ひとしきり騒いで大笑いしたことで落ち着いた。勃起した性器に鍵がぶら下がってるが、床に落ちなかっただけマシだとなんとか思えるようになったのはよかったのだろう。おそらく。
「ちょ、まだ萎えないとかお元気すぎない? 人前に出てきて照れてしょぼんとかないの、千空チン」
「ちんこに話しかけんな。あと人見知りはしねえ性質みたいだわ」
ありえないシチュエーションに興奮しているのか、千空の性器はまったく萎える気配を見せない。根元に鍵をぶら下げているのに目いっぱい反り返っている絵面が、自分でもおもしろくてどうにもならない。
一緒にいたゲンが明るく笑い飛ばしたのもよかったのだろう。当初感じていた恥じらいはいつの間にか、元気でいいことだという謎の自信に入れ替わっている。これがメンタリストの手腕だとしたら、しょうもないものに使わせてしまったなと少し申し訳なく思う。まあ原因は八割この男なので、仕方ないと諦めてもらおう。
「萎えないならいっそ出しちゃう?」
そしたら下向くから鍵とれるかも。明るく提案されるが、千空は手を使わず射精などしたことがない。
「見られてるだけで射精できるほど上級者じゃねえ」
「そっか~。手も口も届かないし、足は土がついてるもんねぇ」
ばい菌入っちゃうと大変だよね、と考え込んでいるがテメー今いったい何を言った。手も口も?
手はわかるが口ってなんだ。届かないって自分の口はそりゃ無理だろう。じゃあ誰のだ。おまえか。おまえの口ってことか。土がついてる足、はゲンのだろう。なんせいつも裸足だ。だからこの場合の手も口もは全てゲンのものを指していると考えられるということで、つまり。
待て。どういうことだ。そういうことか。詳しく説明しろ。
「……口、届くのかよ」
「自分のちんこ? え~、試したことないけどどうかな。っていくら身体柔らかくてもやりたくないよそれ」
なるほどセルフの可能性が。いや俺はテメーほどくにゃくにゃ柔らかくはないうえ、ちらっと想像しただけで死にそうなわけだが。
違う、なんだ可能性って。セルフじゃなければ今なにを想像した。ゲンの前にある性器は二つ、彼自身のものでないならもう片方は千空の。手も口も足も。
この男の?
「千空ちゃん意外と下ネタえぐいねぇ。俺さっき遠慮したのに」
「テメーにだけは言われたくねえよ」
存在が十八禁みたいな面しやがって。理不尽な怒りをこめて睨みつければ、なんで怒ってんのさと嘆かれる。知るかよ。
「考えたんだけどね、これもうさ、俺のちんこで押し上げちゃうしかないでしょ」
「は?」
「俺のちんこで」
「あ゛??」
「千空ちゃんのちんこにひっかかってる鍵を」
「あ゛ぁ゛!!???」
それくらいしか使えるものがない、と言われてつい納得してしまう。
手は頭上、足は土汚れ、なるほど。だが性器を使えるものとして換算してしまっていいのだろうか。確かにゲンの足は手のように器用に動いていたが、性器もそうなのか?
口に出していれば誰かに突っ込んでもらえただろう混乱した思考は、押し黙ったままだったため誰の耳にも入らぬまま千空の脳内をぐるぐる巡る。
このまま萎えるまで待機が一番望ましいが、誰かが入ってきたら即千空の将来が閉ざされてしまうので避けたい。誰かを呼んで鍵を取ってもらう、も作業台の上に鍵があり千空が股間を丸出しにしていなければ可能だったが、今となってはセクハラでしかない。では触れられもせず射精できるか、と考えれば普段ガシガシ力強くしごいてしまっているせいか確実に刺激不足で無理だろう。
ゲンの言う通りなのか? 千空が選ぶ道はこれしかないのか??
「しっつれいしま~す」
いつの間にかズボンを脱いでいたゲンが、股間をぎゅうと寄せてきた。待て、手も使わずどうやった。上半身は乱れもせず腰の帯も結んだまま、ズボンだけを器用に脱ぎ捨てるのもマジシャンの技術か。
この器用さなら確かに鍵も取れるかもしれない、のか? ちんこで?? ちんこが???
