そもそもはお互い譲らなかったのが原因である。
ラブホテルのベッドの上、シャワーを浴びたほこほこの身体のままカラ松は、向かいに座っている同じ顔の弟を見た。
「じゃあ、キス、乳首、ちんこ、挿入、って感じでいい?」
「いや待ってくれ! 乳首はいらないんじゃないか? こんなところ感じないだろ、レディじゃないんだから」
「男でも開発すれば感じるんだってさ。今日はダメでもそのうち感じるかもしれないんだし、いいじゃん」
「そうか。たくさん調べてきてくれたんだな、サンキューブラザー!」
男でも感じる、という言葉に快楽に素直なカラ松はそそくさと主張を変えた。今日がうまくいかずとも次がある、という趣旨の一松の言葉に正直浮かれたというのもある。未来を示唆する言葉を喜ぶのはラバーとして当然のことだろう?
ご機嫌なナンバーでも一曲歌おうか、という勢いのカラ松に比べ一松の機嫌は急降下していた。眉根がぎゅうとよりただでさえ人相がいいと言えない顔が、夕方に見かけたら知らぬ人のふりをしたいレベルになっている。
「んん? どうしたんだマイリル」
「……一松ですけど」
「? そうだな」
「っ、だから、……ブラザーじゃなくて、あんたの恋人の一松、なんですけどっ」
待ってくれ。顔に一気に熱が集まる。おい待ってくれ。なんだ、目の前で凶悪な顔でぷるぷる震えている一松は今なにを言った? なんだかそう、どうしようもなくかわいらしいことを言わなかっただろうか。
カラ松があまりの衝撃に固まっていると、恥ずかしいことを言ったという自覚があったのだろう、一松が枕を投げつけてくる。
「こういう時こそクソ顔さらしてイタいこと言えよこのクソボケ松が!! なにふっつーに照れてんだよかわいいかよ!!!」
「かっ、かわいいのはおまえだろ! 最高のブラザーでラバーな一松の方だ!!」
「はぁ!!? おまえ目が悪いにも程があんだろ、かわいいのはおまえなんだよクソ松!!!!!」
二人きりのため、同じ顔だよむつごだから、とつっこんでくれる優しい誰かはいない。枕を投げつけながら必死にかわいいかわいいと言いあう、誰に聞いてもラブラブでよかったですねとしか評されない喧嘩は一松がダウンしたため決着がついた。
「……このゴリラめ……どんだけ体力あるんだよ……」
「水飲むか? もう少し運動した方が健康にもよさそうだな……なあ、もしよかったら今度一緒に散歩にでも行かないか。ウォーキングから始めるのもいいと思うぞ」
「……ぃぃょ」
消えてしまいそうな了承を得、カラ松の機嫌は急上昇だ。今なら大気圏突入だって苦ではない。なんせこの恥ずかしがり屋のかわいい恋人がデートの誘いに乗ってくれたのだから、うれしくないわけがない。
まだ息を切らしている一松の背をそっと撫でると、びくりと猫耳が飛び出した。どういうメカニズムか未だにわからないが、大変かわいいのでカラ松はさほど気にしていない。
「じゃあ、始めようか」
「うん。……まずはキスだから。やっぱなしとか聞かないから」
「まかせろ。男に二言はないぜ」
カラ松と一松が恋人になって、三週間。手はつないだし、買い出しという名のデートも繰り返した。ただキスやそれ以上となると、やはり人口密度の高い松野家では難しい。片想いの時はうれしかった同じ家も、手を出してかまわない相手がそこにいて向こうもオッケーしているのに出せない、のは正直つらい。毎晩理性を試されている。キスくらいなら大丈夫だろうって? ノンノンガール、考えてみてほしい。大好きでかわいくて仕方のないキティとキスをして、頬を赤く染めたかわいい顔なんて見てしまったら。そこで止まることのできる男は、おそらく人類最強の紳士だ。カラ松はもちろん紳士ではあるが、ランキングでいうと三位くらいなので我慢はできない。
同じような事を考えていたのだろう一松が、小遣いの残金を訊いてきたのが昨日のこと。ホテル代には少し足りないのだと口を尖らせていたかわいい弟を、抱きしめて大声で歌いださなかったことを評価してほしい。歌うだろう、普通。この胸にせりあがる愛おしさを高らかに歌い上げたくなるだろう、こんなの。
二人でなんとかひねり出したラブホテル代を掲げ、意気揚々とシャワーを済ませたのが先程。
そして、お互いに男役をやりたいと譲らなかったため、じゃんけんで公平に交互にやろうと決まったのが今である。
◆◆◆
「じゃーんけーんほい」
カラ松がパーで一松がグー。
勝者として、カラ松はそっと一松の唇に己のそれを近づけた。キスに男役だ女役だあるのかと問われれば首をかしげるしかないが、やはり自分がリードしたいというのが双方の希望だ。兄なんだからリードする、という説得は効かなかったのでじゃんけんになってしまったが、これはこれで悪くない。なんせ一松は、むつごの中で弱い方のカラ松よりもまだじゃんけんが弱いのだ。勝負に負けては、買い出しだのなんだのとミッションをこなしてきた二人である。勝利の女神はカラ松に微笑むのも当然の話だ。フッ、ギルトガイは困るぜ。
唇に伝わるかすかな震えが、一松も覚悟を決めてくれているんだなと思えてうれしい。手の平で、指で、幼い頃から幾度も触れたことのある唇は想像していたよりずっとやわらかくあたたかい。少しかさついた感触がくすぐったくて、一度離してからもう一度ひっつける。
唇の先、右、下唇だけを軽く吸ってもう一度ゆっくりあわせてみる。気持ちいい。薄目を開いて確認してみれば、揺れるまつ毛がぼんやり見えた。顔が熱い。カラ松もだが、きっと一松も真っ赤な顔をしているに違いない。キスするたび触れる頬やつないだ手が燃えるようだ。
そろりと一度、唇を舐めればびくりと一松が跳ねあがった。逃がしたくなくて思わず抱きしめる。
「っ、ちょっと、キスだけだっつってんだろ」
「ソーリー、つい……なあ、ハグしたままキスしちゃダメか?」
だってすごく気持ちいい。腕の中の発火しそうなほど熱い身体を抱きしめていると、一松だなぁとしみじみ感じる。
鼻の先がかゆくなったけれど一松の身体に回した腕をほどきたくないので、こっそり鼻を肩にこすりつける。鼻水をつけてるんじゃないんだ、安心してくれブラザー。
んんっ、となぜかのけぞった一松はか細い声でオッケーしてくれた。やっぱりおまえは優しいな!
