ご清聴ねがいます

「だ、第二十四回一松前世会議を開催します!」

カラ松が叫んだとたん、ぐらりと一松の身体が倒れた。

 

◆◆◆

 

松野一松には前世がある。
なにを当たり前のことを、と思うだろうか。それとも前世なんてない、か。カラ松はどちらでもなかった。前世からの縁でどうこう、なんて小説や映画は見たことがあるしおもしろいなとも思う。ただ自分とその周囲に関わりのあることとして考えた事がなかった。

「……さすがに多すぎない?」
「す、すまない」

そう、なかった。過去形。今は現在進行形でじゃんじゃん考えている。そうせざるをえない。
なんせ目の前でだるそうに煙草をふかしながら道行く女性の点数をつけている弟は、一松であって一松でない。彼の前世であるというのだから。
最初は急に庭いじりを始めたのだった。花自体は好きらしくたまにカラ松にもおすそ分けをしてくれていた一松だが、育てる方には興味がなかった。それが急に黙々とバラの木などを植えだしたので兄弟は少々の興味を持った。持った、のだがそこは刺激的なものが好きで飽きっぽい、総じてクズな松野家である。淡々と木々の世話をする一松に構うのは早々に飽き、放置するのもまた早かった。
その次は目の前のこの男。弁護士と呼んで構わないと言い放ち、つらつらと一松がどういった状態か説明した口から生まれたような彼は、同じ口でカラ松をそりゃもう軽く口説いてみせた。これはうちの四男じゃない、と兄弟全員が確信した瞬間だった。

別に一松は本人が自称するほどコミュ障ではないとカラ松は思っている。家族や昔馴染みのチビ太、トト子ちゃんになら会話も続くし普通にやりとりしている。猫として、というのがよく理解できなかったが猫カフェにも就職したことがあったし、兄弟全員で働いたブラック工場では一人終身名誉班長になるくらい仕事もできる。ただ、これは違う。かわいい女の子には真っ赤になってしまう純情な弟だ。たとえデリバリーコントであっても、ディープキスはできても口説くことはできない、そういう方向に照れ屋なのだ。たとえ兄であるといえカラ松に、かわいいだのえろいだのキスした後の顔が好きだよだの言えるわけがない。そもそもキスとかしたことない。
一松になにやらおもしろいことが起きているらしい、と知った後は早かった。弁護士もカラ松達に話すつもりで出て来たらしく、現在、一松の前世達の情報はすべからく松野家で共有されている。

「……あまり道行くレディをじろじろ見るべきじゃないと思う。失礼だろ、点数つけるとか」
「おまえもやるくせにいい子ぶって」
「で、でも今のは低すぎる! さっきのレディは九十点は固い」
「なに二百点満点で? あのどぶすと結婚できる時点でおまえの目は信用できないから」

室内は煙草ダメだからいや、と外のベンチに座ったまま弁護士はふぅと煙草の煙をかけた。ひどい。

「で、そろそろ開催していいの」
「っ、も、もう少し待ってくれ」

真っ赤な頬を冷たい手で押さえなんとか熱を冷まそうとするカラ松は、ここまではなんとか上手くいっているとこっそり安堵のため息をついた。

 

◆◆◆

 

そもそも前世がなぜ唐突に現れたのか。さほど気にせず受け入れていた松野家で唯一気にし、というか前世が出てこないでほしいと願っていたのは一松だ。確かに、ふと気づけば記憶にない場所に居たり勝手な行動をとったりしているのは恐ろしいだろう。あまりに自然に前世達と交流していたので思いもよらなかったが、一松だけが前世達と直接やりとりをしていない。精神世界のようなところでうまくどうにかならないのか聞いてみた時には、そう都合よくいかないんだよねマンガじゃないんだしとため息をつかれた。あれも弁護士ではなかったか。どうも弁護士はカラ松より年齢が上らしく、子供のようにあしらわれることが多い。前世とかマンガみたいなこと言ってるくせに納得がいかない。
一松としては、彼の前世がことごとくカラ松に絡んでいるのが許せないらしい。実際はそうでもなく、ジェイソンは松代と庭談義しているし班長は松造と将棋が今のマイブームらしい。飼育員は獣姦ってどうよとおそ松がうるさいとうんざりしていたし、シスターとチョロ松は偶像崇拝とアイドルについて語り合っていた。十四松はなぜか目の前の弁護士をにいさんにいさんと慕っているし、この間トド松はドンの話をリアルゴッドファーザーじゃんノンフィクション! と目を輝かせて聞いていた。

