エンドレスサマー ウインターラバー - 1/4

◆ 42summer ◆

降り立った赤塚の地は、噂通りものすごく暑かった。

容赦ない直射日光。もう十月も半ばだというのに、暦のことなど知らぬと言わんばかりの夏日。本日の最高気温予想は三十四度らしい。なにそれ今すぐ夏休みにして。
目の前がぐらりと揺れ、ブラックサンタは慌てて帽子を脱いだ。厚手の黒い生地に白いもこもこまでついていては、日差し以上にこもった熱で死ぬ。もたつく指で同じく分厚い冬用コートのボタンをはずしていると、うっわ暑そうなんて声が聞こえてきた。
そりゃこの気温でこの格好はおかしいよね。わかるわかる。でもこちとら黒いサンタクロース衣装がアイデンティティっつーか、季節を考えれば別におかしなところはなにもない。逆に半袖のおまえらの方がおかしいからな? カレンダーを見てくれ。今日は何月だ? 十月の半ばといえば、運動会も終わり台風の到来も落ち着き衣替えだって済ませた頃だろ、常ならば。
人目を避けるため、目についた公園にそそくさと逃げ込む。口の中でもごもごと誰に向けてかわからぬ反論を呟けば、ほんの少しだけ気が晴れた。あーあ、チクショウ。ふざけんなよ。なに、直接言えばいいじゃんって? バカバカしい、言えるわけない。あんな、これからうちの庭でバーベキューだし~わーいみんな仲間だよインスタ上げよう~、みたいなパリピにおれみたいなカースト底辺ゴミクズ野郎がなに言ったらいいわけ。いいとこどもって慌ててるとこ、なんだこいつって笑われておしまいでしょ。わざわざ自分から恥かきに行くわけない。そりゃSかМかと問われたらМだけど、弄られ笑われるのと愛あるSМ一緒にするのはさすがのおれも怒るって言うか。まあ度胸がないってだけなんですけどね。平和主義ってことにしておいてよ。

 

とりあえずで逃げ込んだ公園は、思っていた以上に穴場だった。
涼しげな噴水にベンチ。あちこちに木陰をつくる木は周辺からの視界も遮り、まるでここだけ違う世界みたいだ。遊具がないから、子供向けというより住人憩いの場ってことだろう。こんな猛暑日にわざわざ熱中症になりに来る人間はいないから今日は空いてるけど、もう少し涼しくなったらきっと散歩してる人が増える。
奇異の視線から逃れられた安堵で、ホッとため息をひとつ。目立つことに憧れがないわけじゃないが、悪目立ちしたいわけではないのだ。
そうだな。どちらかと言うと憧れとか尊敬、みたいなのがいい。まだまだ下っ端だけど、もっと活躍して「ブラックサンタさん、いつもすげーっすね!」とか「ブラックサンタさんみたいになるのが夢なんですよね、憧れちゃいます」なんてきらきら光る目を向けられるのだ。いい。いつか入るだろう後輩に、ブラックサンタさんの雄姿に憧れてこの世界に入ったんですとか言われたらどうしよう。尊敬がいつしか恋になり、「先輩の炎にまかれたい……なんておかしいですよね、忘れてください」と寂しそうに笑う目元を拭えば「こういうのがずるいんですよ! ……もう、嫌いにもならせてくれないなんて」ってうつむく後輩にやれやれって肩をすくめて「早とちりはおまえの悪い癖だぞ。ったく、こっちから言おうと思ってたのに格好つかねぇな」「え、先輩それって」……ここらでキメ台詞っぽいこと言うのも悪くないな。おれに着火したのはおまえだぜ、とか?
