せ〇〇〇しないと出られない部屋 - 1/2

目を覚ませば見知らぬ場所だった、というのはドラマチックだがあまり心臓によくない。
かわいい女の子と一緒ならラブが走りだしロマンティックが止まらないから構わないが、隣に居たのは毎日顔をあわせている弟である。二人きりであっても発展性がまるでない。
白い壁に囲まれたこじんまりとした部屋。家具といえば二人が寝ていたベッドのみ。二つあるドアの片方はトイレ、もう片方は鍵がかかっているのか開かない。

「……心当たりはあるか? 一松」

常ならカラ松のせいでないことも理不尽に怒鳴り散らす弟に顔を向ければ、鏡に囲まれたカエルのように汗をだらだらと流していた。カラ松が目を覚ました時点でこうだったので声をかけたくはなかったが、仕方がない。いやまさか、待って、などとぶつぶつ呟いているので見当がついているんだろう。自分のせいじゃない、とわかったとたんカラ松の気は軽くなった。巻き込まれたのは面倒だが一松の問題ならこちらに八つ当たりはしないだろう。弟のかわいいわがままならそれなりに聞いてやろうと心広い兄は思っているが、癇癪を起こされると面倒なのでその時はなるべく離れていたい。ここは逃げ場所がトイレくらいしかないから逃げるのも手間だなと思っていたのだ。よかったよかった。

「じゅうしまつ! いるんだろ、十四松!!」
「あいあーい。おはよ~兄さんたち」
「これどういうことだよ! ねえまさか」

一松の予想は当たっていたらしい。明るい十四松の声に、よくわからないがすぐ解決するんだなと安心したカラ松は続く一松の言葉に度肝を抜かれた。

「セックスしないと出られない部屋じゃないよな!!?」

セックスしないと出られない部屋!??

なんだそれは。意味がわからない。部屋から出るにはドアをくぐるだろう。鍵がかかっているなら鍵を開けばいい。ここまでの行動にセックスはなにひとつ関係していないはずだがどういうことだ。落ち着いてほしい。

「なっ、ちょ、なんだそれ一松、どういうことだ!??」
「うっせえ今取り込み中なんだよ黙って待ってろ!!!」
「落ち着いて待ってていい状況か!? とりあえず十四松、じゅうしま~つ! 怒らないからこのナイスな兄に説明してくれないか」

できるならカラ松だって悠々とベッドに座って待っていたい。松野家は布団なのでそこはかとないベッドへの憧れはあるのだ、実は。だっていいだろう、座って足を組んで軽く笑ってみたりしたらものすごくかっこうよくないか? せっかく大きなベッドがあるんだから、思う存分堪能したいしどの角度が一番キマッた足の組み方かを考えたい。二ートといえど時間は無限ではないのだ。有意義に使いたい。
けれど一松が口走った部屋であるならば話は別だ。
意味はわからないが、ドアに鍵がかかっていることは事実。もし出るための鍵がセックスだとしたら、つまり。

「博士の作った例の部屋だよ!」
「っぐぁああぁっぁぁっぁぁぁぁぁ」
「一松!? どうしたんだ口から泡吹いてるぞ!??」
「断末魔だね!」

明るく言いきることではないと思うが、一松の発した声は断末魔以外の何物でもなさそうだった。え、つまりやっぱりそうなのか? 例の部屋、でこの反応ということはセック…てやつなのかここは。なんでだ。普通にそこのドアを開けてくれ。

「じゅうしま~つ……その、ここはデカパンが用意した部屋、ということかな? デカパンラボか?」
「うん! こないだね、一松兄さんと話してたやつできたってお知らせもらったから」
「なるほど。……その、なぜおれまでここに……? セ、んんん、おまえら二人がどんな部屋に入ろうとこれまでと違う関係性を築こうと、オレは受け入れるし問題ないぜぇ?」
「ちょ、一人だけ逃げてんじゃねえよクソ松!!!」
「しっ、気がついたなら十四松を説得するんだブラザー! もしどこかに行ってしまったらこちらからコンタクトとれる手がないぞ!」