正直、しょっぱなネタのように口説かれているカラ松はその後わりと放置されている。一松は他松からの情報でしか前世達を知らないから、インパクトの強いカラ松絡みばかり聞いて怒っているようだが、そこまで気にしなくてもいいとカラ松は思っている。が、そう告げても「ああそうでしょうねオレみたいなクズより前世とかいうトンチキ設定と仲良くした方が楽しいんですよねはいはい知ってますよあーなんだよなんでオレがしたことは無視してあいつらばっかり」などと鬱々と呟かれるのですでに諦めている。
なんとか一松と前世達が共存することはできないか、と考えはしたが、一松は最初から拒否の姿勢だし前世達も別にそれはいいよと流す姿勢だ。そもそも共存を求めて出てきたわけでもないらしい。

「よし、じゃあ頼む」

なんとか顔の赤みもおさまっただろうとカラ松は姿勢をただす。会議と銘打った雑談のようなものだが気持ちの切り替えにはいい。早くこの議題を消化してしまわないと一松が不審に思ってしまう。カラ松と共に居る時にしょっちゅう意識がなくなるな、とは自覚しているようだが、こうして外出中にまで前世が出張ってくることはこれまでなかったので怪しまれるに違いない。

「はい、じゃあ第何回目だったかの会議開催しまーす。今回の議題もカラ松さんから」
「第二十四回目だ。……い、一松と手をつないだら恋人つなぎだったんだが、その、ふ、振り払ってしまって、どうしよう……」
「というクソ甘ったるい死にそうな話です。もうおれら死んでるって発言は拾わないんでよろしく。じゃあ意見ある人は意識のっとって発言してくださいどーぞー」

一松前世会議、はデカパン博士の協力のもと開催にこぎつけた、その名の通り一松の前世達による会議である。一松と前世達の相互理解が深まれば、というカラ松の願いは少々よじれ、なぜか特別参加者というか声かけというか、カラ松の開催の言葉で強制的に一松の意識が落ち前世達がくるくると発言できる状態だ。これまではいったん誰かが意識をのっとれば次に一松の意識が落ちるまで交代できなかったらしいので、リアルタイムで前世達と話しあうには便利である。数回参加した兄弟たちはなぜか「一松サーの姫かよおまえ」というチョロ松の発言に大ウケした後参加を遠慮するようになった。まあ個人個人とは交流しているのだし、一斉に前世達と話しあわなければいけない議題がないなら会議に参加する必要もない。

初回は忘れもしない、そもそも前世が現れたのはなぜだ、であった。
未練がある、その未練をなくせば穏やかに眠れる、じゃあどうすれば。ここからは各前世達の人生とその未練への語りが続く。当然一回の会議で全員が語りつくせるわけもなく、五回分を使っての一大スペクタクルであった。獣人と騎士の反発からの友情を深めあう話は映画化待ったなしだし、ドンのあいつを自分の手で笑わせてやりたかったな一度でいいからというせつない告白は思わず一緒に泣いた。シスターが女装までして神父と共にいたかったという気持ちは理解できすぎて思い出して布団でも泣いた。泣いてばかりだが許してほしい。あと夜中ひっそり泣いているカラ松に気づいた一松は引いていたがおまえの前世のせいである。許せ。

会議に参加している前世達は現在八人で、初期に出現したジェイソンに弁護士、班長にマフィアのドン、最近出てきた保健医シスター獣人飼育員とバラエティ豊かである。ちょっと前世でおさまりきらないファンタジーな職業があるが、前世とは魂であり並行世界の一松もまた同じ魂なので世界線が違っても気にすることはない、というのがデカパン博士の結論である。よくわからないけれどみんな一松の過去だな、とカラ松も納得している。
これだけばらばらな一松達が揃えばきっと様々な意見が出るだろう、そう会議を始めた時はカラ松は期待していた。
未練をなくしたい者もこのまま意識を持ったままを希望する者も、なるべく全員の望むように。できればその結果を一松も受け入れ、仲良くやっていければいい。そういうカラ松のほんわかした希望は、第六回目にしてあっさりと裏切られた。

いやだってまさか、前世達の総意が一松とカラ松のセックスとか。どういうことだ。気が遠くなる。
童貞で死んだゆえの未練かと問い詰めればそれぞれの相手としっかりいたしている。まあ相手というか、カラ松らしい。そう、ここにも問題がある。なぜか前世達のセックスの相手はカラ松の前世であるらしく、だからこそ初対面はつい求愛行動をとったとかなぜそうも一松の感情を逆なでする設定ばかり。唯一カラ松とヤらなかったドンは純愛を捧げていたとのことで、なんというか、たまにカラ松にまで愛おしそうなまなざしをそそいだりしてくれるから心臓に悪い。