「じゃあ、もう一回な!」
「はいはいどーぞ」
広げた腕に素直に一松が入ってきてくれる。うれしい。唇を寄せたらキスしやすい角度に顔をかたむけてくれる。うれしい。
恋人同士とはすばらしい。抱きしめてもキスをしても好きだと言っても、一松は胸ぐらをつかんで怒鳴ったり怒ったりしないのだ。それどころかカラ松のはおったバスローブをつかんでいたりする。なんだこれは。かわいい。
ノックするように何度か舌で触れると、そろりと唇が開いた。ゆっくりと舌を侵入させれば、生温い空気を感じてああ口の中なんだなぁと実感する。なにをどうしたらいいのかわからなくて、カラ松はとりあえず近くのなにかを舐めてみた。硬いつるりとした感触。ああ、歯だ。遅れて舌先に感じる、ほんの少しの刺激。ミント?
「……ぶふっ、ふふ、おまえ、ふっふふ」
「なっ、なに、なんなわけ」
一松はさほど身なりに気を遣わない。髪の毛は起きた時のまま寝ぐせがはそのうち直ると放置、歯磨きだって寝る前にしているのは知っているがトド松のように毎食後はしていない。それが、こんなにつるつるピカピカで歯磨き粉の味まで残っているなんて。
風呂場で必死に歯を磨いてくれている姿が簡単に想像できて、胸が愛おしさできしむ。カラ松とキスするのを楽しみにしていてくれたのだ。こんなにも。
「オレ、一松のこと好きだなぁ」
湯気でも出そうなくらい赤く染まった顔を見ながら口をふさぐ。かわいくないかわいい台詞は今はいい。後でたくさん聞くから、今はもう少し。
カラ松のために磨きたてられた歯を前から一本ずつ舌で確認する。奥に届かせるため強めに口を押しつければ、応えるように一松の口もまた大きく開く。少しギザついて見える一松の歯は、舌でなぞればゆるいカーブを描いている。舌を傷つけることはしないのに傍目から見れば危険な牙のように思えるなんて、歯まで本人に似ているじゃないか。ひどく楽しくなってきたカラ松は、思う存分一松の歯を堪能した。
「っ、ッフハッ、ぅあ~、ちょ、いいかげんに歯ばっかやめろクソ松」
「んん~? じゃあどこを舐めてほしいんだ?」
「そりゃ上あごとか、っていや、別にそういうんじゃなくて! っくそ、早く済ませろよ次のじゃんけんするぞ!!」
「オーケイ、上あごだなチェリーパイ」
「本気でうざいからそのノリやめろ」
涙でうるんだ目で睨まれても怖いことなんてなにもない。けれどこれ以上かわいい恋人を怒らせたくはなかったので、カラ松はまたそっと唇を寄せた。とたん憎まれ口が止むのだから本当に一松はかわいい。
希望通り上あごをべろりと舐め上げれば、腕の中の身体がびくりと震えた。少しでこぼこしていて温かくてひたすら愛おしい。
「ッ、う」
肩がびくびく動く所を重点的に攻めてやろうと横目で一松をうかがっていたカラ松の舌に、なにかが。
「へっ、びびってんのかよ。ダッセ」
「ノンノンいちまぁ~つ、ルール違反だ。今はオレがリードする番だろ?」
「口の中ちろちろ舐められてるだけで飽きてきたんだよね。もう交代しねえ?」
真っ赤な顔と荒い息を隠しもせずによく言う。
強気に出る一松に、紳士であれと己に言い聞かせてきたカラ松も堪忍袋の緒が切れた。先をねだる性急さはかわいらしいが飽きたなんて言葉はそのかわいい口から出してはいけないぜ、まったくギルティラバーだ。
二の腕をつかみかわいくないことを言う口を閉じに行く。がぶりと噛みつくように口づければ、触れている二の腕までぶわりと熱くなる。先程カラ松に無遠慮に触れた舌。ちょんと触れあうたびぞわりと首筋に電流が走る気がする。カラ松のものより薄い舌が逃げ惑うのを、追いかけながらも口内を蹂躙する。じゅ、と音がした。次にかすかにあごが動く感触。飲み込んだ音。
認識したとたん、首筋の電流がパチパチと背筋まで跳ねていく。飲んだ。一松が飲んだ。一松と、おそらくはカラ松の唾液を。不可抗力であったとしても、飲んだのだ。
「っは、ちょ、ストップ、ストップ!」
「あ、ああ」
「キス終わり! このままじゃ最後までいけないでしょ」
「……時間を決めてなかったのはまずかったな」
「十五分、てとこか」
「なっ、それ笑ってた時間とかも入れてるだろ!」
「あったりまえだろ! 笑っててもキスしててもご休憩は待っちゃくれねーんだよ!!」
だから今この時間も惜しい、と真顔で告げられてはカラ松も口をつぐむしかない。一松の発言はしごく最もであるし、気軽にホテル代を捻出できるような二人ではないのだ。今日を逃せば次の小遣い日までチャンスがない。
「ソーリー、やはりオレも浮かれていたようだ。おまえとキスするのが気持ちよすぎてなかなかやめられなかった」
「っだっからおまえはそういう……は~、次のじゃんけんしよ」
◆◆◆
「じゃーんけーんほい」
カラ松がパーで一松がチョキ。
正直これまで乳首で感じたことのないカラ松は、暇になりそうだなとため息をつきながらバスローブをはだけた。
「あ、着ててそれ」
「んん? 乳首じゃなかったか?」
「うん、乳首だけど最初は着てて。あと今度はタイマーかけとこ、十五分ね」
「長くないか!?」
「キスひとつでそんだけやったおまえがそれ言う!?」
