「犯罪者センセってほんとにちんこついてんの?」
「おいここ学食」
「もちろんだ! こないだも見たぞ!!」
「学食だっつってんだろ公共の場でシモいこと口走るんじゃねーよバカふたり!!!」
がつんと机を殴りつけたチョロ松の勢いに同じテーブルにいた人影がそそくさと去っていく。どう考えてもおまえだよね原因、とカラ松おそ松ふたりから視線を向けられたチョロ松はこほんとごまかすように咳をした。
「よかったねゆっくり話できる状況になって」
「え、言うのそれ? チョロちゃん今言うセリフってそれ!?」
「るっせーよいいからさっさと話の続きでもなんでもすればぁ!!? 次の授業は絶対落とせないやつなんだからな!!!」
きちんと相談に乗ってくれるなんてチョロ松はいいヤツだなと感動したカラ松が礼を述べれば、おそ松は爆笑しチョロ松からはため息が返ってきた。なぜだ。
「ほんっとおまえのそーゆーとこがな……で、児ポ野郎がどうしたって? 子供っぽく振舞うのうまくいってないの??」
「俺は訴えないからせんせは児ポ法おかしてないぞ!」
「訴えなくても手出した時点でアウトなんだよ。おまえしか被害者いないっぽいし当人がいいつってるから見逃してるけど、おまえの大事な先生は児ポ野郎の犯罪者なの。それは認めとこう」
自分が受け入れていれば犯罪にならないのだと思い込んでいたカラ松は、新たに与えられた情報に目をぱちくりさせる。そうか、先生は自分が犯罪者になるとわかっていてもカラ松に手を出したのか。我慢できないくらいに魅力的なギルトガイ、それが俺……!
「なんかまたおもしろいこと考えてねえカラ松。気配ですでに俺のあばらが危険」
「僕は頭痛くなるから聞きたくない」
罪作りな己に感動しつつ、カラ松は先程までの話題をやっと思い出した。相談に乗ってもらいたくて昼を一緒に食べていたのだった。
「まあ中学時代の俺が悩ましいギルトガイだったというのはおいといて、……いや、必要か。俺が素晴らしすぎたのがいけないのかもしれない」
「前置きいらないんで」
「ん? いや相談だぞちゃんと。せんせのちんこの話だ」
「待ってオブラート! オブラートにはちゃんと包んで!!!」
「いーじゃん面倒だし男同士だし周り誰もいないし。さくっと話しちゃおうぜ!」
「とうとうせんせのちんこが勃たなくなった」
ぎゃあぎゃあと騒がしかった声がぴたりと止まる。しん、と耳に痛いほどの静寂を破ったのはやはりというかなんというか、おそ松だった。
「こ、子供だったら」
「子供でさえ」
「……子供でさえ!!?!??」
「ああ」
「あの、あれじゃねえのほらカラ松アピールによってセンセのペド心はちょっとだけ成長して子供じゃなくても少し成長した、ええとあの、合法ロリは試した……? 俺の貸してやったやつ」
「一応な。まったくもってピクリともしない」
「僕の貸したジャとかニーとかズのつくDVDは? ほら、ちゃんとジュニアの、しかも入ったばっかりの子たち追ったドキュメンタリーのあれ! ほら、もしかしたらおまえのアピールで男の方がずっといいなって思いだしたとかそういう」
「普通に感動したしあれ以来テレビで見かけたらちょっと応援してる」
「犯罪者センセが元から持ってるのは!? センセだってやばいとはいえ小学校の運動会隠し撮りとかそういうおかずのひとつやふたつ」
「なかった」
「……え」
「せんせの家、ちょこちょこ家探ししてみてるんだけどそういうのがひとつもない」
「え、待ってカラ松ちょっと待とう。児ポ野郎っていくつだっけ、そんな枯れてる年齢だっけ」
「三十六歳だな」
「び、びみょ~! 激務とかなら枯れてる可能性あるかな~」
「ちょ、嘘だろそんなに早く枯れちゃうもの!? ライブでそれくらいの人とか会うけど全然そんな感じないよ!??」
「オタクは知らねえけど最近多いじゃん、EDとか。病院あるし。犯罪者センセもそうなんじゃねーの」
勃起しない、という事実が男としてあまりにも衝撃的すぎて、どこか他人事であった二人もあたふたと解決策を模索してくれている。そうだろうそうだろう、カラ松とて気づいた時はショックだった。自分に勃たないのはまあいい。さみしいけれどすでに大人の男の身体をしているのだから先生の性的対象でないことは納得している。それでも先生の好きな子供を前にしてもいっさいぴくりともしないなんて。