この議題について、会議は三回を費やした。とにかくセックスだと主張する前世達と、おちつけそもそも一松は弟であると言い張るカラ松。双方の主張は引くことを知らず、妥協点もみつけられなくてこう着状態に陥っていた。すべては時間が解決したけれど。
そりゃ確かに告白めいたものはされた。
松野家兄弟飲み会において、酔った一松が前世達への不満を叫びはじめ、ガス抜きにいいだろうと放っておけばなぜか最終的にカラ松が好きだという嘆きに変わっていて。いやまさか。え、でも。いやいやいや。
だから言っただろという前世達の反応と今更だよねとぬるいまなざしを向けてくる兄弟の反応に、カラ松はそれなりに混乱した。確かに花をちょくちょくくれるなとか思ったけれど、単に花好きなのだと信じ込んでいたし。指輪は夜店で幼い頃のかわいい思い出だし。好きとか大きくなったら結婚してとかカラ松が大切だよ、というのは大人になってから思い出して微笑ましいそういう。うん。だって十四松にも同じようなこと言ってただろおまえ。
往生際悪くあがいてみたものの、拒否反応がまったく起きなかったのだからそういうことだ。自覚してしまえばもとから兄弟への愛情のみがカンストしているカラ松は、一松からの好意が恋情込みであったということも少々時間はかかれどさくっと受け入れた。応える気もある。

「そもそも今日、あんたらヤる気なんだよね? 手つないだくらいで照れてどうするの」

班長ですけど、とぼそぼそ名乗りながら問いかけられカラ松の顔がまた熱を持つ。

「……うん、そういう反応は本体の前でやってやりなよ」
「弟相手にこんな情けない顔は見せられない」

前世達が執拗に一松との身体の関係を求める理由を、カラ松は理解している。
身分差、人種差、年の差男同士立場の違い。それぞれが平和に恋人同士として過ごすには難しい理由を持っていて、それでもとすがったのが身体の関係。許されないことをしている、だからこそ罪の意識で自分から離れない。一緒にいて。傍にいて。ぽつりぽつりと語られる彼らの人生は、未練は、カラ松が幸せでなかったことだ。はっきりと言葉にはされていないけれど。
バカだなと思う。カラ松は自分をないがしろにしてまで他人に尽す趣味はないし、愛するブラザー達ならともかく家族以外はわりとどうでもいい。前世と今のカラ松は別人だからもちろん違うのだろうが、それでも基本は同じだろう。だって前世達はこんなにも一松だ。
誰も彼も、カラ松本人になにひとつ訊きすらしていない。
松代がひとり庭いじりをしているのを見かければ、汚れてもいい服に着替えて横に軍手を置いて昼寝するのだ。松造のマイブームが将棋だと息子たちが知ったのは卓袱台の上に初心者入門と書かれた将棋本が数回置かれていたから。誰のだよ、という声には手を上げないくせに、誰でもいいから興味を持つでしょ六人もいるんだからとあくびまじりに。最近とくに外出しないのは必ず昼寝をするから。前世達が意識のない一松しか動かせないと思っているから、兄弟が前世達と楽しく交流していると知っているから。
そういう弟だから、一松だから、カラ松は受け入れられる。きっとどのカラ松もそうだ。ひとこと訊けばきっと笑って返されただろうに。幸せだと告げるに違いないのに。

「できるの、ムリしなくてもいいよ」

ほら、やっぱり優しい。

「大丈夫だ。オレの愛情をちゃんと一松に伝えるためだからな、男に二言はないぜ!」

そんなつもりはなかったけれど、告白をスルーされ続けていることになっている一松は、カラ松と両想いだということをまるで信じてくれない。なにをどう告げてもわかってますよ兄弟としてでしょ、とため息をつかれるので正直カラ松もつらい。こんな思いをさせていたなんてギルティ……! という反省しきりなカラ松ととにかく身体だけでも結ばれておこう、の前世達の意見が揃ったのが十二回目の会議だ。
セックスしかない。
いやもっと言葉でわかりあおう人間なんだから、というトド松のもっともな意見は前世達によってさっくり却下された。同じ腹から生まれ同じ時期に同じ土地で育った一番理解しあえるはずの兄弟という関係性でこのすれ違いっぷりである。今更言葉でとかちゃんちゃらおかしいという話だ。まあカラ松兄さんとの会話って疲れるもんね、と肩を落とされたのはなぜかよくわからないが、誤解されることが多いカラ松はさほど気にしていない。

