エッチなお兄ちゃんは好きですか

マジすか、という十四松の声はまるっきりオレの心中と同じものだった。

「じゃあ一松兄さん童貞メンタルじゃねーの!? すげぇね!」
「ひひ、あざーっす」

マジすか。
いや本当に。もう一度繰り返すけど、マジなのか。

一松が童貞ではない。

いつだ。いやもちろん、一松はオレそっくりのイかしたフェイスとちょっとアンニュイな雰囲気が放っておけないナイスガイだ。一松ガールといつかそういうことになるだろう、と思ってはいた。けれどそれはもっと未来の話であって、ニートで路地裏と家にしか出没しないレアキャラみたいな現状で童貞じゃなくなるなど、いったいどんな裏の手を使ったら。
やはりチビ美のように、小柄でキュートな年下感のある少女相手だったのか。いや、しかし彼女ができたという話は聞いていない。兄弟に教えては邪魔されると仲の良い十四松にだけ伝えたのかもしれないが、どこかへ出かけたり夕食を食べてきたりも特になかったはずだ。
女性とそういう仲になるには、デートやプレゼントは必要不可欠なものではなかったのか……トド松レクチャーでは奢れる甲斐性なども重要だと教わったが。どう贔屓目に見ても、一松にはすべてない気がする。
混乱するオレの存在など知らぬまま、一松と十四松の会話は続く。楽しそうだな、いいなぁ、オレも弟たちとのかわいいボーイズトークを繰り広げたいぜ。いや、しかしオレのアダルトな雰囲気が邪魔してしまいこんなかわいらしい恋の話は聞けないかもしれない。ここは気づかれないまま、クールにこの場を去るのが粋ってものだろう。フッ、この松野カラ松、いくら自分に春が未だ来ずとも弟のめでたい話の邪魔はしないぜ。
しかしオレのイかした気遣いは、十四松の声によってどこかへ飛んでいってしまった。

「それ逆レってやつっすか!!!」

どういうことっすか!???

 

 

こっそり耳を澄まして漏れ聞こえた二人の話を総合すると、つまりはこういうことだった。
一松に彼女はいない。まだ少年の頃、見知らぬ若い男性に言葉巧みに言い寄られまたがられ、童貞を切ってもらったと。
おい大丈夫か。それは犯罪じゃないのか。おまえめいっぱい被害者だぞ。そう心の中で問いかけるも、一松の中では案外いい思い出になっているらしく、声はひどく浮かれている。
人見知りで繊細な設定はどこへ行ったんだ。初対面の男にタッティするなんておまえのサンは強靱すぎるんじゃないか。というか、ブラザーおまえ男でも問題なかったのか。弟の新たな性癖を知ってしまい、オレのハートは軽率に震えた。だって男って。なあ、それなら。

