せ〇〇〇しないと出られない部屋 - 2/2

「完璧だぜ一松…! いやカラ松二号」
「ざっけんな絶対二号呼びだけはやめろ」
「oh……最高にいかしてると思うんだがなぁ」

髪を整え眉を描き足せば、目の前の弟はとたん赤塚一の色男に変身だ。やはり弟だけあってカラ松によく似ている。むつごといえチョロ松はなぜかおもしろい顔をしているしおそ松はクズみが溢れ出すぎている。一松のダウナーな雰囲気は赤塚商店街の若大将と言われたカラ松とは似ても似つかないと思っていたが、なかなかどうして、悪くない。いつも眠たげな瞳を隠し青いパーカーを着ればもうこれはカラ松だ。

「つーかおまえ相当おかしいからな、これかなり引いてるからな正直。普通ないから」

そう言われても、これはカラ松と一松双方の希望がかなう唯一の手段なのだ。

「セックスしたいくらい好きって思わないといけないと言ったのはおまえだろ」
「そりゃ言ったけど、自分のフリしてくれたらいけるぜ☆とかナルシストにも程があるだろ! つーかおまえの顔でいけるならおれのまんまでもいいだろうが」
「ノンノンいちまぁ~つ、常識的に考えて実の弟の顔にセックスしたい! とかムリだ」

でも自分ならオナニーのつもりでいけそうだし。たまに途中で鏡見て、あっこの角度なかなかセクシーだな? とかしてるのと変わらないだろう。途中で鏡なんか見ねえよ、と言う一松とはことごとくわかりあえない。見るだろう、普通は。だって自分がどんな表情してるのか気になるじゃないか。

「まあ兄弟と、がムリってのはわかるけど」
「オレもおまえのフリしてやれるぞ?」
「絶対勃たねえ」

想像でなんとかする、と目隠しをする一松はかたくなだ。一松の真似には自信があるのだから任せてくれていいのに、大笑いした後腹立って殴るからやめとくとハンカチを巻きだすのでカラ松は困惑しかできない。なんで殴るんだ。おそ松もごまかせたし絶対大丈夫なんだが。
目隠しをした一松は、想像以上にカラ松だった。
無駄にでかいベッドの上、目隠しをした『カラ松』がゆるりと首をかしげる。

「……じゃあ、その、想像できたら手を挙げてくれ。始めるから」

声は出さないようにしようと二人で決めていた。兄弟以外のセックスしてもいい相手、できたらうれしい相手の空想がとたん消えてしまうからだ。かわいい女の子と、のつもりが低い男の声が響いたらびっくりするし、カラ松から一松の声がしたら戸惑う。
一松の脳内にかわいい女の子が想像できるまでの間、カラ松は目の前の『カラ松』をじっくり見つめた。凛々しい眉、自信ありげに上がった口角、いつでも整えられた髪と伸びた背筋。特徴のある目元を隠しているせいか、想像以上にカラ松だ。似せようという気概を感じる。
ゆっくり挙げられた右手にそっと左手を伸ばす。指先が触れたとたん、びりびりと電流が流れたような気がした。慌てて飛び離れるが、指先には火傷ひとつない。だけどまだ、じわりじわりとくすぐったさを感じる。さっき一松と手をつないだ時はまるでなかった感覚だ。これが意識する、ということだろうか。
『カラ松』の両腕が、ふらふらとシーツの上で踊っている。指先がなにかを探すようにきゅっと力が入り、抜ける。パタパタと軽い音。
オレを探しているんだ。気づいたとたんじわりと胸が温かくなった。ここにいると伝えたくてそっと手の甲に触れれば、びくりと肩が跳ねそのまま固まってしまう。
口を開いてから慌てて閉じる。いけない、声を出しては一松の中の美少女像が崩れてしまう。いやでもこう、なんというか今の反応はつい。口が勝手に。
かわいい。
心の内でそっと呟く。
かわいい。オレの、『カラ松』の反応が妙にかわいい。
見えないから驚いただけだ、そう理性は諭すのにどうにも初心な反応に見えてときめいてしまう。いやでもこれ仕方ないだろう。クールでいかす大人の男、ベッドで葉巻を吹かし薔薇の花を差し出しながら「お嬢さんステキな夜をサンキュー」なんて言うだろう色男が両腕をパタパタさせてこちらを探しているのだ。ギャップ萌え、というやつか。この差はすごい。激しすぎる。もちろん通常のギルティガイ松野カラ松が最高なのは決まりきったことだが、少し幼げに見える不安げな仕草もこれはこれでぐっとくる。今後のキメポーズの練習に組み込むべきか。