泡を吹き終わった一松は息を飲み、慌てて十四松に声をかけ始める。
そうなのだ。十四松は目の前に現れたわけではない。部屋に声が響くのみで、こちらからはいっさい見えないのだ。声はクリアに聞こえるのでスピーカーかなにかを通しているのだろうか、こちらは見えているようだがそれらしきものはどこにも見当たらない。
つまり、十四松を今説得できなければこちらから呼びかける手段がない。見られているかわからない状況で延々呼びかけ続けるのは、正直に嫌だ。疲れるしクールじゃない。そして十四松は興味があちこちに飛びやすく、わりと飛び出していくタイプだ。

「こないだのってあれだよね、どこからがセックスかって話の」
「うん、あの時のだよ」
「あれ!? いやマジであれを!?? 再現しちゃったのあのいかれ変質者!!!」
「おいあんまり悪口言わない方がいいんじゃないか?」
「頭がとんでもないいかすパンツ野郎!!!!!」
「あはは~。あのね一松兄さん、これはパンツじゃなくてステテコダスって」
「どっちでもいいわ!!!」

一松の叫び声と共にバチンと音がし、部屋の照明が薄暗くなった。

「え、え、え?」
「では実験を始めるダス」
「ちょ」
「スッタートォ!」
「十四松!?」

呼びかけても返る声がない。

「え、マジで? 十四松!? ねえちょっと悪ふざけやめようよ、おい」
「ドクター、弟の暴言大変申し訳ない! 常々あなたの着眼点の鋭さとすばらしい研究に惚れぼれしていたんだ、ぜひ今すぐこの部屋から出て語りあいたい! 天才のあなたをパンツ野郎呼ばわりした一松はもちろんこの部屋に残してもらってかまわないから」
「ざっけんな一人で逃げてんじゃねえよ! おれも! デカパン博士、さっきのほんと全然本心じゃないっていうか、口がすべっただけっていうか」
「十四松からもドクターを説得してくれないか! よし、今日はオレがパチンコを奢ってやろう」
「おれが本気で悪口言ったんじゃないってわかってるよな十四松! 別に部屋の謎とかどうでもいいからさ、もう出してよ。まだ今日は路地裏めぐりしてないんだって」

なにか動きがないかと壁や天井を見回すも、ただただ白い壁があるだけである。開かないドアの上には小さなプレートがかかり、『せ○○○しないと出られない部屋』と書いてあるのは見なかった事にしたい。本当に。
二人揃って口をつぐみ耳を澄ますも、声どころか衣擦れひとつ聞こえない。
え、待ってくれ。本当に?
本気で出してもらえないのか? セックスしないと出られない部屋、って相手は一松しかいないんだが。……いやいやいや、ムリ。絶対ムリだ。ありえない。だって弟だし男だし、そもそもまったくもって欲情しない。毎日一緒に風呂に入って隣で寝てる男だぞ? セックスは恋人同士のラブの発露じゃないか。つまりなにをしたって一松とという時点でセックスにならない。運命のカラ松ガールとのメイクラブならいつだってどんと来いだがこんなシーンは想定外だ。
つまりそれは、部屋から出られないということではないだろうか。

「……餓死、か……?」
「怖いこと言うんじゃねーよ!」
「だってここ冷蔵庫すらないぞ!? 人間水がなかったら三日くらいで死ぬんだ……うう、トイレの水を飲むのは嫌だ……」
「おれだって嫌だよ! それまでには十四松だって出してくれるだろうし」
「覚えててくれるか?」
「うっ」
「オレ達をこの部屋に閉じ込めてどれくらい経ったかって、十四松が把握してるのか?」
「あ~……いや、でもさすがにデカパンが」
「ドクターはわりと完成したものに関しては忘れがちじゃないか。研究は大好きだけど」

そのおかげで松野家は、謎の薬で楽しんだり嵌められたりしているのだ。心当たりがありすぎるのだろう、確かにと一松も真っ青になる。

「マジか……クソ松と? いやないでしょ、絶対ない……えぇ、ムリ……」

このクールガイとならいいじゃないか、オレはおまえとだぞ? その方が罰ゲームだ。
さめざめ泣かれて言いかえそうとしたが、そうだねこんなにかっこいいお兄ちゃんとならいけるかも! と乗り気になられては困るのでカラ松はぐっと口をつぐんだ。だってやっぱりどれだけ頼まれても、男の尻には入れられそうにない。まず勃たない。顔がトト子ちゃんでおっぱいがあるならなんとか、と思うもこの部屋にいるのは一松だ。……ムリだな。

