エンドレスサマー ウインターラバー - 2/4

◆ 420summer ◆

「いた……!」
今日の空のように真っ青な水着、砂浜よりも色濃い小麦色の肌、潜りもしないくせに緑色のフィンと水中メガネを身につけ首元にはタオル。誰より夏の海を満喫するスタイルを邪魔するのは、太陽を摸したらしい謎の仮面。ダンボール製とか絶対水につけたらダメなヤツだろ。つまり水中メガネとフィンが使えない。意味ねえ~。なにかかぶりたいなら夜店のお面でもかぶっときゃいいのに。
指令書通りの不審者極まりない姿に、ブラックサンタは一度ぶるりと震え、しっかり帽子をかぶりなおした。ああん? 武者震いだよ武者震い。けして謎の男に顔を覚えられたら後々面倒そうだから困るなあとかじゃないから。帽子ならせめて目だし帽にしろよ顔バレすんだろ使えねえな弊社、とか思ってないない。制服に文句なんかつけませんよ、もちろん。ただまあ、気持ち深めにかぶってなるべく顔がわからないようにはしている。それは仕方ないと理解してほしい。身の安全は確保したいでしょ。
「……サマー仮面!」
「誰が呼んだか真夏の男、熱風と共に現れ波のように去る町中のサマーを探し求めさらなるサマーを注入し皆がよりサマーを楽しんでいる様を見ながらサマー様々な限られた日を楽しむそんなオレサマーの名を」
太陽を背にくるりとターン、からのポージング。
「呼んだかい?」
「なっげえよ!!! そんで早口言葉かよ、なんだサマーサマサマって。つーかやっぱりあんたかよチクショウ。当たらなくていいことばっかり当たりやがる」
「んん~? 意味がわからない? わからなくてもいい、とにかくオレの季節が来たんだ!」
「来たんだとか夏になったばっかりみたいなこと言ってるけど、もう長いから。いいかげんうんざりだし、この暑さ」
「暑いのはキミのスタイルも原因の一つじゃないか?」
何気ない正論がブラックサンタを傷つけた。
確かに分厚いコートはこの場にふさわしくない。白いもこもこのついたサンタ帽なんて、罰ゲーム以外の何物でもない。全身真っ黒のせいか太陽の光を吸収しまくり、お天気のいい日に干された布団にいるダニの気分だ。つまりは今にも死にそう。
ああそうだよ、わかってる。サンサンと太陽降り注ぐビーチに真っ黒のサンタクロース姿が暑さの一番の原因だなんて、わかってるんですよねこれでも。バカじゃないんで!
ただもうこればっかりはどうしようもないんだけど、制服なんすわ。お仕事する時の格好はこれって決められてて、支給品だし、ブラックサンタとして動く時はこの服って規定なんで。個人ではどうすることもできないんですよね。は~わかっててもつら。あんなトンチキな格好の男に冷静につっこまれるこの状況つらすぎる。あと暑くてマジ死ぬ。繰り返すけどそろそろ命の危機。
「うっせえ、さっさと話すませるぞ。で、あんたが夏を終わらせない原因のサマー仮面ってことであってる?」
「確かにオレはサマー仮面だが、夏を終わらせない……? ッハ~ン、ストッピンシーズンインザサン、ってやつかな」
「いいかげん夏が終わってくんないと困るんだよね正直。夏が好きな気持ちは十分伝わってきたからさぁ」
「ボーイは夏があまり好きじゃないのか?」
「は? そんな話してないんですけどこっちは」
「なんてもったいない! もしやキミは夏のすばらしさを知らないんじゃないか!? そうだ、そうに決まってる。知れば絶対に好きになるに違いないからな!」
「え、ちょ、なにこの勢い」
「よぉっし任せてくれ! このサマー仮面がキミにサマーのすばらしさをきっちり伝えてみせようじゃないか!!!」
「待って、なにちょっと、怖い怖い勢いが怖い」
好感を抱いた相手がまさか冬を苦しめている謎の夏男だなんて、いやまだわからないきっちり確かめてみないと。と必死に己を鼓舞していたおれに謝れ。