考えながらも手は動かす。サボっていては後から一松にこっぴどく怒鳴られてしまう。
『カラ松』の指の間に自分の指を一本ずついれていく。さっき手をつないだのは、どちらかといえば握手だった。恋人同士の手つなぎならこうだろう。自信満々でぎゅうと指をからめれば、返事をするように『カラ松』もきゅうと握り返してくる。手の平がぺたりとひっつく。さらさらとした感触に、まるで緊張していないのだと悟りカラ松は少しムッとした。セックスしたいくらい魅力的な子といるつもりのくせに汗のひとつもかいてないなんて、まったくなってない。一松の案でいくなら、もっとドキドキしてくれないと話にならないじゃないか。
胸に耳を押しあててみても平和なものだ。眠くなってしまう。髪の毛がくすぐったかったのか身じろぎした『カラ松』は、ほんの少し困った気配だがどうにも余裕に見えた。
悔しい。これはない。もっとドキドキすべきだ。
溢れ出る使命感につき動かされ、カラ松はそっと『カラ松』をベッドに押し倒した。白いシーツの上、たいした抵抗もなく倒れた男の心臓をこれでもかというくらいに打たせてやらねばならない。セックス? 今はそんな瑣末な事を言っている場合じゃない。とにかくこのクールな『カラ松』をドキドキさせてやる。
つないでいる手と反対、『カラ松』の右手にそっと唇を寄せる。手の感触はどうにも男だが、唇に違いはないだろう。仮想美少女が指にキスしてるんだぞ、これはもう緊張のあまり脱糞では!? うかがう顔は変わらずいかした『カラ松』のままだった。なんてギルティガイなんだ!

ちゅ、ちゅ、とわざとらしくかわいげな音をたて指先から順に指の間まで。ちろりと舐めてもう一度。手の平と甲、血管の目立つ手首、さほど日焼けしていない腕に歯をたててみればぴくりと身体が震える。肘までめくりあげられたパーカーは青い。先程交換したから、今カラ松の身をつつんでいるのが紫だ。たまに目の端にうつる袖の色が、見慣れなくて少し楽しい。
つないでいた左手をほどきそっと胸に置くも、まだ『カラ松』の心臓はさほど打っていない。もっとか。
『カラ松』の指先に再度口づけカラ松は、そのままねろりと口内に向かえ入れる。驚きからか跳ねる身体を抑えつければ、ばくんばくんと動く鼓動が感じられた。やったぜ。
効果的なのだとうれしくなって、カラ松は舌の上の指にやんわり歯をたてた。痛みを感じる間際、舌で撫でつけてはやわく噛む。固くて少し冷たい爪、ささくれだろうか舌にひっかかる。唇で挟みながら口内すべてで形を知り、あますところなく温かい舌で舐めてやる。指の間が少ししょっぱくてつい笑ってしまった。またびくりと跳ねた身体はカラ松の笑い声に反応したのだろうか。すまない、ダンディな魅力に満ち溢れた笑い方をしてしまったから一松の中の美少女像が揺らいでしまったかもしれない。詫びの気持ちから、カラ松は隣の指も同じように口内に入れた。なんだかだんだん猫のような気分になってきた。毛皮を舐めてきれいにするだろう、あんな風な。そう、オレもおまえへの親愛の証としてきれいに舐めてやるからな、一松。
熱心に手を食むカラ松の髪を、なにかが引いた。痛い。一松か。ひどいじゃないか、こちらはこんなにがんばって親愛を示しているというのに攻撃するなんて。
一言文句を言ってやらねば、許すばかりが偉大な男じゃないぜと顔を上げたカラ松の目に飛び込んできたのは、……誰だ。