「っ、え、おい」
「俺のも勃たせないと、鍵とれないでしょ」
長い上着に隠れて見えないが、ズボンが足元に脱ぎ捨ててあるからたぶんこいつは今下着だけで。いやふんどしだから。下着とか気をつかった感じに脳内で変換すべきじゃない、ふんどし。野郎どもが履いてるふんどし。いやマントルは履いてねえな、じゃなくてだからつまりこう、いかがわしいイメージに引っ張られる必要はない。
ぶるりと首を振る千空の耳に、内緒話だと言わんばかりにゲンがひそりと言葉を残す。
「俺の勃ったらさ、千空ちゃんのでふんどし緩めてね。ほら、俺いま手、使えないから」
いかがわしいイメージに。
「ね、ちょっとだけへこんでるでしょ。ここ、股関節のとこからさ、中に入れて動かして。布緩めて」
イメージに、引っ張られ。
「俺の、出ちゃうまで」
「わざとか!??」
「なにが?」
引っ張られるどころかこいつ自身がいかがわしいの化身じゃねえかふざけんな。
ただふんどしの横からちんこ出すから出しやすいように布緩めるの手伝ってくれ、ってだけの話をいったいどれだけ違う方向に誘導しやがる。なんせこいつだ、わざとじゃないなんてことありえない。
さては千空が手がないと射精できないと言ったから、させるつもりか。
確かに、性器への直接的な刺激が不十分でも想像だけでイケることはある。おそらくゲンは、性的なイメージを抱かせ千空の脳をだまくらかすつもりだ。なるほどさすがメンタリスト、手も口も足もダメなら言葉を駆使してくるとは恐れ入る。
ぺたりと上半身が重ねられ、腰を揺するように全身でひっつかれた。千空の前半分がぬくぬくとした温かいものに覆われる気がする。温かいもの、というかゲンだが。覆われる、まではひっついていないはずだが。
「……萎えないねえ。ってか俺のも勃ってきちゃった」
「こんだけ刺激与えてたら当然だろ」
「いや男に抱きつかれてちんこ押しあてられたら萎えるかなって」
あからさまに男のだよ、見えないけどちんこだよってわかるようにしてみたつもりなんだけど。不服そうに鼻にしわをよせるが、そもそも男に抱きついてちんこ押しあて、まさに今勃起した男がなにを言っている。
ぐっと両手を上げれば、手首をつかまれたままのゲンの腕もぐいと上がる。距離が縮まる。鼻先がひっつきそうな近さで見つめたゲンの目は、どこか戸惑って見えた。
なんでだよ。テメーが仕掛けてんだろうが。こっちはテメーの予定通り惑ってちんこおっ勃ててんだからもうちっと嬉しそうにしとけよ。
「俺は、自分だけちんこ丸出しよりテメーも出してる方がマシだわ。誰か来た時の居づらさが違え」
「巻き添えじゃん! 完全に巻き添えくらってんじゃん俺!」
「おう、さっさと巻き添えくらってちんこ出せよ」
「信じられない千空ちゃんデリカシーない~」
お元気いっぱい、なんならさっきよりまだ上を向いているちんこをゲンの股に擦りつければ、ふんどしを緩めやすいようにだろう身体を少し横にする。まるで快感を逃すように身をよじったかに見えて、ぐぅとのどが鳴った。千空の目の前でゆるり開かれた股関節。すべて受け入れると言わんばかりに、ゲンの精一杯、ギリギリまで開きかすかに震える脚。白い。日に焼けることがないからか、血管の筋まで見える。
「……早く」
千空を求めて告げられる言葉。
ゲンが自分から脚を開いて、薄い腹から股間を覆い隠す布を取れと言っている。
少し中心がふくらんでいるのは、ゲンの性器が形を変えている証。千空に見られているのに隠すことも萎えることもない。腹の底が重くなる。そっと腰を近づけてみれば、ぺたんと太ももにはりついた陰茎は妙にグロテスクに見えた。
きつく締められた布の端を、やわやわと突く。繊維がザリリと竿を刺激し、ゲンの内ももがやわく受け止める。ほんの少し開いた隙間に亀頭を無理やりねじ込めば、ぬめった生ぬるい場所に迎え入れられた。ぐっと声をこらえる。同じく声を堪えたのだろう、ゲンの下腹がくっと硬くなった。
腰を押し付けるようにして布を動かす。その度ぐちゅりと響く音が、耳について離れない。暗くて温くてやわい場所に飲み込まれる。じゅぶじゅぶと陰茎を喰われる恐怖に、こめかみに電流が走った。馬鹿らしい。千空が性器を押し込んでいるのはゲンの股間で、布で隠されたそこに口などないというのに。けれどどうにもパカリと開いた口が、この塊を受け入れてくれる何かが欲しくて、喰われる恐怖と飲み込まれる歓喜が同時に千空の脳を揺らした。
ぐいと腰を押しつけた勢いで布が中央に寄る。震える声と共に飛び出したゲンの陰茎は、勃ち上がりしとどに濡れていた。
「無事出てきました……お世話おかけしました。これから本番だね」
