その言葉を聞いた時、情けねえが俺は動くことができなかった。
「メンゴね、俺おつきあいしてる人がいるから」
立ち聞きなんてみっともねえことするもんじゃねえ。だが、思い違いでなけりゃこれは愛の告白への返事というやつで。
俺の存在に気づいていないゲンともう一人は、聞いてくれてありがとうだの気持ちはうれしいだのと締めに入ってやがる。
これはプライベートな会話だ、俺が聞いていいもんじゃねえ。そうわかっているのに、足はぴくりとも動かない。
理由はわかっている。ゲンだ。あいつの断り文句があまりに意外で、驚いて俺の動きが止まってしまったのだ。
おつきあいしてる人、なんて。いつから。
だってあいつはずっと、俺のことが好きなはずだったのに。
◆◆◆
ゲンが恋愛的な意味で俺のことを好きだというのは、勝手な思い込みというわけではない。
俺らの周囲の皆、なんなら科学王国内では周知の事実であったし、ロケットを作るために叩き起こした科学者連中さえも「あさぎり氏の献身には頭が下がる」「ドクター千空は果報者だな」なんて俺をからかったくらい。それほどに、さほど時間を共にしていない人間にもわかるほどゲンは俺のことを好いていた。
圧倒的に不利な俺につき司を裏切った時からずっと。隣に居て、鼓舞して、笑って泣いて騒々しいほどに。千空ちゃん、と呼ぶ声はいつも優しい。野郎の名前に込めるような量じゃない愛情ってやつが、そりゃもうたっぷり入ってるとあからさまで。
好かれているんだ、と自覚したのは出会ってからすぐのこと。
ハーレムだなんだと女を恋愛対象にしていたようなのになぜ、と不思議に思ったけれど、理由がないことなどいつの間にか忘れていた。それほどにゲンからの愛情は強く、豊かだったから。
そこにあって当然、あいつは俺のことを好きでいるのは当たり前、そう根拠もなく信じ込んでしまうほど。
そして俺は甘えた。
ゲンなら待ってくれる。わかってくれる。今は石化の謎を解くのが最優先、月へ行くために余所見などできない、全人類復活のため全力投球するから――。
いつだって背を押してくれていたから、理解し待ってくれると思い込んでいた。これが済んだら、全部終わったら、俺が純情科学少年を始める時には隣に居て「やっとだね」と笑いかけてくれるのだと。
「待てねえのも当然だ。俺が勝手に思い込んでただけで、ゲンとは何の約束もしてねえ。冷静に考えりゃそうなるだろって話なのに、笑っちまうだろ、どうしていいかわからねえんだ」
自分への愚痴半分、ゲンの新たな恋について誰も教えてくれなかった恨み言半分。
大樹と杠の結婚式の五次会で鬱々とこぼせば、えらく静まり返った中、あちこちから肩や背を叩かれながら羽京が声を発した。
「えーと、ごめん確認なんだけど、そのおつきあいしてる人って千空のことじゃないの?」
「いや、俺とあいつはつきあってねえ」
「ねえの!??」
「あれで!?」
「なんで!!?」
ドッと沸く周囲を見回せば、皆一様に意外だという顔をしている。
ああそうだ。俺だって。ゲンはずっと、いつまでも、ひたすら俺のことを好きでいるもんだと思い込んでいた。
「なんでっつわれても、出会ってこの方あいつとそういう関係になったことはねえな。それにあいつも、とっくに……誰かとつきあってるらしいし」
自分で口に出して改めてダメージをくらう。
それにしても、これほど驚かれるなんてやっぱりゲンの好意はあからさまだったんだな。ああチクショウ、俺がもっと早く応えていたら。いや今じゃない、タイミングがとずっと待たせていたんだから仕方がないが。それでも。
「でも千空、ゲンと同棲してなかった?」
「してねえよ。世界中飛び回ってる外交官様の、日本での仮住まいになってただけだわ」
