キスより簡単 - 2/2

見栄をはりたかったんだ、と千空ちゃんは口にした。
俺のことをちゃんと好きで、そういうこともしたくて、でもがっつくのはかっこ悪いから一生懸命クールなふりして。部屋に入れてくれなくなったのは俺の予想通り、エッチなDVDだった。お友達から回ってきたの隠しても、俺には見つかっちゃうと思ってたんだって。確かにそういう探し物ゴイスー得意。そして、なんか隠してそうって思ったら探すね。だって千空ちゃんどんなの好みか知りたいし。
押しつけられただけだから、見てねぇから、って言いつのってるけどどうかな。う~ん、セウト。でも、別に気にしないけどって言ったらしろよって言われたのは反則。これはアウト。ときめきで胸がしんどいってジーマーであるんだ。

「あと、先に進んじまいそうだったから」
「え、全然オッケーだけど」
「ダメだろ、無責任すぎる」
「じゃあキスは? キスだけなら問題ないでしょ。なのに最近ぜんぜんしないし」

だから恋人じゃなくてもいいのかなって思ったのに。

「あ゛? そこで止まれるわけねーだろ。俺の理性に期待すんな」
「理性の塊みたいな千空ちゃんがそれ言う!?」
「崩しのプロが何言ってやがる! だからさっきも、…っ」

ぐ、と言葉を飲み込んだけどダメダメ、逃してあげない。そういうの聞きたいんだよね俺。わざとらしい涙目でじっと見つめたら、頭抱えた千空ちゃんが「幻滅するだろうけど別れるって言うなよ」とかダメ押ししてきた。俺がいつでもどこでも泣けるって知ってるくせに弱いよね。わかってるから騙されてるわけじゃないのに、女の子に泣かれるってそうも慌てるものなのかな。

「……そういうこと絶対やんねえって決めてたのに、ちっとテメーが積極的になっただけで浮かれまくって頭がバカになりやがった」
「具体的には」
「ラップなんざはがしちまえば終わりだろ防御力が低すぎる! 俺がちんこ出す前にさっさと逃げろ、つーかちょん切っちまえそんなことするやつ!!」
「いや俺がしよって言ったんだけど」

誘われた側のくせにこの加害者意識なに。逃げろって、俺が千空ちゃんはめて部屋に勝手に押しかけたんだけど。

「ってか、俺は千空ちゃんそんなことしないって思ってる、と? 幻滅するって」

エッチなことしたいんだろうなって思ってたよ。だからしていいよ♡って押しかけてきてるわけだけど。俺視点の自分像、もっと理性的な感じだったんだ? かわいい。なんて意地悪言ったら千空ちゃんはまた頭を抱えた。うそうそ、ゴイスー理性的だって思ってるよ。だからそろそろ土下座やめてほしいな。

「隠せてる自信は正直なかった。テメーはそういうの鋭いし、俺は浮かれすぎてポンコツだったろうし。でも隠す、っつー行為に対する誠意として見て見ぬふりしてくれてんだろうなと」
「浮かれるって、つきあいだしてもう二年じゃん。いくら初彼女だからっていいかげん慣れたでしょ」
「一年と三百五十三日だろ。つか慣れっつーのは同じことを繰り返すことにより次を予測できるようになるからだろ。毎時毎秒違うテメーのいったい何にどう慣れろっつーんだよ。無茶ぶりも大概にしろ」
「うん……うん? そうね?」
「あとな、もう一回って心待ちにしてる事がまた起きたらとんでもなく嬉しいだろ。で、また期待しまくっちまうだろ」
「あ~、昨日のステージゴイスーだったからまた見たい、からの追加公演決定サイコー、みたいな」
「ステージ、っつーかもうちっと独り占めできる……ケーキだ。期間限定で今後継続して売られるか未定のケーキ」
「ケーキ」
「おう。一度買って、美味かったからまた買いに行ったらもう売ってねえ。店に聞きゃ今後売るかどうかもわかんねえって言いやがる。なら仕方ねえから別のケーキ買うだろ」

店が繁盛した方がほしかったケーキまた作る可能性あるからな、ってそうだろうけど、こちらとしては話の着地点がわかんなくて頷くしかない。彼女のいる生活に慣れるって話をしてたんじゃなかったっけ。