「頼むぞゲン先生」
「この状況で先生とか言われたらなんかプレイっぽいからちょっと」
なんとか雰囲気を崩したい気持ちは二人とも同じだ。湿りすぎでいる。これではまるでセックスでもするようだ。違う、自分たちはそうではなく、ただ鍵が必要だから。
だがプレイなどと言われればなるほどと思ってしまうのでやめてほしい。今後ゲンにふざけて先生呼びした時思い出したらどうしてくれる。
千空の肩に伏せていた顔を上げ、ゲンが腰を引いた。
頬どころか額も耳も、どこもかしこも赤く染め上がっている。どうりで触れていた肩が熱いはずだ。温泉にはしゃいで茹だった時と同じ顔をしている。おい待て、今度は一緒に風呂にも行けなくなるだろう。いや行かなくてもいいけれど、わざわざ避けるのは効率的ではないから。それで。
下を向けば、一房だけ長い髪がさらりと流れる。伏せた目を覆うまつげに白が混ざっているからチカチカする。つい見てしまうのは、やめられないのは、千空の目の前にゲンがいるから。今じゃなくてもいいだろうという理性を、こんなに近くで観察したことがないと欲が言い負かす。
ずるん。
陰茎全体が擦りあげられ、あっと軽い叫び声が聞こえた。そっちが仕掛けてきてるのになんで声あげてんだよ、つーかなんでちょっと高いんだよ声が、意味がわからねえ。
ず、ず、と陰茎の根本、陰嚢を擦るようにゲンが腰を動かす。鍵が持ち上がっては落ち、また持ち上げられては落ちる。その度に根元を紐でキュウキュウと引っ張られ、千空は奥歯を噛みしめた。動いてはいけない。動いたらせっかくゲンが持ち上げている鍵が落ちてしまう。そうしたらまた根元をキュッと引かれ睾丸に鍵がぶつかり、ゲンのちんこが擦りつけられる。勃起している千空のちんこをまじまじと見つめ、真っ赤な顔をして、同じく勃起させたそれをゲンが。動いたら。千空が動いたら、また幾度も。
ぴた、と動きが一度止まり、ゲンが再度動き出す。今度は先ほどと違う動きだ。鍵を一気に持ち上げるのは難しいと考えたのだろう、鍵本体を竿部分に乗せてから持ち上げるチャレンジ。ゲンの陰茎が小刻みに千空のものに擦りつけられ、根元から先までゆすゆすこしょこしょと揺すりあげられる。ぴたりと太ももがひっつき、見た目通りなめらかな感触に思わず腰を引けば、あ~っと残念そうな悲鳴が上がった。
「こ、こそばいから今のは勘弁してくれ」
「えー、そっかぁ。わりといい感じだと思ったんだけどな~。じゃあ次のね」
イってしまう、と腰が逃げたことを伝えられず千空はついごまかした。
射精していいのに。出してしまえばちんこが萎びて鍵が取れるのに。
つん、つんと亀頭で根元をつつかれる。今度は鍵本体ではなく紐をひっかける方式に変更したのか、竿への刺激がなくなってつい安堵の息をはいた。
もちろん射精する気はある。このままいつまでもゲンと股間を擦りあわせたままではまずいと理解もしている。なんとか鍵を千空のちんこから取ろうとがんばってくれているが、千空が射精するのが一番の近道だともわかっているのだ。
重々承知の上で、純粋に、今イクのは正直ちょっと早すぎるのではないかと。つい。遅漏ではないが早漏でもないはずなのだ、いつもは。それなのに今、ゲンの目の前で。へ~千空ちゃんって結構早いんだ~、とか思われるのはなんだか、こう。悔しい、ような。
はっきりしない思考に自分でもイライラしていると、ちゅぷちゅぷ軽い音と共にゲンが困ったような顔で謝罪をよこした。
「……俺ちょっと先走り多めなんだよね。こういう時困るね、メンゴ」
「他人の量とか知らねえし、別に……あ゛~、ちんこの先が当たった時気持ちいいから問題ねえだろ」
「千空ちゃん、慰めようって優しさはゴイスー伝わるけどちょっとどうかなそれ」
「うっせえ」
でもありがと。口元をふにゃふにゃさせて礼など言うのはなんだ、千空をいったいどうしたいのだこの男は。
先走りが多いだの少ないだの、千空にはわからない。自分のものしか知らないし、そういう話を誰かとしたこともない。それなのにゲンは何故多めだなんて自覚があるのだ。比べたことがあるのか。誰とだ。それ相手は百億パーセント男じゃねえか。しかも統計をとるには複数のケースが必要だ。
ぐわんと脳が揺れた。
は? んだそりゃ一体どういうことだ。そういえば、こいつは男に抱きついてちんこ押しつけて勃起できる男だ。というか、こういう時困るねってこんな状況今回限りだわ。違うのか。これまであったのか。それとも今後またある予定なのか。誰とだ。ちんこでつつきあってぬるぬるさせて荒い息ついて、テメーは誰とこういうことをするつもりなんだ。これからも。
俺以外と。
…………あ゛!?
