◆ 4200summer ◆
サマー仮面だ、また来たの。
呼びかける幼い声に手を振ると、イチオクサマーとまた声があがる。知りうる限りで最も大きい数字を言ってくれたのだろう。微笑んでも仮面に隠れ見えないので、夏らしく格好いいポーズをびしりと決め返事とすると歓声が上がった。
木陰を通る風は海辺のものより少し涼しい気がする。小鳥の鳴き声や子供達の歓声に耳を澄まし平和を噛みしめながら、サマー仮面はふと首をひねった。なぜ自分は公園にいるのだろう。いや、もちろん公園はすばらしい場所、スペシャルプライスだ。噴水の周りではしゃぐ子供達、青々とした木々、ベンチでアイスを食べ鋭気を養うサラリーマン。サマーポイントはあらゆるところにある。だが、正直もっとたくさんある場所は他にあるし、こうもしょっちゅう顔を出さなくとも問題ないはずだ。
なぜだ。もしや本能が、この地にある強いサマーパワーを感じ無意識に引き寄せられているのだろうか。なるほどありえる話だ。ヒーローたるもの、なぜか事件が起こる場にいるもの。そういえば先日も町中でボヤ騒ぎが起こったと聞くし、おそらくは近いうちにこの公園でなにかが起こるのだろう。そう己の本能が訴えているに違いない。
まったくヒーローではないサマー仮面は、だが納得した。ものすごく気分よく。
ヒーローの本能なら仕方ない。危機管理能力というやつだろうからな、仕方ないんだ。うんうん。
そうだ、ヒーローといえばこの公園で出会った青年も目指していると言っていたような。
炎を操る練習をしているとは言ったがヒーローは目指したこともない。サマー仮面の脳内で勝手に将来を書きかえられてしまった青年は、だが文句をいうこともない。なんせ脳内の妄想なもので。
彼は最近どうしているだろう。あんなに練習熱心で真面目な青年だから、きっとすばらしいヒーローになるだろう。彼がヒーローになったらかき氷のひとつやふたつくらい奢ってもらえないだろうか。だってこんなに応援しているし。心の中で。
「げ。なんであんたいるの」
未来ある青年との爽やかなやりとりを懐かしく思い返していれば、まさに脳内に響いていた声と同じ声が聞こえた。
「Oh自主練ボーイじゃないか! 今日も練習か? 炎の調子はどうだ?」
「あんたはあいかわらず脳みそとろけた格好だね……そもそもなんで水着に仮面なの」
「んん~? サマー仮面が仮面を被っていなければそれは単なるサマーだろぉ?」
「五百歩譲って仮面まではオッケーとしても、その乳首はなしだからな。そんな卑猥なもんチラチラ見せつけてんじゃねえよ!」
クールなペイントにびしりと指をつきつけた青年は、怒りからか頬を染めて震えている。真面目ボーイには少々刺激的すぎたらしい。夏のデンジャラスさといかしたエアーがばっちり表現された最高のアートだと思うんだが。まあ最先端のおしゃれは世間から白眼視されるものだし、おしゃれは我慢とも言うし。万人に受け入れられるのは難しいことくらいわかっているので、サマー仮面はにこりと微笑み話題を変えようとした。微笑んでも見えてないだろうって? 気にするな、こういうことは気持ちの問題なのさ。笑顔で話せば好意的な声になる、そういうことだ。
「そういえばボーイは」
「かっくごしろぉサマー仮面!!!」
歓声とばたばた走りよる足音、幼い声。水鉄砲をかまえた子供達が、絶好の敵を見つけたとばかりに目を輝かせ駆けてくる。
こういったことはよくある。地域に親しまれる者として、子供達との交流は必須だ。共にラジオ体操をしたり海岸ではしゃいだりの延長で、皆サマーを満喫してくれている。最高だ。
「ハッハーン、そんなへなちょこ弾丸じゃこのサマー仮面を倒せないぜぇ」
「よけるな! あっ、じっとしててよずるいぞ!!」
「それはできない相談だボーイズ!」
「こっちで水いれられるぞ! 囲め!!」
噴水から水鉄砲の水を補充している子供達にポーズを決めながら、そういえば今日は一人ではなかったと思い出す。自主練ボーイは濡れてもいい服装だっただろうか。太陽きらめくサマーだから少し日向にいれば問題ないとは思うが、風邪をひかせてしまっては申し訳ない。
「へい自主練ボーイ、キミはあっちに避難を」
「あっ」
「ふぇっ???」
繰り返そう。こちらは濡れてもなんら問題がないのだ。なんせ水着、少々水鉄砲の的になったところで痛くも痒くもない。よくこうして遊んでいるので子供達も慣れたもの、水に弱い仮面部分は狙わないという暗黙のルールもある。
だからまったくもってこれは必要のない行動なわけで。ええと、なんだ。これは一体。
なぜか、目の前に立っている自主練ボーイの手が、サマー仮面の胸にひっついている。ぺたりと。
「……ええと、ボーイこれは」
「ちっ、違う! ええとあのこれはその、だから、みっ、水に濡れて格好いいペイントとれたらもったいないなって!!!」
「なるほどそうか!」
あっさり納得し流してしまうほど、サマー仮面は実は混乱していた。その理由はおかしい。いや胸元のペイントが格好いいのはおかしくないのだが、それをガードしてもらう必要はあるのだろうか。濡れたら落ちる、かもしれないけど別に落ちてもまた描き直すし。そもそも自分で毎日描いているし。だいいち乳首だけを集中攻撃されればわからないが、水鉄砲でちょっと撃たれたくらいで絵の具は落ちたりはしない。