それならオレじゃダメなのか。

一松の好みはチビ美のようなガールだと信じ込んでいた。実際借りるAVもかわいらしい妹タイプのレディがなぜか制服っぽいものを着たりスクール水着にとてもよく似た水着を着たりしているのが多かったし。あと獣耳。
いくらオレがイかしているといえ、レディに見えるかと問われれば否と答えるしかない。いや、どちらかと言うと男の中の男、カラ松ガールズにはきゃあきゃあ言われるだろうが一松のタイプではない。そもそも恋愛対象外の相手から好意をよせられても困るだろう。そう思い、アプローチのひとつもせず良き兄として過ごしていた間に、なんと一松は見知らぬ男に童貞を奪われていた。
精一杯気配を殺し、盗み聞きしていたことがばれないように二階へ向かう。皆の集う居間で二人とも警戒心が足りないぞ、と思うも別に一松には隠す気などないのかもしれない。相手が男だということさえ目をつぶれば、一列に横に並んでいたはずの童貞争いから一抜けしたんだから胸を張ってもいいのか。いや男が悪いわけじゃない。一松の恋愛対象が男であっても、可能性がでてくるんだからオレとしては拒むことじゃない。
そうだ、なにもショックを受ける必要はないのだ。オレは一松が新品だから愛しているのではない。一松が一松だから好きなんだ。
うん、と自らを鼓舞するように頷くと、なんだか元気が出てきた気がする。そうだそうだ。一松は相手の男に好意的だったじゃないか。イヤな記憶ではなくいい思い出として語っていた声を思い出す。十四松にうっとりと語っていた一松。またお願いしたい、なんて。
また。もう一度、その男と。
行きずりに少年の一松をたらし込むような男に、あんな声をして。うっとり思い返す、何度も記憶をさらってひとつひとつ丁寧に重ねて、心の中の特別な場所にしまいこむ。
いいな。とても、いいな。
これは強烈な羨望だ。オレのことを一松がそういうふうに思ってくれたらどれだけいいだろう。一松の童貞はオレで卒業してほしかった、とかそういうことではなく。いやもちろんそれはそれでロマンがあるからいいけれど。あんな風にきれいにしまってくれるなら。
まあいかんせん、もう見知らぬ男に取られてしまったのだから考えるだけ無駄なのだけれど。
ちり、となにかがひっかかった気がした。なめらかなシーツに開いた小さな穴、サングラスについたひっかき傷、弟のつるりとした頬にできたニキビ。
過去に。見知らぬ男。
一松も正体を知らない、その一回しか会っていない男。少年であったから記憶とてそうはっきりしたものじゃないだろう。何度も思い出すうちにきっと補正がかかって、きっとまるで違う存在になっているかもしれない男。
つまり、それがオレじゃない、とは限らないのでは?
自分の天才的な発想に震えがくる。なかなかの逸品だと自らのことを称してはいたが、これは悪魔的な頭の良さだ。ギルティ……こんなすばらしいことを思いついてしまう己の脳がいっそ恐ろしいぜ……。
普通なら過去のことなんて諦めるしかない。しかしオレにはデカパン博士という強い味方がいる。研究熱心なあまり人道的な方向にはさして情熱を注いでいない彼ならば、過去に行ってみたいと告げればほいほいと手を貸してくれるだろう。
過去に行ってしまえばこちらのものだ。少年の一松が不審者に出会う前にオレが会い、このギルティな魅力で骨抜きにしてセックスに持ち込んでしまえばいい。
いくら魅力にあふれたオレの力をもってしても、現在の一松のハートを動かすことは難しい。同性を性の対象にできるならば、といえ尊敬すべき兄を恋愛対象にするには一松の精神は繊細すぎる。恋人ができるのはうれしいが、それで敬愛する兄がいなくなるのであれば戸惑ってしまう気持ちはよくわかる。わかるぞ一松。だから任せておけ、オレは過去のおまえに会ってもけして兄だとわかるようなどじは踏まない。誠心誠意、見知らぬ通りすがりの犯罪者を演じよう。そしておまえの心の中のやわらかな場所にそっとしまわれる記憶になろう。

本当は、少し夢見てしまった。見知らぬ男でいいならオレでもいいじゃないか、なんて馬鹿なことを。
一松にとってよくないから、オレ達は今の距離にいる。オレがいくら一松に恋愛感情を持っていても、伝えていないんだから、伝える気なんてないんだから単なる兄弟のまま。当たり前だ。オレは好きな相手の幸せを祈っている。一松の望む未来が来るように願っている。だからきっと、一松ガールと運命の出会いをして、いつか。
いつか。

……でもそれは今じゃないし、過去でもない。まだ見えない遠い未来の話だ。
つまり過去なら少しくらいオレがもらったっていいはず。ちゃんと一松には気づかれないようにするから。できるから。やるから。
大丈夫だから、許してほしい。

 

◆◆◆

 

そう張り切っていた時期もありました。
いや、もちろんすぐさま行動に移したのだ。オレはやるときはやる男、電光石火のカラ松とはオレのことだ。
しかし男同士のセックスの方法を学んだとたん、暗礁に乗り上げてしまったのも仕方ないとわかってほしい。
一松が喜々として十四松に語ったところによると、男は一松少年を公園のトイレにつれこみ下着ごとズボンを脱ぎ、そのままずぶずぶと迎え入れたらしい。一松のサンを。いや待ってほしい。考えてみてくれ、男に穴は一つしかないうえに、ここは普段出すばかりの部署だ。そんなに簡単に挿れちゃえるものだろうか。
ほかにも、ゆるふわあなるだとかとろとろで、とか尻の穴にこう言うのもなんだが男は名器というやつだったのかもしれない。名器……尻の穴なのに……直腸なのに。
で、トイレの便座に座らされた一松の上に乗っかって対面座位で搾り取られたらしいんだが……少年の一松をつぶさないように、ということは体重はかけていないはず。つまりこう、便座をまたいでスクワットをがに股でする、というような体勢になるんだろうと予測して。
無理だろう、これ。
いやだってまず、慣らしもしないでずぶずぶ挿れるには相当場数をふんでいないと難しいだろう。少年一松のサンがリトルという可能性もなきにしもあらずだが、オレの穴は指一本すら受け入れられそうになかった。指一本より小さいということはなさそうなので、まずしょっぱなからむり。
しかもゆるふわだのとろとろだの、ガールや煮込んだ肉につけたい形容詞を駆使されている尻の穴だが、いったいぜんたいどういう修行をこなせばそんなものになるのだ。そしてもしなんらかの努力が実って尻の穴がどうにかなったとして、それをオレはどうやって確かめたらいいんだ。指を挿れたらわかるんだろうか。……自分の尻の穴に指、全然挿れたくない……。