「いやでもさ、今日何回会議してんの」
「うっ」
「服がかっこいい、どこへ行くか訊いてくれた、猫達に紹介してもらった、ジュースを奢ってもらった、ええとあとなんだっけ」
「自転車にぶつかりそうなところ危ないって腕ひっぱってくれた、あんた危なっかしいねって笑った、とかあったよ」
「こんなんでいちいち呼びだしてさ、いやおれらはいいけど一松大丈夫なの。意識ぶっちぶちでしょ」

傍からは独り言にしか見えないが絶賛開催中の一松前世会議は、本題に入るまでの愚痴が長い。こんな議題で申し訳ないという気持ちはカラ松にもあるので口は出さないが。が。

「……あの、ところでそろそろ今回の議題についてよろしく頼む……」

頻繁に意識を失うことを一松がものすごく気にしているので、カラ松としても短時間ですませたい。本当ならこうも開催予定ではなかったのだが、いかんせん一松とのデートが心臓に悪すぎる。
そう、デート。今はデート中なのだ。一松と。

 

◆◆◆

 

セックスセックス!!! と盛り上がった第十二回、カラ松はふと疑問を抱いた。一松とセックスするのはいい。告白が信じてもらえないなら肉体言語で語ろう、という方向はカラ松としても何の問題もない。おつきあいすればそのうちするのだ。少しくらいタイミングが早くてもいいだろう。
ただ。

「一松は抱かれる心の準備とかいるんじゃないか?」

男が男にだ。覚悟を決める時間が必要なんじゃないだろうか、という思いやりに満ち溢れたカラ松の意見は、なに寝言いってるの、と前世達からあっさり否定された。なぜだ前世達、現世の一松の尻の心配をしてやってくれ。もちろん心も。

「あんた抱くつもりなの? 確実に一松も抱くつもりだと思うよ」
「いや、おまえ達の恋人がスイートバードであったのはわかったが、それはそれとして今はこのオレだ。クールでミステリアスな男の中の男、松野カラ松だぞ。普通に考えてこの腕に包まれたいと思うんじゃないか?」
「なにスイートバードって……ハートじゃないの……おれのカラ松は騎士だったからムキムキだったよ。でもおれはあいつを抱いたし」
「ohキャット……一松の好みは小柄でかわいい雰囲気の愛らしいレディなんだ」
「そういうのは大抵の男が好きでしょ。うちのもマフィアだったから鍛えてたよ、おれよりずっと。でもあっちが女役」
「班長さんまで……え、そういうのは特殊じゃないか? 保健医なんか年下だから自分より小柄だっただろ」
「最終的に身長抜かされたし体格もあっちのがよくなったよ」
「えぇ……」

これまで意識したことがなかったせいで男同士の常識がわからない。体格差は男役と女役には関係ない、と言われても一松はかわいいから彼女役でいいんじゃないかと思ってしまう。
そんな固定観念に縛られていたためだろうか。第十三回、十四回を費やして行われた『いかに自分のカラ松がかわいくいやらしかったか』会議はカラ松の常識をぐらんぐらんに揺らした。もちろん彼らの語るカラ松はカラ松ではない。前世だ。顔も身体もなんなら種族も、ここにいるカラ松とはまったく違う。だって人型乳牛とかどういうことだ。人間の男の乳首から乳は出ません!

けれどそれを語るのは一松の身体に入った前世達で、一松の顔で一松の声で一松が、うっとりととろけそうな目をしてカラ松のことを語る。
どこが性感帯でどこを舐めれば甘い声をあげてどれほど一松の手で乱れてかわいいか、愛しいか。そんなこと本人に言ってやれ、巻きこまないでくれ、と思うも巻きこんでいるのはカラ松の方かもしれないのでどうにも文句さえ言えない。男同士だ、一松以外の男に興味はないから、と言い聞かせても童貞にはあまりに厳しすぎる拷問だった。わかったことなんてカラ松の前世もやっぱりギルティな男であったということくらいだ。
だから。
かわいいとしか見ていなかった弟がふと見せる仕草に、ふれる指先に、低い声に。ときめいてしまうのは仕方ないんじゃないだろうか。

 

◆◆◆

 

「これキリがないよ。いいかげん慣れたら?」
「うう、面目ない」

セックスだと盛り上がれたのは意識していなかったからだ。一松はかわいい弟。受け入れるべき存在。兄のできることならなんでもしてやろう。

好かれているから応えようと思った。嫌悪感がないから大丈夫だった。流されていたカラ松の心臓にぎゅうぎゅうと打ち込まれた一松へのときめきは、主体性を持った途端どうしようもない羞恥を連れてきた。
男役ならきっと余裕をもてただろう。かわいいよと語りかけ、照れて切れる一松にそっとバラの花を手渡そう。男らしくイカした兄が好きなんだろうから、カラ松も好むこのままの自分で。女役を望まれたって、一松がそうしてほしいならと流されるだけでよければこんなにも恥ずかしくなかった。痛みを伴う行為を弟にさせるわけにはいかない、と受け身になれたはずだ。