あちこち行ったきりほとんど戻って来ない自宅に賃料を払うのはもったいない、かといって日本滞在中ずっとホテルも味気ない。だから一人暮らしで部屋が余ってる俺の家を提供していただけだ。これまでずっと一緒に住んでいたから違和感もない。
「だがキミの家を建てる時、ゲンの部屋も作っていただろう。だからてっきり同棲予定なのだと」
「泊まりにくるのはわかりきってんだから最初から部屋作った方が合理的だろ」
「合理的……か?」
なぜコハクが首をかしげるのかわからない。空いてるスペースは使うべきだ。俺の家なら金もかからないうえパジャマや歯ブラシなんて日用品も置いておける、合鍵だって持ってるんだから好き勝手に出入りも可能だ。ホテルよりずっと便利だろう。
「千空くん……あの、パジャマとエプロンと部屋着をセットで贈らせてもらったと思うんだけど」
あれ新居で同棲始めたお祝いのつもりでしたが、と杠がおずおず挙手をする。
「あ゛ぁ、おありがたく使わせていただいてる。あいつもさすが杠ちゃんって喜んでたぞ」
「あ、うん、ゲンくんからもお礼もらったよ。というか、おつきあいしてるからこそのペアルックだったんだけど、よかったかな?」
「つきあっちゃいねえが色違いはありがたかったわ。一目でどっちのかわかるからな」
お揃いってそういうもんだったっけ、と戸惑う声があがるが知るか。服の形がどうでも気温と用途にあってりゃ問題ないだろう。
「ハッハー! だが俺は知っているぞ!! ゲンの部屋にはベッドがない、違うか千空!」
「ろくに使いもしねえのにもったいねえだろ。ひょろがり二人だ、寝床が同じでも特に問題ねえよ」
同じベッドで、とざわつかれるが大した話じゃねえ。
石神村の頃から冬の寒さをしのぐため、一つの布団で寝るのなんてしょっちゅうだ。いくら暖房器具があるといっても燃料は無限じゃねえ、節約するに越したことはないんだから隣に熱源がありゃひっつくだろ。これが寝相が極悪だったりいびきがうるさかったりすりゃ問題だが、ゲンも俺も静かなもんだ。なら一緒に寝るのは当然の事。
だいぶ復興が進んだといえまだまだ大量生産には程遠い。だからめったに使わないベッドを高い金出して買うくらいなら、俺の横に入れてやる代わりにちょっといい食材を買う方が食卓も豊かになっていい。
あいつが来ると食事に彩が出るから、正直うれしい。
「いやいや、でも確かこの間キミ、ゲンが居るからってアメリカ行ってなかった?」
「学会ついでにな。あっちに居たから飯くらいは一緒に食ったが」
「結構こまめにその時ゲンの居る国に行ってるわよね? 会いに行ってるんじゃなかったの??」
「俺もあいつも復興関係で世界中回ってんだから行き先くらいかぶるもんだろ」
仕事に生きるだのなんだの言ってやがったくせに案外夢見がちなことを言う南に、さっさと現実を伝えてやる。そりゃゲンは俺のことが好きだから喜んでやがったが、こっちは受け入れちゃいないんだからただの友人。時間が合えば飯くらい食うが、わざわざ海外に会いに行くほどの熱烈さはない。
なんせ俺たちはつきあってないんだから。
「つーかそういう公私混同、あんまりするもんじゃないよねとか言ってやがったぞ」
短い眉をひそめ困ったように笑って、リーダー的立ち位置の人間がそういうのあんまりよく思われないかもしれないし、と。千空ちゃんは大丈夫かもだけど、恋人が居るからってあんまりあからさまにするのもねぇ。袖に指先をかくすのが癖になっているのか、もう広くも長くもない袖口を引っ張りながら言いにくそうに。
なるほど誰かそういうヤツがいて対応に手間がかかったんだな、と悟ったから労わるつもりでその時の食事は奢ってやった。翌日の朝食時も妙にぐずぐず言っていたから、仕方なく俺のデザートをわけてやった。何気に食い意地が張ってやがるから、甘いものだのなんだの渡すと喜ぶ。
もしかしてあれは、ゲンの恋人とやらの話だったんだろうか。困っていると言えず、さり気なく俺にSOSを伝えていた可能性が?