「なにしんきくさい顔してんの」

うんうんうなっていると、落ち着いた低い声がそっとかけられる。照れ屋で天の邪鬼な一松は、どうやら素直にこの兄と触れあうのは照れが勝るらしく、二人きりにならないと話しかけてこない。きっと今も、オレが悩んでいるのを見かねて寄って来てくれたのだ。見てくれ、オレの弟がこんなにもかわいい。
畳にちょこんと膝を抱えて丸くなる姿勢が大変キュートだ。できればこのまま飾っておきたいが、そうすると居間でしか見られなくなるから困ってしまう。あと以前とてもかわいいと誉めるとものすごく怒られたので、我慢する。せっかく一松が話しかけてくれているんだから、穏やかに和やかに、イかした軽快なトークを。

「下手の考え休むに似たり、つーんだからさ。クソな頭使ってねえで誰かに相談、とか……おれはちょうど今、うん、まあ暇、というか」

だんだん小さくなる声。
どうやら悩み相談まで受け付けてくれるらしい。なんて優しいんだ。おまえの童貞を過去に戻って奪う算段をつけている兄に対して、この優しさ。どうしよう。オレ、今めちゃくちゃうれしい。

「じ、時間つぶしとか、すげえしたい気分だったりとか」
「なあ一松」
「ひゃい!? なななななんだよおれなら別になに言っても受け入れてやるっつーかおまえのトンチキなセリフ廻しも楽しめるっつーか」
「オレ、やっぱり頭を使うのは慣れてないかもしれない」

胸の奥からふつふつと温かいものが湧いてくる。
きっとこれは、愛情とか希望とかそういう、優しくて温かく前向きな気持ち。一松がオレを気遣っている、励ましているというだけで百万馬力だ。
無理がどうした。無理を通せば通りが引っ込むのだ。慣らさずずっぽりでゆるふわとろとろの尻の穴、がに股で便座をまたいでスクワット。やることは決まっているじゃないか。あとは努力、根性、そしてその後には約束された勝利だ。

「練習だ。なにごとも練習!」
「お、おう?」
「身体が硬くったって毎日の柔軟体操で柔らかくなるもんな! ありがとう一松、おかげで元気が出た」
「ひひ、こんなゴミのおかげって」
「さっそく尻の穴を開発するな!」
「待って」

やる気に満ちあふれたオレの肩に、がちりと一松の手がかかる。痛い痛い痛い、ちょっと力が入りすぎだ、どうしたブラザー。

「ねえなに、今なんか不穏な単語が聞こえたんだけど。いやまさかね空耳だとは思うんだけど、でも」
「うん? この部屋暑いのか一松、やけに汗がひどいぞ」
「おれの汗とかどーでもいいから! そうじゃなくて、おま、クソ松おまえ今」

体調の良し悪しはどうでもいいことじゃないんだが、一松含めブラザーは皆過信していて困る。いつまでも若いつもりでいちゃいけないんだ。無理はきくけど年取ってからガタがくる、ってどれだけご近所のカラ松ガールズが教えてくれることか。オレが傍にいればいくらでも助けてやるんだが、いかんせんいつもガールズ達だけの元にいるわけにもいかないのでな……フッ、罪な男はつらいぜ。

「かかかかかかいはつ、とか、……し、し、り、とか……誰の、つーかなんで、つーか」
「んん~? とある事情でな、オレの尻の穴を開発しなければいけないんだ。男のシンボルをずっぽり飲み込んで離さない、魅惑のゆるふわとろとろアナルとして生まれ変わらせないと」
「はっああぁぁぁあぁぁあああっあぁあっぁああぁ?????!!」

