き込まれる。口の中で乳首がくにゅりと押しつぶされ、たまに歯をたてられて。いたい、と口にしてもはいはいと流されてしまう。本当は痛くないことがばれているから、優しく背中を撫でてなだめられるだけ。
 南泉の口いっぱいに頬張られ、乳首だけでなく胸元ぜんぶをまんべんなく味わわれる。無関係な肌まで舐められ、食べられているのが落ち着かない。吸われるたび胸の先にチクチクと何かが通る感触がする。これまでは軽いうずきでおさまっていたのに、時短のためにと乳を集めるマッサージを施され力強く吸われれば、ずろろと霊力が一気に流れ出て思わず胸を逸らせた。声も出ない。は、は、と荒い息をする山姥切をどう思ったのか、南泉は腕の力を強め身動きできないよう抱きしめながらまた乳首を強く吸った。
 射精だ、これ。
 認めたくはなかったが、乳首から大量に霊力を吸いだされるのは射精の感覚とひどく似ていた。刀剣男士の体液に霊力が含まれている、だからこそ初回、南泉は山姥切の唾液でおさまらず精液まで飲んだ。それを胸から乳として出すように『設定』されたなら、つまり山姥切の胸から出る体液は似たもので。いや精液ではないが! でも成分は似てるんだろうな。そういえば南泉に霊力供給するようになって以来、自慰してないどころか朝勃ちもしていなかったなとぼんやり思う。
 最初から主は言っていたじゃないか。胸から霊力含んだおっぱいが出る、と。そして山姥切も自身で言っていた。俺は男体型だから母乳は出ないと。これは人の赤子に与える乳などではない。出る場所を男性器から乳首に変更した、霊力を含んだ体液だ。つまり、射精と同じで。
 それはそれとして、快感まで同じとか求めてないんだが!??!?
 なんだこれ。サービスか? 政府は忙しいならこんなことに技術を使わずさっさと猫殺しくんの霊力パスつないでくれマジで。というか百歩譲って乳首から霊力が出るのはいいとして、出る時に気持ちよくなる必要はあるか? ないだろ。チクチクうずくのが快感の芽とか気づくわけないだろふざけるな。これ胸揉まれたりするの、竿しごかれてるのとイコールなんだけどどうしてくれる。
「お、いつもよか量でたにゃ」
 満足そうに笑う南泉はかわいいし学んだことが結果を出したのが喜ばしいのはわかる。わかるけれど、射精と同じ現象だと悟ってしまった山姥切の心は大嵐だ。初回は事故で、あくまで、これは南泉への霊力供給。食事だというのに。これでは性的な行為になってしまうんじゃないか。それは本意ではない。山姥切が一人勝手に気持ちよくなるのと、南泉とする行為が性的なことは別だ。
 明日から時間がかかってもいいから乳首だけちゅうちゅう吸うパターンに戻してもらおう。くたりと寝転びながら決意していた山姥切の耳に、信じられない言葉が聞こえてきた。
「じゃあ次は反対な」
「え?」
「乳首はふたつあるだろ」
 いつも両方ちゃんと吸ってたぜ、と主張されても。そんな、好き嫌いしません残しません、みたいな。
「……ちゃんと食べて、えらいね…?」
「おう!」
 勉強の成果をいかんなく発揮した南泉は、ぐったり伏せて指一本動かさなくなった山姥切にご機嫌でキスをし懐に潜り込んできた。ふやけた乳首が布にこすれてじんじんする。俺は部屋に戻る、と主張する間もなく山姥切は意識を飛ばした。
 本は持参すらしていない。

 

 

 六日目、の昼。
 山姥切は自室にかけこみジャケットとベストを脱ぎ捨てた。シャツのボタンをはずし、胸元をくつろげる。
「っざけるなよ、なんだこれは!?」
 これまで意識したこともないのに、シャツガーターでピンと張られたシャツの内、胸の先が確かな硬さをもって存在を主張している。平らなはずの胸元が形を変え、外からも何かあることがわかる。山姥切が動くたび乳頭がシャツにサリサリこすれ、そのたび熱がこもる。
 昨日のせいだ。昨夜、南泉が噛んだり引っ張ったりしたからいつもより腫れて、だからヒリヒリしている。常は気にならないピンと張ったシャツの下、ぷくりと膨らんだ乳首の先がじんわり湿っている。
「……乳?」
 むずがゆさに耐え兼ね脱いだが、まさか乳が漏れているなどと予想もできず山姥切は呆然とした。