というかどうしても濡らしたくないなら自分で隠せばいいのでは、手で。自分の。
どうにか彼を傷つけないように手を離してもらいたい。だって善意だ。自主練ボーイはただただサマー仮面のためを思って胸をガードしてくれているのだ。まったく必要ないと言いきってしまっては、彼の優しい気持ちを踏みにじることになるのでは。ぐるぐる考え込むサマー仮面を置いていくように、水鉄砲の水は飛んでくる。いけない。水鉄砲は適度に避けなければ盛り上がらない。子供達は動かぬ的に一方的に攻撃したいわけでなく、五回に一回くらいは大当たりする敵を求めているのだ。声と動きが大きく濡れても問題ない格好のサマー仮面は最高の相手だ。考え事をして子供達の楽しみを奪ってしまうわけにはいかない。
「自主練ボーイ、すまないが今日はオレと一緒に濡れてくれないか」
真向かいで胸に手をついたままの青年は、絶対に巻きこまれてしまうだろう。事後承諾だが許してほしい。まあ夏だしすぐ乾くから、ちょっと子供達に水鉄砲で撃たれるくらいはよしとしてくれ。
すでにちょっと水がかかっている腕を見ながら依頼すると、ぬぬぬ濡れる!? となぜかひっくりかえった声で返された。濡れてはいけない服だったのだろうか。
「なんつー卑猥な……こんな昼間っから……」
「昼間の方がすぐ乾いていいだろう?」
「ひぇ……カピカピになっちゃうやつ……」
噴水の水だからあまりきれいじゃないと思って抵抗があるのかもしれない。自分は気にしないから考えていなかったが、きれい好きだったら嫌かもしれないな。納得いったサマー仮面は、自分にできる精一杯をしようと考えた。誠意をもって。だって子供達に今更ストップと告げても止まらないし。
「よし! じゃあもし汚れたらこの後一緒に洗おうじゃないか! どうだ!?」
自主練ボーイ、ことブラックサンタもまた混乱していた。
別に水がかかるくらいどうってことはないが、子供の相手をするつもりなどなかったからそっと輪から離れるつもりだった。サマー仮面とこれ以上話すこともない。この男が夏を引きとめている怪人ということは確実なのだから、説得できない限りブラックサンタにできることはもうなにもないのだ。
だから足を一歩引く、後ろに下がる、そのつもりで。頭はしっかりそうする予定で。
それがなんでサマー仮面の胸をガードしちゃってるんですかね??? 手ブラか。手ブラだな。いやでもあれはかわいい女の子がしてるのをでへでへ眺めたいのであって、普段からむき出しの男の乳首を隠されてもどうしていいやら。というかむき出しどころかペイントされて「こっち見ろよ☆」とか誘われてるやつだし。しかも本来の手ブラは自分の手で隠してるのをたわわな胸がはみだしそう……みたいなドキドキ感がいいわけで、これ単にサマー仮面の胸に手ついてるだけと言えなくもないし。突っ張り棒か? なんのためにこの体勢とらなきゃいけないの。いやもちろん後ろからあすなろ抱きすればよかったわけじゃないよ、つーか通じてる? あすなろ抱き。これ一人で混乱してるだけで別に普通のヤツ?? わ、わっかんねえぇぇぇ。
わかんないと言えば格好いいペイントってのもだよ。そうか、じゃねぇんだよぱぁぁって効果音見えたわ周囲に花飛ばすんじゃねえよチクショウ不審者のくせに動作がいちいちかわいいんだよな、そういうのは幼女がやるやつだろ。つーかおまえの乳首ペイント格好いいとか思ったことないからな? 金輪際未来永劫ないからな?? 絶対誤解すんなよ、こっちのセンスが疑われるやつだからな???
しかも一緒にお風呂の誘いまでしてきやがる。え、なに、なんでそんなエッチなことばっかり言ってんのこいつ歩くわいせつ物かよ卑猥極まりないぞ。一緒に濡れよ☆じゃねえんだよどこ濡らすつもりだよ、しかも後で洗ってあげるとか泡姫かよそのきれいに焼けた肌で真っ白の泡作っておれにこすりつけてくるとか勘弁して一瞬たりとも乾く隙がないでしょふざけんな。
あまりの展開に、憤りをどこにぶつけていいのか混乱がおさまらないまま、ブラックサンタは子供達からの攻撃を受けた。
一斉に噴き出す水。身をひるがえし避けようとしたサマー仮面の動きについていけなかったブラックサンタの指先が、なにかに引っ掛ったためつい無意識にくっと力を入れた。
「っあぁんっ」
「へ?」
「い、いや、ちがう。今のは違うんだ、そういうんじゃなくて、あの」
誰が出したの、今の高い声。
いやわかってる、わかってますよ。自分じゃなくて子供達でもなけりゃあとは一人。目の前の、あちこちに仮面を向けてなにかしら言い訳をひねり出そうとしてる不審者だ。
「聞いているか自主練ボーイ、ぼんやりしないでくれ! さっきのは違うんだ、こう、急なことに驚いたらつい出ちゃう声ってあるだろ? いつものオレはもっとこう、力強くいかした掛け声をかけるんだ。本当なんだ。たださっきはちょっとだけ驚いたから」
びしゃびしゃと水をかけられながら、右に左にステップ踏みつつサマー仮面は言い募る。なにあんた、もしかしてさっきの相当恥ずかしかったとか? こんなに必死にいろいろ言ってくることってありましたっけこれまで。予想外の高い声出ちゃったの恥ずかしかったのかよ照れてんのかよ~!!!
