一日目。
手の平が大きい割に厚さは薄めで骨っぽいんだな、とじっくり眺めてカラ松はうんと頷いた。
なるほど、これが女子にモテるという手か。トド松の言うことは雑誌のうけうりが多いからこういったことに関しては信憑性が高い。おそらくカラ松どころか松野家の六つ子は彼以外手に取ったこともないような女性誌に載っていた情報だろう。
「……ねえ、なんなの」
「うん、これがモテる手らしいんだ」
ほら指も長くてな、と自分と比べてやれば一松はぎゅうと眉間にしわを寄せた。
「なにそれ、誰に」
「ガールズにってトド松が」
するりと指先をからめられてカラ松の声がじわじわ小さくなる。反比例するかのように、顔に熱がこもるのがわかった。
「あんたにモテたら、それでいいけど」
「タイヘンステキナテダト、オモイマス」
「っ、違う別に変な意味じゃないから!! ほら、だっておれたち」
ぱっと両手を上にあげて言い募る一松の顔は真っ赤だ。さっきまでのけだるげな気配はどこにもない。
「いや、今のはオレがちょっとあの、ダメだった……すまない」
仮にも恋人として前向きに振舞おうと決めたのに、浮気を推奨するようなことを言ってしまった。一松に諌められるのも当然だ。
「あ、謝ることじゃないデショ」
記憶を取り戻すための行動をとるかとらないか、お互いをもっと知ってから決めようと告げて以来カラ松はどうにも一松に兄らしく接することができていない。
確かに恋人(仮)として過ごそうと告げた。なんだそれと戸惑う弟に、気持ちの問題だから態度は別に変えなくていいぜと軽く請け負ったのもカラ松だ。なんせ記憶のある自分たちは恋人同士だったんだから、記憶を取り戻すためにセックスのひとつやふたつ大したことないだろうと思っていたのもある。困惑する一松はかわいいが、少々面倒だなとひそかに考えたのは墓の中にまで持っていくから許してほしい秘密だ。
あとは、すでに五日が経過し、隠すことに疲れてきたというのもある。もうこればらしていいんじゃないかな、とカラ松が揺れるたび冷静に考えろと一松が尻を蹴りあげてくれなければ、とっくにトド松あたりに暴露している。からかわれるだろう、ひどく。でもまあそれがどうした? という捨て鉢な気分になっていることは否めない。
いやだって予想以上に面倒なのだ、記憶のあるフリというものは。幼稚園から高校まできれいに六人そろって並んで通った六つ子は、思い出も共通しているものが多い。だから余裕だとふんでいたのに、一松だけ違う、ということがちょこちょこあって指摘されるたびカラ松は冷や汗をかく。なんでおまえだけ体育祭サボってるんだ一松、それを探しに行っていたなんてオレいいお兄ちゃんじゃないか、ところで二人共通のサボリの記憶をきれいに忘れているのも不自然だと怪訝そうにチョロ松が首をかしげていたのをヘッドロックでごまかすのはスマートなやり方とは言えないぜマイスイート。
だから期間も決めた。
五日間。相手を恋人と考えて生活して、嫌悪感がなければセックスを試してみよう。途中で気持ち悪くなったら止める、無理強いはしない。記憶が戻れば万々歳。もしどう前向きに考えてもセックスだけは無理です、となったら仕方ないから諦めよう。下手に隠そうとしたりせず普通に暮らし、記憶の件を問われたら素直に認めればいい。
隠し通すことはさすがに無理だとこの五日で理解したのか、一松もしぶしぶ肯いた。だから今日から、カラ松は一松を恋人と考えていなければいけないのだ。
しかしこれがなかなかに難しい。どこまでが兄としての態度でどこからがそうじゃないのかが、カラ松には判別がつかない。好意はある。なんせブラザーだ。たとえ出会って五日という短い期間でも、一松が悪い男じゃないということもわかっている。だからといって好意を持って接すると、もしかしてこれは口説いているんじゃないかと意識してしまう。それでは本末転倒だ。
誤解しないでいただきたい。カラ松はけしてゲイではないし、近親相姦に興味もない。いや、以前のカラ松はそうだったのかもしれないが、一松という存在がきれいに消えている現在のカラ松にとって、同姓は友愛の対象であってもけして恋情を捧げる存在ではないのだ。あれ、これではまるで一松だけが特別で彼以外を好きになっていない、ような。いやいやいやまさかそんな。今はちょっとど忘れしているだけできっとなにか、トト子ちゃんのような華やかさはないかもしれないけれど野に咲く白い花のような誰かに恋をしたりしていたはず。はずだから。きっと。