「で、代わりのケーキも美味ぇ。だからまた買いに行くと、前回のケーキは売り切れてるっつーから今度も違うの買うだろ。それも美味い。じゃあこれを、ってなっても次行きゃもうない。仕方ねえからそういうもんだと割り切って、このケーキ屋の全部うまいから買い占めてえって通い詰めても他の客に売られたりするわけだ。俺じゃないヤツが美味いって喜んでんの見て、当然だろって胸はる気持ちと俺のなのにって悔しくなるのもあって。でも俺にあれこれ言う権利ねえし。ケーキ売るなって言いたいわけじゃねえんだ、自由に好きな客に売ってほしい。楽しくやってくれ。でも俺の。俺の、なのにって言いたくて。違うだろ。俺のじゃねえ。物じゃねえんだ。違うからいいんだ。なのに、なんで」

俺がわかんないって言えばいつだって理路整然と説明してくれる千空ちゃんが、たとえ話にもなってない支離滅裂なことを言う。違う、なんで、ってほろほろこぼして。
なぜ、と思えばすぐさま観察や実験を始めるのに。疑問を放ってなんかおかないのに。いつだって何か考えてる、きっと石になっても思考をとめない千空ちゃんが、わかんないわかんないって足踏みしてどこにも行かない。行けない。わかってるだろうに、わかんないフリする。

「……ケーキ屋さんに言っていいと思うよ? 俺にだけ売ってくださいって」
「ダメだ。そんな権利ねえし、無理やりさせるのなんか最低だ」
「ケーキ屋さんがいいって言っても?」
「それでもダメだ」

いいんだけどな。
悲痛な顔してる千空ちゃんには悪いけど、こっちはとんでもなく嬉しくてゆるむ頬ひきしめるのに必死。せめて声が浮かれないように一生懸命低い声を出す。
だってさ、嫉妬じゃん!
めちゃくちゃヘタクソなたとえだけど、つまり俺がケーキ屋さんで、千空ちゃんだけをお客さんにしてほしいって。俺のこと独占したいって話でしょ。
こんなの彼氏に聞かされて嬉しくない彼女いる? 少なくとも俺はゴイスー嬉しい。だって千空ちゃんだよ? どんな相手でもいい意味で特別扱いしない、全人類になにかしらお役立ちポイントみつけて拒まない、他人羨むヒマあったらなにかしら動け、の。その千空ちゃんが、誰もなにも悪くないのに、それなのに。
いやだって。
俺のなのにって。

「そういうの、ゴイスーかっこ悪い」

呟いてみたら、んぐぅって槍でも突き刺さったみたいな声で呻いた。

「言わない方が、かっこ悪いよ」

言って。
言ってよ、ちゃんと。

「ケーキ屋さんのケーキ買い占めるの、ちゃんとお金だしたら問題ないでしょ。誰も買うなってお店つぶしたりしたらダメだけど。自分にだけ独占販売してください、ってきちんと話し合ってケーキ屋さんがオッケーしたら問題ないじゃん」

千空ちゃんのお友達より、俺の友達より、自分の方相手にしてほしいって。
彼氏だから優先してくれって。
言ってよ。そしたら俺もそうしてって言えるのに。俺だけ特別にしてよって。

「ちゃんと言ってくれないとわかんないよ」
「……ゲンなのにか…?」
「ゴイスー信頼してくれてんじゃん」

メンタリスト志望のタマゴだけど、たとえ今現役だったとしてもわかんない。特に千空ちゃんのことはさっぱり。
だって「こうだったらいいな」が入っちゃう。俺のこと好きだからこう言ってるのかな、って希望的観測。
部屋に入れてくれないのは年頃で照れてるから、文化祭に呼ばないのは見せびらかしたくないから、キスしないのはタイミングがわからないから。俺のことが嫌いだからじゃなくて、年上すぎる彼女が恥ずかしいんじゃなくて、恋人だと思ってないからじゃない。本当はこうじゃないかな、こうだったらいいなって。
何が本当で何が嘘かなんてわからない。言われても、そのまま信じていいのか、疑うことはどれだけでもできる。

「わかんないよ千空ちゃん。だって俺、今メンタリストの浅霧幻じゃなくて千空ちゃんの彼女のゲンだもん。ちゃんと言って、動いてくんないとわかんない」

千空ちゃんも俺のことわかんないよね。
彼女が下半身にラップしかまいてない状態で自分のベッドに居るとか、そりゃ驚く。混乱させたくてしたんだけどさ。勢いで押し流したくて。断られたくなくて。だって千空ちゃん冷静になったら絶対止めるでしょ。
なんでそこまで、って思うかな。思うよね。お互い好意があるのはわかってて、仲良しで、ケンカもなくて、恋人って名目もあって。なのに。

