サトウ、ラブレター書くってよ - 1/3

ずらりと並んだ下駄箱の端、上から二段目をのぞき込みカラ松はパチパチとまばたきをした。
目の前には青い封筒。サトウ様、と書かれた宛名の字はなんだかとても見覚えがある。
すばやく周囲に目を配り人気のないことを確認、そそくさと懐に入れる。いやだってこれ、トド松に知られたら大変な事になるだろう。カラ松の予想が当たっていれば、だが。
無人の美術室にもぐりこみ確認すれば、やはりラブレター代行依頼だった。
今は使われていない下駄箱の一番端、上から二段目に好きな相手の特徴を書いた手紙を置けば『サトウさん』が代わりにラブレターを書いてくれる。そのラブレターで告白すると必ず成功する。
最近女子の間で流行っているおまじないは、七不思議でも超常現象でもなくカラ松の仕業だ。正確にはカラ松とトド松の、だが。
最初は単に、トド松が女友達から告白メールの相談を受けていたのだ。ちょうど隣に居たカラ松にも意見を求めれば、装飾過多でロマンチックすぎる言葉がずらずらと。さすがにないよと呆れたトド松を後目に、勢い任せに意見そのまま送った女子の告白は成功してしまった。男みたいだと思っていたのにあんなに女の子らしい内面なんて云々かんぬん。
なんだそれと笑いつつよかったねと祝福し、それで終わるはずだった。おもしろがった女子が数人、カラ松の意見を聞き装飾したメール文で告白に成功してしまうまでは。
呆れた目で見ていたはずのトド松がいつの間にか手を出し、あれよあれよという間に気がつけばカラ松はラブレター代行業を営むことになっていた。
その件はさして問題ではない。好きな相手がカラ松でないのは残念だが、運命じゃないなら仕方ない。彼のあそこがステキここがかっこいいと話す女子はキラキラしていてかわいいし、これまでカラ松とは無縁だったリア充カップルズのキューピッドなのだと思えば、それはそれでなかなかいい気分だ。ふふん、オレのラブレターパワーできみたちは今ハッピーなんだぞ!
世の中にラブとピースを振りまくなんて最高にクールだ。キュートなガールズが普段言えない心の内をそっとのぞかせ、その壊れやすいきらめきをスイートなシュガーでコーティング。彼女達の本音を甘い囁きに飾る職人……そう、名乗るなら、スーパーグレイトシュガースイート☆ラブハッピーコンサルタント松野カラ松!!
張りきって名刺も作ったのに、なぜか配る機会のないままラブレター代行人は『サトウさん』と呼ばれるようになってしまった。あんなクソ長いトンチキな名前採用するわけないじゃん、とトド松は言うがその前になぜおまえが人事みたいな顔をしているんだ。採用っておかしくないか? 確かにちょっと長かったかもしれないが。
でも確かにラブレターを意識して作った名刺は、カラ松のものとしてはかわいらしすぎたので不採用でよかったのかもしれない。噂が独り歩きし、違う学年の女子からも依頼が来る頃には、カラ松の名もトド松の顔もきれいさっぱり『サトウさん』の影に隠れてしまっていた。
だから、つまり、この目の前の青い封筒の中身はラブレター代行業をしている『サトウさん』宛なのだ。カラ松ではなく。
中身には、名刺を見ました好きな相手にラブレターを出したいのでよろしく、とあっさり。最後にはスズキと署名入り。