怪鳥もかくや、といわんばかりの雄叫びが目の前の弟から飛び出す。すごいな一松、次回の怪獣大戦争にはきっと声優としてお呼びがかかるぞ、だからお兄ちゃんの肩から手を離してほしい、耳が痛い。

「クッソ松おまえ馬鹿だ馬鹿だと思ってたらほんっとーに大馬鹿だな!? ししししししりの、あ、穴、の開発とかなんでそんな、いや誰のために、あのっ、ぐぅ」
「一松鼻血が」
「今はそれどころじゃねーんだよ!!!!!」

いやのぼせたわけでも打ったわけでもないのに鼻血が出るのは結構気にした方がいいと思うんだが。だからどうしてブラザーは皆健康を過信しているんだ。病院代はそこそこの出費だぞ。

「問題はおまえのケツアナの話だ!!!」

兄の問題を我がことのように親身になってくれるなんて、本当に一松は兄弟思いだ。目の前で顔を赤くしたり青くしたり忙しい弟の童貞を是が非でもゲットし心の内に残ろうと決意を新たにしたオレは、きりりとイかしたポーズを決めた。
ありがとう一松、しかしこのプロジェクトはたとえおまえにでも、いやおまえにだけは明かせない。見知らぬ男、とおまえが現在認識しているんだから、その前提を変えてはいけないんだ。しかもおまえは一卵性の兄とそういうことした、なんて重荷に感じてしまうタイプだろう。別に子供ができるわけでもないしそもそも愛の発露からの行動であれば問題ないとオレなんかは考えるが、おまえの感じ方も理解できなくはない。安心してくれ、オレは愛する人の心の安寧を守る、そう、さしずめナイト……けして過去に飛んでおまえの童貞をぺろりするためですなんてばらさないぜ!

「ふふ~ん、それはシークレット! たとえ一松といえども秘密は明かせないぜぇ」
「理由を言えないってこと? 相手も? それどう考えてもやばいやつだよね、それで全部秘密ってどういうつもりだよ」
「いや、やばくはないぞ。危ないこともしない。安心してくれ、おまえたちに迷惑はかからないから」
「ぽんこつなおまえが勝手にそう断言しても信じられねえっつー話をしてんの」

困った。てっきり怒って叫んで去るだろうと思っていたのに、一松はオレの予想を裏切って会話を続けようとしている。馬鹿正直に話すわけにはいかないけれど、きちんと話を聞く姿勢をとってくれることはものすごくうれしい。なんでも話してしまいたい。
あとこっちに迷惑がかかるからイヤだとは言ってない。ぼそりと追加でつけくわえられた発言がこそばゆくて頬がゆるむ。なんだなんだ、いつから一松はこんなにかっこいいことが言えるようになったんだ。こんな風に問われてしまったら、適当にごまかしてしまうこともできやしない。

「理由、というか……セックス……いや、逆レイプになるのかな……うん、逆レイプをしたいんだ」

ぎょろん。たいてい眠そうに半分閉じている一松の目がかっと見開かれ、眼球がむき出しになる。うん、こうやって見るとやっぱりむつごだ。十四松が目を見開いたときとよく似ている。

「相手を苦しめたいわけじゃなく、気持ちよくなってほしいんだ。だからすぐ挿いるようにやわらかくて、尻だってことを感じないくらいのゆるふわな穴にしようと思って」
「ああああああ相手、相手とか、つーかあの、おまえが尻ってことは、その、おと、こ」
「正解だ! さすがだな一松、頭が切れる」

ぱちんと指を鳴らせばたたき落とされた。なぜだ。かっこよかっただろ今の。

「頭がじゃなくて神経が切れそうだわ! つーかなに、おまえ男いけるの、カラ松ガールとやらはどうしてんの」
「いや、運命のカラ松ガールのことはいつだって探し求めているぞ。今回のはイレギュラーというか、オレもまさかこんなことになるとは思っていなかったんだが」

まさか一松がすでに童貞をどこかの誰かに奪われているなんて、本当に予想外だ。それだけならまだしも、すばらしくいい思い出にしているなんて。見知らぬ男に襲われたつらい過去、と処理していればオレだって過去に行こうなんて思いもしなかったのに。