「ゲン、好きだ」
「俺も好き。千空ちゃん大好き」

言って、動いてくんないとわかんないよ。ねえ。
広げた腕が、指先が震えてて笑っちゃう。俺どんな大きいステージでもこんなに緊張したことないよ。いつだってぴしりと動きを止めて、一番イイ感じに見える角度で魅せられるのに。練習の成果ちっとも出ない。

「千空ちゃん」

キスしてよ。
恋人ならキスしようよ。
言って、断られたらと思うだけで震えるとか重すぎるんじゃないかな俺。言えないから視線で悟ってとか千空ちゃんに一番向いてないやつ。わりとなんでも伝わるのに、恋愛系だけ全然なの慣れとかいう問題じゃない。ああ重い、めんどい、なにこれ俺こんなのじゃないつもりだったのに。

「せんくうちゃん」

ねえ、怖かったよ、さっき。膝を押し上げた手が熱くて、上からにらみつけられて、まるで俺が悪いことでもしたみたいな。性急で乱暴で容赦がない、これまで見たことない俺の知らない千空ちゃん。途中まではいつものかわいい千空ちゃんだったのに。まだ痛いよ。すごくいたい。
だからせめてキスして。お願いきいて。しないって言わないで。
別れないって言うなら行動して。恋人ってわからせて。俺に。皆に。千空ちゃんに。

「……嫉妬した。こんなとんでもねえこと飄々とできるテメーに。全然追いつけねえ。ダッシュしてるんだ、そのつもりなのに、いつまで経ってもゲンは近所のお姉さんで俺は彼氏になんて見えなくて。手ひとつ握るのにタイミング見計らって心臓バクバクさせて必死だっつーのに、いつだってテメーは軽々越えてって。こんなこと、まで」

俺と同じくらい震えてる指先が、そろりと寄せられる。
指先だけひっついて、離れて。薬品で荒れたかさつく皮膚は千空ちゃんのものだって、俺が誰より知ってる。でも、そっか。そうだ。最近は腕とか手首ひっぱるばっかりで手をしっかりつないでなかった。俺の知らない千空ちゃんの指。

「腹も、立った。こんなことしても俺なら大丈夫って思ってるのが。俺相手ならそういうことにならねえって信じ込んでんのが。たかだかラップ一枚のくせに危機感のひとつもなく笑ってんじゃねえよ! んだよ、こちとら彼氏だぞ…っ、意識しろよ侮るないつまでもガキ扱いすんな男なんだぞ!!」
「しってる、よぉ」

かわいい幼馴染の男の子、相手にこんなことしないよ。それ痴女じゃん。

「彼氏だからでしょ」

ぎゅっと指先からめたら、びっくりしたみたいに目丸くするくせに指はもっと強くからめてくる。
ほら、離れたくないんじゃん。ひっついてたいの一緒でしょ。素直になりなよ。

「……ゲン、止めらんなくなる、から」
「やだ。離れない」
「ゲン! 頼むから」
「いやだ! 俺のこと好きならコントロールして!! キスして好きって言って彼氏面してくんなきゃ別れる!!!」

千空ちゃんがどれだけ困っても知らない。物わかりのいいお姉さん、大人で理解のある年上彼女、じゃない。ワガママ言って振り回してする彼女だから、俺。男子中学生の性欲なんか俺には関係ないもん。せいぜい俺のこといっぱい考えて悶々としたらいいじゃん。頭の中ぜーんぶ俺のことばっかりになればいいでしょ。
しおしおの声で別れたくないって言う千空ちゃんに残された道はひとつしかないんだよ。早く諦めなって。
ほら、ってわかりやすく目を閉じてキス待ち姿勢とってるのに、諦め悪い千空ちゃんはまだうなってる。

「……もうちっと慣れるまで」
「毎回違うから慣れないって千空ちゃんが言った」
「キス、で止まれねえから」
「ダメ。できなくてもやって。ちゃんと止まって」

唇にチュッて軽くするのでいいから。俺に慣れて、日常になって、いなくなったら困惑するくらいになって。挨拶みたいにキスしてよ。俺の顔見たらキスするレベルの当たり前にして。
そうしたら、『幼馴染のお姉さん』が『彼女のゲン』になるでしょ。