前世達があまりにもカラ松を好きだと言うから。一松の顔で、告げるから。
ふれられたい、好かれたい、名前を呼ばれて愛をささやかれたい。前世ではなく、一松に。
気づいてしまった欲はあまりに男らしくなく認めたくない。前世達は好きだ。彼らが彼らのカラ松を求め代わりに自分に構うことを了承していたのに、それで彼らの心が少しでも休まるならと積極的に推奨してさえいたのに、一松の顔で一松の声で知らない誰かへの愛をうたうのは。

「でも、オレがそうしたいんだ」

カラ松がそうしたいから一松をデートに誘った。
セックスの前にデートだよな、と頼りにしてるぜ先輩方、と質問すれば前世達全員からそっと視線を逸らされたのには驚いたが。いやだってこれだけの数がいて誰一人デートしたことないってなんだ。獣人と騎士の食糧買い出しがもっともデートっぽいというのも話にならない。飼育員とジェイソンは仕方ない、飼っている牛や仕えている主人となんてムリな話だろう。シスターと神父が揃って教会を留守にしてふらふらするわけにもいかないというのも納得する。しかし弁護士と保健医、てめえらはダメだ。班長は命の危険がということなのでしぶしぶカラ松は許した。
なんでおれ達にだけ妙に当たりが強いの、ではない。弁護士は不倫という時点でカラ松の倫理観にひっかかるし保健医は相手が卒業してしまえば問題ないのにデートのひとつもしないとか、まったく参考にならないにもほどがある。夜中にコンビニに煙草を買いに行くのをデートとは認めない。それを含めばカラ松とて一松と何度もデートしているのだ。

ちゃんとデートして、告白しなおして、それから。
一松がカラ松以外へ気持ちを向けてしまわないうちに早く、ちゃんと繋ぎとめてしまいたい。
前世達の気持ちがわかる。なぜ好いてくれているかわからない。受け入れるだけの頃はうれしく思うだけでよかった好意は、一松への欲を抱いた今は理由がほしくてならない。

おれの傍にいてくれるのはなんで。おれに抱かれてくれるのはどうして。幸せじゃないのに、幸せにしてやれないのに、それでもおれを選んでくれるのはもしかしておれのこと。
おれのこと、それくらいには好きでいてくれるの。

一松と一緒にいることが幸せなんだと信じられない前世達に、今度こそカラ松が幸せなまま共にいてほしいと願う大バカ野郎達に、こんなにも好かれているんだと自覚していないにぶい弟に。
どうすれば伝わるのか。きっとこれまでのカラ松も幸せだった。おまえと、おまえ達といたいから一緒にいた。それだけの簡単な話を理解させるのはひどく難しい。思いこみで凝り固まった前世達もどうせ兄弟としてでしょなんてカラ松を見くびっている一松も、前世だからとこんなところだけ似ていなくともいいのに。
カラ松が責任を持って絆すのは、信じさせるのは、認めさせるのは一松だけ。
たとえ一松の前世といえども彼らにまで構えばきっとカラ松の前世が怒る。自分なら怒るから、前世だって同じ。だからさっさと未練なんてなくして、どこか知らないけれどあの世的なところでそれぞれのカラ松に会えばいいのに。ちゃんと幸せかって、顔を見て訊けばそれだけで。
それだけがおまえ達の未練を消してくれるのに。

 

◆◆◆

 

「というわけだからセックスしよう」

絶対に誤解されないようにわかりやすく簡潔に述べた希望に、一松はぱちぱちとまばたきをした。

「あんたここどこだと、いやそうだよねあんたが連れ込んだんだもんねわかってるよね、つーかなにそれなんなのおれがどれだけがんばっても伝わらなかった気持ちがあっさり理解してもらえてるとか無力感半端ない、ってかそもそもおまえほんと考えなしだな頭すっからかんのカラッポ松が!」
「んん? ここはラブホだな。あ、金はオレがもつから心配しなくていいぞ!」
「そーゆー心配してるんじゃないんですよねぇえ゛え゛え゛」
「え、そうか。出かける前に夕飯もいらないと伝えておいたし今日は帰らないかもって言ったぞ」

あとなにか家族に伝えておくべきことはあっただろうか。カラ松に押さえつけられている一松がずるずると上にずりあがろうとするのを阻止しながら首をかしげると、ひどく悔しげな舌打ちが聞こえた。確かにラブホテルなんてなかなか入る機会もないからあちこち探検したいだろうが、とりあえずこちらの用が終わってからにしてほしい。家の煎餅蒲団と違いスプリングがしっかりしているベッドは揺れる分踏ん張りが効きにくい。ぽわんぽわんと揺れる度一松の髪の毛もふわふわ動いて大変にかわいい。