まあつまりだから、ぶっちゃけてしまうなら、カラ松は記憶を取り戻すのは無理だろうと考えている。
たとえ恋人だったとしても、今は少々知った顔の知人だ。女性ならまだしも男と、なおかつ自分と同じ顔とどうしてセックスしなければいけない。
カラ松は正直自分の顔もブラザーの顔も愛しているのでできる。つっこめばいいのだろう、おそらく大丈夫だ。ただ知らない人なんて無理と告げた一松の方が一般的だということはわかっていたし、彼があと五日で決心などできるはずがないことも理解していた。繊細で少々緊張に弱いのだ、弟は。すぐに腹を壊す。
だから期限を設けた。決めなければ延々と迷っていただろう一松に強制的に「セックスしない」を選ばせてやれる最良の方法。記憶がある時は恋人であったけれどない今は無理、と素直に告げてくれてもカラ松は特に傷つかないけれど、そう口にできない弟の甘い優しさを兄として守ってやりたい。誰をも幸せにしない優しさは自己保身に似ている、なんて教えても誰も得をしないのだからいいだろう別に。一松の自覚ない身勝手さは愛すべき瑕なのだから。
「……ねえ」
真っ赤な頬とかすれた声とひどく熱い手の平のまま、一松がちらりとカラ松を見た。
「今のあんたは、おれの恋人、だよね」
仮の。震える声がどう続くのかわからなくてカラ松は無言で肯いた。皆出かけてしまって二人きりの松野家の二階で、ソファに隣同士座って。きっとこういうシチュエーションをいくつも経験してきたんだろう。まるで覚えていないけれど。そうだ、確かに兄弟が誰もいないのであればばれる心配をしなくてもいいし、恋人として接しあったのだろう記憶のある自分達は。おそらく。
「じゃ、じゃあ、あの」
一度は離れたはずの一松の左手が、無防備に投げ出されていたカラ松の右手をそろりと掬う。ぎゅうと力を込めて握りしめられると、体温が伝わってカラ松の手の平まで熱くなってしまう。
「こ、こーゆーの、とか……やだ?」
「いや」
熱いものにでもふれたかのようにぴゅっと引かれる一松の手を今度はカラ松が掴まえる。
「のっ、ノンノンノン、あわてんぼうなボーイだぜっ。……あの、いや、じゃなくて……」
手をつないだことなんて数え切れないくらいある。ついこの間もトド松があっちへ行こうと手を引いてくれたし、十四松とのやきう帰りはしょっちゅう手をつないで帰ってくる。興奮でどこかへ飛んでいかないように。だから兄弟となんて珍しいことじゃなくて、なのになんで。
「いやじゃない、んだ。……おれ、手汗がなんか今ひどいけど、一松は大丈夫か?」
「は!? あんたのかよ!!」
火傷しそうに熱い手の平だった。ふれあった箇所が少し離れるとねちりと小さな音がして、それがどうしようもなく恥かしくてカラ松は離れまいと強く握りしめた。
指と指の間にじわじわとなにかが入ってくる。なにか、というか一松の指だ。さきほど見た、細くて節が骨ばっている長いそれ。ゆっくりゆっくり時間をかけてカラ松の指の間におさまった一松の指は、居心地が悪いのかうろうろとあちらこちらをさまよっている。
「お、おれも汗ひどいし……わかんないけど、平気なんじゃないの。たぶん」
する、と擦れる感触。ひっかかったのはさかむけだろうか、後でハンドクリームを塗るように言ってやらないと。カラ松の硬い指先をくすぐった一松は、これギターでしょ、と笑い交じりの声でささやいた。
「ああ、すまない、痛かったか」
「そんなこと言ってない。……あったかくて、さわってんの気持ちいい。あんたの手」
「っ、そ、れはよかった! イカした男は爪の先まで油断してはいけないからな、オレはハンドクリームを欠かすことなく」
「松代のニベアじゃん」
「ニベアをバカにするな。効果も高い上にカンカンがかわいいだろ!」
トド松だって香りがどうだおしゃれがこうだと言いながら、結局はニベアに戻ってくるのだ。梅雨も明けたこの時期には必要性がわからないかもしれないが、冬場は大活躍なお気に入りをカラ松は熱く弁護した。隣でぽかんと口を開いている一松の顔など気にも留めず。
だから不意打ちだった。わかっていればもっとイカした返しができたのに。
「……あんた、カンカンって言ってんの」
くつくつと肩を揺らして笑いをかみ殺している弟が、小さな子供を見るような視線で見てくる。