「もしかして俺が迫り過ぎたのが原因かな、と」
子供が好きで、大人が嫌い。だから大人であるカラ松を抱けてしまったことに苦しんでいた先生のため、子供でしか勃たない立派なペドに先生を戻してあげたいと思っていた。まあそりゃちょっと、カラ松は別、なんて考えてくれてもいいなと思ったけれど。無理なら、年齢にしては子供っぽい印象だからカラ松は大丈夫とか。そういう都合いいことを目論んでいたから罰があたったのかもしれない。
「いやいやいやそれは関係ないって。別に無理やりのしかかったわけでもないだろ? 僕らが言った通りちょっと露出高めであざとい子供っぽい仕草して、ってだけだろ!?」
「でもボブサップがそんなことしたら困るだろチョロ松」
「そりゃそうだけど、いやでも友達なら別にあんまり気にしない、いやうーん」
「逆にかわいくね? それ」
「おそ松は上級者すぎるからちょっと黙っててくれ」
「えー」
近づいても怒られない。家に遊びに行っても、一緒に出かけても問題ない。先生が嫌がらないならどれだけでも話していてもいいし、一緒にごはんも食べられるし飲みに行けるしなんならカラ松がつくったごはんも先生は食べてくれた。
あの頃はできなかったこと全部、今ならできる。だから楽しくてうれしくて浮かれて、先生がどれほど我慢しているのかなんて気づかなかった。
保健室でしかふれられなかった。人目のあるところで近づけば注意されたし、一緒にいたくてもすぐに帰らなければいけない時間になったし、だけどカラ松のしたいことをすれば先生が悪いことになるんだと諭されればわがままを通すこともできなくて。早く大人になりたかった。大人になったら対象外になる、なんてことは予想していなかったけれど。
「焦り過ぎたのかもしれない。……これ以上どうしたらいいのかわからなくて」
部屋に通って、親しくなって、一緒に過ごして。どんどん仲が良くなるのはうれしい。カラ松は先生が好きだ。先生と共に過ごす時間は楽しいしうれしいし、なによりどきどきする。早く手を出してほしい。そうしたら恋人になれる。カラ松から押し倒したら初めての時のように泣かれてしまっては困るから、ちゃんと待っている。待っている、けれど。
早く恋人にならないと、普通に友達になってしまいそうだ。困る。
カラ松は男も女も恋愛対象にできるうえにうっかり寝て恋人になるパターンが多いから誤解されやすいが、友達と恋人は分けるタイプだ。いったん友達に落ち着いた相手はよっぽどのことがないかぎり性的対象として見られない。おそ松とチョロ松はどれほど仲が良くても友達だし、あちらから泣いて迫られたりしない限りまあないなと思っている。
だから、先生とさっさと恋人になりたい。別に先生に好かれてなくても構わないから、形を整えてしまいたい。そのためにとりあえず手を出してほしかったのだけれど。
「がんばってるんだけどなぁ……俺のがんばりがストレスになったのかもしれない」
「犯罪者のくせにメンタル紙とかセンセ」
「児ポ野郎のくせに贅沢言いやがって」
「本当はたぶん、押してダメなら引いてみなってやつだと思うんだ。思うんだけどな」
カラ松のために怒ってくれる友情に厚い二人がいる。うれしい。犯罪者だろなんて言いながら、カラ松が好きだと言うから先生にいい感情を抱いてなくても協力してくれているのだ。いつも、なんだかんだと恋人に振りまわされては困っているカラ松を助けて話を聞いてしてくれるのは、振られたと泣きつけば慰めてくれるのは、友達だから。
こういう関係に落ち着けばいいのかもしれない。先生とも。
でも、それだけじゃ嫌だとカラ松が。中学生のカラ松がわめくのだ。先生が好きで好きで好きでならなかったあの頃のカラ松が。
「でも好きだから顔見たくて、ちょっと引くこともできないんだ」
どうしたらいいんだろうなぁと笑ったカラ松の顔がなんとも情けなかったのだろう、チョロ松はまたため息をつきおそ松はぽんぽんとカラ松の頭を叩いた。もっとうまくやれたらいいのに。
「よっし、いっぺん俺らに任せてみよっか」
大人になったらもっとなんでも上手くいくと思っていた。
どうして好きな人のことはこうもいつもうまくいかない。
◆◆◆
