昔話

「すごい暑かったて」
「…へぇ、そうなん」

昔話ぃ? とひどく意地悪そうに笑った目の前の人は、おとんが言うてたと告げたとたんつまらなさそうな顔をした。

「昔の話や、て。暑くて熱くて、せやし手につかんだと思ったもんも溶けた、て」
「キミィのおとんはえらい詩人やねえ」

普通そこは桃太郎とかちゃうん、昔話なんやったら。ブツブツ呟くくせに不満そうにしてるくせに、ふと気づけばおとんの隣でボンヤリ立ってるこの人はその時なにしてたんやろ。おとんが何かをつかんで、でも溶けたというアホほど暑かった夏。

仲ええ、てテコでも認めんのに高校からの腐れ縁とかそんなん。なあ、そんなん。
夏、苦手そうやな。白いし。細いし。背ぇ大きいけど、なんやヒョロいし。

「あきらくん」

おとんのは溶けたて。つかんだと思って、でも溶けたて。なああきらくんは? そんで、オレは?

「あきらくんの手は冷たいな」
「キミらが熱すぎるんちゃう?」

今つないでるんはオレやのに、オレとあきらくんが手ぇつないでるのに、キミらってあたりまえに口にするんはわざとやろか。年齢より幼いからかい方をすることも知ってるから、オレはなんにも気ぃつかんフリばっかり上手くなる。
あきらくん、オレ知ってる。まだ子供やけど、あきらくんよかずっとずっと小さいけど、でも。知ってるんよ。
大人の男の人同士は手なんかつながん、って。
知ってるよ、あきらくん。

 

 

 

おとんの昔話にあったソレは、今確かにオレの手の中にあるし離す気も溶かす気も失くす気もない。
できれば目の前の、暑い暑いと嘆くこの人の手の中にもあればいいのに。昔話の夏の日にあったソレでなく、オレと同じ。おとんへでなく、オレへの。
でもあきらくんの手は冷たいからちっとも溶けんと未だに握りしめてそうで、だからオレはやっぱり手をつなぐ。おとんは溶けたて。せやし溶けてまえ。これも。

「キミの手、ほんま子供体温やな」
「温くて気持ちええやろ」
「寝言言いなや、真夏に」

昔話にしてまえるほど長く生きてへんオレにできることは少なくて。でもふりほどかれん間はずっと現在の話。

なあだって今はキミってだけ言うたやろ。キミら、違ったやろ。
おとんの手はつかんだもんを溶かしたからもう冷たくて、だからあきらくんと手ぇつないでももう温くない。あったまったりせんよ。溶かすことも、温めることも、もうしたらあかん手ぇやから。
オレは昔話になんか、してやらん。