「っ、ヘイガール、……手を噛むのは違う、その、つなぐだけのつもりで、だから」

精一杯カラ松の真似をしているんだろう。いかした呼びかけ、指先で前髪をすいと流すクールな仕草、低い声。だけどカラ松はこんなじゃない。真っ赤にほてった頬、汗ばんだ首筋にはりついた髪、今にも下がりそうな口角はぶるぶる震えている。これは違う。だってカラ松はもっとクールだ。いくらかわいい女の子(空想)に手をかじられたとしても、ガールお腹が空いているのかいよければご馳走しようとさりげなくデートに持ち込むはず。こんな風に、いかにも慣れていない緊張しきった態度はありえない。
これはカラ松じゃない。だけど一松でもないだろう。一松ならとっくに尻を出すなりなんなりしているはずだ。こんな風にいかした声かけをするわけがない。それともかわいい女の子にはするんだろうか? カラ松は見たことのない顔で。ちらりと考えればなぜか胸がもやもやする。六人でひとつ、をおそ松ほど重要視していないつもりだったのにやはり影響されていたんだろうか。弟の見たことのない顔にむっとするなんて。

「……ガール?」

ちゅ。青いパーカーをめくりあげなまっちろい腹に唇をつければ、へぁだのうぁだの間抜けな声が頭先から響いた。
ダメだぞこんなぷよぷよした腹筋じゃ。今はいいけれど中年太り一直線の腹だ、これ。トド松みたいにジムに通うか十四松の自主練に混ぜてもらうかしないと、後悔した時には遅いんだからな。
やわらかな腹、少し横にずれてへそ、もう少しずれてまた腹。歯をたて唇で挟み舌でくすぐる、たまに頬でよしよしと撫でてやれば一松の腹はびくびくと動いた。ダメだとかやめるんだなんて言葉は聞こえるけれど、それだけだ。解放されている両手は一切カラ松を止めず、青いパーカーをぎゅうと握りしめるばかり。そのせいで裾がたくしあがってカラ松が動きやすくなっているんだから、これはもう共同作業なんじゃないだろうか。もっとやってくれ、という一松からの無言の訴えだろう。
淡く骨の浮き出た脇腹を鼻でこすりあげ、ただぽつんと立っている乳首もべろりと舐め上げる。上がる悲鳴の声はとっくに一松のものだ。カラ松のフリさえできなくなってきたのだと思うととても楽しい。『カラ松』の余裕をなくしてやったこの手練手管、すばらしいな。やはり本家本元は違う。オリジナルが最高だ。つまりオレ、この松野カラ松こそ唯一無二のカラ松なのさぁ!

勢いに任せパーカーごと鎖骨をかみながら、ふと気づく。
オレがカラ松。じゃあこの身体の下に居るのは。パーフェクトなギルティガイ、松野カラ松とならセックスしたいという気持ちになれるだろう。そういう名目で生まれたのが彼だ。じゃあ松野カラ松でなくなったなら、今カラ松が組み敷いているのは。
真っ赤な頬、開きっぱなしの口からのぞくギザついた歯、荒い息とべこべこ動く白い腹。カラ松がさんざ舐めて噛んでしたからところどころべたついている。