この恋が特別なものならどれほどよかっただろう。
たとえば前世からのつながりだとか。運命の赤い糸の相手だとか。そんな、最初から決められた恋人にならなければいけない二人であったなら。
そうじゃないと、なにひとつ特別じゃないと知っているからこそカラ松はつい願う。
この恋が先生にとって特別なものならどれほどいいだろう。
カラ松にとって、松野一松は初恋の相手だったけれどだからそれがどうしたと問われればどうもしない。なにもない。恋に恋するような淡い初恋を経験して、振られた。それだけの相手だ。先生からも同じように。
酒の勢いがなければ近寄れすらしなかった。
それでも囲まれている目当ての人物ではなく、その隣の先生集団に駆けよってしまうあたり小心すぎて嫌になる。あちらはカラ松のことなど覚えてもいないかもしれないのに痛いくらいに意識して。
「ティーチャー方お疲れ様です! 松野ですけど覚えてますか」
二度と会うことなどないと思っていた。
あいかわらずぼさついた長めの髪、さえないメガネとその奥の眠たげな目。白衣をはおっていないからかどことなくシャレた格好をしているからか、なんだか違和感があるのがおもしろい。質問攻めにでもされているんだろう、うんざりといった風情を隠さず、そのくせひとつひとつに丁寧に答えているのが声を聞かなくともわかる。
「お、バスケ部の松野カラ松か! 元気そうだな」
「松野、おまえ今なにしてるんだ」
「かわらないな松野、あいかわらずティーチャー呼びか」
うわん、と空気を揺らす笑い声と温かい声音。成人したといっても彼らの中ではいつまでも『中学生の松野』なんだろう、伸びた身長に驚かれながら頭をがしがしと撫でられる。
「ちょ、俺のパーフェクトヘアーがくずれるっ」
「無造作ヘアってやつだな、似合う似合う」
子供扱いなんて当時は絶対に嫌だった。早く大人になりたかった。そしてあの人の恋愛対象に入りたかった。
頭を撫でられたことがある。バカだね、と悪口めいた言葉でそのくせ音でだけめいっぱいの優しさがつまっていたこともあった。今こうして構われているように、きっとあの時かわいい生徒を見る目をしていたんだあの人も。放課後の保健室で、二人きりで、けれどそれだけ。思いこんだのは、誤解をしたのは、カラ松だけだ。
好きだと何回も告げた。一度も好きだと返されなかった。
それが答だと理解しなかったのはカラ松が子供だったからだ。
「そういえば松野、おまえ松野先生にお礼言ったか?」
「は?」
「そうそう、大人になった今なら大丈夫だろ。お世話になったんだからちゃんと言っておけよ~」
「ティ、ティーチャー達はなんの話を」
「ん? 保健の松野先生、覚えてないか?」
覚えていないわけがない。
中学生のカラ松の、すべてと言っていいくらいに大切な恋だった。
なにひとつ特別じゃなかったけれど。ありきたりでそこらに転がっている、何度でも誰とでも落ちることができる恋、だったけれど。
「こうして酒酌み交わせるくらい大きくなったんだしなぁ、煙草も解禁だし! いや推奨してるわけじゃないぞ。そういうわけじゃないけれどな」
「わかりますよ、喫煙者は肩身の狭い昨今ですよね」
「ねえ、まあ煙の害なんて言われてしまうとどうしようもないんですけどねぇ」
「せ、先生! さっきの、松野先生にお礼って」
まるで違う話題に流れていく会話を必死に引き戻せば、ああおまえは知らなかったんだっけ、なんてのんきな声。
「ほら、ちょっと荒れてただろおまえ。三年の時」
「それまで明るい何の問題もない生徒だったからなぁ、職員会議でも結構問題になってたんだよな」
「そうそう、繁華街で喧嘩騒ぎ起こしたり煙草の匂いさせてたり」
「……その節はご心配おかけしました……」
「心配するのも仕事のうちだから気にするな。ま、当時は悩んだけどなぁ」
「そうそう、それで俺の頭もこうなっちゃって」
「先生、その自虐ネタは松野には向いてませんよ。本気にとっちゃう」
「すまん松野、先生の頭は遺伝だから気にするな! 奥さんがステキって言ってくれるから全然気にしてないんだ先生は!!」
「ちょっと先生またラブラブ自慢して。新婚だから許してやってくれな」
「えーと、どこまで話したっけ。そうそう、荒れてたおまえのために一番走り回ってたのな、松野先生」