「テメー、弱み握りすぎだろ。無茶ぶりにも程があるぞ」
「できることしかお願いしないよ♡がんば♡」
「…………俺ががんばって、いいんだな」
「うん♡」

悩むこと、にキスしてないを設定してたから、たぶん俺はキスしたら全部解決って思い込んでた。いつの間にか。
これからもっとカレカノっぽくなっちゃうなって。彼氏の千空ちゃんのお部屋に遊びに行って、キスして、たまにイチャイチャしたりして。千空ちゃんなら俺のお願い聞いてくれるって無意識に信じ込んでたのも、あるかも。だってかなえてくれるもん、いつだって。俺が想定するよりずっととんでもない方法で。
それが今回も当てはまった、といえるのかもしれない。

「わかった。ゲン、結婚してくれ」
「え」
「俺が十八歳になったら籍入れて、式はそっちの仕事の都合もあるだろうから合わす。とりあえず親に挨拶だな。おじさんとおばさんの都合のいい日聞いといてくれ」
「え、と、待って待って。結婚? 挨拶ってわざわざ?」

別に千空ちゃんと別れるつもりないけど、でも結婚といわれると遠い話すぎて困惑しちゃう。都合のいい日って、挨拶って、たんに家に遊びに行きますって話じゃないよね。

「するだろ。筋は通しておきてえ」
「俺まだ彼氏いるってパパに言ってないよ!? 泣いちゃうし」

というか千空ちゃんとおつきあいしてるって言ってない。ママは感づいてるかもだけど、さすがにほら、赤ちゃんの頃から知ってる中学生とつきあってるよとは言いにくいじゃん……。

「ゲンの親父さん達と百夜に挨拶して、婚約者になったらキスする」
「は、ずっる」
「ずるくねえ。俺はゲン相手の時の自分の理性を全くもって信用してねえ。言っとくがな、テメーの想定してる百億倍よわよわのふにゃふにゃだ。頼むから自衛してくれ。俺を絶対に信じるな」
「えぇ……そんな自信満々に言うこと?」

事実だからな、って胸張った千空ちゃんはそそくさとズボンはいて部屋から出てっちゃった。腹冷やすなよって言うのも忘れない。
バイヤー。下半身丸出しでプロポーズされちゃった。
え、挨拶に来てもらうべき? いやいや、さすがにこれプロポーズカウントしなくていいんじゃないの。乙女の夢、までは言わないけどもうちょっと違うパターンの、とりあえずパンツはいてる時にもう一度お願いしたい。

「……っふ、ふふ。結婚してくれ、だって」

上半身だけなら文句なくかっこよかった千空ちゃんを思い出す。
キスするなら結婚前提、なんだ。俺相手だとよわよわでふにゃふにゃなんだ。あんなに誠実で理性的でかっこいい千空ちゃんが、信じるなって。キスしたら止まれないかもしれないからって。
俺と結婚するのは当然の顔して将来の事語っちゃってさ。簡単に挨拶とか言って。ふふ。なーんだ。千空ちゃんの中に俺、当たり前に居るじゃん。キスもしない彼女じゃなくて、キスしたら止まれない婚約者(予定)なんだ。なーんだ。
やっぱり一人で悩むより聞いてみなきゃだよね。こんなに簡単に解決しちゃうんだから。

 

◆◆◆

 

後日、俺によわよわと噂の千空ちゃんに、まだ婚約はしないけどどうしてもキスしたいってねだったらお手製スタンガンを渡された。

「俺が不埒な真似したら問答無用で抵抗しろ」
「……俺がキスしたいって言う前から用意してたんだね、このスタンガン」

一朝一夕でできるものじゃないよね。市販ならまだしも千空印の特別製だもん。
真っ赤な顔でうろたえる千空ちゃんに、どうしてって問い詰めるほど俺はひどい女じゃないよ。ただ、そっちもしたかったんじゃんって率直な言葉が口から飛び出しちゃうかもしれないから。

「ふさいじゃった方がいいかもよ? 口」
「相変わらずテメーは天才だわ」

任せて。言い訳と屁理屈こねるのと丸め込むのには自信があるので。
俺のこらえきれない笑いを、千空ちゃんは口の中に閉じ込めた。これはキスじゃないので婚約してないけど問題ない。

結局、本当に婚約するまでスタンガンの出番はなかったけど、使えって千空ちゃんは何回か言ってた。つまりはそういうことだよね。