ぱちん、と目があった瞬間に悟った。
あ、こいつ同じだ。
おれと同じようにこっちのこと誰かわかってないな。
見知らぬ、そのくせひどく似た顔をした男は情けない笑顔を一松に向けてきた。いやだから誰だよおまえ。
◆◆◆
松野一松には秘密がある。
つい昨日できたてのそれは、一松とほぼ同じパーツでできた男の顔をしている。
「ヘイブラザー、少し時間をもらえないだろうか」
家の中でサングラスをかけているのは一松の常識で判断するならバカだ。きれいにワックスで整えられた前髪を無意味に撫でつけ、両腕を広げたり振り回したりと忙しい。ここを舞台とでも勘違いしているのだろうか。ごく一般的な作りの松野家の二階でしかないわけだが。
スポットライトを浴びている気分のままのバカは放っておいて立ち上がると、急に焦ったような声を出す。
「あ、あの! ……すまない、本当にすぐすますので少し話をしたいんだが」
「……どーぞ」
最初からそう言えば一松とて無視をしなかった。話したいことがあるのは同じなのだから。
座っていた窓際からは離れたソファを指さしたというのに、なぜか足元に正座される。サングラスをとったのはなんのつもりか。それならばそもそも着けてこなければよかったのでは。近づかれるのが嫌でわざわざ勧めたというのに空気を読まない男だ。一松は人見知りなのだ。特に初対面の相手など、一人で同じ部屋にすらいたくない。
そう、初対面。一松は足元でかしこまって正座をしている男を知らない。
ぱっと見はまったく同じ顔。おそ松より少し垂れた目とチョロ松より力強い眉、十四松より低い声にトド松より大きめの口。ひとつひとつのパーツに少々の違いはあれど、集めてしまえば一松ともそっくりな松野家の五つ子と同じ顔。
やはりどう考えても兄弟で、おそらくは五つ子ではなく六つ子の一員なのだろう。目の前の男はまだそう告げてはいないが、昨夜からの兄弟の対応は一松に対するものと大きな差はなかった。彼に違和感を抱いたのは一松だけ。
「あの、うまく言えないんだが」
そして目の前の男も同じ違和感を一松に対して抱いたのだろう。
「おれはあんたのこと知らない。わかんない。あんたの話もそういうこと?」
先回りをして問いかければぶんぶんと首を振られた。目を見開くと少し幼く見える。自分もそうなんだろうか、と益体もないことを考えながら一松は再度口を開いた。
「じゃあこれはあいつらに知られるわけにはいかないよね」
暇を持て余した兄弟は、他人の不幸は蜜の味とばかりにこの事件をそれはもうめいっぱい楽しむことだろう。一松とて当事者でなければ大笑いしてちょっかいをかける自信がある。だから絶対に知られたくはない。彼らに知られてしまえば終わりだ。チョロ松に対するシコ松いじくりと同等、いやそれ以上におもしろおかしく延々とからかわれ続けることになる。
「ああ、それだけはごめんだ」
同じ想像をしたのか少し青い顔をして深く肯く男。やはり兄弟なのだろう、どうなるか正確に把握しているらしい。
「……まさかオレ達が両想いだなんてなぁ」
「想像の範囲外だよね」
「でも、忘れたんだからそういうことなんだよな」
「博士の薬がミスってなかったらね」
ため息と共に吐き出されたのは一松と同じ嘆きだった。