あ、ほらあそこに居る。
教えられずとも視界の隅に入ったままだった集団を指さしながらにこやかに笑う先生方が憎い。今だけ。
「おお~、囲まれてる囲まれてる。女子ばっかりなんて大人気じゃないですか松野先生。たしかまだ独身でしたよね? これはロマンスのひとつやふたつ産まれるんじゃないですか」
「またそんな問題発言を。最近はとくにうるさいんですから冗談でもやめてくださいよ」
「もう成人してるから大丈夫ですって」
「元生徒ってだけで噂になりますよ。やけぼっくいに火がついた、って」
そうだ。大問題になる。そんなことはカラ松だって知っている。六年前から。
大問題になりたかった。特別がよかった。先生にとって自分は単に懐いてくるからかわいがっている生徒でしかないとわかっていたから。違う。あの頃はわかっていなかった。今はきちんと自覚している。先生はカラ松に好意を持ってくれていたし、性的に興奮もしていた。子供の自分は、先生のこれまで大切にしてきたもの、築き上げてきたものよりもカラ松を選んでほしいなんて傲慢なことを考えていた。それこそが恋だと思い込んでいたから、先生は自分を好きじゃないかもしれないなんてバカな心配をしたりもして。自分はなにひとつ捨てる気もなく。子供だから、恋にだけ夢中でそれだけ見て。先生だけいたらいいと思っていたから、同じように思っていてほしかった。
ちゃんと思われていた。好かれていた。他の生徒がいない隙に与えられた唇も甘ったるい声もじわりと熱を持った手の平も、カラ松の全部を優しくやわらかく追いつめて愛しそうに笑ったあの表情は嘘じゃない。あの子供に与えられたのは確かに恋だった。
勘違いしていたのは、大人になればもっと特別になれると思い込んでいたことだ。
やけぼっくいに火はつかない。だって特別な恋じゃない。先生にとってカラ松は特別じゃない。あの頃のカラ松は確かに特別だったけれど、大人になってしまったカラ松は対象外になってしまった。
だけど、だけど先生。
あんなに面倒事は嫌だって、責任なんて背負いたくないって言っていたくせにカラ松のために走り回ってくれていたのか。荒れていた頃なんて、先生がカラ松に構ってくれなくなった時期だ。もう自分に興味がないのだと、好きじゃなくなってしまったのだと思っていたあの頃に。身長が伸び声変わりもし、どんどん大人の男に近づいていったカラ松を。もう好きではなくなった過去の子供を。
そんなの期待してしまう。ほんの少しでも、成長したカラ松でも松野先生の特別になれるんじゃないかって思ってしまう。
今は恋じゃなくていい。だけど特別な生徒だったかもしれない。あの頃のカラ松は先生の中でちゃんと思い出になっているだろうか。ほんの少しでいいから記憶に留まっているだろうか。
「松野せんせ。せんせ、お久しぶりです!」
カラ松を見る目にほんの少しでも動揺があれば、ガソリンだってなんだって振りまいて火をつけてやる。
◆◆◆
やさしい手だ。いつも頭を撫でてくれた。おまえはバカだねと言葉だけは乱暴で、でも声はめいっぱい優しい。そういうのに女子は弱いからそこそこ保健室の松野先生は人気があって、でもそれだけ。先生に本気になってもムダ、そういうのはマンガだけ。ちゃんと皆わかっていたのにカラ松はちっともわかっていなかった。やっぱりバカなのかもしれない。
二年二組の出席番号が二十二番。松岡と三島の間。単に覚えやすいとしか思っていなかった番号に意味をつけたのは先生だ。「にゃんにゃんにゃんにゃん、か」ぽろりとこぼれ落ちた言葉はまるで意識していなかったんだろう、あまりにかわいい形で、耳に入り込んでしまったそれはカラ松の心臓をきゅうとしめつけた。かわいい。ぼさぼさ頭でメガネのうだつの上がらないおっさん、がかわいい。それだけだ。恋に落ちるきっかけはそれ。相手が同じクラスの女子とかマネージャーならよくあるだろう、急に目の前のその子がかわいく見えてしまう例の。
大怪我しそうだったのを助けられたとか、試合に負けて悔し泣きしていたのを慰められたとか、そういういかにも恋におちたらいいですよなんてエピソードひとつもない。
「せんせ、デートしよう」
「子供みこしも盆踊りも必要ないです」
勝手にカラ松が恋に落ちたんだ。中学生のせいいっぱいで。