「なるほどハートに火が点いた、ということか! なかなか洒落てるな」
「でしょ。やっぱ能力的に発火とか絡めていきたいよね」
「薄荷か、爽やかでいいな。夏を楽しむサマーアイテムだ!」
「発火が? チャッカマンとか?? なにバーベキューでもすん……って誰!!?」
めちゃくちゃ自然に会話を交わしてたけど、なに。なんで。つーか誰。
遅ればせながらびくりと跳ねて声の方を見れば、半裸の不審人物がいた。
青い水着に肩にはタオル。水中メガネと緑色のフィン、だったろうか水中で使う足のひらひら。夏の海辺ならおかしくないかもしれない格好だけど、決定的におかしなところがある。
仮面だ。
なんのキャラクターだろう。黄色い丸にギザギザをつけ目と口の部分を切り取ったダンボールを顔につけた不審人物は、びゃっと毛を逆立てたこちらに構うことなくのんきに話しかけてくる。え、これ怪しいやつじゃない? こんなに普通のトーンでくるってもしかして今年の流行りとかそういう……そういえばサングラス頭の後ろにつけてる芸能人とかいたな、昔。使い道を考えたらおかしいに決まってるのに、世間的にはありってやつだったよな……これもそういうあれか? それともインスタ映えってやつか? そうだよ、いいね稼ぐためにトンチンカンなことしたりするじゃん、あれだ。ははぁ、なるほどね、つまりこいつはパリピってことか。
え、こわ。たかが写真にいいねしてもらうためだけにこんなおかしな格好すんのかよ。だってさっきは気づかなかったけど乳首に変な模様まで描いてるし。なに、乳首ピアスとかタトゥーとかってやつ? え、あれ格好いいの? どう見てもトンチキだし変態っぽいんだけど、やっぱパリピってやつにはついてけないわ。こっわ。
「ヘイボーイ、さっきの話の続きはどうなるんだ? 後輩の恋は実るのか??」
「っうぇ、話ってなに、え、もしかして声出てた?」
「ボーイがキメ台詞を言うってことはもちろん受けとめるんだよな!」
「待っていやちょ、待って待って恥ずかしすぎるちょっと待て落ち着けいいから黙って」
声に出てたってどこから。
つーか後輩とかいないし。幻だし。ちょっとこうだったらいいな妄想してただけなのに声に出してたとか、つーかそれ聞かれてるとか恥ずかしいのレベルがケタ違いなんですけど。ってそもそもこいつもなんなの。普通はさ、ぶつぶつ妄想きめてる人間がいたら遠巻きにするか道引き返すかでしょ。さっくり会話に参加してんじゃねえよ続き気にすんなよこちとら月九じゃねーんだ、そうポンスカポンスカどんでん返しなドラマ発生させられるわきゃねえだろ。
いやさっきのは単なる妄想で、と正直に口を開きかけてふと気づく。
あ、これ誤解されててもなんの問題もないのでは? というかわざわざ誤解解く方が恥ずかしさの上塗りなのでは?? 職場の後輩に思いをよせられるのはありありのありだし、無関係のこいつにそんな後輩がいないってのはばれない。けど、単なる夢なんですよ幻ですテヘヘって言って得することある? うわきっつ……って目で見られるだけだよね、どう考えても。そもそも一人言を勝手に聞いてたこいつが悪いんだし、恥の上塗りするぐらいなら適当にごまかして話あわしても罰なんてあたりっこない。うん。
「っ、そっすね、まあ、その、あ~……悪い未来には、ならないんじゃないすか」
む、む、むずがゆい~!!! 誰視点からの発言だよおれのこと言ってる設定じゃないのかよ悪い未来にはならないじゃねーよおまえがいい未来にするんだよおまえって誰だよおれだよだから!
後輩(かわいい)(童顔気にしてるくせにツインテール)(幻)(かわいい)から尊敬後に恋された、という設定がもう心臓に悪い。そんなリア充イケメンしか許されないこと、こんなのが言っちゃって大丈夫? 背が高いとかスタイルいいとかスポーツマンとか一切ないんだけどこちとら。え、本当に平気? おまえが? みたいな目で見られて鼻で笑われたりしない???