そういえば心なし、心臓の音が速い気がする。右の手の平にトトトト感じる音。
サマー仮面の胸元にひっついたままの両手を見、ブラックサンタはつい口元をゆるめた。恥の概念などないような顔をしておいて、きちんとあるんじゃないか、そういう感情が。これうまいことやれば交渉の手札にできないだろうか。おまえの恥ずかしい話を黙っていてやるからそろそろ夏を終わらせろ、的な。悪役のようだが気にすることはない、そもそもブラックサンタは正義のヒーローじゃないし清廉潔白を求められちゃあいないのだ。
「自主練ボーイ聞いているか!? キミまた想像の翼をはばたかせてるんじゃないか!!?」
「サマー仮面うごかないでよ~!」
「ノンノンだぜボーイズ! 避けなかったら単なる的じゃないか」
あっちこっちに話しかけ水を避けとステップを踏むサマー仮面は気づかなかった。自分の胸に手をついたままの自主練ボーイが、身軽に舞う己にぴたりとついてきていることに。サマーパワーでデラックスになり水流を華麗に避ける動きについてくるなんて、単に夏を楽しむパーソンにはありえないというのに。
なんせどうにも胸元にあたる熱い手の平が気になって、いろんな事に気が回らない。
少し荒れているのだろうか、胸に擦れるたび少しこそばゆい。炎を出すなんてすごい技を練習していたから、火傷かもしれない。ささくれた指先が、水を避けようと動くたび乳首にこすれ、びくりと震えると守るといわんばかりに手の平でぺちゃりと抑えつけられる。別にちょっとくすぐったいというかびっくりするというか、何の問題もないのだけれどでもだけど。たまにこう、体勢が変わる時耳や首にはあはあと荒い息が当たって、そうすると妙に乳首もくすぐったいというか。なんだ、なんで連動してるんだ。そういう機能はついてないはずだが!!?
「ちょ、あの、自主練ボーイ、その」
「なに」
「ち……なぜオレの胸元をガードするんだ」
なんとなく乳首と言いづらくて言い直すと、耳元でじゅるりと舌舐めずりでもしたかのような音がした。違う、意識しているとか恥ずかしいとかそういうのではけしてない。さんさんと照りつける太陽と穏やかに見つめてくれる月をペイントしたビューティフルでマーベラスなこの乳首を自慢に思いこそすれ、恥じるなどそんな。
「格好いいから」
「ふぇ?」
「せっかく格好いいペイントしてあるのに水で取れたらもったいないなって。さっき言ったでしょ」
格好いい。
かっこいい、かっこいい、かっこいい。
耳元に響く声がふわんふわんと舞い踊りサマー仮面の中に落ちていく。格好いい! そうだろう、そうだよな、やはりキミはわかるんだなふふん確かにこのペイントはものすごくいかしている! 違う図柄でアシンメトリーな魅力を引き出しているのもわかるかな?
「はっは~ん、さてはキミもこのペイントにトライしたい、というわけかな? 気持ちはわかる、いいだろう! キミが全力でサマーを楽しみサマーポイントを」
「いやいらない」
「えっ」
「全然ちっとも心の底からいらない」
格好いいのにしなくていいとはどういうことだろう。もしや、もやしボーイな自分には分不相応だということだろうか。なんたる謙虚! 密かに公園で自主練するような真面目で堅実なボーイなら、近い将来必ずすばらしいサマーボーイになれるはずだ。そんな彼にこのペイントが似合わないわけがないというのに。
「こんなおもしろ……いや、人目を引く愉快な、じゃなくてええと、エネルギーに満ちたペイントが似合うの、あんただけだよ」
観衆の目を引きつける魅力的かつエネルギッシュで最高の乳首はオレだけ……!!!
自主練ボーイの鋭すぎる指摘に、サマー仮面は雷に打たれたような衝撃を受けた。なんてことだ。オレがあまりにサマーが似合いすぎる夏の申し子なばっかりに、未来のサマーボーイ達の可能性の芽を摘んでいたなんて……みな好きに夏をイメージする格好をすればいいと勧めていたのに、この身があまりにもサマーすぎ他の追随を許さないために皆諦めてしまっていたのか。
あまりの罪深さにぶるりと震えると、寒いのかと気遣わしげに問われた。
「いや、このさんさんと照りつける陽の元で寒いなんて」
「でも鳥肌立ってない?」
ここ、となぜかあごで首筋をたどられ肩が跳ねる。
なぜか、というかそうか両手が今動かせないからか。そうだな両手は乳首をガードしてくれているものな。確かにいたずらボーイズの水攻撃は当たっていないが、さっきからずっと手の平がくにょくにょと当たってこう、なんだか。水を避けるたび身体も接触して、自主練ボーイの呼吸が妙に耳やら首にあたってしまったりもして。
正直手を離してくれていいので、首筋をあごで撫でるのはやめてほしい。なんかちょっとざりって。あ、ヒゲか。あんなとっぽい顔してヒゲ生えるのかボーイ。
そりゃそうか。生える子は十代後半から生えたりするものな。別に男なら普通で。うん、だって胸元の手だって骨ばって固いしさっきよろけた身を支えた力は強かったし声もぞくりとするような。
「っ、もう! 真剣にやれよサマー仮面!!」
自主練ボーイとばかり話していて自分達の相手をしないことに焦れたのだろう。ひっさつわざだ、と叫びながらいたずらボーイが一人、見事にサマー仮面の股間に水を命中させた。
「いえ~い大当たり!!」
「やべえサマー仮面おもらし! おもらししてんじゃん!!」
「ちが、これは水だろう!」
「おっもらしおっもらし~!!!」
テンションの上がってしまった子供達はちょっとやそっとじゃ止まらない。また、サマー仮面が予想以上に慌ててしまったのもよけいにおもしろかったのだろう。
ここが狙い目だと理解されてしまった。
水鉄砲をかまえたリトルギャング達は、集中砲火に切り替えたのだ。股間への。
見たことのない人間もいるが、さっきからサマー仮面とひっついて謎の踊りを踊っていたのだ。きっとサマー仮面の仲間なのだろう。つまりそれは、まったく怖くない遊べる大人だ。水鉄砲の水が少しくらいかかったって謝れば問題ないだろう。