十五分もぼんやりしているなんて、とカラ松が声をあげればぴしゃりと反論される。そう言われてしまえば黙るしかないが、キスはお互いに気持ちいいが乳首は違うだろうと往生際悪くカラ松は口をもにゃもにゃ動かした。ベッドヘッドの時計でタイマーをかけている一松はまるで気にも留めてくれないが。
「じゃあ始めるよ。こっち背中向けて、そうそうおれの前に座ってさ」
ベッドの上、一松の足の間に座り込んだカラ松は少々居心地が悪かった。この体勢はもっとこう、華奢で小さな女の子相手にするものじゃないだろうか。ソファのように自分にもたれかかってもらったり、抱きしめていちゃいちゃしたりの憧れの体勢をまさか女の子側で再現することになろうとは。似たりよったりの成人男性二人で再現するにはちょっと無茶がある、と傷つきやすいガラスのハートを持つ弟に伝えるにはどう言えばいいだろう。
「ほい、スタート」
悩むカラ松のことなど放置のまま、一松の腕が唐突にカラ松の両脇から生えてくる。いや生えてはいない。体勢的にやはり見えないのか、二人羽織のようにふらふらと動く手があわれでついカラ松は己の乳首まで誘導してしまった。
「ひひ、乗り気じゃんクソ松」
「じゃんけんで決まったことだからな。逃げはしないぜ!」
「あざーす」
やわやわとバスローブの上からもみこまれる胸。女性のようなボリュームはないが、なんとなく見ているのもはばかられる。かといってあまり話しかけても一松に怒られそうで、自然カラ松の意識は刺激されている部分に向いてしまう。
布地越し、幾度も撫でられこすられた乳首が少しずつ存在を主張していく。これまで自分の乳首がたつ瞬間など気にとめたこともなかったカラ松は、耳元でうれしげな一松が「たったね」とささやいた瞬間とんでもなく恥ずかしいことを知られた気がした。いやだって、寒い時とかそりゃ乳首たつけど知らないうちにだし。服にこすれたとかでたっても、ああそうかって感じだし。でも!
乳首がたつその瞬間を、指でじっくり触って感じてされていただなんて。リアルタイムで。そんなの。
「耳すげー赤いよ、もしかして恥ずかしいわけ?」
「いやまさかっ」
「だよね、まさかそんなわけないよね。刺激したら乳首たつのなんて常識だしね」
「っ、ああそうだ。当然の反応だからな、体の」
話している間も一松の指は止まらない。すでに固く自身を主張している乳首を、こすりあげ軽く爪をたて手の平で押しつぶし、痛くはないが確実な刺激を与え続けている。
「ああ、でもこんなに早くたっちゃうのはなかなかないかもね」
「早くはっ、ないだろ」
「やっぱあんた恥ずかしいんじゃない? 耳真っ赤。うなじも」
べろりと首を舐め上げられて尾てい骨がぞわぞわとしびれた。文句を言う前にごめんねとかわいく謝られては、カラ松は口をつぐむしかない。要所要所で弟の顔をしてくる恋人はなかなかの策士だ。
「ねえ、こんなに顔も首も赤いならさ、乳首も真っ赤なんじゃない?」
「は!? いや、普通に茶色で」
「ほんとに? だってあんた顔すごいよ、ほら胸元も。血が巡ったら指先とかも赤くなるじゃん。ねえ、乳首、赤くかわいく腫れてたらオレ我慢できずに舐めちゃうけど、いいよね?」
あたたかい口内。ぬめる舌とやわらかいけれど尖った歯。先程カラ松が自身の舌で嫌というほど確認した記憶が、がつんと脳内を揺さぶる。
あの舌が。あの舌で。いや一松のことだから舐めるだけではすまないだろう、もしかしたら口に含んでしまうかもしれない。外気にふれ少し冷たくなった舌先がカラ松の尖った乳首をゆっくり舐め、そのまま唇が乳輪に到達し、少しかさついた感触に震える間もなくミントの味のする歯で軽く甘噛みしながらきゅうと吸われるのだ。
背筋に走ったのは怖気ではなかった。
「……っ、く、口はダメだ」
「なんで? あ、わかった。こうして耳元でしゃべっててほしいから?」
「違う! そこでしゃべるのはくすぐったいからダメだ!!」
ダメだダメだってガキかよ。言葉のわりに楽しげな声で、一松は機嫌良く笑っている。ガキでもなんでもいい、カラ松は正直切羽詰まっている。開始時から一瞬たりとも指が離されずいじられ続けている乳首はぴんぴんに固く尖って妙にむずむずするし、一松が耳元で話す度背筋はぞわつくし、無駄に訓練された想像力は腹の底にじわりと熱を蓄え出している。ペーパーレディに愛を囁く際には大活躍の想像力だが、今回はちょっと遠慮してほしかった。あまり具体的に考えてしまっては、元気いっぱいのカラ松ボーイが呼んだか!? とおっきしてしまう。乳首をいじられて、はちょっと勘弁してほしい。クールじゃない。
もぞもぞと落ち着かな気に身をよじるカラ松になにを思うのか、一松は終始機嫌がいい。楽しそうなのはいいことだしカラ松もうれしい。ただ今はちょっと、もう少し冷静になってほしいというかテンションを落としてほしいというか、つまりその。
「いち、一松っ。耳くすぐったいから離れてくれ」
「さっきからずっと言ってるよね。なに、おまえくすぐられるの弱かったっけ?」
そんなわけはない、と確信している声音の一松はまるで動く気配がない。確かにこれまでカラ松は、耳についてなにひとつ考えずに生きてきたくらいには敏感ではない。触られたからといってなんだ、という話だった。そのはずだった。
「そのはずだったんだが、あの、今はなんかダメなんだっ。……今は乳首だろ! 乳首にだけ集中してくれ!!!」
???