「で、なに」
「どうした?」
「だっからつらつら前世野郎どもと仲良くやってましたアピールおれにして、そんでなんなのってこと! おまえがあいつらと仲良くやってるのも会議とやらできゃっきゃしてんのもわかったよ、わかりました。サークラ放り込みてぇなチクショウ。それでなんでせっかく前世のどれかとラブホ入ったのにおれ出てきちゃってんの。おれNTRの趣味あんまりないんだけど」
「いや、だからセックスしようって」
「だーかーら、……………は?」

ぴたりと動きを止めた一松がそろりとカラ松の顔をうかがう。
簡潔に伝えたつもりがやっぱりうまく伝わっていなかったかとカラ松は再度口を開いた。伝われ伝われ伝われ。兄弟として好きだけじゃない。おまえが。前世じゃなくて、ここに、今目の前にいる一松が。

「おまえが好きだよ一松。オレに花を贈ってくれた、指輪で未来を約束してくれた、ずっと一緒にいようと好きだと伝えてくれたおまえのことが」

初めて花をくれた時のことを覚えているか一松。
まだ幼稚園だ。折り紙のチューリップに覚えたてのひらがなで からまつ と書いたおまえは、一番におれのところに走ってきて花をくれた。いちばんじょうずにできたやつ、って笑って。自分の名前よりもおれの名前を先に覚えて持ち物に記名するとき困った、と母さんが笑っていたんだぞ。
かわいい弟のエピソードだろ。それからも何度も花をくれたな。生花もあれば絵も、写真も、押し花だったときもある。指輪をくれたときも、好きだと言ってくれたときも、かわいいかわいい愛おしい弟の記憶。カラ松の。
これがすべて特別で、兄弟にそれなりに分配されている愛だと思っていたのにカラ松にだけ与えられていた恋心だったなんて。

「は、花なんて、前世からも」
「オレが生まれて初めてもらったのはおまえからだ」
「指輪なんて夜店の輪投げで」
「青いガラスの選んでくれただろ」
「すき、とかそんなの。そんなの、もう、だっておまえ」
「うん」
「……ずっと、おれが言ってたのに、おれがちゃんと、なのに」
「うん」
「っ、今更だろ、クソボケ……っ」
「好きだ。一松が好きだぞ」

気づくのが遅くてすまない、と謝れば力任せにしがみつかれた。ひっひっとしゃくりあげる声が溺れているみたいだ。これが藁だ、と言わんばかりに抱きつく一松の腕をカラ松はもう引きはがしたりしない。けして。泳げないから、助けてやるからなんて言わない。
ちゃんと一緒に沈もう。

「こんな、ポンコツの面倒っ、っひ、みられるの僕くらい、なんだから」
「ああ、よろしく頼む」
「も、もう離すの、ムリだから…っ」

憎まれ口ばかり叩いてすぐに自分には関係ないとばかりに視線を逸らして、けれど誰より優しい一松。おまえの家族への愛情が大きいと知っていたから、だからこそそれ以上に特別な感情をカラ松にくれるなんて思いもしなかった。兄弟だから、と当たり前の顔をして受け取っていたこれまでの告白は、どれくらい強い気持ちで。

「前世から好きとかじゃない。関係ない。っ、クソ鈍くてどうしようもない、兄のおまえが」

ぼろぼろと涙を流して目を真っ赤にして、そのくせまるで敵でも見るような目で睨みつけてくる。成人男性に力任せに握りしめられているから腕は痛いし、関節技もかくやといわんばかりに足も絡め取られて。

「好きだ、カラ松兄さん」
「うん。オレも、オレもな一松」

目も頬も鼻の頭も耳も赤い。泣いたから白目は血走っているし鼻水もでてる。こめかみにかかる髪の毛は涙で濡れて、まるで雨に濡れた猫みたいだ。しゃっくりとしゃっくりの間に挟み込まれるよれた涙声の告白。これまでカラ松がされた中できっと一番情けなくてへこたれて弱った、一松の。
かわいい。

「おまえだから好きなんだ」

前世達が一松の顔で声で知らない男への愛を語った時、カラ松は明確に嫉妬した。
前世達から一松の顔で声で求愛めいたことをされた時、うれしくないと自覚した。

積み重ねたものなんてこの二十数年だけ。それより前は知らない、責任なんて持てない。前世がどうこうなんて関係ない。カラ松の目の前の一松にしか優しくするつもりなんてない。
だから。