あまりにも指令書通りの言動に、めまいを通り越していっそ怒りが湧いてくる。なんなの。なんでこっちが心痛めて心配してしてたのに異様に元気にワオワオしてんの。夏のすばらしさとかどうでもいいんだよ。暦の上では秋なんだからいいかげん次に譲れって話だよ。つーかなんなのその格好。冷静に考えたら百パーセント不審者。あの日のときめきを返してほしい。いや待って、ときめき……? ときめいてない! 親切ないい人だなとは思ったけど、けしてこんな不審者丸出しの男にときめいたりしてない。だってほら見てよ、水着と水中メガネとフィンまではいいとして、まあ首のタオルも許すけど、あの仮面はなくない? 百歩譲って仮面は夏祭りの夜店的なあれこれと思えてもさ、乳首のペイントは……太陽と月だよ? ちっげーよくまさんとうさぎさんなら許すってわけじゃねえんだよ。パンダさんならいいってことじゃないの。ねえ聞いて。乳首だよ? 乳首に、絵。冷静に考えてほしいんですけど、ペイント乳首の男にときめくはずないんですよね、こちとら確かに生まれてこの方おつきあい経験なしの童貞ですけど? 年齢=恋人なしですけど? それでもアレにうっとりするほど心弱ってはいないわけ。
いそいそと手渡されたタオルを突き返すと、オレが先の方がよかったかと首を傾げられる。だからちげーっつーの! 目に巻いてくれじゃねーんだよ。回転は三回でいいかなとか先走り過ぎだよ。なんでスイカ割りの用意してんだよスイカもなしに。まずそこじゃねえ? スイカ割りっつーならいの一番にまずスイカの準備じゃねえの。そりゃ目隠しして回って当たらなーいもっと右右ぃとかきゃっきゃ言うのが目的かもだけど、スイカはあくまで添え物だけど、でもなかったらスイカ割りって言えねえじゃん。なに割るんだよ。サマーのすばらしさ云々言うならせめてスイカくらい用意しとけよ。
「ボーイはスイカがあまり好きじゃないのか?」
「好き嫌いの前にまずここにないし! スイカ割りさせたいならスイカを出せよ!」
「はっは~ん、なるほど。ここにスイカも棒もないことにショックを受けた、そういうことだな。アンダスタン?」
なにひとつアンダスタンではない。つーかちょくちょく入る横文字が大変に腹立たしい。仮面に隠れて見えないが、絶対にめちゃくちゃむかつくクソな顔してるだろ。見せろチクショウ。
「サマーを楽しむ者のため! 唸れ大波!! サマーフラッシュ!!!」
カッとサマー仮面の背後が光り、思わず目を閉じてしまう。つーかさっきなんか不穏なこと叫んでなかった? 波が唸ったらまずくね? ここ海辺だからちょっと波が本気だしたらアウトだと思うんだけど。
おそるおそる開いたブラックサンタの目に飛び込んできたのは、謎の無人島と得意気にポーズを決めている不審者だった。
は?
え、なに、えぇ??
なんで無人島ってわかるって? そりゃわかるでしょ、これマンガとかですげえ見るヤツ。しかも四コマ漫画とかギャグ漫画とかの。せいぜい十歩程度のぽこっと浮かんだ砂部分と、真中にヤシの木。以上。え、なにここ。どういうこと。おれこんなギャグ時空で生きてるつもりなかったんだけど。
ぐいぐい頬をひねっても、痛いばかりでまるで目覚める気配がない。ここに連れてきやがった犯人は、手に持ったタオルを振りまわしながら首をかしげてやがる。
「おかしいな、スイカが見当たらない」
「……五億万歩譲ってやるから正確に答えろ。ここにはおまえが連れてきたわけ?」
「んん~? どうしたんだそんなに頬を引っぱったら痛いだろう」
「こ・た・え・ろ。ねえ、さっき謎に光ったので妙な力使ったってこと!?」
「サマーフラッシュは妙な力じゃないぞ! 夏のすばらしさを未だ理解できていない皆にいかしたサマーをプレゼントするため、なぜかオレが使えるミラクルパワーだ。今回はキミとスイカ割りをしようと思ったんだが」
きょろきょろと周囲を見回し、タオルのみを持った手を見、困惑した声を出す。
「なぜかスイカと竹刀が出てこなかった」