「イレギュラーで尻の開発!? おまえどっかの男のちんこ尻に挿れるつもりなの!!? 成り行きで!!!??」

涙目で言い募る一松は本当に優しい弟だ。こんなに親身に心配してくれるなんて、うれしくてついオレの目も潤む。

「どっかの男じゃなくてよく知ってる相手だから安心してくれ! 危険もないし、あっちの方がずっと小さいからいざとなったら力でどうとでもできるし」
「知ってるやつ!?」
「おおっと、これ以上はトップシークレットだ。悪いな」

さすがに過去のおまえをレイプしに行くとは告げられなくてごまかす。すまないな、だがきっと快楽を約束しよう。そう、記憶の中の男よりもすばらしいめくるめく体験を……!
オレは確かに童貞だが、この情熱をもって絶対におまえを欲望の坩堝にたたき落としてやろう。大丈夫、なんせオレには時間がある。相手の好みをきちんと調べ、対策を練り、本番に向けて油断せず努力し続けてみせる。まずは相手の好みを調べ……。

……一松だ。
うん、相手は一松。オレが襲いに行く予定の少年は過去の一松で、現在の一松には見知らぬ男といたした記憶がある。
本人がここにいる。

「……いちまぁつ、おまえ性嗜好は昔からそう変わっていないよな?」
「は!? 突然なんなの」
「感じるところはくすぐったいところ、と聞くがそうなのか?」
「知らねーし! クソ松こそ腰だの背中だのくすぐったがりだったんですけどどうなんですかねえ!!?」
「んん? オレは自分じゃわからないな」

この一松は、男とセックスしたことのある一松だ。気持ちよかった記憶もある。正直オレは、一松とそういうことをしようと考える前に諦めていたので男同士のあれこれに詳しくない。勉強するつもりはあるが、的外れになってしまう可能性はある。

「おまえエッチなお兄さんについてどう思う?」
「大っ好きですけど!!!??」

ふざけんなおまえ自ら言い出すとか神かよ、とかなんとか一松の叫びが続いたけれど自分のナイスアイデアに夢中だったオレの耳はきれいにそれをスルーした。

一松は男とのセックス経験がある→なおかつ気持ちが良かった→一松に実践で教えてもらえばオレは一松好みの技術を習得できるのでは!?

自分のクレバーさに震えるぜ。座学だけではさすがに限界があるのではと思っていたが、実践をそこらのボーイできめてしまってはオレがポリスのお世話になってしまう。ギルトガイといえそういった意味でギルティになってしまうのはさすがにまずい。なに? ボーイじゃなく双方了解済みの男を恋愛対象にする相手をさがせばいいって? ふっ、いい質問だ。もちろんオレもそれは考えたが、まずどこで出会えばいいかわからない。そして最終目的は少年の一松であるのに、成人男性のサイズのあれこれを学んでしまってはサイズ感とかいろいろ違うだろう。
そういったすべてをクリアするのが目の前の一松だ。すばらしい。けして一松のサンが少年時代から成長していないと言っているわけじゃない、そこは誤解しないでほしい。少々恥ずかしがり屋で普段は帽子をかぶっているが、本番ではきっと脱ぐイかした息子さ! たぶん……おそらく……。

「一松は包茎か? いやちょっとした興味なんだが」
「だからさっきからなに!? 仮性ですよそれがどーしたんだよおまえもだろどうせ!!!?」
「そんな大声でなくとも聞こえるから……」
「だっれのせいで大声だしてんだと思ってるんだよ!!!」

誰だろう。居間にはオレと一松しかいないが、廊下に誰かいて会話内容を聞かせたいのか? じゃあオレも声張った方がいいだろうか。しかしこの内容を知りたいなんてなかなかマニアックじゃないか。兄弟のサンの皮状況を知りたいということはなにかコンプレックスでも……もしや仮性ではなく真正……!? それは他に仲間がいないか知りたいな。なるほど、協力しているのか一松、えらいぞ。

「松野家次男カラ松、仮性さ!!!」
「ばばばばっかおまえなんでそんな大声で!?」
「知りたいんだろう? オレも協力するぞ」

ふっ、廊下の誰かさんは内緒なんだな、オーケイ、オレはなにも気づいちゃいないぜ。
知りたいけど違うそうじゃなくて、と顔を真っ赤に染めている一松は照れているんだろうか。ブラザーのために親身になれるのはすばらしいし格好いいと思うんだが、恥ずかしく感じてしまう年頃なのかもしれない。思春期というやつだな。もうだいぶ長いけど。
ああ、でもこんなに兄弟思いで優しい一松ならきっと協力してくれるに違いない。どう依頼すればいいだろう。過去の一松の童貞をゲットするために、とは絶対悟られてはいけないけれど、セックスしてくれだけでは不十分だ。なんせオレの尻を、ゆるふわとろとろで初めての少年を夢見心地にするレベルに開発しなければいけないんだから。