「    」

名を、呼べなかった。
だって弟じゃない。カラ松の弟はこんな顔じゃない。いやそもそも一松は目隠ししてカラ松にいろいろされることを許可するだろうか。だってなんだかこんなの、まるで。本当にセックスしてるみたいじゃないか。
一松相手になんて絶対ムリだ、だからとカラ松の格好をしてもらった。途中までは完璧だった。あまりにパーフェクトすぎて、このクールガイを焦らせてやりたいと思ってしまうほどに。間違えていない。カラ松はなにも間違えていないのに、なぜか今、予想していたのと違う道にいる気がするのはなぜだ。
絶対勃たない、そう決めつけていた股間がむずむずする。一松に見えていないのをいいことにちょっと確認してみれば、手にずしりと芯の通った質量を感じる。
なぜか、はどうでもいい。カラ松は細かいことにぐちぐちこだわらない器の大きい男なのだ。それよりこの状況をどうにかすることが大切だろう。幸いにも一松は目隠しをしているからこちらの現状には気づいていない。このまま放っておけばそのうち収まるだろうが、『カラ松』を舐めたり噛んだりしたことによって興奮してしまったのならまだまだ収まりはしないだろう。だってもう少しあちこち触ってみたい。もっと違う顔を見たい。
誰にも見せたことがない表情を。
おもむろに一松の股間に手をやった。あ、ちょっと勃ってきてるんじゃないかおまえも。

「ちょっ、うぇ、あ、なに」

女の子を突き飛ばすわけにもいかないと思っているのか、わたわたと手を動かすばかりで抵抗のひとつもしない弟がなんだか微笑ましい。よしよし、ナイスジェントル。なんだかんだで信じ込めたじゃないか、よかったな、おまえのそういう優しいところに一松ガールはときめくからな。
一松の頑張りに応えるため、カラ松もまたやわらかな唇を熱い頬につけた。落ち着いてくれキティ、ほら、おまえの想像通りのかわいい女の子のキスだぞ。ぴたりと動きを止めた一松の額にいいこいいことキスの雨を降らし、股間にあてた手にはそのまま自身のビッグボーイを上からそっと重ねた。ジャージ越しなら手が男の物だなんてそんなに感じないだろう。だからちょっと、こう、もう少しだけセックスの気分を味わってみたい。言ったら絶対拒否されるからこっそり。一松には見えていないんだし大丈夫大丈夫。それにもしこれで部屋から出られたら万々歳じゃないか。手越しだから一松も女の子の妄想をじゃまされないはず。ふっふ~ん完璧なプランだ!
確かめるように何度か腰を揺すれば、ぎしりとベッドが鳴った。音、音はすごいな。なんだかものすごくただれた行為をしている気がする。これはかなりのセックスポイントでは?
ちらりと見た一松は、あいかわらず真っ赤だ。ぎゅうぎゅうとパーカーをひっつかんでいる手の甲までうっすら赤いように見える。首も赤い、耳も、いったいどこまで赤くなっているんだろう。純粋な興味から、カラ松は襟元をひっぱった。胸も腹も赤かったらどうなんだ、別にないもない。うん。でも、気になったから。
そのまま襟足に鼻先をつっこんでみる。うわ、熱い。こもった熱気と汗の匂い、ここだけ夏。
どこもかしこも全身真っ赤で汗だくの一松は、どう贔屓目に見てもかっこよくはない。カラ松の真似はとっくに崩れ、単に青いパーカーを着た一松でしかない。それなのに、いやだからこそか。なんだか妙に。

