アクセルふたつ

つきあっているのか、が一番多く聞かれた。
そのたび千空はきちんと否定した。つきあう、が双方に恋愛感情があり告白を経て合意の上で恋人という関係になる、だと確認しては違うと告げた。出会ってこの方、千空とゲンにそういった関係性はない。それなりに長い年月共に居るので気心は知れているし気安いが、そういった方面の関係になったことは現状ない。
質問され、答え、しばらくすれば慣れるのか千空とゲンの距離感は“こう”だと認知され静かになる。そして人が増えればまた問われる。
別に毎日のことでもなし、答えれば皆納得するので手間ではない。だが、あまりに問われすぎると理由が気になるのもまた事実。ゲンは、娯楽がないからねぇとしたり顔でうなずいていた。テレビもゲームもネットもない、本すら記録がメインでは、ゴシップが共通の話題としてちょうどいいのだろうと。千空の顔なら皆知っているので、時候の挨拶として最適なのだ。天気と同じ扱いかよと笑ったが、ルリとクロムの進展具合を石神村中で見守っていたのと同じだと言われれば、大樹と杠を見守っていた千空に文句は言えない。

 

◆◆◆

 

「ただな、相手がこいつ限定っつーのは納得いかねぇんだが」

他にいくらでもよさそうな人間はいるだろうと主張すれば、羽京は面倒がっているのを隠しもせずため息をついた。

「目の前にゲンがいる状況でそれ言われるのとんでもなく気まずいんだけど、これ否定すべきなの肯定すべきなの」
「え~、怒って怒って羽京ちゃん! ゴイスー失礼すぎでしょ。俺の彼氏扱いうれしーって素直に言っていいんだよ?」
「ねえわ。つーか毎回訂正してんのになんで恋人疑惑がこいつ限定で復活しまくるんだよ」
「それは俺もジーマーで疑問」
「え、キミ達それ本気……ゲンも? 冗談じゃなくて??」

僕一人じゃちょっと荷が重いんだけど、と逃げたがる羽京を引き留めればまたため息。こうも肩を落とされては、酒の席の軽い笑い話のつもりだった千空の方が困惑してしまう。つい助けを求めて隣を見ても、同じく眉を下げ困った顔をするゲンしかいないのでどうしようもない。そこまで困らせることを言ったつもりはなかった。

「そっか……いやごめん、千空はともかくゲンは自覚済だと思ってたから驚いただけで」
「羽京ちゃんの中の俺どうなってるの。さすがに千空ちゃんと恋人って疑われるような行動わざとしたりしないよ」
「うん、それ本当に驚いてる。そういうつもりなく行動して”こう”なんだって」
「ん?」
「あ゛?」
「二人とも、今日ここまでどうやって来たんだっけ?」
「千空ちゃんが車だしてくれたから一緒に乗せてもらったよ。ゴイスー楽ちん♪」
「帰りはテメーの運転な」
「任せて。天国に連れてってあげる」
「そりゃもう死んでんだよなぁ、二人して」

大笑いする二人を目の前に、羽京はお手上げとばかりに天を仰いだ。

「野暮だよねどう考えても。あぁ~、ちょっと年上だからって皆こっちに色々振りすぎだって」
「え、なになにお仕事の話?」
「ある意味そうかな」

諦めた、とばかりに肩を落とした羽京は気が合いすぎるのも問題だよねと口先だけの文句を告げた。

「キミ達があまりにずっと一緒だから」

傍から見てどう見えるのかは知らないが、共に居てなんの苦労もない、それどころか益ばかりの男だ。千空としては何の問題もない。ゲンとて、嫌ならば改善するか離れるかするだろうから、隣に居る現状が答だろう。そもそも全人類の復活を目指す中、科学王国のリーダーとその参謀の足並みが揃わない事の方が問題になるだろうに。
それでも二人の関係を気にする者が多いのは。