「一松、男とセックスしたことのあるおまえを見込んで頼みがあるんだ」
「は!? え、なに、なんで」
「この間十四松と話していたのを偶然聞いてしまって。すまないな」

するすると色を失う一松に、オレは慌てて声をかける。違うんだ、おまえが男とセックスしたからといって責めたり拒絶したりなんてつもりはまるでなくて。

「違うんだ! おまえが見知らぬ男とあれやこれやしたのを責めてるとかじゃなくて、それは全然構わないんだ。そうじゃなくて」
「……あ~、はいはい、うん、構わないんだ……わかってたけど、へ~」

言葉を重ねる度どんどん一松の顔色が悪くなる。なんでだ。十四松にはあんなに楽しそうに自慢してたじゃないか。

「つまりな、おまえにオレの尻を開発してほしいんだ!」
「え」

がちりともう一度肩をつかまれる。痛い痛い痛い、だから力の調節を頼むって。

「もっぺん言って。最近耳の調子がよすぎて夢のようなことばっかり聞こえるから」
「それ明日耳鼻科に行けよ。ええと、オレの尻を開発してほしい」
「おれに?」
「おまえに」
「クソ松の尻の穴を?」
「ああ」
「開発ってあれだよね、ああんオレのアナルが女の子になっちゃう~、ってやつだよね?」
「いや尻の穴にボーイもガールもないだろうから女の子になるわけでは……」
「……なんでおれ、なの」

だって過去のおまえを誘惑して上にのって童貞をぺろりしたいんだ。うっとりした声で語ってほしいんだ。

「一松じゃないと意味がないからな!」

ちんこ以外にどこが気持ちいいかとか、どんな風に誘われたら見ず知らずの男にでもついて行こうと思うのかとか、さりげなくリサーチもしておきたい。おまえの最高の童貞喪失をオレがプロデュースしてやるからな! 大船に乗った気でいてくれ。
約束された勝利につい笑みをもらすと、ふるふる震える一松もまたにやりと笑った。おおレアだ。

「おれじゃないと意味がない……ひひ、意味がないってそれおまえこそわかって言ってんの……めちゃくちゃ期待しちゃうじゃん……」

色を失っていた顔色は平常を通り越して真っ赤だ。さっきから赤だの青だの忙しいな、体調が悪いんだろうか。

「……ねえ、なんのために開発とかするの」
「んん? 詳しくは言えないんだが、とあるボーイの童貞をゲットしなければいけなくてな、あちらも慣れない身だから年上のオレががんばろうと思って」

現在はむつごだから同い年だが、過去に行けば少年の一松はオレよりずっと年下だ。やはり見ず知らずという不利な状況下で幼いボーイが気を許してくれるのは、自分に害をなさないと確信した時だろう。だから絶対に、痛いとかつらいと思わせてはいけない。少年の一松の幸せな記憶にオレはなるのだ。

「とある……おい兄貴風ふかしてんじゃねえよ健気かよ……がんばりやさんとかおまえどれだけ設定盛る気なんだよ」
「どうした一松、震えがひどいぞ」
「感動だからほっといて。……ねえ、告白とかしないの」
「こくはく?」
「そーゆーのってさ、お互いの気持ちを確かめ合ってそれから、みたいなのおまえ好きじゃん。なのにいきなり開発って」
「告白か……やはりした方がいいだろうか?」
「そりゃまあ、わかっててもやっぱり言葉にしてほしいとかはあるよね」

なるほど、いずれかはあのイかした男性はオレであると告げなければいけない。しかしそれには、過去で一松の童貞を無事ゲットした後こちらでいい思い出になっていることを確認し、なおかつ快楽ポイントが兄とそういったことしちゃったポイントを上回らなければいけないだろう。常識的に許されない、と思っても気持ちよかったら流されてしまうものだからな。一松だってきっとそうに違いない。なんせ行きずりの男をいい思い出にしているんだから。