足元からぞわぞわ這い上がる冷たい手が、心臓をぎゅうと握りこむ。やっぱり駄目だ。うっそぴょーんとか言って逃げよう。きっとこいつ走るの遅いし。なんせ変なの履いてるから。
「うっそ」
「すばらしいな!!!」
「ぴょ、え、……え?」
「憧れている先輩への淡い思いがいつしか恋となり情熱は熱く燃え上がる……そうそれはまるでこの灼熱の夏のように! 抱えきれぬその熱情をぶつけられた先輩、そうキミだ! キミもまた後輩の熱に煽られるよう、燃え上がりひと夏の思い出、サマーバケーションと決めこむと思いきや未来のこともきちんと考えている。なんたる誠実! すばらしいじゃないか!! んんん三千サマー!!!」
朗々とした腹から響くいい声でよくわからないことを言われているが、なんだ、ええとつまり、どうも褒められている……? 三千サマーってところでなに。なんでいきなり数字が出てきた。
いやでも、適当な作り話を笑い飛ばすどころかすばらしいと褒め称えてくれるとか、めちゃくちゃいいヤツだなこのパリピ。誠実とかなかなか言わなくない? こんなゴミつかまえてとか……え、すご。人は見かけによらないってやつか。つーかそんな大げさな。いや、もちろんうれしくないわけじゃないけど、ワオワオだのサマーサマー叫びながら跳び上がる程ではないよね……え、ないよね?
指先がじわじわとしびれる。握りこぶしの力を緩めたから、血が末端まで流れていく。
ああ、でもいいヤツなんだな、こいつ。外見はちょっとアレだけど。
いい人だ。うん。少し会話しただけの赤の他人を、こうも褒めてくれるなんてなかなかいない。なんだよ、あんた見た目によらずいいヤツなのかよ。もうちょっとわかりやすくいい人っぽくしてくれてたら、おれだってこうも構えないっていうか。とりあえずその不審者待ったなしの仮面をとるとか、乳首をノーマルな状態にしておくとかさぁ。
「この仮面は大切なのさ。見てくれ、ここのうねりが灼熱の太陽のパワーを表現していてな」
「いや別に説明は求めてないんで、っつーか太陽だったわけその謎の仮面」
「サン以外ないだろう、このあふるるエネルギーに満ちたフォルム! ボーイにはないのかい? そう、この燃えたぎるパワーを表現するもの……後輩への愛の証!!」
「え……愛とかじゃないですけど、まあ、パワーっていうかこういうのなら……」
ほわりと温かな手の平にぐっと意識を集中させる。
出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ。ずっと練習してただろ、大丈夫出るできる。九割方成功してたやつだからきっと絶対大丈夫大丈夫大丈夫。
ポッ。軽い音と共に手の平に現れたのは、小さな炎。皮膚を焦がすから長時間は持たないけれど、人体発火だけでは使い勝手が悪いと必死で自主練した成果がこれだ。なんせこの不況だし、一度就職できたからっていつ首切られるかわかりゃしない。ブラックサンタとして人体発火しリア充をきゃあきゃあ言わせてる間はいいけど、あいつら飽きっぽいからな。新しい技はいつだって用意しておかなきゃ。ワンパターンだよね、とか言われたら即終わりだ。ブラックサンタとして契約更新なんてあるわけない。そうなってからいざ就職活動しても、全身から炎は見た目のインパクトはあってもそれだけだ。で、キミ他には? なんて平坦な声を想像するだけで腹が痛い。ああうんこしてぇ。
その点小さな炎が作れるってのは、地味だが使える。本当はこの炎がいくつもできたり投げたりできたら最高なんだけど、まあそこまではまだね。でもそうして炎を自由に操れるようになれば、花火に同時にいくつも火をつけたりなんかもできるわけで。つまり冬だけじゃなく夏も活躍できたりしてひっぱりだこっていうか。おいおい待ってくれよおれの身体はひとつなんで先に契約すました方の仕事をしますけど? ひひ、渋いね。条件でなびかず約束を守る職人かよ、まーた憧れの視線とか来るよ。来るでしょ。先輩の背中をずっと追いかけてきたんですけどこれからは隣を歩いていきたいんです、とかなんとか最高かよ。
「っっっ、マーベラス!!! すごいなボーイ、キミはマジシャンか!? 手の平にいきなり炎が現れたぞ、なんたるミラクル!」
「へへ、あざーす。……まだ練習中なんで、これからもっとすごくなる予定なんすけどね」
まったくもってそんな予定は立っていないけれど、つい口走れば心底驚いたと言わんばかりの声が響く。