少年達の予測は正しかった。ブラックサンタは仲間ではないが、水がかかっても子供達を怒ったりしない。見知らぬ子供を相手に声を荒げるなど、そんななにが起こるかわからない恐ろしいことをしたくない、うえにさっきからもう結構かかっていたので今更どうでもいい。ついでに的はサマー仮面なので、流れ弾が飛んでくるくらいで直接的な被害はないから気にしない。
被害が甚大なのはサマー仮面のみである。それもどちらかというと風評被害だ。
水がかかるのは水着でもあるし気にしないが、おもらしおもらしと大声で叫ばれるのは大問題だ。声だけ聞いたサマー仮面ガールズがうっかり信じてしまったらどうする。
「おっ、おもらしじゃない~!!!」
「サマー仮面おもらしだ~! 大人なのにおもらし!」
「……あんたの反応がおもしろいからガキ共ものっちゃうんじゃないの」
そういう意見もわからなくもないが、否定しなければ信じられてしまうじゃないか。現場を見ていないパーソンに。したとも、おもらしをな! とクールに言い放てとでも言うのかこの自主練ボーイは。なんだ、鬼か悪魔なのか。
「いえーいカンチョー!!!」
「ワッツ!!?」
股間への攻撃に飽きたのか、尻、しかも穴を狙った子供が仲間達からやんややんやと大喝采されている。大変微笑ましい光景だが、ネタは尻の穴への攻撃である。勘弁してほしい。水着越しといえ水鉄砲の水流はわりときつい。いきなりだと心の準備もできていない。
だがカンチョーは、この年齢の子供達にとってなかなかカジュアルな交流であった。女子にしてはいけない、親の前ですると怒られる、などのルールはあるが相手はなんせサマー仮面。基本的になにをしても怖くない遊び相手である。なぜカンチョーをためらうことがあろうか、いやない。そもそも指をつっこんだわけでもなく水鉄砲の的にしただけだ。ある意味掛け声だ。なにひとつ問題ない。怒られることもない。
先程まで避けるばかりでワオワオあまり言ってくれなかったサマー仮面が、大仰に反応してくれるのも楽しい。
こんな楽しいことをやめる理由がない、とばかりに子供達は股間と臀部を狙い撃ちしてきた。
「うっわ、ほんとにぐっしょりじゃん」
「お、おもらしじゃない~」
「わかってるけどさ、ほら」
目の前で見ていたはずの青年にまでからかわれ、サマー仮面はつい彼の顔を睨みつけ足元への注意を疎かにした。いや、でもまさかこんなことするなんて思わないだろう。普通思わない、予想できない。うん、だから仕方ない。
股間を膝で下からつつくなんて。
ぐにん。押されたまま持ちあげられ、青年の太ももの上にまたがるような姿勢になってしまう。慌てて腰を引くと、後ろから冷たい水が飛んできた。腰に当たった水が水着の隙間から尾てい骨をたどり尻の割れ目に入りこむ。またがる姿勢をとっていたため、水がつるりと流れ込んだ。まるで穴の縁に到達するのを待っていたかのように、ぐっと膝が上がり穴に濡れた水着が直接ぴちゃりと貼りついた。
「っんっ~~~っっ!??」
「ひひ、下に水落ちるくらい濡れてやんの」
ぽたり、ぽたり。濡れた水着から落ちる水滴はただの水で、けしてやましいものではない。だけど乾いた地面を黒く染めたそれが目に入った途端、サマー仮面はとんでもない羞恥に襲われた。
違う。これは水で。たんなる水鉄砲の水。あの噴水から汲んだ。そう、ただの。でも水着から落ちて。まるでおもらししたみたいに濡れて。水だから。でも皆がおもらしって。ぎゅって太ももで押されたら出た。出ちゃった。今もぐいぐい押してくる。やだ。やだどうしよう。水なのに。違うこれは水で。でもぐっしょり濡れてて、さっきお尻の穴も水が。どうしよう、濡らしちゃう。ズボン濡らしちゃう。オレの水着から出た水で、水だけど、でも。
冷たい水が当たるたび勝手に身体が跳ね、避けようと逃げを打つ。腹や股間に当たれば腰を引き、尻に当たれば前に動く。人体として当然の反応だが、足の間に他人の足が入っている状況ではまったくもって得策ではなかった。
「……ねえ、あんたもしかしておれの足でシコってない?」
ノーだ!
百パーセント答はノー!!!
けれどそう言いきるには、サマー仮面の息は荒過ぎたしちらりと見えた耳は赤かった。
「絶対そうだよね。気持ちよくなっちゃって胸までつきだしてんの、ほら、あんたわかってる?」
水から守ってくれていたはずの両手は、いつのまにかサマー仮面の胸を揉みしだいていた。
胸をつきだしなどしない。そんなのまるで揉んでほしいみたいじゃないか。ましてや自家発電など、こんな公共の場で子供達もいるというのにするわけがない。絶対にしていない。ただまあ、自主練ボーイに足をどけてくれと言わなかったり、水を避けた時に必要以上に胸を張ってしまったかもしれない。そこのところは否定できない。
でもだってこれは不可抗力と言うかなんと言うか、仕方ないのだ。そもそも水着が濡れているということを知らしめるため、足で押してきた青年が悪い。もちろん手であればいいというわけではない。断じて。でも押す必要はないだろう、確実に。そもそもこれまで子供達と遊んでも、こういった事態には一度たりともおちいったことがない。つまり絶対、この青年の責任だ。……半分くらいは。
「もしかしてあんた、おもらしじゃないので濡れてんじゃないの? ほら、すげえ色変わってる」
ぐいと股間を押し上げられ、逃げようと動いた腰を責めるように乳首がきゅうとひっぱられる。少しかすれた低い声が、なぜか違う人物を思い出させてサマー仮面はぶるりと頭を振った。
黒いコートに黒いズボン、同じく黒い帽子。夏にはあまり似合わない全身真っ黒の、どこか皮肉気な風情の彼。
いやだ。今なんで思い出してしまうんだ。そんなの、まるであの人とこういうことがしたいみたいじゃないか。
違う。オレはあの人とこんなことしたいなんて思ってない。