「……いつかはするが、今はまだ早い。オレとしては、やはり説得力がほしいしな。あと……ほら、ちょっと勇気いるだろ、やっぱり」

でもおまえ気持ちよくイっただろ、オレの尻サイコーだったろ、と攻撃的になるだろう一松に言えなければいけない。攻撃的にならないかもしれないって? これまでの一松のオレへの対応を知ってそう言うのか君は。別に無法者とまでは思わないが、一松は少々激高しやすいのだ。いい思い出をオレが悪い思い出に塗り替えてしまう、そんな意図はないのに誤解され怒り狂われては困る。
過去の男はオレだ、という告白はまだ遠い。そもそも過去の男にすらなれていない。

 

 

きりりと決意を込めて告げたオレに感銘を受けたのか、またもぶるぶる震えたまま一松は丸まってしまった。どうしたブラザー、さっき感動って言ってたけど今回もそれで大丈夫か?

「なにそれ……おまえなにそれ……どんな回路で考えてそうなってんの……くっそかわ」
「んん~? いちまぁつ、さすがに実の兄の尻開発はきついか?」
「は!? やるし。おれがいいっておまえが言ったんでしょ、なに前言撤回してんだよやるつってんだよ」
「そ、そうか。じゃあよろしくな!」

丸まっているのは拒否ではなく体内を巡る巨大ななにかを取り押さえていたらしい。なんだか格好いいなそれ。オレも体になにか飼ってみたいな。そうだな、クールにドラゴンとか。
よりイかした男になるための努力を惜しまないオレは、心のメモ帳にそっと<設定を盛る>と記録しておいた。実際のメモに書きたかったけれど以前一松の目の前で書いたとき破られてしまったことがある。猫の本能が出てしまったのだろう、仕方ない。けれどせっかく書いたことが無駄になるのもイヤなので、それ以来一松の目の前では書かないことにしているのだ。

「じゃあせっかくだし、これから頼む!」
「ここここれから!!? 急に!??」
「今は皆出かけているしと思ったんだが……あ、一松も用事があったか?」
「いやぜんぜんなんにもないんだけどここここころのじゅんびってもんが」
「一松が経験者で助かった。やっぱり二人とも初心者だと手探りだし大変だもんな」

びんと背筋を伸ばし跳ね上がった一松は天井まで届いた。跳躍力がすさまじい。これは地域対抗運動会、期待できるんじゃないか。

「け、経験者って……おれ?」
「うん? 十四松とそう話していただろ? だからおまえに協力を求めてるんだ」
「……おれが経験なかったら、あの、おれとは……しない、とか」

一松の経験がなかったら? なかなか斬新な問いかけだ。そもそもこれは一松が少年時代童貞を食われたのを、代わりにオレが食いに行きたいという願いからだ。つまり、一松がオレ達同様新品なら、尻の穴の開発なんてしなくていいわけで。過去にも行かないし、記憶にとどまりたいと努力することもない、これまで通り良き兄弟として暮らしいずれ現れる一松ガールを祝福する。つまり。

「そうだな、意味がないからしないな!」

だって尻の穴がゆるふわとろとろになってもうんこには関係ないだろう、たぶん。そもそもオレは毎日快便であるし。
先ほどまでびょんびょんと元気に跳ねたり丸まったり忙しかった一松は、またもや真っ青になっている。おまえの血管大丈夫か? そんなにあっちこっちに血をやって、ちょっと使用頻度高すぎるって破けたりしないか? オレが血液を運ぶ係だったら今日は働かせすぎだってストとか起こしたいところだが……いかんそれは速やかなる死だ。

「一松! 一松死ぬなーっ!!」
「……だめ、死にそう……なんですか、新品ダメってつまりへたくそ勘弁ってことかよ吐く……仕方ないじゃん経験なかったらそりゃわかんないから試行錯誤だわちくしょう」
「なんだ、どうしたんだ一松。オレはおまえが経験者で教えてくれそうだからおまえがいいけど、でも吐くほどイヤなら」
「ずる゛……ぜっだい゛お゛でがずる゛……」
「わかった。わかったから泣きやもう? ほら、オレのパーカーで鼻をぬぐうのはやめるんだ、あっちにティッシュあるから」
「じごま゛づの゛ディッジュはや゛だぁ゛ぁぁぁ」
「ノンノンいちま~つ、あれは未使用だ。罪のないティッシュだから、な?」