「もっと!? 向上心まであるのか、んんん五千サマー! 今のはどうして起こったんだ? どんな種があるんだ?? ヘイミラクルマジシャン、もったいぶらずに教えてくれよ」
「手品じゃなくて体質っていうか……まあ人体発火ならそこそこっていうか? 一応この辺じゃそれなりに名が通ってるっていうか。いやおれが言ってるんじゃなくて周りがなんだけど。生まれ持ったもの、ってやつだよね……」
「人体発火!! なんてクレイジーかつグレイトなんだ、キャンプファイヤーでモテモテだろう、キミ!」
ワオワオと褒められ口元が緩む。
いやいやまあね? 嫉みの力から発火、だけでも相当な才能なのにそこにとどまらず努力までしちゃうとか、周りから見りゃなかなかのものかもしれないけどね。いやいやいやおれとしては普通っていうか、これくらいはしなきゃなっていうか、皆より一段高いところに普通が設定されてるから特別って意識がないっていうか。というか、すごいのはわかるけど褒めすぎじゃない? いやこれくらい称賛されてしかるべき力なんだけど実際。
「すごいな! 良かったら今度オレにもサマーガールを紹介してくれ」
「あぁん!?」
ひどく調子のいい発言に、なぜかぐわりと腹の底のマグマが揺れる。なんだよ、結局利用したかったから褒めただけかよ。
急な力の高まりをおかしいと思う間もなく、身体中を巡った炎は隣に立っていた不審者の首のタオルを容赦なく焼いた。
「アウチ! なぜ!?」
噴水に飛び込み事なきを得たが、なぜと問いたいのはこちらだ。別に燃えるような展開じゃなかったはず。基本的に発火は、いちゃこらするリア充への嫉妬からだ。焦げてしまったとしょげている不審者に嫉妬するようなところがあるだろうか。ない。欠片も見つからない。もしかしたら手の平にだけ炎を出すなんて練習のせいで、体内の回路がおかしなことになっているんだろうか。
っていうかそれはいいんだけど、いやよくはないんだけど、それよりも。
さっきまでそれなりに親しく話していた相手にいきなり燃やされたとか、どう前向きに考えても訴訟案件じゃないでしょうか……勘弁してください職場には内緒にしてくださいあそこ首になったら生活していけないんです反省してます本心です本当ですどうか人助けだと思ってぜひとも。あっ、誠意をお疑いで? 舐めろと言われれば足の裏だって舐められます本当ですほら見てくださいこうして。
「ストップ! ストップだとりあえず話を聞いてくれボーイ!! 舐め、な、舐めなくていいから!!!」
「……なんでこんな体勢に?」
「キミがそれを言うか」
尻もちをついた不審者の足の間に座り込み、足ひれに舌を這わせたまま首をかしげるおれに「戻ってきてくれてよかった」と告げた声はなぜか妙に疲れているようだった。
「あ~……ボーイは少々、えっと、空想の世界に入りがちというか、想像力過多というか……もちろんすばらしいことなんだが! できたらもう少しこちらの言葉に耳を傾けてくれると助かる」
噴水の水がしみて尻が冷たい。座り込んでも腰骨まではないから上半身は太陽に焼かれて、だから余計に下半身の冷たさがリアルだ。
「ええとなんだったか……職場には内緒にしてくれっていうのもな、ちょっとマントが焦げただけだから、そんなことでいちいち怒ったりしないさ。安心してくれ」
水の中でチカチカ光ってるのは陽の光だろうか。青くて、ゆらゆらして。なんで水って透明なのにプールとかに入ってるのは青く見えるんだったか。なんか習った気もするけど。あれ、でもこれ透けてないっていうか青すぎるっていうか。
「そもそもな、謝るのはいいがやりすぎは良くない。違うぞ怒ってない、責めてもいないからな。うん、大丈夫だボーイ。ちゃんとごめんなさいできるのはえらい、ただ、足を舐めたりするのは謝罪というよりも、って待て違うちょ」
「あ」
どうしようもなく気になった水の真っ青な部分に手を伸ばすと、なぜかやわらかい感触があった。
「え」
いやなぜかじゃねーし。なぜかって言うならさっきまでのおれのぼんやりぶりだし。
そろりと視線を上げると、太陽の仮面と視線があった。いやあってない。目と口の部分に穴があいてるけど影になってどこ見てるのかわかんない。でも視線はどこかわかんないけど、たぶんこっちを見てるしなんでか片足まだおれが肩にかついでるし左手は股間を。
股間を!?