サマーパワーが足りなかったのかもしれない、じゃねーんだよ。なぜかなぜかって繰り返すなおまえもわかってねえのかよ。わけわかんない力はむやみやたらと使ってはいけません! つうか竹刀は最悪棒状のものであればなんでもいいけど、スイカ割りにスイカは必須だろ。てかそのために無人島ってなに? あの場にスイカ持ってくるだけでよかったんじゃないの。
「この木に実が成っていれば代用できたのにな」
「無理でしょ」
ヤシの実の硬さなめんな。
「つーかスイカないならもういいでしょ。夏のすばらしさは十分わかったから、もう元の場所に戻してよ」
「そうだなぁ、そうなんだが」
当然の要求をすれば、なぜか戸惑った声が返る。
「戻る方法がわからないんだ」
「……は? いやいやいや、え?? だってあんたがサマーフラッシュとやらで連れてきたわけでしょ、じゃあ帰る方法くらい」
「夏のすばらしさを理解してもらうためのパワーだと言っただろう? つまりキミがサマー最高! と思ってくれれば戻れるんだが」
「なにそのふざけた技……他人任せとか」
夏最高と思え、と求められても暑いし汗をかくしで正直そう好きな季節ではない。キンキンに冷やしたビールなんかクーっと飲んだ時は最高と思えるかもしれないけれど、今ここにはビヤガーデンどころかビールの一杯もない。まあアルコールは得意じゃないんで麦茶とかでも最高なんですけどね。ちょっと見栄をはったけどそこは大目に見てほしい。
というか、海の真ん中にぽこんと浮かんだ小さな小さな島と不審者と自分。部屋とワイシャツと私、より夏を満喫できないと思うわけだけど気のせいか? ここでいったいなにをして夏最高と思えと??
「せめてスイカがあればなぁ」
「いいかげんスイカから離れろよ、こちとらそこまでスイカ愛好してないんで」
「でも海辺で楽しむと言えばスイカ割りはマストじゃないか? 目隠しして見えない中、右だ左だとはしゃぐ声の中に意中の子の声を聞いたり、うまく割れなくて笑いあったり。乾いた喉にスイカの甘い果汁が……っ、えっ?」
楽しげにスイカ割りプレゼンをしていた声が、急に止まる。まさかこんな場所に一人置いていかれるのかと慌ててサマー仮面を見れば、イカがいた。
もう一度繰り返す。イカがいた。
「ヘルプ! ヘルプだブラックサンタ!! のんきに眺めてる場合じゃないっ」
巨大なイカの足が、緑のフィンに巻きついてぶらりぶらりと揺らしている。逆さ吊りになったサマー仮面が時計の振り子のようにあちこち揺れて、ワオワオと大変うるさい。
「……なかなかリアリティのある夢で……」
「夢じゃない!! さっき散々ほっぺたひねってただろ! 逃避してないでどうにかしてくれ!!!」
「は!? いやいやいやそっちこそ無茶言ってんじゃねーよ、巨大イカだぞ? ドラクエなら船手に入れてから闘う敵だからな? ひのきの棒さえない状態で出会っていい相手じゃねーんだよ!? つーか今こそサマーパワーとやらでどうにかしろよ!」
「サマーフラッシュは一日一回限定なんだ!」
使えねえ~。あまりに使えないバカは放っておいて逃げたいが、いかんせんここは十歩も歩けば島の端から端に行きついてしまう狭い地。見渡す限り水平線で逃げ場がない。ここに連れてきた元凶がどうにかなれば戻れる可能性もありそうだが、永遠にここに閉じ込められるバージョンもないとは言えない。
詰んだ。
「ブラックサンタ! 頼むから助けてくれぇぇぇぇぇぇ」
びよんびよんと振り回され、語尾が愉快な事になっている男を助ける義理はない。なんせあれが元凶だ。あいつがこんなところに連れてきたからいけない。それにイカも、食べたら腹を壊すとでも思っているのか、緑のフィンが物珍しいのか、さっきから振りまわすばかりでこれ以上危ないことにはなりそうにない。
フィンを脱げばいいのではと教えてもよかったが、イカの足がぎゅうぎゅうに巻きついている。手伝えと言われるのが嫌だったので、ブラックサンタはあっさり口をつぐんだ。いやだってなんかぬめぬめしてそうだし。手だしたら攻撃対象と思われても困るし。あとなんかこう、いい気味だなってちょっとばかり、ねえ。
