職業柄ムリだろうな、と理解はしていた。
子供の頃は頭がカラッポカラカラカラ松、などと言われたりもしたが現在は思慮深い大人の男だ。恋人に無茶をさせて喜ぶ趣味もない。だから断られた時も、そりゃあ内心残念ではあったが笑って受け流したのだ。
「……そうだよ断ったよな。なのになんでおまえこんなもん持ってきてんだよ」
「んん? だからほら、マフィアのおまえと刑事のオレが一緒に写るのはまずいだろ」
「だから変装すればって、それわざわざ写真に残す意味ある!? おまえと見知らぬ男が写ってることになるじゃん」
恋人の無自覚な嫉妬にふれ、くすぐったくてつい口元がゆるむ。
見知らぬ男、だなんて。変装した自分でさえも別人にカウントするなんて、こんなに愛らしいヤキモチがあるだろうか。白いスーツにポルサリーノ、硝煙の匂いに包まれた裏社会の人間が口にする台詞じゃないだろう。
「服装が違うだけだろ」
「おれってわからないくらい変装するなら、そんなの写真に残す必要ないでしょ」
「いいじゃないか一松、なあ、絶対誰にも見せないから。オレだけの秘密にするから」
「却下」
常はそれなりに威力を発揮する名前呼びも上目づかいも、今回はどうにも不発だった。カラ松が『他の男』と写真に収まるのがよほど我慢ならないらしい。
とても愛らしいが、だからこそカラ松はどうにも写真がほしくなった。
わかっている。マフィアと刑事、お互い仕事とプライベートは完全に分けているつもりだが、けしてそう見られないことは。そして一松が、カラ松の不利にならないようひどく慎重に立ちまわってくれていることを。
だからこれはわがままなんだろう。二人で撮った写真が欲しい、だなんて。わかっている。カラ松はきちんと理解していて、だからこそ、一枚でいいからほしかった。なにか形に残るものが
誰も知らない、お互いしか認識していないこの関係は危うい。ひとたび事が起こればすべてはなかったことになる。最初からない、起こりもしていない二人の関係。関わり。そういう風に気をつけてきたし、これからもそうするだろう。
でもあるのだ。ここに。
カラ松は一松と出会い、恋に落ち、愛を育んだ。二人の間にあったこれまでを、二人で積み重ねた時間を、なかったことにした時にせめてすがれる縁がほしかった。
こんな理由を告げてはきっと怒らせてしまうけれど。おまえと別れるつもりはない、ばれるようなへまをするバカじゃない。怒鳴ってキスして抱きしめて、だけど一松はけしてカラ松を離さないとは言わないし背にまわる腕は震えている。ファミリーを捨てることもカラ松をさらうこともできない男は、どちらも守ろうとすべてなかったことにするのだ。
だから。
「一松と違う男との写真じゃなけりゃいいんだろう?」
ひと目見て投げ捨てられた衣装を目の前に晴れがましく広げてやる。
「麗しいレディなら問題ないはずさぁ!」
◆◆◆
淡いラベンダーのワンピースはたっぷり布が使ってあるから見事に骨ばったラインを隠した。
緩やかに波打つウィッグは頬とあごをやわらかく見せ、ギザついた歯をむき出しにして笑う口元は鮮やかな朱で戒められている。
「どこからどう見てもすばらしいレディだぜ !」
安心しろとウインクすれば、諦め顔でためいきがひとつ。最初からこれが狙いかよ、なんて人聞きが悪い。カラ松は、マフィアのドンと最も縁遠そうな人間になってもらおうと考えただけだ。まさか白い悪魔だの地獄の蛇だのと呼ばれる男が女装したなんて想像もつかないだろう。
「化粧とかなんでできんの」
「なにを隠そう、学生時代は演劇をかじっていたんだ」
「ああ」
「ん? 言ったことあったか?」
そういえば、と言わんばかりの相槌に首をかしげれば「らしいと思って」と返される。意外だと言われることが多かったからなんだかくすぐったい。やはりカラ松のことを本当に理解してくれているのは一松だ。ロミオとジュリエットのような恋さえ、きっと彼相手だから。
「ちゃんときれいに落としてやるから安心してくれ」
「服も?」
「え」
「この服も、おまえが責任もって脱がしてくれんの?」
男が服贈るってそういうことでしょ。可憐な衣装に似合わぬにんまりとした笑みに、じわりと熱くなる頬を隠すことができない。しまった、カメラを構えてなけりゃ手で隠せたのに。
「そ、ういうつもりじゃ」
「おまえの今日のネクタイ、前におれが贈ったのでしょ。ねえ、こっちはそういうつもりでやったんだけど」
遠まわしなお誘いだと思ってこの格好したんだよね。ぬけぬけと言い放つ恋人は勝利を確信している。カラ松がこういったからかいに弱いと知っていて遊んでいるのだ。チクショウ、このむっつりスケベ!!
せっかく撮った写真はふれあった唇から下のみ。手から滑り落ちてしまったカメラの行方より今は目の前で驚きに目を見張っている恋人に言ってやらねば。
そのつもりでこのタイをしめてきたんだ。そう告げればおまえはどんな顔をするだろうか。
バカだな、オレはいつだっておまえを、おまえの全てを逃すつもりはないんだ。