サトウ、ラブレター書くってよ - 3/3

「そういや一松兄さん、適当名乗るのやめなよ。なんで鈴木なの」
「間違い電話相手に本名言う必要ないでしょ」

学生時代のとんでもなく甘酸っぱい記憶を思い出したのは、トド松と一松の会話からだった。スズキスズキ……なんだかひっかかるなスズキ……と数日首をかしげていたが、まさに今、タンスの奥から出てきた青い便せんで謎はすべて解けた。
ラブレター代行な、うん。断った断った。
あの後とんでもなく荒れた一松は、リア充キャラから一変闇深いキャラに転身、猫だけが友達なんて言いだしたんだった。そうだそうだ、責任の一端はカラ松にあるような気がしたから、八つ当たりも甘んじて受けとめたのだ。包容力のある男、松野カラ松……!
それにしても懐かしいと便せんに目を通すにつれ、じわじわとカラ松の頬が熱くなる。
今思い返せば当時、無自覚ではあるが、カラ松は一松にほのかな好意を抱いていたのだ。だからこそ練習台にされていたことに傷つき、一松に彼女ができることをつい阻止した。なんという甘酸っぱい思い出……!
そこまではいいとして、いやよくもないけれどちょっと置いておいて。なんというかこう……あの、このスズキとやらはどうもサトウさんを口説いているようないないような。なぜ当時スルーしたのかわからないが、当人だと近すぎて見えないということなんだろうか。言葉の端々に、他人じゃなくおまえだよ! という主張がびしばし読み取れてしまう。
あとカラ松の鋭い観察眼によると、どうもこのスズキ、サトウさんの正体に気づいているのでは? 『昔から夢みがちな話好きだったから、あんたならいいセリフ思いつくんじゃないかと思って』とかサトウさんの知り合いじゃないと書かないんじゃないかな!? そもそも最初に名刺を見て依頼したって書いてるけど、作りはしたが配っていないはずだった記憶が。んん~??
熱を持つ頬をそのままに最後まで便せんを読み通し、どうにも座っていられなくて、カラ松は外へ飛び出した。
こめかみがカッカと熱い。燃えるようだ。目の奥も心臓もぎゅうぎゅう痛いし、指先はしびれている。
ひどく機嫌が良かった一松。サトウさんがした通りのアドバイスに従って、いかすナイスガイを目指した一松。好きな相手にしかやってない、と書いていた。キラキラでまばゆくて、でもどうしても目が離せない、同じ顔だけど全然違う。くせのある字で、それでも読みやすいよう丁寧に手紙を書いてくれた。
目についた公衆電話に飛び込む。震える指先で押しこんだ十円玉は一枚だけ。
なにを言おう、どうしよう、なにが言いたい、今更。
胸の内、ぐるぐる回る濁流を沈めたくて唾を飲み込めば、とたん受話器から聞き慣れた低い声。

『はいスズキぃ』
「さっ、サトウです! あの、サトウで、カラ松です」

間違い電話じゃないから、本名を名乗った。
これは練習じゃなくて、皆にしていることでもなく、好きな人だけに向けて告げる言葉だから。

「学生時代からずっと好きな人に、ラブレターを書こうと思っているんだ。波止場のポーズがとんでもなくいかすギルティガイに」

普段言えない心の内の壊れやすいきらめきをスイートなシュガーでコーティングしたラブレターは、思い出にもなるし、ステキな記念だし、当時の気持ちそのまま情熱的に心をさらってくれる。
伝えたいことはたった一つ。
ただそれだけのために、いくつもの言葉を用意して。

『は!? いや、ちょ、え』
「必ず告白が成功すると噂のサトウさん作だから、覚悟しておいてくれ!」

カラ松として言いたかったことを今こそ。きっと真っ青な便せん四十二枚じゃ足りないくらい。

『待てこらほいほいラブレター書きまくってんじゃねえぞこのボケ! 辞めたんじゃなかったのかよ!!』
「安心してくれ、好きな人に書くのは生まれて初めてだ!」