あめだま

まったく無駄なことばっかりしよる男やわ、と口にした隣の従兄はその主張の通り、無駄なことを嫌っている。
嫌っている、というよりも自転車以外のことに関して行動する気もないのだから無関心なんだろう。今とてユキの隣に腰かけているのは水分補給のためで、少しばかり息を整えたらまたすぐ走り出してしまうに違いない。年端もいかない少女を放り出して、と何回か苦情を申し立てたが受け付けられた気配はないので聞かぬフリをされているのか。

「えー、必要やん。のど乾いたし、ジュース」
「立派な手足あるやろ。お小遣いも」

自動販売機に向かう従兄より少し小さな背中を見ながら笑えば、自分で買いに行けと暗に示される。

「自分でするほどはいらんの」
「それ必要ないってことやろ」
「わかってへんなー小兄は」

他人が気遣ってわざわざしてくれる、という行動の大切さを説いてるのにまるで理解を得られない。基本的に他人と触れあわずなんでも一人でする方が気楽な性質の従兄は、好意からくる行動というものがさっぱりわかっていない。裏があったり利益がどうだかなら、水を得た魚のようにくるくるよく回る舌でかきまぜて楽しげにしているというのに。

「石垣くんさんもたぁいへん」

缶を三本抱えて歩いてくる姿を見ながらこれみよがしに口にしてやれば、苦虫をかみつぶしたような顔をする。
何かを言いかけてやめたのか言うことが見つからないのか、口をもごもごと動かして結局開かない。気まずそうな顔がどこかで見た事がある気がして、けれど明るい声と共に差し出された缶ジュースに意識が持っていかれたから心当たりを探るのはやめておいた。きっとこれも従兄の言うところの無駄、だ。

 

 

ユキは従兄の先輩だと名乗る目の前の気安い男のことを嫌いではない。
石垣くん、と年下からまるで先輩扱いされず呼ばれているのにひどくうれしそうに笑うところも。後輩の従妹、というだけの初対面の中学生にジュースを奢ってくれるところも。基本的に無関心な従兄が唯一話題にする存在であるところも。
なかなかその辺に転がってない傑物だわ、とかちょっと思ってみてたりするので。

「はいユキちゃんココア。御堂筋はいらん言うとったけど一応コンポタな」
「キミのセレクトほんまキモいわ」

なんでやうまいやろコンポタ、そういう話ちゃういらんもんはいらん、熱いの苦手やったかそらごめんな、せやしそういうことちゃうくて。
なんやこれいちゃついてんのかな、とちらりと従兄を窺うとまたもごもごと口を動かしている。左下の奥歯、順番に舌でなぞって薄い前歯まで到達すればひらりと右下の奥歯に移動して。もご、もごもごもご。もご。順番にひとつずつ。さっきと同じ。
同じ。
虫歯になる、とほとんど食べない飴玉をもらって逃げ場のない顔をしながら口の中につっこんでいた時と同じ。
甘くて、不要で、たまに歯にひっついたりしちゃう。

 

 

「……虫歯に、なるって決まってるわけでもなし」

あっま、と叫ぼうと思ったけれどかろうじて堪えて呟いた言葉の意味を正しく理解した従兄は、苦虫をかみつぶしたみたいな顔でぐるりとこちらを見る。

「可能性があるだけで勘弁や。ボクはそもそも不要、ゆーとるのに」
「言うてるだけやんか」
「そんで十分やろ」
「十分なん?」

これで、と首を傾げればぐいとへの字を描いた口が震える。
いややいらんほっておいて、なんて口先だけだからこんなに構ってくる。石垣くんさんは空気を読めない男ではない。そこまで鈍けりゃユキは嫌う。猪突猛進なだけなんてその辺に転がってる有象無象と同じだし。
やめろ、と告げてないからやめないのだ。簡単な話。嫌がってないから。拒まないから。

「ま、死ぬわけちゃうしええんちゃうの」

虫歯になっても、と言外に認める空気を出せば従兄よりも先に石垣くんさんがぱっと笑った。

「御堂筋もユキちゃんも難しいこと話してるなあ。頭ええんやなぁ二人とも」

それはもう水飴を煮詰めて練って固めてした、つまりは飴玉のような。

 

 

これ自覚なしやで、とうんざりした声を出す従兄をほんの少し気の毒に思う。
虫歯じゃ死なないと言ったけれど神経に到達すればそういえば死ぬんだっけ。でもそんなこと飴玉には理解できないだろうし。そもそも虫歯にならない可能性もあるから。
ああでもこんなに甘ったるい暴力的な好意。
自覚なしなわけないやん、と伝えるにはユキの手元には甘いものが与えられ過ぎていた。

「石垣くんさんは毎回なんやかんや甘いもんくれはるし、ユキはええと思うで」
「ユキちゃん太るで」
「小兄なんか虫歯菌にやられてまえ」