いや、なんで。そりゃここから出てたけど、でもなんで。
 霊力を含んだ乳が出ることは認識していても、これまではあくまで『吸われた』からだった。何もしていないのに出るなんて、まさかそんな。飲まれたい、みたいな。
 否定するように乱暴にタオルを押しあてた。違う。これはきっと、そう、今日は水分を多めにとったから。だから汗みたいなもので、けして思い出したからじゃない。南泉の舌を思い出してなど。
 感覚を上書きするために、タオル越し、軽く指で挟んでみる。とたん全身に電気が走ったかのようにビリビリした。ほら、刺激したら感じるのは当然で。だから思い出してない。思い出さない。絶対に違う。
 手のひら全体でゆっくり胸を揉んで、胸の先に液体を集めるよう撫でさすった。さりさり指の腹で擦って育てた乳首をきゅっと挟む。胸の先を爪の先でくすぐって、軽く押したり引っ張ったり、ひたすら山姥切の意識を胸に向けて。こんなこと南泉はしなかった。南泉の手は山姥切の背に回されていたし、指は背骨やうなじを撫でていた。こんなふうに弄られたことはない。あの指先はひたすら山姥切を甘やかすばかりで、胸元に与えられたのは温かくやわらかな舌。
 ああでも、歯は。
 白く濡れたエナメルは歯ごたえを楽しむように山姥切にたてられ、肉の代わりに先を食んだ。芯をもち熟れたそこを甘く噛み、いたずらにひっぱり、よしよしとぬめる舌でなだめた。吸うだけでなく押した方が量も出る、などと得意気に言い放つ口は山姥切の胸をひたすら苛むくせに。
 温かくぬめった南泉の舌が甘やかしてくれないから、代替品を自分で用意するしかない。唾液をまぶした指先でちょいと乳頭をつつけば、応えるかのようにまたじわりと乳がにじんだ。
「は、……ぁ」
 吐き出した息が熱い。重苦しいほど湿った吐息は昼間の明るさとは不似合いで、とんでもない違和感。
 顔が赤く染まっている自覚がある。頭も茹だっている。風呂上りでもないのにのぼせたみたいだ。胸元を拭くつもりだった山姥切の手は、記憶の中の南泉を追い、欲のおもむくまま不埒に動いている。
「きもち、い」
 ほろりとこぼれた言葉は、一人きりだったからだ。食事として乳を吸っている南泉に聞かせるには、熱に浮かされすぎた声音。こらえ、胸の内に抱え込んだままでは快感を逃せなかったから。だから一人きりの今、声にした。肉体の欲を満たす時、これまで声にしたことはなかった。どうしても荒くなってしまう息をおさえることはしても、わざわざ誰かにつたえるように形にする必要はなかったから。この身の内に抱えておけないほどの大きさになど、ならなかったから。
 だから、言葉にした途端、耳からも身体が説得されて驚いた。
 気持ちいい。そうだ、これは、この行為は気持ちいい。
 胸の先、痛いくらいに張りつめ尖ったそこを押したりつまんだりすればきゅんとしびれる。性器のようにこすりあげ、先端に爪をたてるたび何かが腰に重く溜まる。射精したい。できない。そうなっている。こんなに射精したいのに、山姥切の陰茎は硬くなるのに、精液の通る管が閉じているかのように先走りのひとつも出ていない。代わりに乳頭がじわりと濡れ、ほとほとと乳が畳の上にこぼれた。いつのまにかタオルは手から離れ、ぬめる指先がねだる乳首をいじめている。
 気持ちいい。きもちいい。きもち、いい。
 太ももを擦り合わせ、膨らんだ陰茎を刺激するもやはり先走りのひとつもない。その分、乳首からあふれる乳が腹筋をつたいヘソまで濡らした。ああもったいない。南泉がいれば食べてくれただろうに。今ここに、居てくれたら。あふれた乳を舐めて、胸を揉んで背を撫でて、ピンと勃った乳首を口の中で転がして。温かくぬめった舌がぎゅうと押しつけられ、先も、側面も、満遍なくやわやわふやかされ唇でいい子だと撫でられる。甘やかされた山姥切の胸がもっとと欲張れば、たしなめるかのごとく歯がたてられて。唇が離れるとひんやりした空気にさらされ、きゅっと縮む。粟立った肌と硬く緊張した胸の先を、吸いやすいようにもっと硬くしてくれ、なんて指先で押しつぶしながら求めるから。吸って、食んで、もっとと求めて。この行為は真実ただしいものであるかのような、そんな。