なんだこれはメンタリストの技か。そうだと言ってくれ。自分が考えたことを理解したくない。
だってまるで嫉妬ではないか。ゲンが自分以外とこんなことを。お互いの性器をむき出しにしてひっつけて、茹だった眼を誰かに向けて腰を動かす。気持ちいい、を否定せずに。ふにゃけた面でやわい声でその時一緒にいる相手の名を呼ぶのだ。
「千空ちゃん」
「っ、お、あぁどうした」
「っふ、ふふ、どうしよ」
「なんだよ、疲れてきたか?」
「いやこれさぁ、ふふっ、お互いの揺れてぺちぺち当たってさぁ、おちんちんチャンバラじゃんって思ったらおもしろすぎて」
おちんちんちゃんばら???
あまりの単語に考えていたことがすこんと抜けた。なんだその謎単語。どこで誰が使うんだ。
こう、ちんちん同士で戦うわけ。バラエティとかで見たことない? いやバラエティではダメか、メンゴメンゴ。剣に見立ててるわけだけど、切れないしどっちかっていうなら棒だよね。こん棒……ほどの破壊力ないや、ヒノキの棒だね俺ら。
笑いをこらえてまで説明が必要なのか、それは。確かに謎ではあったが、そこまで笑うほどのものでは。
ゲンの目がぎゅうと細められ、千空を見る。うっすら水の膜が張っているせいだろう、やけに光る。光を反射するにも限度があるだろうに。まつげが水分でもったり固まり、瞬きの度重そうに揺れる。額からつるりと落ちた汗が千空の胸に落ちた。
「ツボっちゃった」
ふはふはと笑いながら千空の肩に顔をうずめる。耳にさらりとした何かがあたった。髪だ。
右肩がひどく熱い。ゲンの体温が服越しに千空に移り、じわじわ広がる。
頭を寄せたせいで上半身も下半身もぴたりとひっつき、ゲンが笑うたびにフルフル揺れる。常通り着込んだ上半身と、はだけられぐしょぐしょの下半身。勃ったままの陰部がふれあうたび、ぐちゅぐちゅ音がするのが雰囲気と似合わなさ過ぎていっそ卑猥だ。
「……これがチャンバラとしたら、勝敗どうやって決まるんだよ」
「え~、……イったら、とか?」
わざと腰を離し竿同士をぶつけた。ぺちんぺちんと間抜けな音が響く。鍵も一緒になってぶらぶら揺れる。
必死に笑いをこらえているのか、震える肩があごにあたる。そこまでおかしいならしなければいいものを、なんのツボにはまったのかゲンはちんこを振り回してはヒーヒー笑っている。竿同士だから痛いわけではないが、正直気持ちいいというほどでもない。ゲンのちんこだなと思うからまあ構わないけれど、他の誰かとこれで戦えと言われたらまず萎えて刀状態にならない。
「おい、ゲン」
さっきから気を抜くとすぐに思考がそれる。違う、千空の望んでいない方向に行く。
どうしてゲンならいいのか、大丈夫なのか、性器が萎えるどころかお元気いっぱい勃ちあがっているのか。
答えを見つけてはいけない。他の奴らはダメでゲンだけがいい、その理由をはっきり確認してしまっては、千空はもう目をそらせなくなる。
自分はそれをこの男に隠せない。
「このままじゃ鍵取る前に誰か来るだろ、やべえぞ」
「だね。思ったより俺のちんこ器用じゃなかった、ざ~んねん」
「器用なちんこってなんだ、今度あやとりにでもチャレンジしとけよ。……たぶん鍵持ち上げるより俺が射精しちまうのが早いわ。テメーには悪いと思ってるが協力しろ」
「オッケー、りょ~」
あまりに軽く了承したゲンが、離れていた腰をぎゅっと近づけた。
だからなぜそうも簡単に。少しは困惑や嫌悪を見せてほしい。いや実際嫌がられたら千空の心臓は痛みそうだが、それにしても気軽に性的なことをしすぎではないのか。
「たぶん刺激が足らないんだろうね。いつも手でゴシゴシしてるのに押しつけあうだけだし」