しまった。松代がそう言うのでつい。いや別に缶のことをカンカンって呼んでいてもいいじゃないか、それでなにかおまえに迷惑をかけたのか。そもそもカンカンって呼ぶのが子供っぽいとか決まったわけでもなし。
「いや、わ、笑ってないよ」
「嘘をつくな」
「ふっ、ごめん笑ってはいる。いや、でも」
こらえようとすればするほど笑いがこみ上げるのか、揺れる肩がとすんとカラ松の肩に当たった。指までからめあった手、近い距離で座っていたからそのままひっついている腕、肘、二の腕、そして今ぶつかった肩。ああ苦しい、と嘆いた一松の声が予想していたよりずっと耳元で響いてびくりと跳ねる。カラ松が。
「悪くはないよ、似合ってる」
なにが、どう。
よくわからなくて、でも問い返す空気ではないなとカラ松はそっと腕を引いた。なんとなくこの距離は近すぎる気が、する。兄弟として。いや肩を組んだりすればこんなものか。いやでもこんなに指を絡めるのはちょっと。いや。あれ。
距離を開けたつもりだったのに、まるで磁石のごとく一松の腕はするりと寄ってきた。再度ぴたりとひっついて、離れない。ソファの腕置きに背中をあずける姿勢になったのに二人の間の空間が開かないということは、つまり一松が近づいてきているということで。
「マイリルいちま~つ、ちょっとこの体勢はオレの背中がしんどいから」
どいてくれ、と続く前に一松の右手がさっと背に添えられた。のけぞっていた姿勢が支柱ができて楽になった、はいいけれどこれはカラ松が希望していた体勢とは少々違うような気が。
あいかわらずカラ松の右手は一松の左手とつながり、腕は少し離れたけれども今度は背中に一松の右手が回されているから。
「……オレは今、抱きしめられているのか?」
「客観的に見たらそーかもね」
「わりと押し倒されている勢いか?」
「そんなつもりじゃなかった、てのは言い訳じゃないよ」
「なるほど、事故か?」
「そんな感じ」
一松が予想していたよりもアグレッシブでケダモノ的な男なのかと思いきや、そうではなかったとカラ松はそっと安堵の息をついた。
いやもちろんセックスすることを断るつもりはない。かわいい弟相手だしなんせ記憶を取り戻すためだ、イヤなんてことけしてない。ただまあちょっと心の準備がまだだったというか、しょせん一松はこういった行動に出ないと油断していたというか。手をつなぐ、一緒に出かける程度で五日間が終わると決めつけていたので驚いたのだ。けしてカラ松が童貞ゆえうまく一松を抱くことができないのでは、なんてひるんだわけじゃない。ないったらない。
でも一応勉強はしておいた方がいいだろう。つい先日までのカラ松はそりゃ一松と恋人で、男同士のセックスだってなんでもござれであったかもしれないが現状心は童貞である。記憶もない。まっさらの真っ白、もちろん男同士の知識など皆無だ。
「あのさぁ、あんたがイヤじゃなかったら」
「おう」
する、と一松の髪の毛がカラ松の頬に当たった。そのままごつごつと頭をぶつけられる。地味に痛い。
「こーゆー、恋人っぽいこと、やってもいい?」
「……おまえがイヤじゃないならそりゃオレは構わないが」
親しくない相手とこんなことをしたくないんじゃなかったのか。視線で問えば、慣れるため、とぼそぼそ告げられる。カラ松の予想よりずいぶんと前向きだ。悪くはない。けして悪くはないのだが。
これはセックスする流れではないだろうか。
◆◆◆
カラ松の胸に頭を乗せ、じっとしている弟はかわいい。そろりと左手で髪の毛を梳いてみれば、身じろぎした後続きをねだるようにあごがごつごつぶつけられる。
かわいい。慣れる、と一松が努力してくれるならカラ松もそれをサポートすべきではないだろうか。兄として、そして今は恋人として。
「一松、ちょっと試してみたいことがあるんだけどいいか? イヤだったら言ってくれたらすぐやめるから」
どうやらうとうとしだしていた一松は、常よりも幼い口調でうんと肯いた。ただでさえ面倒そうに半分閉じられている目はすでに開いていない。
言質をとってカラ松はひょいと一松をソファの上に座らせる。この言い方は誤解をまねくだろうか。けして犯罪行為をするつもりも卑怯なことをする気もないのだ。ただちょっと、受け入れられるかどうかわからないから先に一松に許可をとりつけておこうかと。ぼんやりして頭のまわっていない時を狙ったわけではない。
くたんとソファに沈み込んでいる一松の意識は、すでに半分以上夢の世界に旅立っているようだ。
「よし、じゃあ始めるな!」