「世間一般ではね、恋人とか家族とか、自分の親しい相手を特別扱いすることが多いんだよね。縁故採用的な」
「あーね、よくあるよくある。え、それ今言うって羽京ちゃん」
「ゲンが今気づいたっていうのが本当に信じられないんだけど、そういうことだね。権力を持っちゃうと避けられない扱いなのかな」

つきあっているのか、と何回も問われたのは。
新たな復活者が出るたび聞かれていたのは。
二人の言動がお互いへの好意を表していたからではなく、千空がゲンを贔屓している。彼の働き以上の利を与え、それは恋人だからだと認識されていた、と。

「……あ゛!? ありえねぇだろ!!」

逆ならまだわかる。
なぜか未だに不明だが、出会った頃からゲンは妙に千空に甘い。贔屓されている、と言われればそうだろうなと納得する。だが、千空が、ゲンを?

「どこにでもゲンを連れて行って、なんでも意見聞いて、ゲンの望みをかなえようとしている。ように見えるみたいだよ」
「え~心外~。俺の意志は?」
「あるんじゃない? ほら、好き勝手に千空を操ってる的な」
「悪女! いつの間にか概念悪女になっちゃってる俺!」
「あとはゲンが千空全肯定botだとか」
「さっすが♡ 知らなかった~♡ ゴイスー♡ 千空ちゃん♡ ジーマーで♡」
「違和感ないのがすごいけどそれ肯定なの?」

きゃっきゃとはしゃぐ意味がわからない。
千空が? 隣で悪女ムーブしちゃおなどとグラスにコーラを注いでる男を? 恋人だから贔屓して、なんでも希望をきいてしていると。それは彼をどこへでも連れて行き、事あるごとに意見を聞いているからだと。

「……マジでわからねぇ……なんでそうなる?!」
「そう見えてるみたいなんだよね、なぜか」
「俺が勝手についてってるだけなのにねぇ」

慰めるように羽京が水の入ったグラスを目の前に置き、ゲンが首をかしげる。
そうだ。連れて行く、なんてしたことがない。できない。俺がついてってる、なんて適当な事を言うゲンはいつでも一人さっさと走り出している。それが偶然千空と同じ方向なだけで、誘い合わせたことすらないのに。
ついてってるなんて言うくらいならゴール地点くらい教えろ。口から飛び出しそうになった文句を飲みこみ、千空は眉間をもんだ。言っても無駄な事はとっくに理解している。こいつは一人で突っ走っているつもりなんてまるでないのだ。なんなら本当に、千空の後をついてきている気なのかもしれない。

「あとは、ほら。あれ作ってこれ作って、ってゲンよく言ってたからじゃない?」
「クラフトしたらこいつすり抜けて他のヤツのとこ行くアレな」
「千空ちゃんにはいつもお世話になってます♡ 俺、コーラもう一杯ほしいな~」
「おい、もうちっとマシな悪女ムーブとやら見せろよ」
「あの時点で生死に無関係な嗜好品ほしがるの、結構なワガママじゃない? せめて千空ちゃんの心の広さアピっとこうよ」

あの時点でもどの時点でも、いついかなる時でもコーラ一本でとりつけられる協力ではなかった。それを本人だけがこの認識だから、本当に意味がわからない。自覚がないにもほどがある。せめて、で千空の心の広さをアピールしている場合ではない。そこは自分のアピールをしろ。

「俺のワガママなんでもきいちゃう千空ちゃんとかゴイスーおもしろいけど、実際は意見が合うだけだもんね」
「テメーの出す案、ロードマップ最速で進めっからな」
「こっちとしては二人のうちどちらかにブレーキ役期待してたんだけどね」