「一松、幸せだぞ」

だからほら、未練をなくしてそれぞれのカラ松の元へいってしまったらいい。だってあんな顔をして語るくらいなんだ。会いたいだろう。おまえ達にもう会えないのは寂しいけれど、それでも幸せを祈るくらいにはちゃんと好意を持っているから。
幸せだから、幸せになりに行って。

「……からまつ、ぼくも」

生み出される言葉を待つよりも熱を分け合いたくてそろりと唇を近づければ、同じことを考えた一松もそっと口を閉じた。

ぶちん。

だから不審な音はお互いの口からではけしてなくて、けれど確かに部屋中に響き渡った。

「よっしよくやったんじゃねえの一松にしては」
「照れ隠しに切れるタイプってほんと迷惑だよね、そのくせ本音は言えないとか」
「言えたんだからもう許してやれば。めでたしめでたしでしょ」
「おいおいおまえも一松だろ、上から目線だな」
「今回の一松のこじらせぶりはひどかったからね、仕方ないでしょ」
「おまえらうるさい、二人の声が聞こえなくなったじゃん」
「声出さずにちゅっちゅしてんじゃないのリア充ぽく。ひひ、リア充とかふざけてるよね我がことながら」
「いやほら視界にカラ松見えるしいちゃついてはいない、ってなんであんなぽかんとして」
「……これ、もしかしておれらの声、聞こえてない?」

一松の顔で一松の声で違う人物のように、なこの状況をカラ松はよくよく知っている。というか自分も参加者で。でも。

「な、んで勝手に口が」

一松の意識があるのに前世達の声も聞こえるなんて。

「……前世達、なのか……?」

おずおず問いかけたカラ松に間髪いれず返る明るい声と真っ青で泣きそうな顔の恋人。

「なんで、なあカラ松おかしい。おれの口が勝手に、今までこんなことなかったのに勝手に動いて」
「話せるようになってるね。へえ、便利」
「ぜんっぜん便利じゃねーよおれの身体を意識がある時にまで勝手に使ってんじゃねえよ!!!」

しかもなんで! このタイミングで!! 出てくるんだよ空気読めよ!!!
一松の血の叫びはそうだよなという落ち着いた声で流される。これは誰だ。班長か。

「じゃあおれらのことは気にせずヤっちゃって。はいどーぞ」
「え」
「念願かなってだからね、確かに空気読めてなかったよおれたち。ほら獣人はそこ座って、飼育員の隣ね」
「え」
「あ、そうだ忠告だけど男同士だからってゴムなしはやめろよ。できるできないの話じゃなくて感染症の問題があるし。保健医の言うこときいとけよ」
「あ、はい」
「初めて話したけど案外素直だな一松。じゃあもうおれ達黙るから、仕切り直しで。ハイ」

始まりと同じくらい唐突に動かなくなった一松の口元を眺めていると、氷が溶けるようにじわじわと唇が動き出す。ぱくりと開いて、なにかを迷うように閉じて、また開いて。ぱくりぱくり、ぱくり。

「……カラ松、あいつらっておれの意識のある間、寝てるんじゃないの」
「いや、おまえの目を通して外を見てるって聞いたけど。あの、ほら居間でテレビ見てる感じで」
「初耳なんですけど」

そうか一松は前世達が出てきている間意識がないから同じだと思っていたのか、とカラ松が納得したのと一松ががばりと身を起こしたのは同時だった。

「やめ。ごめん、できません」
「え」
「出よう、帰ろう」

できません、とはセックスのことか。キスも。先程までの甘ったるい雰囲気をばっさり切り捨てた一松はまるでカラ松に視線を寄こさず、抱きしめあったせいで乱れた服をさっさと直している。
さっきまで好きだと言いあっていたにしてはあまりにあっさりしている。冷静だ。ああそうか、頭が冷えた?
好意はある恋情もある、けれど抱きしめあってここに居るのは同性の硬い身体だと、さすがに欲情はできないと理解してしまったのか。

「ちょ、ど、どうしたの!?」

そうか。じゃあ仕方ない。努力すればなんとかなるようなことではないし、一松を苦しめたいわけじゃない。好きで好かれている、両想いだ。めでたい。うれしい。これで満足しないといけない。

「カラ松!!? おい!」
「ああ、どうした」
「どうしたはこっちのセリフだっつーの! おまえ」

でもカラ松は一松とキスもセックスもしたかったから少し寂しい。

「なんで泣いてんの」

仕方ないことだ。これはわがままだ。一松にはどうしようもないことだ。わかってる、だからちゃんと。ちゃんと。ちゃんと。

「……ねえ、なんかわかんないけどおれのせいでしょ。じゃあおれに言って。おれに言わないのに前世野郎共に相談とかしてたら今度こそぶちぎれるから」
「いや大したことじゃないから」
「それはおれが決めるし、そもそもあんたが泣いてる時点でものすっごく重大なんですけど」