いったいなにが琴線に触れたのか繊細すぎる心をもつ弟のことがわからないぜ……理解しあえないオレ達……ギルティ!
ぐずぐずと鼻を鳴らしながらもオレのパーカーから離れない一松を見下ろしながら、オレは精一杯頭を働かせた。
一松の気が紛れるもの、泣きやむこと……部屋に座ったまま成人男性にくっつかれているから何かを取ることはできない。くっ、ギターに手が届けばオザキのナンバーをいくらでもリクエストさせてやるのに。
一松……一松の好きなこと、猫……十四松……うーん。

「わからんからとりあえずおっぱいもむか一松!?」

おそ松がこんなこと言われてみてぇとビール片手に管を巻いていたのを思いだし訊いてみたところ、まん丸の目をして瞬間涙は止まったが今度は滝のようにあふれ出してしまった。

「クソ松はそんなこと言っちゃだめだ~」
「そうだな、さすがにこれはキュートなガールにお願いしたいセリフだったな。ええとそれじゃあ」
「オレの天使は清純派なんだよぉぉぉぉ」
「天使? すまない、お迎えが来てもおまえを連れて行かれては困るんだ……もう少し、あと五十年くらい人生を謳歌してからにしないか?」
「っ、おまえなんなのもぉ~」

なんなの、はこちらのセリフなのだが泣いている弟に言っていいことではないだろう。よしよしと背中を叩きながらオレは新たな決意を固めていた。
一松の不安定な精神、これはおそらく幼少期に見ず知らずの男に童貞をぺろりといかれた後遺症では? いくら気持ちが良くいい思い出になっているといえ、恐怖心が欠片もなかったとはいえないだろう。自覚がないだけで、きっと心の傷になっているのだ。なにがしかの。
オレに任せてくれ一松。きっと立派なゆるふわとろとろアナルの持ち主になって、おまえをめいっぱい気持ちよくさせた後、実はあれはオレだと種明かしもしてやろう。近い未来に。そうすればおまえは、気持ちよかった記憶はそのままに恐怖心だって克服できる。あれは兄だったのだ、とわかれば恐ろしい気持ちなんてどこかへ飛んでいってしまうに違いない。

「……一松、待っていてくれな」

最初は告げないつもりだった。あの男はオレだ、なんて言ってしまっては一松のいい思い出を壊しそうであったし、なにしてんだと怒られてしまうだろうと。
だけどそれは逃げだ。すまない。なんて卑怯なことを考えていたんだ。
おまえのステキな思い出を壊す、なんて言い訳だ。壊さないくらいにすばらしい快楽を用意すべきだ。怒られるのがなんだ。成人してまで自覚なく後遺症に苦しむ弟の手助けもできないで、いったいどこの誰がオザキを継ぐ男だというのだ。
オレは必ずおまえに告げよう。
少年のおまえの童貞をいただいたのは、このオレ、松野カラ松だと。
胸を張って堂々と告白し、混乱で胸ぐらをつかんでくるだろうおまえに言ってやるさ。サイコーの初体験だったろ、と。ウインクのひとつも決めてな。

「必ず言うから、もう少しだけ時間をくれ」

そのためにがんばるから。魅惑の童貞垂涎いきなりつっこんでも大丈夫なゆるふわとろとろアナルになる、そして対面座位のためにスクワットも欠かさないから。
オレの決意を言葉の端々から感じ取ってくれたんだろうか、ずずっと盛大に鼻水をすすった一松はぽそりと口を開いた。

「嘘だから」
「んん?」
「……清純派じゃなくても、おまえなら……いや、あの、え……エッチなお兄ちゃんも好きな方、だし。おれ」
「そうか、よかった!」

なにかわからないが泣きやんでくれたのはいいことだ。
あとエッチなお兄ちゃん? なるほど、やはり聞いてみないとわからないものだな。一松は妹系ばかりを好むと思っていたが、男は年上がいいのか。だから見ず知らずでも誘われたらついて行ってしまったのか。まったく、無防備にもほどがあるぜ。でもまあ、目指す方向が決まったのはよかった。

「じゃあオレはエッチなお兄ちゃんになるから! 協力よろしくな、一松」

 

 

握手のつもりで差し出した手はなぜか血塗れになってしまい、帰ってきたチョロ松に二人そろって説教をくらってしまった。納得がいかない。