「そもそもなんなんだここは。おまえ達が部屋の話をしていて、どうしてオレ達がここに入れられないといけないんだ?」
「あー、そっから。……セックスしないと出られない部屋、って知ってる?」
「さっきおまえが叫んでたやつだろ。なんでそんな部屋にするんだ? ラブホのオプションかなにかか?」
「するっつーか、概念? あ~、ほら、無人島に置き去りにされるとか雪山で遭難して小屋に一晩二人きり、とかあるだろ。で、濡れた服を脱いで温めあおうってやつ」
「その火を飛び越して来い、か……ふっ、ロマンだな」
「おまえが初江かよ、っつーかまあそんな感じ。わざと二人きりにして協力してなにかをしないとクリアできない、って試練を与えるわけ」
「誰がだ?」
「だから概念っつっただろ。シコ松の読んでる本の登場人物とかをだよ! 任意の二人を部屋に閉じ込めました出るにはセックスが必要です、ハイめでたくカップル誕生パチパチおめでと~……っじゃねーんだよな!!!」

出入りのできない部屋の説明をしていたのにいつの間にかキレながらカップルの誕生を祝う弟は、ちょっと情緒が不安定すぎないだろうか。わからないでもない、こんな真っ白な部屋に閉じ込められていてはなんとなく気もふさぐ。ただ現在の一松の気持ちはわかっても、状況は一片たりともわからない。だからどうしてカラ松がここに閉じ込められなければいけないのだ。

「んん~? まあ部屋はいい、十四松やおまえはわかっていてそれをデカパンがつくりあげたってことだろ」
「……前にさ、謎だなって話してたんだよね。セックスはなにをもってセックス完遂したとみなすのか、って」

また話が飛んだ。
概念だのなんだのと一松の話はどうにもまどろっこしいが、ひとしきり口に出さないと前に進めないんだろう。幸運にも時間はたっぷりある。座り心地のいいベッドも。それならカラ松のすることは、懐の広いナイス兄貴として静かに聞いてやることだろう。

「セックスしないと出られない部屋ってさ、つまりセックスしたら出られる部屋なわけじゃん。で、それはつまりなにかをしたらセックスってことじゃん」
「なにかってそりゃ、射精じゃないのか」
「ハイ出た身勝手。それオナニーでもいいし、男が出せばセックスってことだろ。最悪。女の敵」

そこまで言うことはないだろうと思うも、確かにカラ松ガールへの思いやりのない発言だったとカラ松はぐっと押し黙った。
いやでもセックスだぞ。そういうことじゃないのか?

「十四松がさ、女の子同士とかどうなんだろうねとか言うわけ。男は出したら終わりだからそこでセックスって決めてもさ、女は別になにも出ないじゃん。じゃあいつが終わりになるんだろうって」
「確かに……」
「女同士がいちゃついててもセックスって言わないかっつーと、まあ、ほら、……言うじゃん。百合ものあるでしょ」

おそ松が借りていた百合ものAVを思い出し肯けば、一松はどんどんとたたみかけてくる

「で、男が出せば、つってもさ……正直もしトト子ちゃんとそういうことになったら裸見ただけで出そうだし」
「あ~」
「そこで精子が出たからセックスと認めます! 終了! ってなったら詐欺かってなるだろ」
「なるなぁ」
「挿入を! せめて入れさせてよ!! って穴に入れてもさ、入れて即出ましたはいおしまいも違うだろ。だからって三十回腰動かしたらセックスになります、ってのもどうだよって話だし」
「は~、むずかしいな」
「って話をしてたんだよ、十四松と」

確かに基準がほしくなる気持ちもわかる。こうも疑問を積み上げられてはいったいなにがセックスでどれが違うのか知りたくなってしまうだろう。

「ひひ、そもそも『セックスしないと出られない部屋』はなにを判断基準にして出られるかどうか決まるんだって話からだからね」

セックスしないと出られない部屋の判断基準をセックスしないと出られない部屋に入ることによって理解する、か……なんだか早口言葉みたいじゃないか、こんなに繰り返したら。いや、あれ?