ブラックサンタ、と名乗った低い淡々とした声を思い出す。夏の楽しさを知らない彼と一緒にサマーバケーションはしたいけれど、こんな。こんなことは。
「なに、さっきからこんなこんなってぶつぶつ言って。違うでしょ、エッチなこと、でしょ。言ってみなよ」
「え、エッチな……」
「そうそう。エッチなこと、だよ」
エッチなこと……ブラックサンタと、エッチなこと……? したいんだろうか、オレは。あの人に好感を持っているのは確かだ。周囲に流されないクールないでたちに、落ち着いた雰囲気。巨大イカにもひるまず助けてくれた彼に好意を抱かないわけはない。また会いたいと願っているし、できればもっと仲良くなりたい。夏の良さを知ってもらって、二人でサマーを満喫したい。
それは目の前のボーイが言う、エッチなことをしたいのと同じなんだろうか。
「エッチなこと……」
「うん、エッチなことになっちゃってるね。ほら、ぐっちゃぐちゃ。音も響いてる。聞こえる? なに考えてこんなに濡らしてんのさ」
「……ブラックサンタの、こと」
ぴた、と股間を責め立てていた太ももが止まった。
びゅくびゅくと飛んでくる水を避けもせず、青年はぽかんと口を開いたままサマー仮面を見た。まじまじと。
なんだろう。今なにかまずいことを言ってしまっただろうか。パワーの源なんかは特に秘密じゃないから構わないけれど、こんなに呆然とさせるようなことをなにか。
頭が茹って冷静に考えられない。ぼんやりしているサマー仮面をその場にそっと座らせた青年は、パンパンと手を打ち子供達に解散を命じ出す。思う存分遊んだ子供達は少々のブーイングと共に駆け去った。また遊ぼうという声に手を振ることもできず、じわじわとしびれる股間を少しでも隠そうとマントをひっぱっていると、ひどく強張った顔をした青年が近寄ってくる。
口を開くが、なにを問えばいいのかもわからない。オレはなにを知りたいんだ。
それとも、まずい事態におちいる前に子供達を解散させてくれた礼だろうか。いや、そもそも彼がいたずらしなければ、こちらの股間とてこのようなデンジャラスなことにはならなかったのだから、礼を言うのも違う気がする。
「ここに居て。すぐだから。絶対動くんじゃねーぞ!」
わざわざベンチに座らせてくれたのだからやはり礼だろうか。力の入らない成人男性を引きずって、など結構な重労働だ。怖い顔をしてすごんだ後駆け去った黒いズボンの後ろ姿を見ながら、また会えるだろうかとサマー仮面はぼんやり考えた。
自主練ボーイは真面目だから、きっとまたここで炎を操る練習をしているに違いない。じゃあ来たら会えるかなぁ。ブラックサンタは会えないけれど、あのボーイには会える。なぜ今脳の中で二人が並び立ってしまったのかはわからないけれど、それならそれでいいのかなぁなどとぽわぽわしたサマーブレインは答を出してしまいそうになり。
「っ、はぁ、はぁ、あのっ、久しぶり!!!」
青年が駆け去った方向から、真っ黒のサンタクロース衣装に身を包んだブラックサンタが息を切らして現れたことにより、答を保留した。
息が荒いのは全速力で何度も走ったからか、それとも目の前の光景のせいだろうか。
「きっ、キミには情けないところばかり、見せてしまって」
筆の動きにあわせ震える身体を必死で押しとどめながら、サマー仮面はなんとか会話をつなげようとしていた。
「全然そんなの気にしなくていいんで。こういうのはやっぱ持ちつ持たれつっていうか、助けあいっていうか」
「そういっ、あっ、ん、言ってくれ、ると」
黄色い絵の具をくるくると丸く塗れば、勢いが良すぎたのか円の中心部分にまで色がついてしまう。それとも跳ねる身体のせいだろうか。んっ、と息を詰めるサマー仮面の腹をなだめるように撫でながら、ブラックサンタはまるで誠意のこもらぬ謝罪の言葉を繰り返した。
「ごめん、また絵の具とんじゃった」
「っ、もういい! もういいからそれはっ」
ベンチの上に横たわったサマー仮面の上に覆いかぶさり、胸元に顔を近づける。目の前にあるのはぴんと健気に立った黄色い乳首。ブラックサンタの手がすべって彼の乳首を黄色に染めてしまったのだから、もちろん責任をとってきれいにしなければいけない。これは当然のことだ。責任ある大人として当たり前の行為。あんたがびくびく動いたからだよ、なんてひどいことはけして言わない。言うわけない。
子供達に水鉄砲でぐっしょり濡らされてしまったサマー仮面と、なぜかちょっとエッチなハプニングになってしまったのはつい先程のことだ。
濡れて色の変わった水着の原因がおもらしだなんて、あの場の誰一人信じてやいない。ただ慌てるサマー仮面がおもしろかったから子供達は囃したて、こちらもつい下手くそな言葉責めみたいなことをしてしまっただけで。
太ももで股間を押すような体勢になったのも、さすがに噴水の冷たい水でカンチョーは気の毒かなとかばった結果である。胸をもみしだいてしまったのは、乳首ペイントをガードしただけのつもりだし。
それなのにどんどん赤くなる首筋から胸元とか! きゅ、きゅ、って足を締めつけてくる太ももとか!! 手の平にちょんちょん当たるグミみたいなかわいい感触とか!!!
……大変にエッチな事になっているのはブラックサンタのことを考えたから、なんてとろとろに蕩けた声で言うサマー仮面がすべての元凶だ。絶対確実どう考えても、目の前に横たわっているサマー仮面とかいうスケベの塊エッチの極み童貞の夢みたいな存在がいけない。よく陽に焼けた肌は赤くなってもわからないだろうって? バカ! 考えなし!! さほど陽に焼けてない部分がほわっと染まって触れる肌の熱は高くて少し汗ばんでるからしっとりしてるんだぞ!? 首筋からつうって水鉄砲の水じゃない水分が伝うんだぞ!?? どちゃシコだろうが偶然装って舐めるだろうが少しの塩味と甘めの香りが耳の後ろからするうえに耳の付根が熱持ってるんだぞ???