「なんせん」

 おまえがおれをもとめるなら。

「おう」
 熱に浮かされていた頭に冷水がかぶせられた。呼ばれたから応えた、なんの含みも色もない声。夜の色をまとっていた山姥切のものとは違う、南泉の。
「……っ。どうしたのかな? わざわざ俺の部屋まで」
「八つ時なのに厨に来ねえから配達。今日はみたらし団子だってよ」
 ほら、と気軽に皿を手渡されて山姥切は困惑した。最近は食欲旺盛なためおやつも必ず食べていたから、届けてもらうのはありがたい。けれど、上半身のみといえ服を乱し胸を弄っていたわけで、あまりに見事にスルーされて次の言葉に困ってしまう。
 見ないふりをしてくれるのか。それはありがたいが、ちょっと難しくないか? 着替え中というには顔が赤すぎるし、息も荒い。まあ南泉も、おやつを届けに来たら同僚が自慰していたなんてどうしていいかわからないだろう。夜ならまだしも昼間から盛るんじゃねえ、というところか。気づいてません、という態度をとるしかないか。そうだな。
「ああ、うん、ありがとう。そこの座卓にでもおいてくれ」
 ならばありがたく何もなかったことにしようと口にしたのに、食えよ、と南泉の声がひどく近くで聞こえた。唇が耳の横にある。山姥切を後ろから抱き込むような態勢。胸を押さえていた両手に皿を持たされ、肩にあごをのせられて。
「いや、後でいただくから」
「気にすんな。俺もおやつにするから、にゃ」
 きゅ、と両方の胸の先をつままれ身を跳ねさせれば、団子を落とすなよと注意される。
「待て! なに? いや、待て、なにがどう」
「小腹がすく時間帯だもんにゃ、しょーがねえよなぁ」
 おまえも食いながらでいいぞと言われても、皿を傾けないように必死で団子を食べる食べないまでいきつかない。
 そのまま、たっぷり食べられ息も絶え絶えな山姥切をクッションに転がしキスをした南泉は「ちっと早い夕餉ってことで夜戦行ってくるにゃ」と意気揚々部屋を飛び出していった。
 なんとかこぼさずに済んだみたらし団子は、時間をおきすぎたせいで少し固かった。

 

 

 七日目。
「腹が減ってんだよにゃ」
「成長期かい? よかったじゃないか、背が伸びるよ」
「うるせえ! ちげーよ、昨日昼に食って夜は夜戦いったじゃねえか。だからいつもよか間があいて」
 自分の腹を撫でる南泉が妙にしょぼくれている気がしたが、なるほど、菓子で腹を満たしきちんとした食事をとらない幼児のような行動だったと反省しているのか。乳に食事と菓子の違いはないので純粋に時間の問題だけなのだが、当人だけは妙に気まずいらしい。
 胸を弄って気持ちよくなっているところを見られ、殴れば記憶が飛ばないだろうかと七割がた真剣に検討していた山姥切としては、お互い気まずいならなかったことにしようと提案できて喜ばしい限りだ。気にしなくていいよとにこやかに告げれば、鼻にしわをよせてげぇと返される。これだから猫殺しくんはかわいい。
「だからよ、今日はもうこっちで寝てけよ」
「話の流れ」
「たぶん今日、いつもよか食う量おおいと思うんだよにゃ。おまえただでさえクタクタになってんだから、わざわざ部屋戻んなくてもこのまま寝落ちすりゃいいじゃねえか。その方がラクだろ」
「それはまあ、そうだね」
 もしやこの間から、最後にキスしてくるようになったのは唾液から霊力を戻してやろうという思いやりか? 初回、射精疲れでぐったりしていた山姥切を助けようとしたアレと同じ行為なのか? え、じゃあもしかして、部屋に戻ると強情を張れば少しでも霊力を戻してやろうと、また親切心から山姥切の尻につっこむわけか?? もったいないからこぼさないように身体の奥の奥に出してやろうと思った、と言われた山姥切の気持ちを考えてほしい。
 先日から結構な割合で寝落ちし同じ布団で朝を迎えていることをきれいに棚に上げ、山姥切は戦慄した。
 アレはいけない。南泉が山姥切の乳を吸うのは霊力供給で、食事で、必要な事だからだ。性的なことは一切関係ない。たとえ胸から乳がでる感覚が射精に似ていても、南泉に胸を弄られるのが途方もなく気持ちよくても、これはまぐわいではない。