「……おれが夏最高って思えば戻れるんだよね?」
「そっ、そうだが……っ?」
「じゃあ夏最高って思えるようなことしてよ。ほら、ちょうどイカもいるし。スイカ割りならぬイカ割りとか」
「オレがか!? いや、それは」
「あ~見てみたいな~、見たらすげぇって思うし夏の思い出になるしもうサイコーって感じだよね。こんなにでかいイカとイカ割りとかめったにない体験だし、これひと夏の経験しましたって夏休みの絵日記に書くヤツでしょ」
イカ割りってなにがゴールなんだろう。スイカ割りならスイカが割れたら終わりだけど、少なくともイカは割れないし。
わからなかったが嫌がらせなので問題ない。こんなところで夏最高と思えるわけがないと割り切ったブラックサンタは、方針をサマー仮面への報復に定めた。さすがに大怪我したりするのは後味も悪いし見たくないけれど、なんとなく巨大イカも友好的、というか餌としての興味はなさそうなので大丈夫だろう。せいぜい意味のない徒労をがんばってくれ。
あからさまに棒読みだったブラックサンタの声に、それでも奮い立ったらしいサマー仮面は、手に持ったままのタオルで目元を隠した。仮面の上からなので、どこからどう見てもおかしいことになっている。というかもしやあれは、イカ割りのためだろうか。スイカ割り同様、律儀に目隠しをしているんだろうか。
意味ねえ~! つうか棒の一本もなしにイカ叩くつもりかよバカ~!!
すでにおもしろくて腹筋がわななく。笑い声をあげては正気に戻ってしまう、と必死にこらえながらブラックサンタは掛け声をかけた。
「上上、ほら、もっと上だよ!」
「! おう、センキューブラックサンタ! 見ていてくれ、このサマー仮面が最高のイカ割りを決めてすばらしいサマーのパッションを伝えてみせる!!!」
ブラックサンタが積極的に参加したのがうれしかったのだろう。ぱっと華やいだ声で胸を張るサマー仮面がマヌケでおもしろい。おまえまだ宙づりだからな。ぶらんぶらんしてるからな。
ぐい、と腹筋を使ってサマー仮面が上半身を持ち上げた。自身の脚に手をかけ、ロープを昇るようにぐいぐいと身体を持ちあげイカの足まで到達する。やはりぬめっているのだろう。驚いたように手を離し、落ちかけてから慌てて再度掴みに戻った。
これまで揺らされるばかりだった存在がいきなり動きを見せたので、イカも不審に感じたのかもしれない。逃げずにいきなり向かってきたのも驚いたんだろう、きっと。新たな半透明の足がにょろりと海中から増え、謎の動きを見せる物体を確認しはじめた。
「ふっわ!? おいっ、ちょ、ヘイクラーケン! ちょっと落ち着いて話を、あっ」
落ち着いたらイカと話ができるのかよどんなサカナくんだよ。
ぐにょんぐにょんと手足をひっぱられ逆さになったりくるくる回ったりするサマー仮面は、目隠しのせいもあってなにがどうなっているのかさっぱりわかっていないらしい。あんたが大人しく吊られたままでおらず身を起こしたから検分されてんだよ、と告げてもどうすることもできないだろう。助けを求められても困るし、もっと困るサマー仮面を満喫したいのでブラックサンタはひたすら応援だけする。声出すのはタダだしね。ちょっと口を開くだけでこんなところに連れてきた元凶が困るなら、こんなにおもしろいことはない。
「もっと右だって。ほら、左手で上の足持って! 右足の下にイカの足もあるからそこに体重かけて」
「こ、こうか?」
ブラックサンタの指示通り、なんの疑いもなく動くのが楽しくて右だ左だと声をかける。目隠ししていても自分のとっているポーズくらいわかりそうなものなのに、宙に浮いているような状態だからだろうか、訳がわからないという雰囲気のままサマー仮面はこちらの言う通り動く。ひひ、なにあのポーズ。マヌケ。