「……待て。今回の場合、十四松かデカパンが判断するんじゃないのか?」
「え」
「他の部屋の場合はわからないが、これ用意したのデカパンなんだろ? じゃあなにしたら出られるようにするかっていうのも設定してるんじゃないのか」
「え……あ~、え? でも十四松とはわからないって結論で」
「じゃあデカパンだな。部屋をずっと見ている暇はないだろうから手動じゃないだろ、たぶん。行動とか言葉がキーワードで鍵が開くとかそういう」
「……セックス?」
「いやそれがなにをしたらかって話だよな!?」

堂々巡りだ。このままでは一松とセックスしなければいけない流れになってしまう。外には出たいし弟はかわいいが、正直に言うと絶対に嫌だ。男とセックスとかまったくもってしたくない。カラ松のいかしたビッグサンは運命のカラ松ガールとラブアンドピースの予定なのだから。
考えろ、脳みそをフル回転させ隠された未知なる力を発揮するんだカラ松ブレイン。今がんばらなければ大事故だ。なにをどうしたらセックスに……セックス、か?
壁にかかったプレートを見る。書かれているのは『せ○○○しないと出られない部屋』、けしてセックスではない。

「セックス、じゃない」

一松が叫んだからてっきりそれだと思い込んでしまったが、そういえば十四松は例の部屋とは言ったがセックスとは言ってないんじゃないだろうか。そうだ。いつも十四松はセクロスと言うじゃないか。セクロスしないと出られない、なんて言わなかった。一松兄さんと話していた、とは言ったがセックスとは言ってない。

「一松思い出せ! 十四松と話してたのもっと詳しく思い出してくれ!! セックスじゃないかもしれない!」
「マジかよ!? え、いやでもセックスしないと出られない部屋以外に……」
「ほらここ! 『せ○○○』、セックスとは書いてないしひらがなだ。これ絶対ヒントだろ」
「マジだ! セックスじゃない!! ……あの時、なんだっけあの時……閉じ込められたらどうしようって話で」

パッと明るい顔をした一松は、すぐさま頭を抱え出す。がんばれ、なんとか記憶を掘り返してくれ。おまえの尻がかかってるんだぞ、もっと切実になってくれ。
応援しかすることのないカラ松は、うなる一松を置いて再度ドアノブをひねった。力任せに蹴破ったりは難しいだろうか。足を折ったら痛そうだしな。
ガチャガチャと音は鳴るが、開きそうな気配がまったくない。

「なんだっけ、どこからがセックスだよ女の子と二人きりで閉じ込められたら脱糞するわって言って」

せ○○○……せ、から始まる単語でセックス以外はなにがあるだろう。せんべい? せんべいするってなんだ、むずかしいな。平べったくなって焼かれるのはごめんだ。

「初対面とか無理じゃない、いやいっそ女の子とそういう雰囲気で手とかつないだらもうセックスだよ、とかなんとか」
「それ! せっしょく…四文字じゃないな、でもまあいいだろ」
「あ゛」
「それ試そう! とりあえず挿入しなくともセックスだって認定はされるわけだろ、女の子同士がありなら。だから、手をつなぐをやってみよう」
「……いやさすがのおれも同い年の男と手をつなぐのに緊張したりセックスだって舞い上がったりしねえよ?」
「そりゃそうだろうがこのままじゃ埒が明かないだろ。とりあえずできることはやっていこう」

さあ、と手を差し出せばしぶしぶといった体で握られる。
どこも、うんともすんとも言わない。

「おかしいな」
「だろうと思ってたよね!!! つーかおまえも真面目に考えろよ」
「考えてはいるが、『せ』から始まる四文字でとなるとあんまりなくないか?」
「せ? 節分、摂政、節制、説明、宣言、正論、成人……」
「しないと出られない、だから正論はないよな。もう成人はしてるし…節制? ……確かにこの部屋、食べるものがないな」
「強制的にダイエットとか飢え死にの危機が近すぎてシャレになってないんだけど」
「オレのパーフェクトボディは節制なんてしなくても問題ないぞ」

セックスのインパクトが強すぎて他に入りそうな単語がなかなか思いつかない。これが鍵の開く道だ、とわかっていればがんばる甲斐もあるが実際開くかどうかわからないのもポイントが低い。カラ松は先の見えない努力にあまり向いていないのだ。
は、と覚悟を決めたように息をついた一松が脂汗をだらだら流しながらカラ松を見た。