「つっても手は無理だろ。他使えるつったら」
そろりと視線をゲンの脚に向けてしまった。
先ほど擦りつけた、白くなめらかな太もも。あそこに挟んでくれたら、思い切り腰を打ちつけて気持ち良くイケる気がする。
が、それはさすがに協力として求めていいラインを超えていないだろうか。テメーで素股させろなどと言ってくる男と、今後もつきあっていってくれるのか。しかもそれならイケるという宣言つき。大丈夫か。もし相談されたら、そんなこと言ってくる野郎とは絶対に二人きりになるなとアドバイスするやつでは。千空ならする。なんなら村長として掟にしてもいい。素股させろなんて求めるバカは確実にテメーにいかがわしい視線向けてやがるから絶対に俺を呼べ。この際コハクでもいい。
……今後ゲンが千空と微妙に距離をとったり二人きりにならないようにしだしたら、心が折れる気がする。ダメだ。素股はさすがに求めてはいけない。
はふはふと耳元で息を整えていたゲンは、そっかぁととろりとした声で応えた。
「じゃあキスとか、してみる?」
る、のまま突き出した唇がちゅっと千空の頬にふれた。
火照った身体にはやけに冷えて感じられる、やわい感触。もっと。
「……する」
ちゅ、ちゅ、ちゅ。かわいらしい音をたて、ゲンの唇が千空の唇をついばんだ。小鳥のようだ。愛らしさを感じる行動をとるくせに、千空を見つめる目はどろりと濁ってうるんでいる。下唇を軽くかじられ思わず口を開いたのに、ゲンは機嫌よさそうに笑って顔を離した。
「千空ちゃん、かわいい」
「うっせ」
むき出しの陰茎はぐちゅぐちゅ擦りあわせたまま、汗と先走りでドロドロだ。寄せた身体からはじっとりとした熱が伝わり、興奮していることはお互いわかりきっているのに。首から上だけこんなにかわいらしい行為をしているなんて、どういうことだ。道理が通らない。
自分から首を差し出せば、応えるようにゲンが額をひっつけた。汗で濡れた前髪がさりさり擦れる。鼻先をひっつけて、鼻チューだねなんて笑う意図がつかめない。なんだおまえかわいいふりをするな。チューってなんだ。さっきはキスって言っただろ。眉尻を下げるな。人の眉毛を食むな。口角が上がったままの理由を問うぞ。問い詰める。答えろ。絶対に答えろよ逃げるなよ。
◆◆◆
千空の目を見つめたまま、またゲンの唇が下唇をついばんだ。ちゅくんと吸われ、自然と口が開く。
今度こそ口内に舌を迎え入れようとあごをつきだせば、ゲンは押されるまま頭を引いた。間抜けに口を突き出した男にへらりと笑って見せ、再度唇を近づけてくる。
味見のようにちろりと唇を舐められた。こちらから舌をつっこんでやりたいのに、千空が動くたびゲンの唇は離れてしまう。
「おい」
「ん~?」
知らず力のこもっていた両手を緩め、ごつりと額をぶつけてやる。
童貞だということはもちろん、キスも初めてだとバレているんだろう。それにしてもこんな時に揶揄うのは性悪すぎないか。なぜこうも、童貞百人切りエッチなお姉さんのいけないお遊び、みたいな面していやがる。
「かわいいからさ、千空ちゃん。嬉しくってつい」
「んだそりゃ。つい、で揶揄うのは勘弁しろよゲン先生よぉ」
「先生もさすがにこんなシチュは未経験かな~」
両手が使えなくて、という意味だろうことは重々に承知の上でぐっとくる。初めてだの未体験だのをありがたがる風潮がよくわからなかったが、今なら理解できる。こいつのこんなふやけた間抜け顔を他の誰が見やがったのかと想像するだけで、腹の底がずくりと灼ける。
「へへ。千空ちゃんとちゅーしてんの嘘みたいだね」
ちゅ、と今度は唇の先に口づけられ無邪気な笑顔を向けられる。