かわいい。

まばたきを何度かしてみる。やっぱりどうにもかわいい気がする。おかしい。いや確かにカラ松の弟という時点で一松はかわいい、十四松もトド松もかわいい。チョロ松だってちょっとおもしろい顔をしているがかわいいのだから、これは作りの問題ではない。だけどなんだか、今感じているかわいいはこれまでと少し違うような気がするのだ。
腰の動きは止まらない。振動に合わせて少しだけ指を動かしてやれば、カラ松の下でびくりとはねる身体。
かわいいな!? 反応がどうにも無性にかわいいんじゃないか今!!! ナウ!!!!!
頬にも耳にも額にも鼻にも、顔どころか首筋だって鎖骨だって口づけた。かわいい。声を出しては夢が覚めてしまうから無言で、と我慢してやってる自分はなんていい兄なんだろう。思いやりに満ち溢れている。ここから出られたら絶対なにか奢ってもらおう。そこは兄だからと言って遠慮したりしない、なんせお小遣いは六人一律なのだ。弟相手だからと奢っていたらすぐ無一文になってしまう。
というか、なんだっけ。どうしたらここから出られるんだったか。そう、セックス。セックスしている気分になればいいんだったか? カラ松はもうかなりセックスしているつもりになってしまったけれど、一松はどうなんだろう。出られないということはまだなんだろうか。かわいい女の子にこうまで積極的にされているのに贅沢者め。こんなにおまえがかわいくて勝手に腰が動いてあちこちさわりたくてカラ松はセックスしたいのに、一松は。

「……っ、」

息が詰まった。
一松とセックスしたい、知らぬ間に心の内に生まれているこの欲はなんだ。ありえないんじゃなかったか。世紀のナイスガイならともかく一松となんて罰ゲームだ、とすら考えていたはずなのに。
おかしい。ちょっとひっついてキスしただけでこんな簡単になかったはずの気持ちが芽生えるなんてありえない。

「ストップ! おかしいぞ一松っ、ここは危険だ!!」

もう空想の少女がどうこうなんて言っていられない。慌てて一松の目隠しを取れば、とろりと溶けた目にまた危機感が募る。なんだその顔。おまえまるで好きな子とセックスしてたみたいな顔じゃないか。いやそうなんだけど。そう思い込んでいるんだけれど。でも。

「まずいぞ一松、もしかしたらオレ達はとんでもない実験に巻き込まれているかもしれん」

 

◆◆◆

 

「……なるほど。おれのことをなにひとつ特別に思ってはいなかったのになんだかセックスしたい気持ちになってしまったのはこの部屋が原因だと」
「たぶんガスかなにかじゃないか? 思い返せばちょっと息苦しかった気もするな……十四松の話を聞いてデカパンが妙な発明を思いついたに違いない」
「自分の真似した弟を押し倒してあちこち舐めたり噛んだりしまくったのも、ちんこごんごんこすりつけながら耳だの首だのキスしまくってたのも全部その謎のガスのせいだと」
「うっ、言い方に気をつけてくれ……おまえは目をつぶっていたからかわいい女の子に迫られてる気分だったからいいだろうが」
「いや鼻息荒いゴリラにのしかかられて重かったしか感想ないんで。百パーセントクソ松でしかなかったから。つーか何のためだよ兄弟ホモにするガスとか……」

何のためだなんてこのクールガイを欲情させる薬とか絶対売れるだろう。すまないカラ松ガールズ、まだオレは運命を待っているんだ……誰か一人を選べないオレを許してくれ。ふっ、ギルティ……。
素直じゃないことを言うわりに一松の顔はまだ赤みが引いていない。まだ着たままのカラ松のパーカーを指先でいじくったり襟元に鼻をうめたりと、らしくない行動ばかりしているのは動揺しているんだろうか。わかるぞ、かわいい女の子に迫られていたつもりが目を開けばいかした兄だなんて差が激しいものな。落ち着かないのも当然だ。

「今もおまえが妙にかわいく見えてるんだ。これは相当強力な毒ガス……いや毒じゃないか、催眠ガスだな」
「ふぇっ、……おま、あの……か、かわいく、見えてんの、おれが」
「驚くよな、オレもまさかおまえとセックスしたくなる日が来るとは思わなかった」

科学の力は本当にすごい。自分のことじゃないならどれほど素直に感激できただろう、残念だ。しみじみ惜しがっていれば、手に震える手が重なった。

「……あの、じゃあ……お、おれ達が協力したら、その……出られる、んだし」
「いやセックスはしないぞ」
「は!???」
「えっ、しないだろう。なんでびっくりしてるんだ!?」
「普通ここはする流れだろ!? おれもしたいおまえもしたい、セックスしたらここから出られるんだってじゃあがんばっちゃうか~ってやつだろ!?? ここまできてなんで拒否ってんだよ空気読まないにも程があんだろざっけんなクソが!!!」