「んん……なんかわかんないけど、うん……どーぞぉ」
出会ってたった五日のカラ松の前で無防備に居眠りし、なにをするのか理解しないまま許可を出すなんてちょっと警戒心が足りないんじゃないだろうか。こんなにかわいいんだからもっと気をつけた方がいいと忠告してやるべきか。
そもそも二十数年を共に過ごした兄弟であり、隣同士で眠り一緒に銭湯にも通っているということをカラ松はきれいに棚上げして眉をひそめた。恋人として、と胸の中でご大層なお題目がピカピカと光り輝く。人見知りだとか警戒心が強いだとかいう一松の性格に関しては、オレの前ではリラックスしてくれているんだなかわいいブラザーだぜ、と都合よく理解されているのだからカラ松は幸せな男なのだ。
押入れの中、六つ子の私物が詰め込まれているタンスの自分のスペースから目当ての物をひっぱりだす。少し時間は経っているけれど腐るものでもないから大丈夫だろう。
「じゃ、ちょっとだけ寒いかもだけど我慢してくれよ」
一松のジャージと下着を一気に引き下ろすと、だらりと力のない陰茎がぶるりと震えた。まじまじと観察したことこそないが、銭湯だなんだと不可抗力で見た事のあるそこはカラ松とそう変わらない。未だうとうとと眠りの淵をさまよっている本人同様、力なくへにゃりと垂れ下がるそれは、正直に言うならかわいかった。いや、これは語弊があるというか、男として褒め言葉と受け取れないか。しかし赤黒く血管がびきびき浮いて、とか真珠が埋め込まれて、なんて恐ろしいことはけしてない。肌色から少し赤みがかった先端、形とてすらりとしていてゴツゴツとかそういう怖い擬音は欠片も似合わない。
ちょん、と指でつついてみても一松はぴくりともしない。
今度は勇気を出して、もう少し長くふれてみる。ほんのりと伝わる体温と、やわい感触。想像よりずっと拒否感がない。
やっぱり大丈夫だな、とカラ松は一松の股間を正面にうんうんと一人肯いた。セックスできるだろうと自認していたが、男の性器を前にしたらやはりムリだと逃げてしまうかもしれない。もし一松が記憶を取り戻そうとセックスの覚悟を決めた時、カラ松が土壇場で逃げてしまっては最低すぎる。どれほどこのかわいい弟を傷つけることか。そんなことになったらカラ松は自分を許せない。
だからこそ、セックスする流れかもしれないと悟った今、確認してみたのだ。
当初のカラ松の予定であった、セックスはムリと一松が断るルートでは存在しなかった選択肢であったため少々の不安はあったが問題ない。やはり愛は偉大だ。カラ松のブラザーへの愛はこんな瑣末なことでは揺らがないのだ。
少し大胆に、そっと手の平で陰茎を撫でてみる。
んん、と鼻にかかった声を一松が出して妙に心臓が早く動き出す。また汗が出てきた。湿った手の平はいつの間にか一松の性器を包み込み、ぐちゃぐちゃと勢いよく上下に動かされていた。
先端からとろりと先走りが漏れる。指先で拭うように撫でればびくびくと一松の腰が揺れた。まるでもっともっととねだられているようで、カラ松は張りきった。だっておねだりた。かわいい弟の愛らしいおねだり。そんなのかなえてやらないわけがない。
「んぇ……あ? から、ま、つ?」
さすがに寝ていられなかったのか、一松がぽわぽわした声でカラ松の名を呼んだ。手の平で目をこするしぐさが幼げでかわいい。
「え? は!? ちょ、おま、なにっ」
「安心しろスイート、ぜぇんぶお兄ちゃんに任せておけ!」
「なななにして、あ、ちょ、っや、あ」
びくんと跳ねる太ももを上半身で押さえつけ、上下に動かす手をスピードアップしてやる。カラ松を止めようと動いた両手は、一松の口を押さえつける方に方向転換したらしかった。気にしなくていいのに、変な声が出るとか思ったのだろうか。かわいい。
激しく動かすには水分が足りない気がして、唾液を上から垂らしぬめりをプラスする。なぜか口内にどんどん唾液が溜まるのでちょうどいい。垂らしやすくするためべろりと舌を出す顔はあまりクールではないだろうが、どうせ一松はカラ松の方など見ていないからいいだろう。右も左も参加させて、竿だけでなく玉もいじくってやる。一松の反応がかわいらしいから、まるで嫌悪感が湧かないどころかなんでもやってやりたくなる。
「か、からまつっ、やめ、な、なんでこんな」
記憶のあったカラ松の気持ちがわかる、かもしれない。
「確かめたいことがあるって言ってたろ?」