イカは飽きたのか害はないと判断したのか、くるくる回すこともなく、たまに足でぐにょんと揉んでみたりしている。ぬめった足で全身触られたせいか、サマー仮面の腹や背が妙にてらてら光る。生臭そう、つーかイカ臭いんじゃ。
そこまで考えて、ブラックサンタは衝撃のあまり己の足元に拳を叩きつけた。待って、違う。これ違うから。きょろきょろと周囲を見回すも、イカと目隠ししたサマー仮面と自分しかいない。セーフ。いやセーフってなに。いやいやセーフでしょ実際。
気持ち悪いな、おれだったらあんなの嫌だな。そういう気持ちだった。それだけしかなかった。巨大イカのぬめぬめした体液なんか身体につけられたくないし、イカ臭いとか最悪だし。それだけで。それなのに。
なぜかちんこが反応している。
いやいやいやこれは違う。ほら、別にエロい事とか一切関係なくいきなり意味なく勃起したりするじゃん。そういうことあるでしょ。それ。そんな、べたべたに濡れてイカ臭いサマー仮面、なんて。おれがぶっかけたみたい、とかまさか。字面! そうだよ、エロい単語に反応しただけ。ほら、ぬめぬめとか。べったりとか。てらてらとか。そうそう、それだけだから。
「ブラックサンタぁ」
「ひゃい!!?」
「あの、次はどうしたらいいんだ……?」
両手でイカの足にぶら下がり、右の尻たぶの下のイカの足に体重をかけたままサマー仮面が情けない声を出す。
「えっ!? 次?? 次は、えーと、あの、足を。その、左足をもっと左に、そう開いて」
「こうか? なんだかぐらぐらしてちょっと怖いな」
「右足を下のイカに絡ませて、手のイカ足もっと下にひっぱってすがってみて」
ゆっくり開けられる脚。ブラックサンタに見せつけるように、目の前で誘うようにチラチラ動くフィン。体重をかけたせいで下がってきたイカの足が、無防備な乳首をこすりひゃんと高い悲鳴が響いた。
「あ、あ、あ、……ブラックサンタ! あの、この体勢はなんだか」
大きく開かれた脚の間、サマー仮面の股間を下から持ち上げているイカの足がぐねんと動く。足を閉じればいいのに、なぜかブラックサンタの指示通りの動きをしなければいけないと思い込んでいるらしい。会陰を下からぐにぐに押され、身をよじりながらもけして閉じられない脚。
「イカの足に座ってる姿勢だからさっきより楽でしょ。よかったね」
まるで気づいていない顔でしれっと告げれば、んんんと唸り声が返る。ぺたんぺたんと足先が胸元を叩くたび、びくびく跳ねる背中。
ブラックサンタはいつの間にか立ち上がっていた。一歩、二歩。近づいてなにをする、危ない。そんなことなにも考えていない。ただ気がつけば目の前には、イカに巻きつかれ脚を開いているサマー仮面。
近くで手持無沙汰に揺れていたイカの足を、そっとサマー仮面の腰に誘導する。驚いたのか悲鳴があがったが、危ないことはないようにきちんと見張っているから大丈夫。安心してほしい。水着と肌の境目に少しだけ隙間がある。イカの足先がにゅるりとそこに入りこむのを見守っていると、耳元で切羽詰まった声がした。
「しっ、尻! ブラックサンタっ、なにか尻のところに!!」
狭苦しい場所から抜け出たかったのだろう。イカの足はきゅうきゅうしめつける水着から解放されるべくあちこちをまさぐり、出口を見つけて飛び出してきた。サマー仮面の左足付根に巻きつくようにゅるりとでた足をつかまえ、ぐいと引く。
「ああ、イカの足だって。安心しなよ、今とってやるから」
背中から水着の中に入り込み、尻の下を通って左の太腿に巻きついたイカ足をぐいぐい引っ張ってやる。水着がめくれてちらりと見える肌が白い。ひいひいと悲鳴をあげ暴れるサマー仮面は、自分の体重で会陰に刺激を与えていることに気づいていない。じっとしていればまだマシだろうに。ずろろ、とイカ足が水着から飛び出てきた勢いのまま、青い水着に包まれた股間部分がぶるると揺れる。イカ足にシゴかれてやがる。ひひ。手を離せばびゅっとイカ足は引っ込み、水着の中に完全に隠れる前にまた引っぱり出してやった。
「それ、それやだ……っ。ぶらっくさんたぁぁ」