胸元をひっつかまれ力説されるも、いや普通はそんな特殊な部屋に入れられないんだ。落ち着いてほしい。

「というか、おまえもガスが効きすぎてるんだ。ちょっと深呼吸……は余計まずそうだな、ガラガラうがいとかしてきたらどうだ?」
「うがいでなんとかなるんならてめーのその頭悪い語彙までかわいいとは思わないんだよ! なんだよガラガラって幼女かよどういうつもりだ成人男性のくせしてどこ目指してんだよ!!」
「せ、世界の恋人……」
「あ゛~~~認めたくねぇぇぇ! このトンチキ発言まで込みで輝いて見えるとかどんな罰ゲームだよチクショウ……なに、おれそんな悪いことしたっけ。前世で悪徳の限りを尽くしたとか……」

元気に怒鳴り始めた一松はかなり通常に近い気がする。もしかしたらガスの効果が切れてきたのかもしれない。なんせこの短期間で人の心を変えてしまうような強力なものだ、きっとあまり長時間は身体に悪いとかあるんだろう。さすがのデカパンも死の可能性がある実験はしないだろうし……しないよな、六人いるから二人くらい減っても平気ダスホエホエ~とか思ってないよな。
丸まって反省会を始めてしまった一松を見れば、カラ松の鼓動は今も早いままだ。効果が切れるのは個人差があるのだろうか。早く切れてほしい。一松だけが切れてしまったら、と想像しただけで心臓がきゅうと痛むほどだ。これは日常生活に支障がある。早くこの部屋に入る前の、単なる兄弟に戻りたい。
だって今も、ぼさついた髪の毛を撫でてやりたくてたまらない。落ちこまなくていいと抱きしめ、さっきは見えなかった目を見ておまえが好きだぞと。あれ。だぞ、と。んんん?

……好き、なのか? セックスしたいだけじゃなく??
まだ丸いシルエットをもう一度確認する。きゅんどころじゃなく、ぎゅわんぎゅわんと胸がときめいている。え、欲情どころじゃなく好意まで? 目の前にいる人間を強制的に好きになるとかそういう効果があるんだろうか、それすごすぎないか。催淫ガス的な働きで性欲が一時的に高まるからセックスしたいならまだしも。いやいやいや冷静に考えろ松野カラ松。一松は弟、男、もちろん愛に性差は関係ないし人の気持ちを否定などするつもりはない。だけどこれまで、一松相手にそういう気持ちになったかと問われればはっきりきっぱりノー。どうしても兄弟で選ばなければいけない人類滅亡の危機ですと言われても、兄弟の中で一番に選びはしないだろう。
でもなんかかわいかったな、妙に。ふわふわと甘ったるい気持ちになって、慌てて首を振る。違う違う、かわいいとかそういうのはいったん置いて。好きは好きでも弟、兄弟として愛してる。うん。
真っ赤な顔で青いパーカーを握りしめているのが健気で、もっとかわいがってやりたいなって。……思って。しまっていたのだ、さっきまで。
そして今も。

「クソま、いや違う、ええと……カラ松」

愕然とする。ちっとも消えない、消える気配がない。ガスの効果が長すぎる。一松への好意が強くなりすぎて、こんなのもう。

「目隠ししてても女の子とかちっとも想像できなかったし、パーカーからはおまえの匂いするし、のしかかってくるの重いしちんこ触ってきやがったのふざけんなって思ったけど全然萎えないし、そもそも唇だっておまえのだしいつも歌ってるあの口がキスしてんだなって思ったら正直もうダメだし、つーかあんだけはあはあ息荒げといて女の子想像しろとか無茶ブリもいいとこだし、ええとだから、つまり今度はおれが上がいいっつーか色々させろっていうかその」