そして今もまた、再会したこの人にひとり勝手に恋に落ちた。
「じゃあせんせは何を楽しみに行くんだ? あ、アイスキャンデー舐めてる幼児とかは夏じゃないとなかなか難しいんじゃないか……?」
「だから興味ないって! 人の話ぜんぜん聞いてないでしょ」
ばりばりと頭をかきむしってそのままベッドに倒れこむから、雑誌を見せるという名目でごろごろと近くに寄ってみる。とても許されていると思う。先生のベッドで転がっても傍に寄ってもお腹にのしかかっても、猫がじゃれているとでもいうように適当に撫でられて拒まれることはない。基本的に人とふれあうことが嫌いな先生は、パーソナルスペースも結構広い。電車やバスは地獄だと言っていたのを覚えている。
甘やかされている。許されている。これでセックスなんて贅沢言わないからキスのひとつもしてくれたらカラ松にも理解できる関係なのに。もしくはこんな目で見てこなければ。
「……松野はさ、ちょっと思いこみで突っ走るところあるからそういうところ気をつけようか」
足つるつるだなって思ってるだろうしさわりたいなって苦悩してるだろうし胸元手つっこんでほしいからこうやって開けてるしそもそも先生がうっかり惑ってカラ松に手を出さないかな、とこうして家着なんて偽ってあざといばかりの成人男性としていかがなものかと思う格好をしているのだ。しょっちゅうあちこち逸らされる視線がカラ松のどこを見ているかなんて気づかないわけないし、そのまなざしの熱がこれまでの恋人と同じものだとわからないわけない。
先生はカラ松で性的に興奮できる、はず。とりあえず興味はあるはずなのだ。そういった意味で。それなのに。
「せんせはあいかわらず先生っぽいな。もう俺成人してるんだけど」
「それならちったあ大人っぽい行動とってもらえませんかねぇ」
「子供扱いしないでくださいー」
「じゃあほっぺたふくらますとかベタなことやめなよ」
やめない。だってかわいいなって目で見るじゃないか。カラ松が子供っぽいことをすれば、らしくないことをすれば、懐かしいなかわいいなって。だから。
子供のようだと思っているなら、性的に興奮してほしい。性的に興味があると視線は語っているのに、舐めるようにカラ松を見るくせに、興奮だけしないなんてそんなの。
そんなの、そんなの、そんなの。バカ。
ストレス以外の何物でもないだろう、勃起不全とか。
カラ松が迫ることが、大人に迫られていることがこうも先生を苦しめるなら諦めるべきだ。
先生は元生徒としてきっと親しくつきあってくれる。知人として、たまに飲みに行ったり家に遊びに来たりなら許される。
諦めたくないのは、我慢できないのは、カラ松だ。
ぴくりとも反応していない下半身が憎い。
カラ松はそろりと頭をこすりつける。先生の胸元は温かくていつまでもひっついていたくなる。
「せんせ、おねがい」
ちゃんと諦める。撫でてくれる手、優しい声、責任をとるなんて震え声で真っ青な顔で言う優しい先生。本当は誰より大人が嫌いで怖い先生。かわいくて愛しくて守ってあげたい、なんて思ってしまったからもう仕方ない。こうなってしまってはカラ松は本当にダメなのだ。弱い。なんでもしてあげたいし、できない方がつらい。
だから大丈夫。先生が嫌なことなんてなにもしないから。ちゃんと諦める。がんばるのもやめる。最後にする。から。
「もうわがまま言わないから、やめろって言うことやんないから。だからデート、行こう」
子供っぽくすれば迫っても大丈夫だろとか勝手に決めつけない。カラ松のことを子供に含めてワンチャンないかな、とか狙わない。
「……じゃあ、ちゃんとズボン、長いのはいて……風邪ひく、から」
「っふ、なにそれ。せんせ俺の足そんなに気になってたのか!?」
「ちっがうから! そういうのじゃなくて、だから風邪とかそういう、保健医だから!」
かわいいかわいい先生。
大丈夫、どの恋もこれがなくなれば死んでしまうと思っていたけれどカラ松はいつも生き残っているし毎日楽しい。すべからく人間は忘れるものだし、また新しく誰かを好きになる。先生は始まり方が特殊だったせいで印象深いけれど、別になにが特別だということもない。だから大丈夫。
先生をこれ以上苦しめることはない。
やけぼっくいなんて最初からなかったから火がつけられるはずもなかった。