 けれどアレは。あの日したのは、たぶん、セックスでまぐわいで睦みあいだ。そう山姥切は認識した。してしまった。
 腐れ縁で、喧嘩腰の言い合いが楽しい相手で、同じ本丸の仲間とはしない。アレはそういう行為だった。だから南泉とはしない。するべきじゃない。
「……猫殺しくん、ちなみに性欲ってある?」
「おう。……おい、渋ってんのそこかぁ!?」
 心外、と言わんばかりの南泉にそうだろうともとうなずく。わかる。山姥切とてこんなこと不安に思いたくなかった。
 相手にそのつもりがないのに手を出す可能性があるなんて、思いつくだけでも腹立たしい。南泉の一挙手一投足に理由を求めて、もしかしてをさがすなんて。おまえに求められたら、を夢想するなど。
「キミがそんなことするわけないって知ってるよ」
 言うなり布団に飛び込めば、呆れたように鼻を鳴らされた。知ってるし知られてる。五百年はそれくらいの長さだ。
 転がった布団からは自分のものとは違う匂いがする。思い出す前に横から伸びてきた腕に引き寄せられ、顔をうずめた髪は同じ匂いがしていた。
「ラクにしてろよ」
 はだけられた胸元に呼吸があたって、くすぐったいと笑う前にペロリと舐められる。
 ちゅくちゅくと吸われるのはこれまでと変わらないのに、一昨日、胸から乳が出ることに快感を得られると知ってしまったのがまずい。霊力がずろろと穴を通る度、胸どころか腰や腹にまで快感が走る。きゅんきゅん乳首がうずき、身体中を巡ってどこにも行き場のない気持ちよさが指先まで届く。南泉のくちびるがきゅうと乳首をはさみこむたび、電流がはしり腰が逃げる。出口がない。
「今日、なんか元気だにゃあ」
 あまりに山姥切が身をよじるからか、身体の上にぐっと乗り上げてきた南泉がにんまり笑った。いっぱい吸える、と言われてカッと顔が熱くなる。上から押さえつけ動けないようにしているくせに、元気で何よりなんて兄みたいな顔をするなバカ。それは弟分の乳首を吸う顔じゃない。
 南泉の脚が山姥切の脚の間を刺激する。のしかかられ、身動きがとれないから位置を変えられない。せめて意識しないようにと思うも、他には胸しか意識の向けどころがなく、そちらに意識を向ければまた快感で身体が跳ねる。
 乳首を引っ張られ思わず背をのけぞらせる。いたいと訴えたいのに、じくじくするのが痛みではないと誰より己がわかっているので山姥切は南泉を責めることができない。これは霊力供給で、必要なことで、嘘をついて拒絶してはいけない。性行為中に楽しく嬲ってきたなら問答無用で蹴りを入れるべきだが、山姥切の上にいる男はそんなつもりないのだ。
「お、いっぱい出てきた。おまえ感じたら乳もよく出るよな」
 ぷちゅん、と乳首から乳が溢れ出るのをうれしげに舐めとりながら言われたセリフに、頭が真っ白になる。
 ぐいぐい押される股間とつまんだり引っ張られたりする乳首、舐められ、吸われ、抱きしめられ。感じたら。感じたら乳もよく出る。南泉はちゃんと気づいてた。山姥切が快感を得ていると、性行為でもないのに触れられて感じているのだと。
「お、れは」
 違う。これはそう『設定』されたからで。山姥切はけして、こんな、はしたない体では。
 刺激したら出る、それだけの。南泉が霊力を得やすいように、そのために。だけど昨日、一人で胸を慰めた。南泉はいなかったのに、彼のやり方を思い出していじめた。舌を欲しがった。今も刺激された陰茎は硬くなり、胸は尖り南泉のくちびるを待っている。
「俺は」
「っ!? おい、待てなに、にゃ、なんでんな顔する!? 気持ち悪かったか? ちんこ触んねえ方がいいか?」
「なんでちんこ触る選択肢があるんだ! これセックスか!? 違うだろ??」
 山姥切の魂の叫びは穏やかな声音でするりとかわされる。落ち着け落ち着けと頭や肩を撫でられ、感情の昂りのままにじんだ涙に唇を寄せられる頃には投げやりになっていた。いわゆる賢者モードというやつか。いやまだ射精してないけど。