無理だよねえと笑う羽京にドイヒーと嘆くポーズしかとらないあたり、止める気も止まる気もないのだろう。実際のところ、ゲン以外にも千空がどう動くか察する者は居た。だが、千空の計画前提で自ら自由に動き、最終的に結果を上乗せしてくるのはゲンくらいだ。予想外に予想以上の働きをするゲンの手綱を千空が握っているなど、一体全体どこを見ているのだか。
確かに、とんでもなく科学王国に奉仕した男だ。それを誇りもせぬ態度がひどく控え目に見えるのも事実で。
だが別に清廉潔白というわけではない、だろう。なんだかんだ、千空の傍で新しく出来上がるものを見るのを楽しんでいたことを知っている。あれがほしい、こんなことしたい、に己の欲が皆無であったわけじゃない。ただ、ゲンの尽力に適うほどの対価を渡せていたかと問われれば、否定するしかない。
この男がいなければ、復興はもっと遅れていただろう。
誰より言葉を上手く操り、場の空気を我が物にするのに長けていたくせに。いや、だからだろうか。自分があまりに簡単にできることだから、たいしたことではないと思っていたのか。自分の技量に自信があるくせに、それに見合う対価を求めない。体力勝負は柄じゃない、武力関係はお役に立てない、なんて本人だけが気まずげにしていたのは未だに笑い話だ。皆で集まって飲めば必ず出るテッパンの。己の得意なことで協力すればいい、マンパワーだ、とあれだけ科学王国内でさえずっていたくせに、本人だけがまるでわかっちゃいない。
今とて、千空がゲンと共に居たのはただ意見が合ったからだという前提で話している。目指す方向が同じだから、同じような事を考えるから、便利だから。ただそれだけで足並みをそろえられるような日々ではなかった、とこの男だけが理解していない。
だから千空は、勝手に対価を渡すことにしたのだ。この馬鹿にわからせることを諦めた日から。
見ろ。おまえが発案し尽力し必死に働いたからこうなっている。自慢しろとは言わないからせめて知らぬことにせず、なかった顔をせず、受け止めろ。
ゲンの働きを周知したかった。親しい者は皆わかっていたけれど、他にも。新しく仲間になる皆に。石化から復活していく人々に。全人類に。
ゲンに。
こんなにも認めている、皆が知っている、テメーはとんでもなくすごい男なんだと誰より本人に認めさせたかった。
それは千空の身勝手などではないのだ。

 

◆◆◆

 

「千空ちゃん! 俺これ止めてって言ったよね!!」
「あ゛? んだよ」

ラボに飛び込んでくるなり叫び出したゲンが目の前につきだしたのは、この間の学会で発表した論文だった。

「参加してたのか? なら飯くらい一緒に食えばよかったな」

外交官モドキとして世界中を飛び回っているゲンをつかまえるのは結構な手間だ。当人は気軽に呼んでよとうそぶくが、相当タイトなスケジュールだということくらい知っている。だからこそ、居たなら顔を見せろよと少々拗ねた気持ちで口にすれば、参加はしてないよと食事の誘いはあっさり流される。

「千空ちゃん達科学大好きピープルが張り切る学会とかジーマーで意味わかんないもん、参加したってなに話してるかチンプンカンプン。これは参加してた研究者ちゃんに見せてもらったの」
「意味わかんねえのどこだよ、時間あるなら二つ前に書いたヤツ読んでからのがわかりやすいから」
「質問に来たわけじゃないんだよね。俺は! 怒ってます!!」

いそいそと本棚に向かおうとした千空を留め、ゲンは論文の文末をビシリと指した。

「謝辞に俺のこと書くのやめてって言ったじゃん!!」
「テメーに一番感謝してんだから当然書くだろ」
「なら書き方考えてって言った! 俺こないだも言った!!」
「だから『俺のメンタリスト』って変えたじゃねえか」
「それ!!!」

床に崩れ落ちるゲンはああだのうーだの唸るばかりだ。毎回こうして怒鳴りこんでくるのだから、そろそろ諦めればいいものを。

最初に記載したのは『あさぎりゲン』だった。
名前が、と渋られたので次は『浅霧幻』
本名出さないで、と怒られたから『メンタリスト』
そうじゃないでしょ、と聞き分けのない子どもを見る顔をされたので今度は『科学王国のメンタリスト』
もう科学王国専属じゃありませーん、と舌を出されたからこれしかないだろうと『俺のメンタリスト』