「それ遠回しに諭されてない? 公私混同するなよ、って言われてるわよね!?」
「確かにそうかもしれねえ……たぶんゲンのつきあってるやつがそうなんだろうな」
なんでそうなる、と叫ぶ南をまあまあと周囲がなだめている。もう酔ったのかよ、酒癖悪いな。
「でも千空、ゲンの誕生日いっつも花やってたじゃねえか。あれつきあってっからだ、ってルリが言ってたぞ」
「しょっぱなでけえプレゼントもらってるからな、ちょっとずつでも返すもんだろ」
「天文台は確かに驚いたな。あんな手のかかったものを贈るんだ、キミ達は両思いに違いないと思ったが」
手のかかったものを渡せば両思い、のわけがない。
なら俺は苦労してサルファ剤をルリのために作ったが、だからといって両思いではない。結婚したが二秒で離婚、お互い一切そういった意味の好意はないのだから、コハクもわかりそうなもんだが。
「え~、天文台のお礼なんだったら僕らにもじゃない!? だって皆で作ったってゲンも言ってたよ!」
「あ゛!? なんで男に花やらねえといけねぇんだよ」
「ゲンの性別をなんだと思ってるんだこいつは」
「つーか花も贈ってたのかい。案外ロマンチストなんだね」
銀狼筆頭に口々勝手な事を言いやがる。マグマに単身立ち向かった時からマジシャンに花はつきものだろうが。
俺だって毎年変わり映えしねえなとは思ってたんだ。だがあいつがあんまりにも嬉しそうな顔しやがるから。その辺で摘んだ花をまとめただけの花束とも呼べないようなものを、大切そうに受け取るから。だから、こう、つい。
「つーかゲンに渡したもんなんてテメーらも使うもんばっかだぞ。最初のトランプはマジック専用だったかもしれねえが、ゲーム用には別に作ったろ。ハンドクリームだの日焼け止めだの、日常の細かいことによく気ぃつきやがったから」
千空ちゃん朝だよ。笑い声と共に額のヒビをつつかれ、指先の荒れを感じれば冬の到来だ。寒さに赤らむ頬が気の毒になって布団の中に抱き込めば、苦しいともがかれ冷たい足先が当たる。
もやしだからか単に冷え性なのか、指先をしょっちゅう動かしているゲンはカイロが懐かしいと嘆く。日中は動いてるからマシだけど、朝起きた時とかかじかんでて最悪だよ。細かい動きが命だっていうのに。
マジシャンにとっちゃ死活問題だろうと、湯たんぽを作った時優先的に回したのは確かに贔屓と言われても仕方がないかもしれない。
だがまずあいつの手足を温めてやらないと話にならなかったのだ。毎朝毎晩クリームを塗り込みマッサージしてやるだけでは、冷えた指先はちっとも温かくならなくて。
「待って。なに? 今ぶち込まれた情報、なに??」
「どうしたんだよ、んな目ぇかっぴろげて」
「湯たんぽをゲンに一番に回したとかそんなことどうでもいいよ。それよりなんだい、ハンドクリームを……あんたが、塗ってやってたのかい」
「俺が足やってやる間にゲンは自分の手に塗れるだろ。時間短縮だ」
「足を!? 手じゃなくて!??」
まあマッサージするから最終的には俺が手足どちらもしてやっていたが、当初はそうだった。
「なるほど……じゃない! あとなんでゲンの指が荒れて季節感じてるのよ! せめて自分の手が荒れたとかで」
俺の薬品荒れした手を見、南とニッキーは口をつぐんだ。復興が進み以前ほどひどくないといえ、ろくに手入れをしない俺の手は触り心地がいいとは言えない。ゲンが居る間は毎晩ケアしてくれるんだが、一人になるとどうしても面倒が勝る。
「そこで自分にするのは面倒なのにゲンのは忘れずする、のはなんでかってどうして疑問を抱かないかな……」
羽京が肩を落とすがなぜため息をつかれるのかわからねえ。
今ため息ついて落ち込んでるのは俺なんだが。ゲンのおつきあいしてる人とやらに打ちのめされてるんだが。