 スン、と静かになった山姥切に何を思っているのか、南泉は乱れた前髪を整えたり頬をこすりつけたりと忙しそうだ。
「猫殺しくん」
「おう、落ち着いたか。で?」
「霊力供給でどうして無関係な部分まで触るのかな」
 セクハラだよ、とにらみつければ山姥切の上にのしかかったまま、首をかしげる。セクハラってセクシャルハラスメントってやつだろ、じゃないんだよ。かわいこぶるなかわいいぞ。
「セクシャルは知らねえが、嫌がらせに思っちまったのはすまねえにゃ。乳が一気に出た方が時間も短くなるしおまえもラクだろうって勝手に決めつけた」
「嫌がらせとは思わないけど、急にあちこちさわりだした理由は知りたいかな」
「だっておまえ、乳首めちゃくちゃ腫れてんじゃねえか。色もすげぇ赤くなってるし、つい体が逃げうっちまうくらい痛いんだろ? だからせめて時間を短くしようと」
 乳首から出る霊力を増やす方向に舵をきった、と。あまりに思いやり満載の、性的な欲がいっさいないまなざしに山姥切の胸がぎゅうとしめつけられる。
「……待て。それでどうして俺のあちこちを触る話になる」
「だっておまえ、気持ちよくなった方が霊力いっぱい出るじゃねえか。前から」
 あっけらかんと伝えられる新事実。
 前からって、気持ちよくって、つまり南泉が撫でたり噛んだりしてきたのはなだめでも甘えでもなく山姥切を感じさせようとしていたわけで。必死に平静を装っていたのはしっかりバレていたわけで。というか南泉の中で、山姥切は乳首をつままれたり引っ張られたりしたら快感を得ると認識されていた、という、こと、で。
「なあ、そろそろ続きいいか?」
 伺いをたてるなら許可を出すまで待ってほしい。
 混乱しきりの山姥切を放ったまま、南泉は食事の続きを始めた。じゅ、と吸われるたび快感を得ていることがバレていた。今も気持ちよさに身をよじっていることを悟られている。逃げを打つ腰を上から抑えられ、肩を押し返す手に指を絡められ、とじることもできない両足の間、射精することもできないくせに感じる事だけできるふがいない性器は硬い腹筋でこすられる。なんせん。呼んでも返事はない、やめてくれない。けれどスピードをあげようともっと勢いよく吸われ、霊力が胸の先端をにゅるにゅると通っていく。気持ちいい。狭い管を押し広げられ、壁を濁流でゴリゴリこすられる。胸全体から集められる快感が先に集い、南泉のくちびるにうながされ、吸われるたびパチパチ弾け抜けていく。快感の塊がため込まれた乳頭は、ひたすらただずっと気持ちよくて、もううずきだのかゆみだのとごまかせない。目の奥が熱い。パチン、パチンと快感が弾けるたび目の前が真っ白になる。たぶん、あと一押し。山姥切の意識はすべて胸の先、南泉の口の内。く、と噛まれたら。あの白く硬いエナメルを感じたら。そうしたら、もう。
 ちゅ、ちゅぱ、と間抜けな音をたてて乳首が解放される。ひんやりした空気にさっと鳥肌が立った。
「な、……せん」
「ごちそうさま、お疲れ様だ、にゃ」
「え」
 頭を撫でられながらキスされ、たっぷりの唾液を注がれる。なんとか飲み干せば、そそくさと寝間着を整えられ布団ごと抱きかかえられた。
「じゃあ寝るか。いい夢見ろよぉ」
「え」
 四肢はだるく、身体中を巡る熱はどこにもいけず暴れている。先程まで南泉の舌になぶられていた胸はうずうずと尖り、布が擦れる度きゅんきゅん嘆いている。え、待て。待ってくれ。あと少しで。
 ――あと少しでなんだって?
 口からこぼれ落ちそうだった、あまりにはしたない願いに山姥切は思い切り頬の内側を噛んだ。じわりと血の味がする。口内の怪我は治りやすいと聞くから問題ない。それより今は別の問題がある。
 熱に浮かされた脳が、緩んだ口が、はしたない身体が。隣にある温もりにねだろうとした。いかせて、など。射精を求めた、なんて。これは性的な行為ではない、霊力供給だと誰より知っている山姥切が。
 その気のない南泉に、請おうとしたなど。
 なんて情けない。
 どこにもはき出せない熱を身体中に巡らせながら、必死に山姥切は身を固くした。こんなものはいけない。これは表に出してはいけないものだ。健やかな南泉の寝息が耳に痛かった。