思わず飛び出た台詞に一松のみならずカラ松の時も止まった。なに、なんだ? 二人揃って首をかしげて、ゆっくり言葉を咀嚼する。
乳首に集中してくれ。自分の乳首をいじっている相手に、もっとここだけに集中しろってそれはつまり。
「あっ、あっ、ちが、オレはそんなデンジャラスなワードのつもりじゃなくて、あのっ、あってるんだが」
「あってるのかよ!!!」
「え、おう。乳首だけにしてほしかったのはその通りだからな」
ただ耳をかまうなと言いたいだけなのに、どう伝えてももっと乳首をいじれと言っているように聞こえるのはなぜなのか。でもまあ乳首の番だし、最初からこの予定だからとカラ松はあっさり考えることを放棄した。そもそもこの会話の間も、一松の手は飽きることなくカラ松の乳首を刺激し続けている。一度決めたことはやりきる、真面目な男なのだ。カラ松の弟は。
「……は~、まぁいいよ。ねえ、今どんな感じ?」
「乳首か!?」
「そこ以外にどこがあるの」
尾てい骨はびりびりするし背筋はなにか触れるたびびくつくし足の力がじんわり抜けてきていて腹の底に熱が溜まってきている。全身に廻る血液は常より勢いよくきっと熱を持っている。手は、もしこの場にカラ松しかいなければおそらく陰茎に触れていた。
というようなことは言わなくてよかったので、カラ松は安堵の息をつきながら少しひりひりしてかゆみがあると伝えた。
「やっぱ赤くなってんじゃないの、ひひ、血の巡りよくなってかゆくなってんじゃん」
「おまえが延々いじくるからだろ。……それに一松の方が乳首の色ピンクだろ」
「なに、コンプレックス? え、茶色いの気にしてんの??」
「はぁ!? なんでそんな話になるんだ? オレはただ事実を」
「いーじゃん茶色いのもエロくて。おれは嫌いじゃないけど」
なぜ慰められているのかわからない。本当に、カラ松は自分の乳首の色がどうこうなんて考えたこともないのだ。別に普通だろう、茶色。ただなぜか一松が妙にうれしげに笑っているので、つい文句が口の中で力を失いもにゃもにゃと唇を動かすしかない。だってかわいいし、笑う一松。ならまあ別に、悪いことを言われているわけでもないのだからいいかな、とか。
「……ねえ、乳首触ってほしいんだよね?」
「耳とか首を舐めたり息吹きかけたりしないでほしいんだ!」
「乳首だけ触ってほしいってことでしょ。じゃあさ、言ってよ。オレの乳首触ってくれ、って」
「なっ」
「バスローブおまえの手ではだけてさ、こっちに見せてよ。真っ赤に腫れあがったエロい乳首触ってくれ、って」
脱がさなかったのはこれがしたかったのか、と恨みがましい目で睨みつけてみてもどこ吹く風、一松はにやにやとだらしない顔できゅむきゅむと乳首をつまみ上げるばかりだ。
布地の上からでもこんなに気持ちいいのだ。直接触られて、なおかつあの口の中に迎え入れられてしまったら。先程の己の想像が現実味を帯びてカラ松の脳をがくがく揺さぶる。
そもそもセックスしに来たんだろうラブホテルに。一松とは恋人同士、なにを恥ずかしがることがあろうか。男が乳首をいじくられるのが恥ずかしい? なにを言う、最初に一松も言っていたじゃないか、開発すれば感じると。つまりこれは当たり前の反応で、気持ちいいことはいいことで、一松相手なら望むところの。
ピリリリリリ。
茹だった頭に明るい音が水をさす。時間か、と唇を尖らせた一松がタイマーを止めに行き、乳首チャレンジは終了した。
◆◆◆
「じゃーんけーんほい」
カラ松がパーで一松がグー。
「よし! 今度はオレがリードするからな!」
「……わかってる? 次はちんこだよ? 男のちんこ触る順番なんだよ??」
「うん? ああ、一松のだろ。触ってみたかったから問題ないぞ」
嬉々として返せばなぜか一松は両手で顔をおおって丸くなってしまった。髪が云々かんぬん聞こえるがどうしたのだろう。おまえの髪はまだ薄くなってないし心配なら海藻だと伝えてやるべきだろうか。マミーにわかめの味噌汁の出番を増やしてくれと直談判する時はつきあってやるからな。
タイマーを合わせ、枕を背に両足を広げ座る一松の足の間に体で分け入り、がばりとバスローブをめくりあげる。心の準備がとか一声かけろとかわあわあ叫ぶ一松に構っていては時間が過ぎるばかりなので、カラ松はさっくりとそれらを無視した。なんせ与えられた時間は十五分なのだ。この限られた時間で思う存分一松ボーイをかわいがり、ステキ抱いて!!! と思わせなければならないのだから。
「なんだ、穿いてるのか」
「そりゃパンツくらい穿くでしょゴミクズでも。……待って、もしかしてあんた」
「穿いてないぞ! バスローブの下はなにも着ないものだろ」
「!!??? だっ、バッ、あ、あぁ~~~~~…………ああそう。ってバカ! そんな無防備に動くんじゃねーよ裾!! 裾が乱れてんだろ気をつけろ!!!」
「お、おう」