千空はわかりやすくはっきり周知のため努力しているのに、伝わってないだの違うだの唸るゲンだけが認めない。
御前試合の後の宴会に参加しない、と身をくらませた頃から今までずっと。ずっと。誰よりすごい男だ、とゲン本人が誇らないのだから千空が代わりにやってやるしかない。目的まではわき目もふらず一目散のくせに表舞台から遠ざかろうとする馬鹿を、引っ張って背を押して隣に立たせ、こいつが科学王国の屋台骨の一員だとわかりやすくアピールしなければいけない。本来なら全世界にとっくに知らしめられているはずなのに、ゲンの怠慢で千空は毎回問われているのだ。モブですみたいな顔をしていいわけないだろう。

「これならわかりやすいだろ」
「えぇこわ……なにひとつわからない……ならせめて『科学王国のメンタリスト』に戻そう。ね、それならいいでしょ」
「あ゛? もう専属じゃねえってテメーが言ったんだろ」

ゲンのことだと最もわかりやすく、かつ名を使うなという依頼を正しくこなしたはずだ。いったい何の文句がある、と鼻を鳴らせばゲンはしゃがみこんだままうなり続けている。本当に往生際の悪い男だ。
だって千空は知っている。内に入れた人間に甘くなんだかんだ肯定して許すような顔をしているが、こいつはやりたくないことは絶対にやらない男だ。避けられるなら避け、上手い事のせて己の望む方向にそそのかすくらい朝飯前。千空の言う事なら全肯定だろう、なんてどこを見て言っている。ゲンが協力するのは、そうしてもいいと自分で決めたからだ。
本当なら、宝島へ向かう前に復活者を増やしてもよかった。少なくとも千空は考えた。確かにまとめやすい人数として百五十人までに抑えたいが、すぐに船出して二手に分かれるのだ。それまで村長として人をまとめてきたコクヨウや健康になったルリがいれば、これまでの村の人数より少々増えても問題ないだろう。ゲンにいたっては自分が村に残るつもりだったんだから、まとめきれるに決まっている。それなのに案として口にもしなかった。復活者の話題になってからようやく、まとめやすい人数があるなんて笑って。なぜゲンが復活者をあの時点で増やさない道を選んだのかは知らない。聞いても、話し合ってもいないから。ただ千空が人を増やす可能性を考えていた時、ゲンは何ひとつふれなかった。言葉にも、行動にも。何もかも見ず、気づかず、なかったことにした。もし復活者を増やしたいと相談すれば、あれこれ理屈をつけて却下されたんだろう。そんなことはいくらでもある。あった。今も。伊達に長く共に居たわけじゃない。千空とゲンの意見が合わないことなんて何度でも。
それをなかったように見せかけているのは、千空の言うことならなんでも聞くみたいな顔をしているのは、ゲンのワガママを許す男だなんてレッテルを千空に貼ったのは、間違いなくこの頑固者だ。なんせ目の前のうなり続ける男は、己が認めないことは絶対にやらない男なので。

「なんで千空ちゃんはそう突っ走るの……せめて載せる前に相談しようよ、俺に」
「希望通りに変えてるじゃねぇか」
「そもそも謝辞にのっけてくれなくていいって話なんだよね」
「感謝してっから仕方ねぇな」
「じゃあせめてこの書き方やめよ? これどう見てもパートナーとかに書くやつでしょ」
「テメーが止めねえからなぁ」
「全力で止めてるんですけどぉ!?」

ゲンは嫌な事は絶対にしないし、避けられるよう全力で努力する、それだけの能力のある男だ。だからつまり、そういうことなんだと千空は認めたのでゲンもいいかげん諦めればいい。