「つーかゲンもだがテメーらも水くせえ。教えてくれてもよかっただろうが」
「千空とつきあっているとばかり思い込んでいたからな」
「残念ながら俺らはこれまで一切そういう関係になったことはねえんだわ」
好かれていたけれど。
いずれ、と勝手に思い込んでいたけれど。
「つまり千空、キミとゲンは、一緒の家でペアルックで過ごしベッドは共有で年に複数回日本だけでなく海外でも会い、誕生日プレゼントには必ず花を贈りゲンが欲しがっていそうな物を常に作ってやり、お互いをケアしあう。そういう関係だと」
「まあな」
「ゲンから好かれている自覚はあったが恋人ではなく、ただの友人。キミの方から好意を返してはいない、そういうことかな」
「そういうこった」
うまくまとめるもんだと感心して見やれば、司は軽く首を振った。なんだよ、その呆れたような面は。わかってるよ、遅すぎたっつーんだろ。ゲンが他に心を移す前に動いてりゃ、なんて誰より俺が一番。
「へぇ、知らなかったな俺」
背後から地を這うような低音が響いたとたん、目の前でわあわあ騒いでたやつらはピタリと動きを止めた。
「千空ちゃんって誰ともおつきあいしてなかったんだ。俺のとこに帰ってくりゃいいだろって自宅の鍵渡したり、週に三日は電話したり、お風呂上りに髪の毛乾かし合ったり、膝枕したり、いってらっしゃいおかえりなさいで都度キスしたり。そういうの、してる相手とおつきあいしてなかったんだねぇ」
「ゲ、ゲン落ち着いて」
「どうしたの羽京ちゃん、俺は落ち着いてるよ? なんせめでたい大樹ちゃんと杠ちゃんの結婚式だし、皆が集まるのも久々だもんね。俺が落ち着いてないわけないじゃない?」
「うんうんそうだね、でもなんだか会話がうまくつながってない気がして」
「やだな、大丈夫だよ。千空ちゃんにおつきあいしてる人がいないって話だよね?」
ね、とぐるり周りを見回し念押ししたゲンは、晴れやかな笑みを浮かべて俺を見た。
「千空ちゃん、俺しばらくあちこち行ってくるね。いや~、結構いろんな国からお誘い受けてんの、そろそろどこかに決めなきゃなって思ってたし」
「あ゛!? 落ち着いてきたからこれからずっと日本に居るっつってただろうが」
俺の家に住むから、と明日一緒に日用品を買いに行こうと約束していたはずだ。
そりゃパジャマや部屋着はあるが、数日や数週間の滞在ではなく居を定めるなら足りないものは多々ある。
「うん、そのつもりがなくなったからね」
明日からの約束をさっくり全部キャンセルにして、ゲンは俺に背を向けた。お先にと皆に言うことは忘れなかったくせに、俺にはまたねすら言わず。
「……いってきますのキス、されてねえ」
「キミがいったい何をどう考えているかわからんが、先ほどからの会話も含め、やっぱりキミ達二人はつきあっていたようにしか思えんが」
コハクの言葉に首をかしげるしかできない俺は、ゲンの背を追うこともできずただ座っていた。
なんでだ。
そもそもつきあってるなら電話は毎日、なんなら朝晩おはようとおやすみコールするだろ。家に泊まりセット程度じゃなく本拠地にするために全部置かせるし、風呂は一緒に入るしあーんもするし出かける時だけじゃなくもっと頻繁に、いつでもどこでもキスするもんだろ。
俺はゲンとそんなことしてねえ。
だからつきあってなんかいねえ。
「風呂は温泉で一緒になることあったし、飯も手が離せねえって千空に食べさせてやってるの見たことあるけどよ。キスは違わねえか?」
「あーんしてるの見たことあったんだクロム……突っ込まなかったんだ……」
「手が離せなかったんだろ? 村に居た時からしょっちゅうだったぞ」
アウト! 有罪!