どうしよう。

「一松、ガスが」
「ガスじゃねえよ、っつーか」
「どうしよう、消えないんだ」
「は」
「おまえだけ効果が消えて失恋とかそんなの」

こんなの恋だ。好意なんて軽く飛び越えてしまった。
なんでガスなんかでおまえに。

「っ、クソがっ」

ほろりと零れた水滴はすべて青い生地が吸い取った。
力任せにひっつかまれた肩は痛いし無理やり押し付けられた顔も痛い、バカだのクソだの罵られている耳も痛いし生まれたばかりの恋を失うことが決まっている心臓なんてもう死にそう。なんだよ、もう少し優しくしてくれたっていいじゃないか。同情とか、憐憫とか、そういうのするだろうこれは。それくらい今のカラ松はかわいそうだというのに。

「いいかクソ松耳かっぽじってよーく聞けよ」

しまった、ガスが効いている間にセックスしておくべきだっただろうか。そうすればとりあえずこの部屋からは出られたかもしれない。ひらがなの『せ』から始まる言葉じゃないとダメだろうって? 『せっくす』でいいだろう、そんなの。本当は二人共、セックスが正解だと思っていた。だってそれが一番わかりやすい。接吻、でも構わなかったかもしれないけれど。なんとか逃げたくて足掻いた結果こんな風になるなら、さっさとしておけばよかった。

「おれもおまえと同じ気持ちだ」
「そうだよな、ガスが効いている間にセックスしてれば出られただろうに」
「そこじゃねえよ! っあ~、だからその、わかれよ。一緒ってのはこう、その」
「確かにセックスは愛しあう二人の行為であってほしいよな、わかるぞ一松」
「そうだけどわかってほしいのはそこじゃなくて! ガスがどうこうは関係なく」
「ああ、欲を煽るガスのせいでなんてラブハンターカラ松としてはまったく納得いかないところだ」
「だから!」

パーカーから引きはがされ情けない顔を直視される。薄くて頼りない胸板だったがもう少しすがらせてほしかったぜ。視線を少々惑わせたのが罪とばかりにのぞきこまれ、額がごつりと当たる。

「カラ松」

ビカビカと光る一松の目。おまえこんな顔をしていたっけ。白目は充血し、頬はひきつり、唇は震えている。なんだ、怖いことでもあるのか。三丁目のポチが目を覚ましている時は一人じゃ通れなかったのおまえだったかな。いいよ、一緒に行ってやるから。手をつないでれば大丈夫だ、一人じゃない。怖いから来てって言いたくないなら言わなくていいぞ、そう笑ってやらなければ。兄として。

「ガスでもなんでもいい。おまえが信じられないならここから出てからも言う。何度でも言う。こっちは腹くくったんだからおまえもいいかげん逃げんな。おまえが引き金ひいたんだからな」

兄として。
カラ松は。

「ここから出たら、おれはおまえが好きだって言う」

手をつないで。

「お、オレも言う~」

ガチャリと鍵が開いたような音がしたけれど、カラ松の目も耳も両手も忙しくて確認に行けない。一松の腕も足も全部ふさがっているからやっぱり行けない。
催眠ガスは強力だからきっとこの部屋を出てもずっと効果が続く。すまないカラ松ガールズ、運命は身近なところにあったようだ。青い鳥も自分の家にいたんだから、そういうものなんだろう。
ドアの鍵が開いてからしばらくして姿を現すのは、きっとできたての恋人同士だ。

 

◆◆◆

 

「なにがセックスかなんてわかんないじゃん。行動じゃ」
「そーでんなー」
「だからもう宣言しちゃったらいいんじゃない? これからすることはおれ達にとってセックスです、とかさ。ひひ」
「両方そう思ってるならオッケー、セクロス! ってやつですな」
「そうそう、そうじゃないと無理でしょああいう部屋って」

せんげんしないと出られない部屋。