「……詰めが甘すぎるだろ一松……」

カラ松は思わず天を仰いだ。
なんておそまつ! この場合は残念極まりないむつごの長男のことではない。いや精神年齢小学生のおそ松だってもう少し頭を使うだろう。なんせあまりにも字が、二つ下の弟のものだった。せめてそれだけなら、気のせいかもしれないとカラ松だって考えてやれた。けれど昨日、松代が、余っている便せんはないかと聞きに来たのだ。そしてカラ松が渡したのがこれ。
依頼ガールズに区別がつくよう、カラ松は必ず真っ青な封筒と便せんのセットで返している。すでに女子の間では当然のルールだから、誰も青い封筒は使わない。
暗黙の了解だから知らなかったのはいいとしよう。普段手紙なんて書かない一松が松代に便せんをもらおうとし、持ちあわせがなかった松代がカラ松の元へ。わかる。見てきたように想像できる。
松野家で便せんを持っていそうな人間、松代かカラ松、いいとこトド松だろう。ラブレター依頼をするために、なんて兄弟にもらいにくいのもわかりすぎてしまう。
それにしても詰めが甘い。偽名を使えばいいというものではない。兄弟にばれたくないならもっとうまくやらないとダメだろう一松~!
こんなおもしろいことトド松が知れば、思う存分からかって笑って皆にばらされたくないならと奢らせてから気持ちよくつるつる口がすべってしまいばらすに違いない。カラ松だってそうする。
もちろん弟はかわいい。でも好きな相手がいて、しかもどうやらトト子ちゃんではなさそうで、ラブレターを渡したいなんて。こんなおもしろいネタ、いじらない方がおかしいだろう!?
そうだ、それに一松はこの間、体育で足をひねったカラ松をからかったじゃないか。遠くからわざわざ寄ってきて、とろくさいだのどんくさいだのと鼻で笑ってバカにした。確かに俊敏さでは一松に負けるが、力はカラ松の方がある。なのに鬼の首を取ったかのようにわあわあと。嫌味ったらしく荷物を持ってやるなんて言うから、断って一人で帰ったのだ。本当はトド松に手伝ってもらおうと思っていたのに、意地を張った手前頼めなくて大変だった。
ひとつ思い出せば芋づる式に、あれもこれもと怒りがわいてくる。よく考えれば最近の一松は、兄を思いやるという気持ちが足りない。これは少しくらい痛い目にあわせるべきでは? なんでもすぐトド松を頼りやがって、と嘲笑う幻の一松をぎっと睨みつけ、カラ松は決意した。今後のスマートな兄弟関係のためにも、ここらでひとつ懲らしめて兄の威厳を見せつけてやらねば!
さらりとばらしてからかうつもりであったが、やめた。
このまま一松の好きな相手をつきとめ、効果的に爆弾を落としてやる。もちろん一人きりで。トド松がいないとなにもできない、なんてバカにされるわけにはいかないのだ。兄をないがしろにした罪は重い、覚悟するといい一松。

「名刺を見てくれてセンキュー、はダメだな。いかす返事で正体がばれてしまう……えーと、ご依頼ありがとうございます。もう少し相手のことを詳しく教えてください、と」

なるべく筆跡を変え、スズキさん宛に返事を書く。より真に迫ったラブレターを書くため相手の詳細を聞くことはあるから、不審には思われないだろう。伝えたいことは「あなたが好きです」だけなのに、そこに行きつくまでのバリエーションが豊富なのが『サトウさん』の強みなのだ。ふふん、マエストロと呼んでくれてかまわない、ぜ……。あっ、ラブハッピーコンサルタントよりロマンスマエストロの方が良かったかもしれないな。

 

◆◆◆

 

『要領が悪くてどんくさい、考えなし、空気は読めないし独りよがり』
「んん~? これでラブレターを書けってどんな無茶ブリだいちまぁ~つ。相手のいいところを教えてください、っと」
『勉強は得意じゃないけど手先が器用で工作が好き』
「なるほどなるほど……いやもっとおまえが好きな部分をな。これじゃ通知表じゃないか。あなたが好きだと思うところはどこですか、っと」
『笑顔は悪くない』
「短っ! え、これだけ? 好きなところこれだけって本当に大丈夫なのか一松……いかなるガールズも笑ったらかわいいだろうに」

数度のやりとりを重ねた依頼書を前に、カラ松はうむむと首をひねった。
これまでは、抑えきれないといわんばかりの相手への情報溢れた依頼書に、こちらの方がいっぱいいっぱいになることが多かったのだ。特に探るつもりはなくとも、書いてある内容で相手の特定も容易だった。
だというのに一松は、ほぼ悪口でしかない内容に唯一の褒めらしきものが笑顔。これじゃ特定など夢のまた夢、というか好きな子の笑顔がかわいくないとかありえるのか? ないだろう。あばたもえくぼ、どんなガールズも好きな子ならヴィーナスの微笑み。

「……まさか罰ゲームとかそういうのじゃないだろうな」

ふと思いついてしまった考えに、カラ松の腹の底はひゅっと冷えた。
もしかして、仲間内の悪ふざけで見知らぬガールをからかうんじゃないだろうか。いやまさかそんなひどいこと、一松はきっとしない。たぶん。カラ松のよく知る弟は。
でも、最近の一松は。
クラスでも派手なヤツらと笑いあい、カラ松が話しかければ眉をひそめ、こちらをバカにするようなことばかり言う一松は。
いやいや、いくらなんでもそこまでひどいことはしないはず。そりゃ少し前はやけにカラ松に突っかかってきたり避けたりしていたが、この時期ならよくあること。現に最近の一松は、わりとカラ松に構ってくるくらいだ。嫌味っぽいけれど。きっと反抗期を過ぎて大人になってきてるんだろう。変わってなんていない。小さい頃からずっと、思慮深くて少し臆病なかわいい弟なんだから。

「あ~、あなたが本当に相手を好きかどうか不安です。笑顔以外に好きなところを教えてください、っと」

カラ松はもちろん一松を信じている。
だけど、見知らぬガールを傷つける片棒をかつぐつもりはないのだ。つまり少々逃げを打った。これでもし返事がこなければそれでよし、一松改めスズキからの依頼はカラ松の心の中にだけ秘めておこう。本来ならいざという時の反撃手段だったのだが、何度もやりとりするうち情もわいた。まあ、武士の情けというやつだな、うん。