いきなりよくわからない注意を受けるが、聞き返してもきっと理解できないだろうとカラ松はそっと流した。そういうところ兄さんのクソなとこだよね、とトド松に以前評されたがどういうことかわからない。わからなくとも愛しいブラザーだし目の前にいるのはかわいいラバーだ。それだけで十分なので、カラ松はおもむろにブリーフを引きずり下ろした。
「ちょ、いきなり…っ」
「汚れたら帰る時困ると思ったんだが……もうけっこう、アレだな」
「さっきまでなにしてたと思ってんだクソボケ!!!」
先走りでにちゃついた下着と羞恥に染まる顔、涙目。カラ松のつたないキスと乳首を触るだけでこんなになっていたのか。ぎゅうと胸がしめつけられる。血液が一気に燃え上がった気がした。
そっと指先で触れれば温かくやわらかい。少しだけ芯を持ちはじめた陰茎は一松が身をよじった拍子にするりと逃げてしまう。
同じ男のものだ。カラ松のものと大差はない。そう思うのに、どうにもかわいらしく見えカラ松はつい手で握りしめてしまった。ひょわ、と叫び声が聞こえるも離したくなくて困ってしまう。だってなんだか、こう、かわいい。愛しい。
先から溢れる先走りを全体に塗りこめるよう手の平を動かしてやれば、荒い息が聞こえる。いつもカラ松ボーイにする動きと変わらないはずだが、向きが違うからだろうか、勝手が違って妙にドキドキする。ちらりと視線を上げればのどぼとけがセクシーな首と口を覆った手。ふ、ふ、と荒い息が聞こえるたび胸が上下する。
一松だ。今カラ松の手の中にあるのは、一松の。
「なんかこう……セックスと思えないな」
ぽろりと出た言葉に目を向く一松に、慌てて訂正する。
「いや、違うんだ。ほら、なんか空気感というかほら、その」
「セックスでしょ」
「え」
「これセックスの一部じゃないの、え、違うの……?」
困惑した声を出されカラ松も困ってしまう。だってこんなに愛おしくて胸が痛くて一松がかわいい。男の陰茎をキュートだと評する日がくるなんてカラ松は想像もしなかった。でもほら、内モモより色が濃くて赤みも強くて撫でれば素直に勃ちあがりふるふる震えるこの健気さ。我慢できないとばかりに零す先走りでテラリと光る様まで微笑ましい。
カラ松の知っているセックスは、もっとこう、腰を振って気持ちよくて欲望! みたいなそういう勢いのあるもので。まあAVが教科書なんですけどねそこは許してほしい。だからこんな、一歩間違えれば母性では? なんて感情が湧くなんて予想もしていなかったわけで。
「うん……セックス、かな……いやすまん。なんかこう、一松がかわいいなって思ってばっかりで」
「は!? おまえのことかわいいって思ったらセックスじゃないなら一生セックスできねえよ!!!!!」
「ん? うん?? うん、そうだな」
「……死にたい……まさか聞き流されるとかないわ~……そりゃ勢いで出ただけだけどさ、本心なんですけどねそこは拾わないんですねあいかわらず都合のいい耳してるよねクソボケちくしょうばーかばーかばーか」
独り言が多いのは昔からだな、きっとなにか色々考えているんだろうなあとカラ松はさっさと行為を再開する。なんせ時間がないのだ、こちらには。十五分は攻める立場になると案外短い。
話していた間手を止めていたためか、陰茎が乾いてきている。このままこすっては痛いだろうが、先走りも今は出ていない。カラ松は少しだけ考えた。一松を見て、一松ボーイを見て、最後に舌で己の口内をぐるりと一周。うん、いけそうだ。
べろりと舐め上げたとたん、一松は聞いたことのないような高音で悲鳴をあげた。
覚悟していた程のひどい味はしない。目を閉じていればなにかわからないんじゃないだろうか、これ。よくわからないのも尻が落ち着かないので、カラ松はもう一度口を開く。さっきは幹部分だから謎触感だったのかもしれない。もう少し先、亀頭ならもっと特徴的だから。
結論から言うと、やっぱりよくわからなかった。舌全体で押さえつけるように舐めたのが敗因だろうか。味を感じる神経は舌先が多いんだったか? いやあれは熱か? さほど熱心に授業をうけていなかったカラ松は、遠い記憶を引き出そうとしてさっさと諦めた。実際目の前にあるのだから試した方が早いだろう。
「……もっとごつごつしていたり苦かったりすると覚悟していたんだが、結構つるっといけるな」
「やめてそのグルメ番組リポーターのノリ……ところてんかよつるっとって……」
「ところてんで言うなら黒蜜じゃなくて三杯酢だな! 少し刺激臭が」
「黙れデリカシー皆無か!!!!!」
「おまえが振った話題だろぉ……」
今回は会話していても一松ボーイは元気なままだ。カラ松の唾液でてらてらと濡れたそこは、やっぱりカラ松のものとたいして変わらない男の象徴で、でも困惑してしまうくらいかわいらしかった。
たぶん一松はこのままカラ松が手で扱くと考えているだろう。濡らすために舐めたわけで、充分に濡れているから手でごちゅごちゅ擦ればきっと気持ちいい。同じ男としてカラ松は確実性をもって理解している。
しかしそれでは、一人でやるのと大差ないのでは?