「正気に戻ってくれて助かったぜボーイ。さあ、その手をってぐぉうっぐ」
「こんなことが世間にばれたら後ろ指さされまくる……そんなの地獄かよ耐えられるわけない……そうだ証拠隠滅だこれさえなけりゃ」
「いだいいだいいだいちょっ、いだいからいって、いた、いだだだだっ」

 

もいでしまえばいいのではという前向きな意思は力技で止められ、炎ですべてを焼き消そうとしたチャレンジは阻止された。結局、けして口外しないと記載してもらった契約書だけがこちらの手元に残った。
ボーイは頼むからもう少し話を聞いてくれ、なんて最後まで他人のこと心配してくれる優しい人だったな……契約書のよれたサインまで目に優しい気がしてくるんだからおれも単純。サマー仮面、か。あの人に似合ってる、よくわかんない脱力系の名前だ。
いやだって普通ないでしょ。褒めて認めてしてくれるうえこっちの失敗も責めず心配までしてくれるとか、上司だったら神だわ。ちょっとあの仮面はどうかと思うけど、謎のセンスを超越するレベルの優しみでしょ。パリピにもあんないい人がいるんだな。これから海辺でバーベキューとかするんだろうな。ちょっとマント焦げちゃった、って説明するついでにおれのこと話したり……公園で才能豊かなボーイに会ったんだ、なんて。いやいやいや。待ってどうしよう、そんないいヤツだったら誘っちゃおうぜとか盛り上がってたら。ごめんなさいちょっと初対面の集団と和気あいあいできるほど人格練れてないっていうか、まあつまり知った顔とならいけなくもないっていうか、つまりサマー仮面となら問題ないっていうか。練習? そうそう、何事も練習が大切だし。友達に紹介する前に二人の仲を親密にしておくべきってのは普通の考えだよね。こう、パリピに肉とか渡されながらさ、「二人はどこで知り合ったの~?」「公園で、ちょっと」「え~なになに公園~、ナンパとか~」「彼は自分を高めるために自主練に励んでいてな! すばらしい! 誰に請われたわけでもなく自らの力をただ高めんと努力する姿が」「そんなんじゃないし」「照れなくてもいいんだぞボーイ☆」「やっだぁいちゃついてる~。じゃあじゃあ、サマー仮面としてはそういうとこにきゅんとしちゃったんだ?」「え」「あっ、それは秘密だと言っておいたじゃないか!」「もーこの間からさ~、キミの話しかしないって感じで正直耳タコってやつで~」
……ひひ、やっばいねおれの話しかしないとか相当じゃねえか。どんだけ好きなんだよおれのこと。つうか祝福されまくりかよ、すげえな肉食う暇もないんじゃないの。まあ知りたいよねじゃあ伝えるしかないよねそういうの大切にしないとファンも離れるっていうか、いやファンじゃないんだけど。でもまあ彼らも? 友達の特別親密な相手に関しては知りたいだろうし? それがニートだったら不安倍増だろうけどこちらとしてはブラックサンタとして一応それなりに働かせていただいてるわけだし???