「それ、が、なんで!」
「男のちんことかムリ、っていざって時ならないか確認したくてな」
「じゃ、じゃあもういいじゃん……っ」
「んん~、そうだなあ」
力強くそそり立った陰茎からぱっと手を離せば、はぁはぁと息を荒げた一松が目に入った。ソファに座らせ足の間に入り込んだから、勃起した性器越しに顔を真っ赤にした弟だ。なかなかにパンチのある映像にカラ松がつい感嘆の声を上げると、なんなのあんた、と泣きそうな声が降ってくる。
「でもせっかくあるし、使ってみたいし」
タンスから取り出したピンクのそれをピッと取り出し、目をまんまるに見開いた一松にかっこよく振ってやる。
「コンドーム?」
「正解だマイラブ。雑誌の付録だからサイズは選べなかったけど、まあ標準だろうしいけるだろ」
「は? いやあのセーフセックス大事オッケー了解それはわかったんだけどあのでも、男同士は子供できないしいやもちろん腹下すとか病気とかあるよねわかるわかる、てゆーかあの、おれだけこんな臨戦態勢であんたの準備は」
「いちま~つ、もう少しゆっくり話してくれないと聞きとれないぞ?」
混乱と動揺ですべてを口から垂れ流している一松の言っていることがあまり理解できなかったので、カラ松はさらっと流した。一松は頭がいいせいかたまに難しく考えすぎる。気持ちいいから勃起した、コンドームがあるからつけてみる。それでいいではないか。
実は装着の仕方にいまいち自信がないから本番でスマートに着けられるように、今練習しておこうと思っているのは秘密でいいだろう。だっていざという時もたつくのはクールじゃない。一松の彼氏としてかっこいいところを見せたいと思うのはおかしくないだろう。
袋から出して表裏を確認し、ぬるりと光る一松の亀頭にそっと押しあてる。
「え、ちょ、かかかからまつマジ待って、あ、あああ」
「んん~、こう、か? つるつる滑って難しいな」
ゴムの端を持って引き下ろそうとするのに、ぬるぬる逃げてまるで上手く着けられない。きっとセックスもしていただろうに、自分に着けるのと人に着けるのはこうも違うのだろうか。記憶にはなくとも身体が覚えていると思っていたのに。
「あ、あああからまつまってまってまってあああああ」
「あ」
どぷ、とカラ松の手が濡れ頭の上からひゅっと息をのむ音が聞こえた。
「……満足っすか、これで」
地獄の鬼もかくやと言わんばかりの声に、カラ松は視線を上げることができない。
「ゴム着けるのすら間に合わない早漏ってわかって満足ですかねお兄ちゃんとしては。確かめたいって弟がどれだけ早撃ちかってことでしたかね。こんなのつっこめるのかよオレを満足させられないんじゃないかってことですかね」
「え、あの、いやそういうつもりじゃ」
別にゴムはカラ松が自分の予行演習のために行ったものだし、一松はかわいかったしセックス大丈夫そうだなとわかったし、つっこむのはカラ松なので気にしなくていいのだけれど。
常にない丁寧な口調でよどみなく話す弟が恐ろしくてカラ松はなにひとつ伝えられない。もし伝えていればもっと恐ろしい事態に陥ったのでこの判断は的確であったのだが、それをカラ松が知ることは永遠にない。
重いため息が頭の上に降り積もる。
もしかして、一松はイヤだっただろうか。言ってくれと告げておいたしイヤだと一言も止められなかったから気にせず進めてしまったが、男にさわられるとか気持ち悪いとかやっぱり兄はムリだとか。
「……あの、い、イヤだったらすまない」
「そんなこと誰が言いましたかねぇ! めちゃくちゃ気持ちよかったしだから我慢できなくてでこういう状況なんですけど!?」
じゃあなんで怒っているんだ。
カラ松が戸惑っていることに気づいたのだろう、一松はもう一度ため息をついた。思い切るような勢いのあるそれは、確実に、一松の中のなにかを吹き飛ばした。
「明日」
「へ?」
「明日、おれも確かめたいことあるからつきあって」
イヤならそう言ってくれたらすぐやめるし。カラ松と同じセリフを意図したのだろう。弟の茶目っ気に一も二もなくカラ松は肯いた。
「まかせろ!」
とりあえず男同士の性行為をマンガ喫茶あたりで検索しよう。こればかりはトド松のスマホを借りては殺されてしまう。性的な事は二人の秘密で、くらいの常識はカラ松とて持っているので財布の中身を思い浮かべながら明るく請け負う。
一松の言う確かめたいこと、の確認をとらなかったことを後悔するのは明日になってからの話だ。