今回のカラ松ミッションは、一松にああんステキ気持ちいい抱いて! と思わせることだ。つまり、一人ではできないことにチャレンジすべきではないだろうか。
舐めるのはそこまで嫌ではなかった。というか、あれくらいならどんどん舐めてやってもいい。覚悟していた程苦くも青臭くもなかったし、一松の反応はすこぶるかわいいし、さっき三杯酢だなんだとからかったけど実は石鹸の匂いが少しした。とても丁寧に体を洗ってきたのだろう。そういうひとつひとつが一松はずるい。言葉にはしないくせに、カラ松のことを想っているのだと要所要所で伝えてくるのだ。
口内にはいつの間にか唾液が溜まっていた。ゆるゆると手を上下に動かせば荒い呼吸が室内に響く。
「……なに、どうしっ、えっ、ちょ、ま、まって、うぇっ」
勢いをつければじゅぼりとひどく下品な音がした。口の中で泡立っている。
「ばかっ、ちょ、ひ、あ、あ、クソ、う、あ、ぁぁあ、っ」
唇をなるべく輪のようにして咥えこむ。顔全体を動かすのは重労働だがビデオの中のガール達もやっていたのだ、成人男性のカラ松にできないことはないだろう。一松が腰を動かすから口の中であちこち跳ねて上あごや頬の裏をこすっていく。落ち着いてくれ、ちゃんとこの松野家次男カラ松がおまえをヘブンへ導いてやるから。
なんとかそう伝えたくて視線を上げれば、常は下がりがちな瞼をカッと見開きカラ松を凝視している一松と目があった。白目が血走っている、大丈夫だろうか。まばたきしないと乾燥してしまうぞ。
「ひっ、あ」
唐突に口内から鼻に青臭い匂いが走り抜け、思わずカラ松は咳きこんだ。一松ボーイもその勢いで転がり落ちてしまい寂しげだが、ここは広い心で許してほしい。なんだか唾液が粘ついて、吐き出したり咳きこんだりカラ松は忙しいのだ。
なにが起こったか理解できたのは、一松に先導され洗面所でうがいを思う存分し鼻を三回ばかりかんだ後だった。
「射精したのか!」
「……そーだよ悪い? だってしゃーねーじゃんいきなりフェラとか神かって話だしうまそうにほおばるの五万回は妄想したし叶うとか思ってなかったしおまけに上目づかいに見てきてのへんにゃり笑顔だよ? ねえこれで我慢できるならそれはもう石じゃない? おれのちんこ石じゃないから仕方ないよね??!」
途中から早口のため聞き流していたが、一松のちんこは石ではないのでとりあえずカラ松は肯いた。安心してくれ、わりとへんにゃりだ。
「だがこの後どうする? 出てしまったあとまた触るのきつくないか?」
「あー、時間までね」
なにをしようか考えだす前にピリリリリと音が聞こえた。とりあえずベッドに戻れば、と呼ばれているようで一松とカラ松は顔を見あわせ笑った。
◆◆◆
次はとうとう挿入である。
もちろん男カラ松、一度決めたことを覆すことはめったにないし(たまにはある)、旗ならば入れたことがあるのだから愛しのラバーのちんこだってどんと受け入れてやらねばならない。
でも正直、痛いのは嫌なのでできれば挿入されたくない。ぶっちゃけ一松に女の子役をやってほしい。そうだ、一松はMだって誰だったか言ってたじゃないか。Mって痛いのが気持ちいいんだろう? じゃあ別にいいのでは。もちろんわざと痛くしたりしないし精一杯優しくする。今日は怖い、ってなったら次にしようってやめら……やめ……やめられるよう努力しよう。
どちらが挿入されるかはじゃんけんで決めるのになぜこうも弱気になっているのかって? 簡単な話だ。先程から勝者は、カラ松一松カラ松の順だ。勝負は時の運でカラ松は勝利の女神に愛されている、のだが、なんとなく。百バーセント勘なのだが、次の勝者は一松のような気がするのだ。
「あのさ、そんなに怖いんだったらもういっこ行程プラスする?」
「フッ、戦の神マルスの生まれ変わりと謳われたこのカラ松に怯えなど」
「怖くないならおまえの尻に入れるな」
「すみません怖いです!」
最初から正直に言えばいいんだよクソ松、なんて誤魔化すみたいに悪態をつくけれど一松の顔は穏やかだ。デンジャラスでクールな兄に向けるものではない気がして、カラ松はそわりと肩を揺らした。尻の座りがわるいんだ、おまえがそんな表情をすると。
「行程をプラスってどういうことだ?」
「挿入の前にもうひとつすること増やそう。そうすりゃ心の余裕もできるだろうし覚悟決める時間もできるでしょ」
「ノンノンいちまぁ~つ、勝利の女神は常にオレに微笑むんだぜぇ? つまり、このグレイトフルカラ松ボーイを受けとめる覚悟をおまえがする、そういうことだろぉ?」
「クソ顔する余裕出てきてよかったね」
なにがいいのかわからないが、機嫌がいいことはわかったのでカラ松もうれしい。まあホテルに入って以降、二人の機嫌が悪かったためしがないのだが。
人目を気にせず恋人といちゃつける、なんてハッピー! ここがエデンか?
「尻の穴が怖いのはわかる、から会陰にしよう」
「えいん?」
「そ。玉と尻の穴の間のさ、蟻の門渡りって呼ばれたりもしてるとこ」
「あー、聞いたことある気がするな、蟻の…とわたり?」
「ここも気持ちいいらしいし、会陰攻めをプラスすることで尻への抵抗感を薄めようと思うんだけど」
なるほど。なぜこんなところが、と思うも先程乳首が気持ちよくなってしまったカラ松はあっさり一松の言葉に肯いた。それにしてもエロ知識がすごいなうちの四男は。博士って呼んでやろうかな。喜ぶだろうか。やめてやりなよ、と止めるトド松が不在のためカラ松の脳内には、いつか一松をエロ博士と呼んで称えてやろうというミッションが刻まれてしまった。時限爆弾だろうか。
「じゃあじゃんけんしよっか」
◆◆◆
「じゃーんけーんほい」
カラ松がパーで一松がチョキ。
危ないところであった。会陰をプラスしなければカラ松の尻はウンコより太いものが入ってしまうところだった。