そんなのが「ブラックサンタのこと考えたらこここんなにぐちゃぐちゃになっちゃった……」だぞ!!? 青少年の育成に悪すぎるから即ガキ共解散させた慧眼を褒めてほしい。いやほんとに。あれはダメでしょ。あんなん目覚めてしまうに決まってるでしょ。市から表彰でもされるくらいの偉業だからね、さっきの。
こんなエッチいの、ベンチに腰かけてぼんやりしてるところに偶然通りかかったフリして近づくでしょそりゃ。だって求められてますからね、ブラックサンタ。このおれ、ブラックサンタが!!! なんかもぞもぞしてるから訊いたら乳首のペイント少し擦れてよれてんの気にしてんの、この世のかわいいをすべて集めたかって勢いだから。まだほわほわした声で「キミにはもっと格好いいところを見てほしかったな」とか言われたらそんなのもう、全部! 全部見せてサマー仮面~!!! ってタンバリン鳴らしながら応援上映待ったなしでしょ。わかるよね? 全力ダッシュで絵の具と筆買ってきて描き直してあげるってなるのは当然だよね?? だってほら、おれの手の平が当たってたせいでペイントがよれたわけだし。そこは責任をとっておれが太陽と月を描き直すのは普通でしょ。
最初は断っていたサマー仮面も、おれの責任感の強さに打たれたのか大人しく筆をとらせてくれた。じゃあよれた部分だけ頼むな、なんて控えめな事を言われたら全力で事に当たらなければいけないだろう社会人として。
そうして、筆でつついては跳ねる身体を抱きしめながらの力作が、目の前にある太陽と月だ。
満足いく輪郭になるまで何度も描き直し、絵の具がはみ出れば舐めとっている間に、サマー仮面はぐったりとベンチに身を横たわっていた。少し時間がかかってしまったから疲れたんだろう。楽な姿勢をとってくれた方がこちらとしても気が楽だし、色も塗りやすい。感謝と労りをこめてぺたりとした腹を撫でれば、返事のようにふるふると腹筋が震えた。
「……半分だけついちゃってるね。ほら、乳首がぴんぴんに勃ってるからこの横のとこ。上側は大丈夫だから」
「説明はいいから……っ! そ、そんな、たってるとかは」
「本当だよ。ほら、ここ段差があるのわかる?」
せっかくのペイントを舐めとってしまわないように、なるべく舌先を尖らせて乳首の側面をちろちろと舐める。じゅわ、と出てきた唾液が胸元に落ちないようちゅっと吸い取りながら口を離せば、ひぅっと高い声が響いた。
「ね? 勃起してたでしょ、乳首」
少しばかり単語の選択が卑猥なものになっているのは認める。でも乳首がグミみたいに固くたちあがってるのは事実だし、舐めたらぷりぷりで舌を楽しませるし、側面に絵の具がついてしまっているのも本当なのだ。だからけして、おれがサマー仮面を辱めて楽しむという目的だけでこうしているわけではない。
ペイントを描き直すのを最終的に了解したのはサマー仮面だし、絵の具を落とすために舐めることを許可したのもまたサマー仮面だ。すぐ近くに噴水という水場があるのに、拭く布がないからという言い訳に肯きおれの舌を受け入れたのは彼自身。まあ選択肢として、濡れた水着から水を吸い取って使おうかと提案したせいもあったかもしれないけれど。でも水より唾液でいいって言ったし! 「あんたが濡らしたぐしょぐしょの水着から水分吸い取って使うのとおれの舌、どっちがいい? 手は筆と絵の具持ってるから使えないけど、おれの口わりと器用だから安心して」ってちゃんと訊いたから大丈夫。「く、くち……?」「うん、こう、じゅっと」わかりやすいようにへそに溜まっていた水を吸い取ってみせたら、そっちじゃない方って叫んだんだから問題ない。ね、サマー仮面が舐められるの希望したんだよ。
「ちょっと絵の具が固まっちゃってる」
「もういいからっ、少しくらい色がついててもいいからぁ」
「そういうわけにもいかないでしょ」
別にブラックサンタはヒーローとかではないけれど、それでも人として不義理なことはできない。ええ、人体発火とかしちゃうんですけどこれが人なんですよね。化物じゃないわけ。単に冬なんていう一見謎な会社に雇われているだけのしがない底辺ゴミ社会の歯車の最底辺ってだけなんだよこれが。
だからまあ、目の前で困ってる人がいたらできるなら手助けしようと思うし。思うだけは。そんで自分にできることがあるならやってもいいかな、とか。
つまり色づいた乳首が目の前にあったらそりゃ舐めたり吸ったりするわけじゃん。人として。
唾液でふやかして舐めとってもいいけれど、乳首をつたって唾液が流れてまたペイントがよれてしまっては本末転倒だ。こちらとしては何度でも描き直す気だが、固いベンチに横になっているサマー仮面はいいかげん背中も痛むだろう。じっと安静にしているならまだしも、びくびく跳ねたりなんだと忙しいから。目の前のことだけじゃなく大きい視点で物事を見られるタイプなんですよね、おれ。ひひ。これ転職の時とか強みにならないですかね。
「固まってるのはがすね。痛くはしないつもりだけど、動かないで」
返事を待たずに乳首を口に含めば、息を詰める音。動かないようにか、邪魔にならぬよう両手をぎゅうとつないでバンザイしているのが眼の端にひっかかって、なぜかおれののどまでぐぅと詰まった。絵の具を摂取しすぎた弊害だろうか。
舌でやわやわと撫でてやってから、固まった絵の具にそっと歯をあてる。これまでと違い固い感触に怯えているのだろう、どれほど抑えてもびくりびくりと動く腹や脇をさすりながら、くっと力を込める。
「ブッ、ブラックサ、ンタ……っ」
怯えて縮こまるどころかぷくりと飛び出して来てくれるなんて、最高にかしこい乳首だ。えらい。よしよしと舌で撫でてやれば、ぷるぷるうれしそうに震えている。素直でかわいい。