ひんひん泣くサマー仮面の声はどう聞いても『嫌』ではない。
全身をくねらせ、イカにぬるぬるにされて悦んでいるのだ。このド変態。
舌足らずに名を呼ばれ、どうにもこの口をふさいでやらねばいけないと胸の内から欲情がせりあがった。なぜか。
ダメだ。いい気味だけどダメだ。これ以上名を呼ばれては、イカを引いている腕まで使って、なぜかこの変質者を力任せに抱き込んでしまいそう。おかしい。
「あっ、あ、そんな、やだ、んぐっ」
名を呼ばれぬようにとサマー仮面の口につっこんだイカ足は、暗くて生温くぬめった場所が気に入ったのだろう、機嫌良くぐにゅぐにゅと動いている。押し込んで、危険はないかあちこちを点検してから一気に抜け出しもう一度。何本も何本も、仮面にぽかりと開いた穴から半透明の物体が出入りする。べちゃべちゃと濡れた音。息を詰める声。角度が変わるのか、イカが動くたびにびくびく跳ねる背中と引っぱられちぎれそうな水着。
「んぐ、ぐぅ、う」
押し返す赤い舌。縦横無尽に弄られる口内。
青い水着の中、ぐにょぐにょあちこちをこすられ逃げを打つこともできない下半身。
自分を辱めているイカにすがらねば落ちてしまうから、必死につかまる両手。
「もっと胸はってよ、ほら、最高のイカ割り見せてくれるんでしょ?」
理不尽な要求に応え、バカ正直に胸を張るからついぺちゃんとイカの足を打ちつけてしまった。いやだって、こんな素直すぎるのが悪くない? 海水だかイカのぬめりだかわからないけれど、少しにじんだ乳首のペイントにとんでもなく興奮する。
いやおかしいよ。こんなすっとんきょうな格好ないよね。乳首にペイントとか。ダンボール製の仮面とか。でもなんていうの、こう、ほら、有終の美っていうか形ある物が壊れるのにドキドキするのはよくあることっていうか。だからきれいに描かれていた胸のイラストがにじんでいるのに興奮するのはありっていうかなんというか。ええと、つまりは。

夏、サイコー!!!

気づけばブラックサンタは見覚えのある海岸にいた。謎の無人島から戻ってきたらしい。夢ではない証拠に、まだタオルで目隠しをした状態のサマー仮面が横に転がっていた。
「……溺れたら、さすがにね」
ズボンの股間部分がなぜか湿っている、気がするがきっと海水。そう。そうに違いない。
とりあえず波の届かない場所までサマー仮面を引きずり、なんとなく砂に埋める。証拠隠滅。いやなんの証拠だって話だし別に犯罪とかしてないけど。でもなんとなく。
目隠しのタオルは取れなかった。つい手が滑って仮面までとってしまいそうで、それはなんというか、サマー仮面を名乗る存在に対してあまりにひどい行為じゃないかなとかなんとか。顔が見てみたいとか全然まったくちっともないんだけど! いやほんとに、どんな顔してあんな声で名前呼んだのかとかそんな。どうせマヌケ面だし。そうそう。
顔だけ残してきれいに砂に埋め、股間部分にはそこらに転がっていた枝も指してやる。お約束だ。
どっと疲れたブラックサンタは、それでも休憩せず立ち去った。ぐずぐずしていてサマー仮面が目を覚ましたら、なにを言えばいいのだ。最高のイカ割りを見せてもらったぜ、サンキュー! ありえない。そもそもイカは割ってない。
なぜあんなことになったのか自分でもわからないのに、イカが、と一言でも口にされたら尻どころか大便をひりだす勢いだ。発火でとどまらない。夏の海辺で野グソはさすがに地雷すぎるだろう。リア充憎しといえどそこまでの攻撃をする気ない。今のところ。
だからブラックサンタは知らない。
気がついたサマー仮面が埋められていることに気づきワオワオ大騒ぎしたことも、気づくまで待っていてくれればいいのにひどいとブラックサンタに文句を言っていたことも、水分を吸い少しひしゃげた仮面に隠された頬が赤かったことも。
「……次はいつ会えるんだろうな……」
呟かれた言葉の理由も。
ブラックサンタも、またサマー仮面も知らないのだ。