おれにとっては。ぼそぼそと付け加えられる言葉がうれしい。やっぱり愛されてる。カラ松は好かれている。じゃあ少しだけ、仕方ないことだとわかっているけれど、と少しだけ泣き言を口にしてもいいだろうか。別にだからどうこうしてくれなんて言う気もない。ちょっと寂しい、それだけの。

 

 

 

「っあぁあ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あうぁ゛っ゛!???!!?」

そろりと泣いた理由を告げたとたん頭を抱えてのたうち回りだした一松の動きがあまりに激しくて、カラ松は手を出すこともできない。

「おれが! できないって!! できないって言ったのが寂しい!!? は? セックスしたいのおれとしたいのなんだそれなんだそれなんだそれクッソかわいいな!!!」

枕に顔をうずめてシャウトし息を切らしてうずくまっている弟の背中を撫でていいか、迷う。
叫び声は否定的ではなかったしカラ松がセックスしたいと思っていることを嫌がられてはいない、だろう。ベッド中を転げまくっていた一松の背を撫でるのにセクシャルな意図はない。誤解はされないと思う。けれど、性的な行為を求めているとおびえさせたくはない。

「……あの、なんか待って。なんとなくあんたが変な方向に考えてそうな予感がする。説明、するから」
「お、おう」

カラ松がおたついていたのに気づいたのか、荒い息の合間に一松がぜぇはぁと伝えてくる。なんてできた弟だろう。さすがカラ松の恋人だ。
そうだ。恋人。お互い好きだと伝えあった、恋人。一松がカラ松の恋人。
うれしくてにやにやとだらしない顔を隠しきれなかったカラ松に、一松がそれだよとため息と共に告げる。

「あんたのそのふにゃふにゃのかわいくてたまんない顔とかさ、そういうの他人に見せたくないのほんとは」
「へぁ」
「まあでもおれのせいでそんなかわいい顔してるんだし、バカ正直で感情隠せないとことかも好きだし、だから笑顔とかは妥協しないとなっておれも一応がまんしてるわけ」
「うぇ」
「さっき前世野郎達はおれの目から見てるって言ってたでしょ」

やっと息が整ったのか身を起こした一松は、うれしいことばかり言われて混乱しきりのカラ松の肩にするりと頭を寄せて目を閉じた。

「おれの意識のある間、おれの目に映る光景を見るってことはさ、……そういう、コト、してる時のかわいいあんたを見られるってことでしょ。そんなのおれダメ。耐えられない」
「……い、いちまつ、オレとセックスするの、イヤじゃ」
「ないから! あ~、やっぱそっちに誤解してた。違うから。正直すっげぇしたいから。ラブホいたら絶対がまんできないから出ようって言っただけだし」

首筋にあたる髪の毛がくすぐったい。身体を寄せられじんわりと伝わる熱はどうしてか普段より高い気がする。

「なあ、しよう?」

だってがまんできない。今すぐどうにかなってしまいたい。

「だから今じゃなくて、デカパンあたりにあいつら眠らす薬とかつくってもらって」
「やだ」
「っ、からま」
「やだ、がまんしたくない。今がいい。いちまつがほしい」
「っぐぅ」

じわじわと赤く染まる頬も逃げ道を探してかきょときょと動く目も愛おしくてならない。がまんしている、と言った。見せたくない。ああそうだ確かに、こんなかわいい一松を誰にも見せたくなんてないとカラ松も理解する。ひとりじめしたい。自分だけのものにしたい。
でもちょっとだけ。

「あーっ、おまえほんっとなんでそこでがまんとかすんの!? ほら本能の赴くまま!」
「はいセーックス、セーックス」
「セーックス、セーックス」

甘ったるい空気を切り裂いたセックスコールは一松の口から飛び出た一松の声で、けれどあからさまに前世だった。
セーックス、セーックス、セーックス、セーックス。
セーックス、セーックス、セーックス、セーックス。
セーックス、セーックス、セーックス、セーックス。

「ほら、カラ松もなんか言ってやれば?」

真っ赤な顔で水の膜の張った目でぶるぶる震える小動物にいったいなにを言ってとどめを刺せと言うのだ前世達。

「あー……え、演者が委縮するのでご静聴ねがいます?」
「視姦される趣味もないんですよねぇえぇぇぇっ!!!!!???」

でも実はちょっとだけ、このかわいい恋人を見せびらかしたい気持ちはカラ松にはある。