「……やっぱ自主練もう少しやってくか」
別にサマー仮面が周りに紹介する時に不安がられたくないとかないですけど。
冬だけじゃなくって一年中大活躍とかすげえサンタじゃーん、とか言われたいとか全然まったくちっとも思ってませんけど。
でもまあ自分の実力を高めるのは大事だし、職はあるにこしたことないし、紹介される時にいい感じの地位とかだといいなとかは正直あるっていうか。うん。出世しよ。
ひどく前向きな気持ちになって、ブラックサンタはポケットを探った。なぜこうも前向きになれているのかは気にしない。そこに触れてはいけない気がするし、今日は気分の高低が激しい。これ以上の刺激を受ければ、公共の場で脱糞程度じゃすまない。精神を落ち着かせるためにいっそ母乳あたりを飲まないとやっていけない。ああ、安心してほしい。ブラックサンタは清く正しい赤ちゃんプレイ希望者であるからして、本来の年齢が一歳とかそういうわけじゃない。弊社も一応成人してないと応募できないんで。そんなところで法に触れたりはしてないです。ちょっぴりブラック気味なだけですから。ええ。
ポケットの中には出世のための近道、指令書。
長すぎる夏から秋に交代させるため、夏を継続させている謎の怪人に話をつけるという指令を受けたからこそ、この地に来たのだ。例年ならもっとクリスマス近くの、ぐっと冷え込んだ時期に来る。そうしたらこのクソ分厚いコートも問題ないというのに、本来の業務以外をさせるから笑われたりするのだ。は~、こういうのがあるからブラック企業はクソ。サンタ名乗らせるなら冬以外に働かせるんじゃねえよ。
濡れて破れやすくなっている紙をそろりと開く。それにしても夏を継続させる怪人ってなんだ。めちゃくちゃに夏が好きなのだろうか、終わってほしくない程に。なら一年中夏の場所に行けって思うのはおかしいんだろうか。そういう問題じゃない? いやいや、そういう問題でしょ。というか、そもそも季節を留めておくってすごい力じゃない? ちょっと発火するとかとは次元が違うよね。それを一介の雇われブラックサンタにどうこうしろって無理ゲーなんじゃ……もっと人件費割けよな、使い捨てしてんじゃねえぞボケこら。
あっ、でも夏が好きな気持ちはちょっとわかる。暑いうえにリア充がいちゃつくだけの腹立たしい季節だと思いこんでいたけれど、今だからこそあの人に会えたのだと思えばそう悪い季節じゃない。なんせサマーな仮面だ、夏以外には出没しないだろう。それにまず格好からして、めちゃくちゃ夏好きなんだろうなってわかる。水着に水中メガネにフィンとか、即水に飛び込む気概にあふれている。うん、素直でいいじゃん。
「……あれ?」
先程まで一緒にいた相手のことをもう一度思い出し、ブラックサンタは指折り確認してみる。
水着で。これから海に行くならおかしくはないよな、ちょっと気が早いけど。
水中メガネと足にフィン。これもうきうきが伝わってくるから微笑ましい、あり。
肩にタオル。普通だよ、だって濡れたら拭かなきゃだし。焦がしちゃって申し訳なかったな。
乳首にペイント。ピアスでもタトゥーでもなくペイント。最近は軽率にタトゥーとかいれちゃう文化だし、ちょっと身体に絵を描くくらい問題ないでしょ。個人的にもタトゥーは痛そうだけどペイントなら別に自由っていうか。それに太陽と月なんてすげえ洒落てんじゃん、ありありあり。うん、太陽と月だったんだよ。胸張ってワオワオあんまり言うからその時じっくりはっきり見た。間違いない。
太陽を摸したらしい仮面。……インスタ映えってやつ……罰ゲームとか……。
「なしだわ!!!」
ひとつずつ順につぶしていっても、どう考えてもダメだった。書いてあるし、指令書! 青い水着に謎の仮面をかぶりサマー仮面と名乗る怪しげな男、って書いてあるわ!!!
は? あいつが夏が終わらない原因? まさか。
だってめちゃくちゃいいヤツだったしちょっとマヌケそうだし妙に気を引くっていうかほっとけない感じで、たぶんこれからおれたち仲良くなってゆくゆくは海辺でパリピとバーベキューで初対面からの歴史をねほりはほりされて顔見あわせて照れちゃう感じの。ええ~!!?
ブラックサンタの驚愕の悲鳴は、すかんと晴れ渡った青空に吸い込まれ消えていった。

彼の疑問に答えてくれる者はどこにもいない。