また下唇を食まれ、ぷちゅんとひっぱられた。軽く開いた口をぐるり一周、ぬろりと舐めた舌は千空の口には入らずゲンの薄い唇の中にしまわれてしまう。こらえきれず追えば、あやすようにまたやわやわと唇でなだめられる。
「ゲン」
懇願するような響きを隠せなかった。
あやすようにゲンの口内にいざなわれ、ぬるい舌に出迎えられる。力いっぱい突き出しすぎた舌の根元が痛い。勝手にだらだら流れる唾液が気持ち悪い。それなのに戻したくない。ゲンの唇に飲み込まれたままでいたい。歯をたどって、口の中すべて舌で探って、どこまでも伸ばしてなにもかも暴いてしまいたい。
湿った唇は気持ちいい、ぬめった舌はもっと。角度を変え大きさを変え、千空を受け入れ探り調べることを許すゲンの口内はとんでもなく気持ちいい。未だ離れないままの股間と似ている。
キスしながらも擦りあわせ続けていた性器はドロドロで、先走りが陰嚢までしたたっている。全然チャンバラできていない。竿をぶつけあうよりぬるぬると擦りあわせる方がずっと。ずっと。脚の付け根に亀頭をぐちぐち挟みこめば、ゲンの腰がびくりと浮いた。まるで逃げ出すかのように。
ゲン。舌だけを動かして口内で呼ぶ。ゲン。なあ、ゲン。呼んだ名は飲み込まれ、音にならない。ゲンは目を開けない。千空を見ない。
今更遅い。気づいても、逃がすわけがない。
内側、温かくて気持ちいい。ぬるついた口内をもっと知りたい。逃げる顔を跳ねた腰を追いかけ、一歩前に出る。両手を引かれた気がしたが知るか。こっちは手首を握ってるんだ、観念しろ。よこせ。全部。目の前にあるなにもかも、見えるもの見えないものすべてこちらに明け渡せ。おまえを。全部。丸ごと。
腰が引けて距離ができたから近づけば、また離れる。作業台にもたれていた腰を上げ前に出れば、よたよたとゲンはたたらを踏んだ。逃がすか、この野郎。憤りのまま手首を握りしめれば、痛みからか身をよじらせる。腰を打ちつけるようにちんこを擦りつければ、逃げようとしたゲンのちんこが揺れてぺちんと反撃してくる。押して押して押して、追い詰めて。なるほどこれはチャンバラだわ。ゲンを壁際まで追い詰め逃げられないよう囲い込んで、全身で押さえつける。捕らえたと勝利に浮かれつい舌に噛みつけば、ゲンは思い切りのけぞり壁で頭を打った。
「っ、いっ、たぁ~」
「わり」
衝撃で唇が離れてしまった。もう一度ひっつけたくて顔を近づけた千空は、影が顔にかかった気がしてふと上を見た。
棚から瓶が落ちてくるのがスローモーションで見えた。同じく気づいたゲンも、目を見開きながら手で庇った。液体がかかった感触、割れた音。
「手! 無事か!?」
ゲンの手から瓶を取り上げ、表に裏に指先から手首まで確認する。一見無事のようだが油断できない。噛みつかんばかりに問いかければ、ゲンはへらへら笑いながらへたりこんだ。
追うように腰を下ろしながら、都合の悪いことは隠しがちなメンタリストの顔をじっくり見る。この馬鹿は庇われた千空に責任を負わせないため、少しくらいの不調はなかったことにしてしまうだろう。見逃してやるわけにはいかない。
「おい、どこか痛みがあるなら言え、隠すなよ。見たところ爛れたりはしてねえみたいだが」
「……離れました」
「あ゛?」
「中和剤、だったんじゃないかな~って」
「あ゛ぁ゛!?」
ひらひら動かしているゲンの手首は、千空につかまれていない。
言われてみれば今、千空は両手を使っている。では先ほど落ちてきたのは。
「バイヤー、超ラッキー」
「……鍵、かかってなかったな……」
「かかってなかった、ね……」
まさかの鍵不要。