かしかしと歯でこすり、痛みを覚えない間に優しく撫でてやる。口中に溜まってくる唾液をちゅくちゅくと吸い上げれば、なぜかサマー仮面の背がのけぞり乳首が追いかけてきた。唇が胸元にあたったら、またペイントがかすれてやり直しになってしまう。最初に何度か繰り返した失敗をしてはいけないと慌てて顔を上げれば、ちゅぽんと軽い音と共に太陽が離れていった。
絵の具をきれいにとろうとこすったのが肌に悪かったのだろうか。真っ赤に染まった乳首はまるで赤い絵の具を塗ったようだった。唾液にしとど濡れた様は、朝露に濡れた可憐な花のようだ。
乳首の周りに描かれた太陽と月は、ブラックサンタの努力の元、くっきりと存在を主張している。繰り返し描き直した甲斐があった。慣れないものだから描いては消し描いては消ししたけれど、こんなにきれいに描けるなんて実は才能があるのかもしれない。もしこのまま夏が続いて冬がこないなら、ブラックサンタは仕事がなくなる。いくらクリスマスが来ても、冬でないなら隣で人体発火されても迷惑なだけじゃないか。あれは寒い冬だからこそ、怖いびっくりでもあったかい、で許される技だ。
ならばサマー仮面の乳首ペイント専門の職人になるのはどうだろう。別に大金が欲しいとかないし、食べていけるだけあればそれで。うん。そうだよだってこれ絵の具だから風呂入ったら落ちるし、そうしたらまた描くわけじゃん。自分で描けないことはないだろうけど人に描いてもらった方が断然楽チンだろうし、つーかおれ描くのすげえ上手くなってるしもっといろんな模様がいいなら勉強するし練習するし。そうだよそもそもちょっと舌で拭いたくらいで真っ赤になる敏感乳首だぞ。これはごしごしこすったりしたら肌が荒れるやつだろ。優しくやわらかく丁寧に絵の具落としてやらないといけないやつだ。タオルとか刺激が強いから人の手とかで、ボディソープも洗浄力が高すぎたらダメだからまずぬるま湯とかでしっとりふやけるまで……いや、もっと刺激の少ないものじゃないと。そうだ、人体に元から備わっているものなら理想的では? 例えば唾液とかそういうのでしっかり落としてから、最後に少しぬるま湯で流すとか。じゃあいっそもう身体中全部そうしたらいいかもしれない。他意はないよ。ほら、肌荒れ的な観点から。あんなに太陽の光にさらしてるってことは日中すごい刺激受けてるってことで、つまり肌が痛んでるわけでしょ。じゃあ少しでも優しくしてちゃんとケアしないとダメってやつじゃんね、わかる。わかるよ。
「つまりおれが専属のボディ職人になればいいんじゃ」
「えっ、ボード職人? サーフボードか??」
「大丈夫、ちゃんと髪だって洗うし拭いた後はクリームも塗るって。それくらいの職業意識はあるんすよ。責任感ある方なんで」
「? そうか、よくわからないがブラックサンタは責任感があるんだな」
やっと息が整ってきたのか、おれの未来の雇用主はサーフィンもいいな四千サマーだ、などとのんきな事を言っている。
「ひひ。そうそう、責任感の塊だよ。だからよろしくね」
「うん? ああ! 任せてくれ!!」
「まあまあきれいに描けたんじゃない?」
「そっ、そうだな! すごく丁寧に……あの、情熱を持ってやってくれたものな。すまない。助かった」
だからなんで! おまえは!!
今のはね、からかうっつーかひと笑いのつもりでこっちは言ってるわけですよ。なかなか上手いな、つーかこんなんうまくてどうすんだよわははサンキュー、とかで笑いあってこのなんていうかちょっと生温い空気を吹き飛ばそうと思ってんの。でないとこの祭りだわっしょいしてるおれの股間がどうにも大騒ぎで立てないわけ。立ってるけど。おっ、上手い! じゃねーんだよこの社会において勃起したまま歩きまわるのはそれすなわち死。かといってそこらでシコるのもまた死。さっさと萎えてくれないと死亡ルートのみたどっちゃうわけでね、おれはまだこの世の中で生きていくことを諦めてないんですよ。つまり落ち着きたい。クソ腹の立つよくわからんこと言ってくれたらたぶん落ち着くから話振ってんのに、なんでそこでこう、ちょっと恥じらった空気出す? もじもじ指先でのの字書いたの?? おれの妄想の中の姿以上にかわいくなるのやめてくんない!?? あっ、かわいいっていうのは動作のことだから。サマー仮面本体のことじゃないからそこのところよろしく、大事なとこだよテストに出るぞ。わかってんだろうな、こんな変質者をかわいいと思うわけないんだからな。
「ブラックサンタのおかげだ。本当にありがとう」
ぱぱやぱ~、って効果音が聞こえた。確かに。
ダンボール製の間抜けな仮面越しなのに、こいつ今絶対ほにゃって笑った。わかる。気の抜けたほわほわの笑顔だ。世界平和だ。チクショウなんでだ別に男の顔とかどうでもいいし笑顔とか知らねえしそもそもサマー仮面だし、なのに。
めちゃくちゃ見たいだろ。どういうことだよおれ。
「っ、つってもあれでしょ! 海とか行ったら即取れちゃうからあんながんばることなかったよね、そうだよね、ひひ、あんたも時間とらせて背中も痛かっただろうにこんなことで」
ちっとも言いたくない言葉がつるりつるりと流れていく。勝手に口から飛び出て戻らない。
大したことない、無駄、しなくてもよかった。思ってもいないしそう思われたくもないのに、サマー仮面がもしそう考えていたらと怯えては自分を守るために。そうだよ、こっちも大したことないって思ってるから大丈夫。全然大変じゃなかった。がんばってない。努力もしてない。どうせダメだってわかってた。だから。
