恋をしている。
初恋で、ひと目ぼれで、今もただひたすらカラカラと回る恋の歯車。
オレの唯一の大切な。
「その時オレの腕をぐっとつかんでな、どこかすがるような視線は心に秘めた感情を伝えようとひたすら」
「はいはいはいヨカッタネ」
「全然よかったねって思ってないだろう一松!」
だっておまえの話長いし。ストローをがしがし噛みながら拗ねたように言われては口をつぐむしかない。混ぜっ返している間はいいが、なにかを噛みだすのは一松が飽きている証だ。昨日のセクシーニャンコさんの活躍をもっと伝えたかった気持ちをぐっとこらえ、オレは仕方なくサンドイッチにかぶりついた。
怪人もご近所を守るヒーローも珍しくない昨今、赤塚にも当然ヒーローがいる。知名度が低いことがオレとしては納得いかないのだが、SNSで活躍が広められるのが一般的な現在、あの人は少々紹介しづらいらしい。確かに紫色の猫耳にビキニのようなへそ出し衣装、ブーツは確かにちょっとマニアックかもしれない。でもビキニといってもチューブトップだし、パンツはへそまで覆い隠せそうな安心安全な代物だ。なんせ清純派なのだから。必殺技がいけないのだろうか?
まあオレとしては、恋する相手のあられもない姿を世間一般に広めたいわけではないのでこれ以上有名にならなくてもいいかなと思ってはいるのだが。
そう告げると一松はいつも、理解できないと舌を出す。アレがいいとか本当おまえ変わってるね、ないわ~。うんざりと鼻にしわを寄せため息をつくくせに、俺のするセクシーニャンコさんの話を律儀に毎回聞いてくれるのは一松だけなのだ。
優しい男なんだ、本当に。
オレとセクシーニャンコさんの出会いは少年時代までさかのぼる。
たぶん野球が雨のせいで試合がなくなったとかそんな時、偶然見たテレビ番組にあの人は居た。正義の味方に助言するミステリアスなキティ役は、クレバーなあの人の雰囲気にとても良く似合っていたし猫耳も尻尾も正直とてもかわいらしかった。そう、カブトムシや蝉を追いかけザリガニを釣りあげることばかりな少年の恋の歯車を回すくらいには。
ただオレとて夢と現実の区別はつく。どれほどセクシーニャンコさんがかわいらしくこのオレとパーフェクトにお似合いであろうとも、まず出会わないことにはなにひとつ起こらないことは理解していた。そしてこの大した特徴もない街にあの人が来るわけないことも。
どれほど強い感情だって燃料がなければ消えてしまう。オレの思いだって、再会しなければこんなにも燃え上がらなかっただろうに。
「つーかおまえほんと物好きだね……必殺技がエクストリーム脱糞、なんてやつ普通引くでしょ」
「なんでだ!? この間はあの技のおかげで助かって」
「あー、おまえが幼稚園バス襲った怪人になんでかさらわれたやつね。なんで園児じゃねえのって話な」
「……そりゃオレだって、セクシーニャンコさんに守られてばかりじゃ情けないってわかってるんだ……いつかオレがあの人を守ってあげられるように」
「っは~、せいぜいがんばってクダサイネ」
「一松! だからどうしてそうやる気ない応援を!!」
オレのことなどどうでもいい、と言わんばかりの一松の態度に胸がちくりと痛む。
まだ足りないか。仕方ない、オレの歯車は軽快にくるくると回り続けているが一松の歯車は少々錆ついているのかもしれない。だがそんなことは覚悟の上、長期戦も辞さない構えなのだ。
吊り橋効果、というものをご存知だろうか。有名だからきっと皆わかるだろう。吊り橋という不安定な場所でドキドキと打つ心臓を、恋のときめきと勘違いして出会った人物に恋をしたと勘違いするというアレ。別に場所は吊り橋に限定しなくてもいい。常より心臓が速く打てばそれでいい。
つまり、戦闘現場なんかもとてもいい。怪人なんかいるとなおさら。
日常生活ではまるでときめかない胸だって、ハラハラドキドキで早鐘のように打ってくれることだろう。なんせ恋はスリルショックサスペンスだからな、うん、すばらしい。
それにしても一松の心臓は強すぎるのではないだろうか。オレなんてこうして並んで歩いているだけで動悸息切れハイ救心、の勢いだというのに。
ついため息をつけば、心配そうな視線と素直じゃない言葉。酸素が減るからため息禁止、なんてイマドキ小学生でも言わないぞ。
「……セクシーニャンコさんに会いたい……」
あの人に会えるのは怪人のいる戦闘時。つまりはハラハラ。それでオレにドキドキして恋の歯車を回してほしい。こうして隣にいるだけじゃときめきのひとつもしてもらえないんだから、ハプニングを求めてしまうオレに罪はない。まったくギルティだが恋するゆえの罪は見逃してもらえると古今東西決まっているのだ。
すでに顔見知りになってしまっている怪人達に、今週はどこで事件を起こす予定なのかを聞いてみようと算段していると背中にトンと衝撃。一松の肘が軽くふれる。もう一度、トン。
「おまえはさ……おまえは、セクシーニャンコ以外に目は向けないわけ? あっ、全然へんな意味じゃなく! たんに純粋に興味っていうか!!」
赤く染まった耳がかわいいな。うれしい。友人を心配している自分に照れているんだろうか、かわいい。本当に一松はシャイボーイだ。不器用で真面目で世界一かわいい、最高にステキなヒーローだ。
だからこそ、俺だけのヒーローになってほしいなんて。
ああ、早くオレに恋してくれればいいのに。勘違いでいいから。
「そうだな! セクシーニャンコさんがこのオレの恋の歯車を回すんだから仕方ない」
「じゃ、じゃあ……っ、あの、しょ、正体とか、もし知ってさ、それで……おまえの思ってるのと違ったり、したら」
「違うわけない! かわいくてキュートで優しい、世界一のオレのヒーローだ!!」
そしていつかオレだけのヒーローになってほしい。一松に。
願望を込めてじっと見つめてみれば、一松の顔からするすると血の気が引いた。ああそうだよねわかってたのにバカかよなんでこんな夢みてんのぼくには荷が重い。しゃがみこんでぼそぼそ嘆いている声はとぎれとぎれで、いったい何を言っているのかよくわからない。しまった、まだドキドキが足りなかったか。
今度怪人に、よりハラハラする人質の取り扱い方を相談しよう、と決意するオレは気づかなかった。
まさか一松が、心臓が過剰に高鳴り過ぎると自動的に尻を出すなんて後遺症に苦しめられているなんて。
ヒーローが戦闘中に必殺技として出すならともかく、日常的にそこらで尻を出すのはいけない。さすがにオレも、告白初デート手をつなぐ肩がぶつかるひとつのコップから二本のストローでジュースを飲む、そのすべてで尻を出されるとは思わなかった。ときめいてくれている証だとわかっていても、さすがに多すぎる。
「……そうだよねこんな自動尻だしマシーンと一緒にいるなんて恥ずかしすぎるし」
「あっ、でもセックスの時は服を脱いでるんだからなにをだすんだろうな!?」
純粋な疑問を口にすれば、一松はなぜか泣きながら白いものだよと教えてくれた。ヒーロー活動の後遺症は大変だな。