「……一応ひとつ思いついたことがある」

やろう! と軽率に乗ってはいけない気配がぷんぷんする。おまえ壺売ったりするの向いてないだろう、実は。ものすごくやりたくないです、って全身から主張しすぎだぞ。実の兄とセックスしなければいけないよりは何事も気楽にできそうな気がするが。

「今手をつないだけど、なにも起こらなかった。これ、おまえ相手だからだと思うんだよね。めちゃくちゃかわいい女の子だったら、密室で二人きり近づいてそっと手をつなぐとか最高もう絶対手洗わないこれセックスだろだって男と女がふれあってるんだよセックスでしかないでしょわかる!!!!! ってなるでしょ」
「お、おう……」

正直手をつなぐでそこまで思いこむだろうかと疑問だが、目と目があった瞬間に両想いが確定したりはするのできっと一松が言うことも一理あるんだろう。ちなみに両想いになったはずのカラ松ガールズは恥ずかしがり屋さんが多いのでそのまま歩き去ってしまう。運命の二人ならまた出会うからまあ問題はない。

「つまりこう、内心の問題なわけ。一卵性の同い年のクソな兄だから手つないでもなにひとつセックスじゃないけど、セックスしたいなって思ってる相手と密室で手つなぐとかもうセックス。わかる?」
「な、なんとなくは」

好きな子と二人きりはうれし恥ずかしドキドキ☆ってやつだな。そして手をつないだだけでセックスしたも同然くらいの気持ちになる、と。ふふん青春じゃないか。
いや待て。この部屋のコンセプトはなんだ。セックスを挿入以外で規定しているとして、一松と十四松の会話と目の前の一松の心底嫌そうな顔。つまり。

「……セックスしたいくらい好き、と思いこんで触れあえば可能性がある…、とか」
「それくらいしか思いつかない……」

真っ青な顔で言われても、一松はラッキーだなとしか思えない。だって相手がカラ松だ。このクールガイ相手ならちょっと脳みそを説得すればすぐさまステキ抱いて!!! ってなるだろう。それよりこっちが問題じゃないか。

「え、それはお互いにか? オレもおまえのことそう思わないとダメなのか??」
「そのムリだろうって顔やめろよはっきり言ってこっちのが絶対確実にムリなんだよ、おまえだぞ?」
「オレだな。うん」
「だからそれはいけるって顔すんじゃねえよ! ムリだっつってんだよ!!」
「その通りだが勝手に心の声を読んで怒るのはやめてくれ! というか、ムリならどうするんだ。他に考えはあるのか?」

しん、と静まり返る室内。耳を澄ましてみても十四松やデカパンの声など欠片もせず、ひたすら目の前で弟が頭を抱えているのみだ。
一松の案は正直一理あると思う。セックス=挿入ではないと仮定するならどれくらいのボディタッチでセックスと認定するのか、に心情が影響するのは十分にありえる話だ。だがその前に、『せ』から始まる四文字の単語の謎がある。そもそもこういう部屋の判断をだれがするのかは知らないが、内心どう思っているかなんて一番わからないだろう。お互い好きだけれど隠していましたから手をつないだだけでセックスです、なんて判断できるならそんな部屋に閉じ込める前にちょっと動いて双方によくなるようにしてやってくれ。いや本当に。

実を言うとひとつ、カラ松は思いついてしまったことがある。
セックスを単なる接触ではなく粘膜同士の接触と考えるなら、なおかつ『せ』から始まって四文字。
せっぷん。
接吻しないと出られない部屋、なら意味も通るし兄弟を放りこんでもどうにかこうにかセーフだろう。これならすべての方向において丸く収まると思うのだが、いかんせん、どうにも、まるで、まったく。
一松とキス、別にしたくない。
というか粘膜の接触なら深いやつだろう。舌いれちゃうやつ、やろうぜって言うのはなんというかこう。おそ松が一松からぶちゅっとされているのを見たことはあるが、正直美しくなかった。あの時は罰ゲーム的な流れであったから美しくする必要もなかったのだが、カラ松としては、薔薇の花びら舞い踊る中ムーディーな音楽と共に見つめあいビューティフルなカラ松ガールにそっと、がいい。初めては。いや二度目でも三度目でもそういうのがいい。高いんだぜ、オレのこの唇は。
なのでそっと接吻案を脳内にしまいこむ。一松の案を試してみてからでもいいだろうし、せっかく考えてくれたんだからまずそっちをしてみてもいいよな。うん、いい。いい。