「じゃあM字開脚して、玉とちんこ自分で持ち上げてね」
「why!? なんでそんな姿勢とらなきゃいけないんだ!!?」
「じゃないと触れないじゃん。なに、男に二言あるわけ?」
確かに位置的に、玉だのなんだのが邪魔であるというのはわかる。ぐっとカラ松が押し黙ると、いやらしく笑った一松が追い打ちをかけてくる。
「なに、それともおれの顔の上で足開いたりする? それならちんことか支えてなくてもいいよ」
「そんな恥ずかしい格好はできない!!!」
「あれも嫌これも嫌ってわがままひでえな。……じゃあ四つん這いは?」
少しでもマシな案が出た、とカラ松は大急ぎで手と膝をつきベッドの上で四つん這いになった。M字開脚だの顔の上で足を開けだの、してもらうならいいが自分でやるのはまっぴらごめんだ。一松ではないが、恥ずかしくて発火してしまう。
「ひひ、素直。じゃあ始めるから」
時間はこれまでと同じく十五分。ずっとこの体勢だと疲れそうだから途中で休憩してもいいだろうか、なんてのんきな事を考えられていたのは最初だけだった。
「……ねえ、どう?」
くっ、くっ、と押しこむペースは変えないまま一松が楽しげな声を隠しもせず問いかける。どうもなにも、気持ちいいのがわかりきっているくせに。
指の腹でさわさわと撫でられた時は、くすぐったいなと流すことができた。ゆるく撫でられ、円を書いたり爪でくすぐられたりとバリエーションをつけながらもひたすら会陰部分を擦り続ける一松に、おまえは楽しいのかと問いかけようかと考えたのは一度や二度ではない。
なんとなく腹がむずむずするな、と思った頃からだったろうか。一松の指の動きに、トントンと軽く叩く動作がプラスされた。叩かれた部分からじわりとむずがゆい感触が響くが、まあ我慢できなくもない。たまに叩いているだけなのだから。そう余裕を見せ鷹揚に構えたのが悪かったのか。
トントンがいつしかきゅむきゅむと押しこむ動きに変わった頃には、カラ松の腕は折れ顔をシーツに押し付けることしかできなくなっていた。
「ねえ、かわいい弟の質問無視するわけ? ひどーい、傷ついちゃうなぁぼく」
「む、しっ、とか…っ、してぇ、なっ」
身体が跳ねるたび声帯も勝手に飛び跳ねる。男らしくクールに答えたいのに、カラ松の口から出るのは喘ぎ声と涎ばかりだ。
一松の指が会陰を押す度、体の芯がしびれて手足がびくびくと跳ねてしまう。腹の底にほんの少し感じたむずがゆさは全身に広がり、どこを触られても高い声が出る。熱い。太ももになにかが這う感触に意識を向ければ、汗すごいね、なんて一松の声。膝の裏にやわらかい感触。
「ふっ、しょっぱ」
「な、めるっ、なぁあぁぁっ」
「ごめんごめん。だってあんた、あんまりにもどろどろなんだもん」
証拠、と言わんばかりにすべらされた一松の指先がカラ松の亀頭をついとつつく。持ちあげなくとも自力で立ち上がっているカラ松ボーイは、健気にぐっと堪えている。いきなり触るのダメ絶対。暴発の危機。今のはなかなかユーモアが効いていてよかった、と頭の片隅でちらりと考えるもカラ松の口はろくに回らない。そもそも建設的な事を考えようにも、頭が茹ってそれどころじゃない。全体に霞がかかってぼんやりするし、熱い風呂に浸かりすぎた時みたいにぐらぐらするし、もうこれはいっそ風呂なのでは? 会陰攻めは風呂。
「ねえ、ここさあ、なんでこんなに気持ちいいか知ってる?」
答えさせたいなら指を止めてほしい。一松の指が動く度、カラ松の脳みそは馬鹿になる。
「前立腺ってあるじゃん。あ、おまえも知ってる? 尻の中にある、男でも気持ちよくなれる場所。うん、前立腺マッサージのビデオ見てたねそういやおそ松兄さん……一緒にシコるのそろそろやめなよ、マジで」
一年中金欠だと知っているくせになんでそんな意地の悪いことを言うんだ。っていうかだから指! 指をとめ、やめてくれたら。
「まあいいか。うん、その前立腺さ、ここにあるわけ。尻の中に指入れなくても刺激できちゃうんだよね。すげえ気持ちいいって聞くけど……気持ちいいってわかったわ」
おまえの顔正直すぎ、と笑われてもカラ松はどうすることもできない。これは前立腺を刺激したせいで、前立腺は男にしかない触れるとまずいデンジャラスな場所で、つまりクールでいかした男の中の男であるカラ松とて快感に負けるのは当たり前のことなのだ。じゃあいい。気持ちいいのはいいことだ。それが恋人の手で、なら最高にラブじゃないか。
「……いちま、つ」
「うん? ひひ、とろけすぎでしょ顔」
シーツに伏せた顔の横からわざわざのぞきこんでくる一松は、自分がどんな表情をしているのかまるで自覚していないらしい。
カラ松はそりゃだらしない顔をしているのだろう。認めよう。快感からだ。気持ちよすぎて息も絶え絶えだ。でも男として正しい反応なので問題ない。だけど一松、おまえこそ。ただひたすらカラ松に触れていただけ、なにひとつ気持ちいい行為をしていない一松がどうしてこんなにもふやけた顔で。
「ねえ、挿れないからさ、ちょっとだけ一緒にこすってもいい? ……ちんこは今回さわるのに入れてないけど」
耳も頬も赤く染め、息を荒げとんでもなくうれしそうに笑って。ああ、本当にカラ松は一松に弱いのだ。でも仕方ない。なんせカラ松の恋人はこんなにもかわいい。
いいぜと肯き起き上がろうとすれば、このままでいいからと止められる。お互いのちんこを慰めあうには無理がある体勢だろうと首をかしげたカラ松は、ずるんと後ろから突かれて知らず悲鳴をあげた。
「ひっ……っ、う」
「っはは、めちゃくちゃ気持ちいいわ」
穏やかな刺激を受け続けていた会陰部を、ゆるい凹凸のある一松の陰茎が勢いよく擦る。先でノックするように押し、ずるりと勢いよく擦り上げ引く際はカリがえぐっていく。指先でのやわやわとした刺激に慣れ親しんでいたカラ松にとって、目から星がでるくらいの衝撃。先走りが塗りつけられ、滑りが良くなったのかどんどん動きが速くなる。