「そんなことない! すごくきれいに描いてくれてるじゃないか」
「どうせすぐ取れちゃうのに無駄だよね」
「ああ、それなら安心してくれ。サマーパワーで」
身軽に立ちあがったサマー仮面がびしりとポーズをとる。あ、ベンチが濡れてる。尻のところが一番色濃い。
「そこをあまり凝視しないでくれ! 見るならこっち! 格好いいポーズをとるからこっちを!!」
「え、腹の辺は乾いてきてるのに股の部分はまだぐっしょりなオレを見てくれ?」
「言い方!!! あとその、こ、股間ばかりじゃなくて!」
狙い撃ちされたうえに水分は下に落ちるんだから、水着の股のところが最後に乾くのは当然なのに。そんな風に焦るからついこうして混ぜっ返してしまうのだ。だってかわ……違う、慌てるのがおもしろいし。
「サマーフラッシュ!」
カッとサマー仮面の胸元が光る。
「ふふふ、これでキミの描いてくれたサンとムーンは消えないぜ」
なにがどうしてそうなるのかわからないが、ドヤ声の説明によると、サマーパワーがどうにかなって胸元に薄い膜ができている状態らしい。バリアというほどの強度はないので攻撃を防ぐこともできず、ただ胸が濡れてもペイントが落ちないだけの効果。なんだそれ胸にラップでも巻いてるのか。
つーか、つまりそれは。
「……おれの唾とかあんたの乳首についたまま、つやっつやで保存されちゃってるってこと……?」
あ、出た。
事実を口にしたとたん実感がわいて、一気に熱が盛り上がった。やばい。まずい。
黒でよかった、水気がしみにくい素材でよかった。
「つつつつば!? なぜだ!!?」
「だってめちゃくちゃべろんべろんに舐めたじゃん。真っ赤でつやつやうるうるだよ、あんたの乳首。今。こすれてもペイントとれないようになってる、ってことは拭いても絵の具とれないんでしょ。ラップとかしてるみたいなもんなんでしょ。おれが舐めてピンピンにした乳首をさ、おれの唾でしっとりさせたままの状態に保ってるんじゃん」
「ちがっ、いやその確かに拭きとれないんだがそういう目的ではけしてなく、というかななななななめ、あの、絵の具を取るためにっ」
「うん。絵の具を舐めとったよ。おれの舌で。あんたの乳首とか乳輪のペイント、優しく何度も。痛くなかったでしょ?」
「痛くはなかったが……いや、うん、その」
「ちゃんと絵の具の味じゃなくてあんたの味になるの確認したから、残ってはないと思うよ」
「あじっ、とか……味とかない! ないからな!!!」
ぐしゃりと歪んだ声に水気が含まれる。やりすぎた、と後悔する前に小麦色の夏の妖精はぺたぺたとかわいらしい足音と共に走り去った。
違う。いや違わないんだけど。夏の申し子ってことはざっくり言って妖精みたいなもんだし日焼けした肌は小麦色と言ってなんの問題もないし足音がかわいいのは音の問題であって別にサマー仮面がかわいいとか言ってないし。
大丈夫あれは変質者の格好をした謎の仮面。よしよし。かわいいとかエロいとかそういうのと仮面男は違う棚。大丈夫。まあでも足音も去る後ろ姿もかわいいのはかわいい……ええと脳みそのサイズがかわいい。そう、マヌケかわいい。これだ。あと泣かせるつもりはなかった。ちょっとからかっただけのつもりで、もう知らない! みたいに立ち去ってくれたらなって。
だっておれのズボンの股部分が濡れてる理由、説明できない。
サマー仮面の乳首が自分の唾液つきで保存されてしまうことに大興奮した理由を、せめて己が理解してからでないとどうにもできなかったのだ。そのままを告げるのはあまりに破壊力がある。ブラックサンタだって人の目は気にするし、想像力はなんなら人より優れている。
その想像力を全力で使ってみたけれど、どう言い訳をしても話している途中でちんこを暴発させる男を蔑まないパターンが思いつかなかった。だってまず勃起してないと事故も起きないわけで、エロ談義してたわけでもなんでもないのに勃ててる男とかちょっと引く。疲れマラとかなぜかタイミングが悪かったとかで勃ったとしても、そこから射精までは遠い。そう、普通はあんなふうに出ない。
いやでもサマー仮面の前だとわりとよく出てるな……え、待ってマジでほぼ毎回じゃない? 初対面は大丈夫だったけどイカはヤバい気配だったしついさっきも。え、いやいやいやなんで。やっぱりあいつヤバいんじゃないの。あらゆる男を事故らせる力とかそういうのが。
「……あるわけないんだよなぁ」
逃避にしてももう少しマシなことを考えるべきだ。少なくとも、泣かせたかもしれない相手をちゃかすのは違う。
ブラックサンタはヒーローじゃない。けれど、悪の組織の一員でもないのだ。クリスマスの一時期、楽しそうなリア充の隣で人体発火するだけのありきたりのどこにでもいる男。だから、なぜか妙に気になる相手をからかいたいしちょっかいかけたい。悪く思われたくないのに優しくするのも尻の座りが悪くて難しい。そんな、未だ思春期を引きずった情けない男だけれど。
でも、泣き声で駆け去ってほしかったわけじゃないのだ。
ちょっと怒って、でも今度会った時には気にせず話せるくらいの。ブラックサンタの股間事情を知らせたくなかっただけで、なんで暴発してんだよ早漏野郎気持ちわりいんだよ、って思われたくなかっただけで。こちらのことを気にせず立ち去ってほしかったのだ。なぜか股間を濡らしている、指一本触っていないのに暴発した事実を認識してほしくなかった。本当にただそれだけ。
乳首だってかわいいと思ってたんだ。敏感でかわいくて最高にいい子だなって。からかいはしたけれど、好意だけで。泣くほど嫌がるなんて思いもしなかった。
ごめん。