叫ばれてもいったい何が悪かったのかわからねえ。
「キスって言うから妙な感じがするんだろ。挨拶じゃねえか」
頬とかするだろ。ゲンは世界中飛び回ってやがるから、ちっとばかり海外かぶれしてもおかしくねえ。
本当に俺らがつきあってるなら、軽く唇を合わせるようなおかわいらしいもんじゃなく、もっとがっつりしっかりしたやつをいつでもどこでもしてるところだ。いってきますやただいま、おはようやおやすみしかしねえんだから挨拶でしかない。
「おはようとおやすみが増えてるんだけど……ゲン以外とそういう挨拶一回でもしてから言いなさいよ、そういうことは」
「なんであいつ以外とんなことするんだよ。気持ち悪い」
「無自覚がひどすぎる……さっき電話が週に三回とか聞こえたけど」
「進捗報告のためにな。情報共有は大切だろ」
「まあそうだけど、でもちょっと多くない? ゲンからの報告、週に一回はきっちり書類上がって来るよね? よほどのことがあったら電話もくれるし」
プライベートの時間に自分の携帯電話を使っていることに引っかかってんなら、俺もあいつもワーカーホリックなところがあるから勘弁してもらいたい。
つーか仕事を熱心にしてるだけでなんでこんな疑いの目をむけられなきゃいけねえんだ。
「でも千空、ゲンのところに行ったからってしょっちゅうお土産くれるんだよ」
「そりゃ学会ついでだ。同じ場所にいるなら飯くらい食うだろ」
「何度も、いっぱいもらってるんだよ。千空があんまり関わり合いない学会のも行くの、てっきりゲンに会いたいからって思ってたんだよ」
「めっぽう冴えてるぞスイカ! なあ千空先生、そろそろ自分をごまかすのも限界だろう」
にんまりと笑うコハク、妙な凄みを漂わせる南やニッキー達女性陣、首を振り呆れたように笑う男ども。
「キミが興味のない学会に行くなんて、ゲン以外にどんな理由があるというのだ」
「別に興味がないわけじゃねえよ」
その時ゲンが居る国で開催される学会に行く、ついでに会うのはおかしいことじゃない。
だがゲンに会うための理由に学会を使う、のはダメだ。ゲンが言う所の公私混同、リーダー的立ち位置の人間がするのは良く思われないと言っていた行動だろう。
つまり俺が、あいつに会いたいからって理由で行くのは。
「それはいいんじゃねえのか?」
「あ゛?」
「ゲンがよくないっつーのは、千空が仕事と自分のしたいことを混ぜて全部都合いいようにすんのを俺らが見て怒るって話だろ? でも別に俺ら、怒らねえよ今更そんなことで」
「そうだな。そもそも学会を絡める必要がなかろう」
「ゲンに会いたいなら会いに行ったらいいんだよ~」
「言い訳に使いすぎよね」
そういうことじゃねえ気がする。
だがあっけらかんとしたクロムの発言に、皆そろって首を振るのだからわからねえ。なんだテメーら、俺に甘すぎだろう。
「そもそも人の結婚式で自分の恋愛相談してる時点でどうしようもないわよ。五次会といえおめでたい席でふられた~ってしょげてさぁ」
「ゲンにつきあってるヤツがいたって驚いてただけだろ」
あとそいつに心当たりがないか聞きたかっただけだ。ゲンのことをよく知る奴らが集まってるんだから情報収集しない方がおかしい。
「ところで千空、俺たちはキミの話を聞けば聞くほど二人はつきあっていたように思えるんだけど。……つまりゲンも、そう考えていたんじゃないかな」
司の言い様はちっとばかり納得いかねえが、自分の考えにばかり固執していては正しい観測結果は得られない。
俺としてはまるで足りねえ。だが傍から見てりゃつきあってるように見えていたとして。ゲンも、そう考えていたなら。
――そのつもりがなくなったからね。
慌てて携帯電話をひっつかみ、「あさぎりゲンを絶対に出国させるな」と飛行場と港に石神千空の名で告げた俺は、見事公私混同デビューを果たした。