「ずっ、ずるっ、……いちまっ、ずる、これ素股っ」
「素股ってアレでしょ、太ももの間につっこむやつじゃん。股、つってるくらいなんだし。おまえ足開いてるし、おれの挟みこまれてないから素股じゃないよ」
「え、は!? ずる、ず、ずるい~っ」
「会陰の刺激してるだけだしいっこもずるいことしーてーまーせーんー。手だけなんて誰も言ってねえだろ!」
パン、と腰を打ちつけられカラ松の玉と陰茎も跳ねる。後ろから一松の亀頭が玉にぶつかり、じわんと快感が広がった。
「あ、ちんこ一緒に擦るんだったよね。ほら、もーちょっと膝後ろな、あー腰落とすんじゃねえよがんばれって。支えてやるから」
ずるりと脚を引かれベッドの上に寝転がりそうになるも、腹に腕がまわり強引に尻を浮かせられる。腕はとっくに力が抜け突っ伏しているカラ松は、一松の腕だけが頼りだ。あ、でもこれはちんこがベッドに擦れてこれはこう、なかなか気持ちいい。
つい腰を動かしていたらしいカラ松の背後から、再度ずるりと一松の陰茎も突きさされる。体勢が変わったせいか一松の腰が深く入り、カラ松の玉から陰茎を擦り上げては戻っていく。突かれ揺さぶられ擦られ、決定的なもののない曖昧な快感だけが身体の内に溜まり全身に廻る。
ひとつひとつは大きなものではない。けれど、キスから始まり延々焦らされ弱い快感だけを与えられ続けてきたカラ松のボーイはもう限界だった。出したい。たぶんあとちょっと、手でぎゅっと掴み数回動かせばそれで。一松の陰茎で擦られるのでは微妙に刺激が足りない。イけない。この際手じゃなくていい。ベッドに擦りつけるのでいいから、と思うのに一松の手はまるで逃がしてくれない。
「いち、いちまつっ、イきたい、イきたいっ」
「ん~? ああ、いいよ。おれもイったもんね、おまえも我慢しなくていいって」
カラ松の言いたいことなんてわかりきっているだろうに、意地の悪いとぼけ方だ。もしかしてカラ松の口でイッてしまったのが悔しかったのだろうか。おれと同じようにおまえも暴発しろ、ということか。そんなことをしなくとも、カラ松は別にからかうつもりなんてないのに。……いやでも、かわいいとは事ある毎に思い出して言うかもしれない。だってそれくらい、あの時の一松はかわいかったから! まったくギルティラバーである。
一度イった一松は余裕があるらしい。早くイっていいよ、なんてかわいくないことを言っては会陰をめちゃくちゃに突きあげてくる。つるりつるりと滑り、その度ぐいぐいと擦りあげられ、もうカラ松はなにがなんだかわからない。顔が熱い。目がうるんでなにも見えない。ぼやけた視界はシーツなのか真っ白で、茹だった脳内の光景みたいだ。
「……あのさ、次、挿入でしょ」
触れられたことのない前立腺が、震えた気がした。
「この最高に気持ちいいとこ、中からも外からも撫でてあげられるよ」
にちゃにちゃと音がする。一松のだけじゃない、カラ松のものもまた、たまに与えられる刺激のみで亀頭からガマン汁が出てしまっている。
「めちゃくちゃ丁寧にするし、痛くしないし。……もしちょっとでも痛かったら、すぐやめるし」
同じ男として一切信じられない言葉だ。やめる、なんて無理。絶対ない。そもそもどちらが挿入するかはじゃんけんで、だから一松の言葉はおかしい。まだ勝負していない。
していない、あれ、まだしていないよな? 快感がつめこまれすぎた風船のようなカラ松の身体は、イきたい以外のすべてが頭から押し出されてしまっている。びりびりする。全身どこを触られても痛いくらいに気持ちよくて、あとほんの少し強い刺激があればいつだって射精できるのに、それなのに。
「ねえ、カラ松イきたい?」
「イきた、イ、いちま、イきたいぃ~」
「この最高に気持ちいいの、尻に挿入する方ならいつでもできるよ」
悪魔だ。カラ松のかわいい恋人は悪魔だった。目つきも態度も口も悪いが照れ屋でピュアなかわいい弟だと思い込んでいたが、欲望で人を陥れるとはとんでもないデーモンではないか。
だがこの松野カラ松は神に愛されし流浪の旅人。けして悪魔のささやきにのるわけにはいかない。そう、せめてじゃんけんを。尋常に勝負をして、それでもカラ松が負ければここはもう仕方ない。男らしく、この最高に気持ちいい欲望に身を任せようじゃないか。うん、じゃんけんで負けた時は仕方ない。勝負は時の運。運命がそうなっていたのだから。
「じゃんけん~…っ」
「……おまえすげえ弱いじゃん、じゃんけん。あれなんでか知ってる?」
時の運以外のなにがあるのだろう。まるで理由があるかのような口ぶりだが、一松はカラ松と同等かそれ以上に弱いのだ。カラ松が弱い理由を知っているなら一松がもっと弱いわけがないだろうに。
「じゃんけんほい、で始めたら絶対パーだすんだよね」
「へ」
「最初はグー、だとランダムだから兄弟以外は気づいてないと思うけど」
待ってくれ。え、パー? パー、出しているだろうか。というか、もし仮にそうだったとしたら一松はなぜカラ松にじゃんけんで負けることが。
……追加のつまみだのタバコだのと深夜の買い出しは、たいていじゃんけんの弱い二人で行っていた。気の重い雨の日のおつかいは一松が行くことが多かった。カラ松と同じくらい、いやもっとじゃんけんが弱いのは一松。そう、ではなかったとしたら。
「で、次のじゃんけん、おれはパー出すから」
「え」
「掛け声は、じゃんけんほい、の方な」
「え、え」
だから待ってほしい。カラ松のとろけた脳みそはまだ事態を把握できていない。
「カラ松、すげえ好きだよ。……おれ、あんたを抱きたいってずっと夢見てた」
そろりとうなじに落とされたのはとんでもない呪いだ。悪魔の。だってこんなの。まだ。おい。だから待てって。
「じゃーんけーん」
勝利の女神は誰に微笑む?