そそくさと陰茎にひっかかっていた鍵を取り除き身支度を整えれば、ゲンもさっさとズボンを履いた。
陰部を擦りあわせたりキスしたりしたのは鍵をとるためで、そもそも鍵は中和剤が必要だったからで、結果的にもう手は離れたので射精するためにゲンに手伝ってもらう理由はなくて。
二度と、今後することはない。だろう。はず。
「えーとね、ほら、人助けだよ。千空ちゃんは俺のこと助けようとしたわけじゃん、接着剤から庇ってくれた時点からさ。だからね、こう、深く考えなくてもいいっていうか忘れちゃって大丈夫っていうか」
「忘れねえ」
「え」
「忘れられるわけねえだろ」
「あ~……記憶力バイヤーなんだよね。そっか、忘れらんないか、そっかぁ……どうしよ」
服装はいつも通り、距離も。けれどゲンはいまだ茹だった眼をしている。千空の頭も煮えたまま。なんせ耳もうなじもこめかみも、全部熱い。カッカカッカと腹の底から煮え立つ音がする。無理やりおさめたちんこはまだ芯のあるまま、舌はもっと暴かせろと今にも動き出しそうだ。
「……俺ら、今冷静じゃないだろ」
お互い股間を押さえつけ、気まずげに視線をさまよわせる。これはいいのか。言ってしまって、言葉にして、形にして。こいつは逃げないか。かわいい嬉しいと告げた理由をつきつけても。自由に動く手を伸ばしても。
「だから、まずどうにか落ち着かせるぞ」
「だね!」
賛成と立ち上がるゲンの袖を引き、怪訝そうな顔にここでいいだろと告げる。
腹をくくった。逃げたら追えばいい。簡単なことだ。今袖をつかんだように、留めたように、何度でも。
わからないことは調べて、学んで、突き詰めて。トライアンドエラーを繰り返して我が物にしてきたのだ、千空は。
「いや、お互い隣同士とか気まずいじゃん。俺トイレにでも行くから」
「お互いじゃなく一緒になら問題ないだろ」
今なら手も使いたい放題、謎のチャンバラもしなくていい。
「……それ一緒にしてもいい理由言っちゃったら、戻れないやつだよ。今なら熱に浮かされてるからって聞かなかったことにできちゃうけど」
「テメーの全部、俺によこせ。見せろ。他の奴にはひとかけらでも渡したくねえわ、ゲン」
「あーあ、知~らない。冷静になってから後悔しても遅いよ千空ちゃん。……俺たぶん手ぇ離してあげらんない」
「離すなっつってんだから問題ないだろ。冷静になったらもう一度言うわ」
先ほどまで掴んでいた手首をもう一度、今度は千空自身の意志で握る。
いつでも離せる。今すぐにだって。やっと捕まえたのに離すつもりなどさらさらないが。
引き寄せて向い合せになってもゲンは逃げない。拒まない。抵抗の一つもせず、千空の前に座り込む。股間はまだ緩く勃っていて、自身のあまりの素直さに笑うしかない。体温を感じる距離にゲンが居る、イコール気持ちいいと刷り込まれてしまった。
「ねえ、俺も言っていい?」
たぶん熱冷めても同じこと言うけど。
キスするかと問うた時と同じ声音でゲンが笑う。ご機嫌に。眉尻は下がり、ふにゃふにゃの気の抜けた面で千空に顔を寄せながら。
いつでもいい。ゲンとすることはすべて気持ちよかったから、きっと告げられる言葉も心地よいものだろう。
ゲンの背に腕を回しながらどちらでもいいと答えれば、じゃあどっちもにしようとにんまり笑う。せっかく自由に動かせるようになった手を千空の背に回し、隙間なくぴたりとひっつけばお互いの体温で火傷しそうだ。よせた頬はじとりと湿り、熱がお互いぐるりと循環してどこからも出ていかない。
「俺こんなことしたの千空ちゃんが初めて」
耳元に落とされた言葉にぐわりと腹の底が煮え、沸騰した血液が全身を巡る。
熱が冷めるには、もう少し時間がかかりそうだ。