スーパーの袋の中身は二人分の夕食の材料。ふと鼻をかすめるいい匂いに、とたんぐぅと鳴る腹は正直だが少々がまんが足りない。カレーだな、同じだ。明日の約束を交わしながらバイバイと言い合う幼い声、かすかに聞こえるわらび餅売りの宣伝。ああ平和だ。浮かれる足に落ち着けと言い聞かせながらも、カラ松の顔は内心を見事に表していた。
「だっらしない顔。刑事さん、にやけすぎじゃない」
「おお少年! だらしないわけがないだろ、オレはいつだってパーフェクトフェイスで……って、そうだ、今日は遊びに来るんじゃないぞ」
「え、なんで。いつも一人でひま~つってるじゃん」
「ふふん、今日はなんと! 奥さんがいるんだ!!」
新婚っぽく二人協力して夕食をつくり、同じ皿を取ろうとして手と手がふれあい頬を赤らめたり、どちらから風呂に入るか譲り合ったり、湯上がりの奥さんの普段と違う顔にそわそわするカラ松にクスリと笑った彼女がーー。
「ああ、張り込みのために新婚夫婦のフリしてるってやつか。あれ? 奥さんは昼の係りなんじゃなかったの」
「しー! それは外で言っちゃダメって言っただろ!!」
慌てて周囲を確認するが、二人の長い影以外に動くものはない。
「……よし、今回は誰にも聞かれていないからいいがな、これは最重要機密なんだ。今後絶対に外で言っちゃいけないぞ」
「おれ思うんだけど、外じゃダメって言うためにその機密? えーと潜入先にさ、ただの子供が遊びに来るの許してる時点で穴あきまくりじゃないかな。いや、行ってるおれが言うなって話なんだけど」
本当におまえが言うなという話だ。
カラ松が新婚夫婦と偽り、同僚と二人ラブラブアピールをしながら借りた部屋にもっとも遊びに来ているのは、隣で怪訝そうに首を傾げている子供だ。驚くなかれなんと毎日、皆勤賞である。
親戚の家に遊びに来たが道に迷った、と肩を落とす子供に道案内をしない刑事などいない。同様に、懐いてくれた子供を無碍にする刑事もまたいないのだ。なんせカラ松は、町の平和を守る正義の味方、なのだから。
「っ!? ……だ、大丈夫だ。だって遊びに来ちゃったのを追い返すわけにいかないだろ。新婚夫婦だからって誰も遊びに来ないわけないし」
「いやその前にばらすのが普通おかしいって話で……まあいいよ」
「ふっ、普通じゃない……か。ほめ言葉だ」
カラ松とて潜入捜査中の刑事だ、などとばらすつもりはなかったのだ。
昨日はありがとうとわざわざ礼を言いにきた子が親戚からだとお菓子を抱えてきたので、家に入れてお茶の一杯くらいは淹れるだろう。毎日暑いし、熱中症になっても困るし。まさか麦茶一杯飲み干す間に、本当は隣室に潜んでいる麻薬密売組織の尻尾をつかむため夫婦と偽り張り込んでいると察せられてしまうなんて。会話の端々から情報を得ていく、見事な技だった。子供じゃなければ同業だと信じてしまいそうなくらい。
「でもさ、昼と夜で交代なんでしょ? なんで今日は二人分ご飯つくるのさ」
なにつくるの、と袋をのぞき込む仕草が年齢相応でかわいい。小憎たらしいことを言わなければいつもかわいいのに、と思いつつ中学生なんて反抗してなんぼだなと首を振る。いっぱしの口をききたい盛りなのだ。生意気なのは大人として多めに見てやらなければ。
「今日はな、情報交換の日なんだ! 仕事とはいえ単に会議だけじゃつまらないだろう? 手料理を振る舞いつつ和やかに会話し、心ひとつに手に手をとりあいより夫婦らしく」
「なにそれ。一緒にメシで心ひとつとかあるわけないじゃん」
鼻で笑う子供の仕草が慣れていて悲しい。何度も繰り返したのだろう。自分に言い聞かせるために。誰もそれをとがめなかったことも、ともに食事をとり心通わせることもしなかっただろう、それが。
本当にないと思っているのなら、こんなこと言わない。あることを知っているのだ。そして今はない。全部わかっていて飲み込んで、それでもこらえきれず吹き出る言葉が言い聞かせるものだなんて。
だから放っておけないんじゃないか。手を伸ばしてしまうんじゃないか。同じだから。
「明日ならかまわないぞ。二日目のカレーで歓迎してやる」
らっきょうはイヤだだの福神漬けがいいだの、好き勝手つぶやいている子供を背に扉を開ける。いつもは交代だから挨拶したらすぐ帰る同僚が、今日は部屋で座っているはずだ。職場では凛とした彼女の少しリラックスした顔が見られるかもしれない。おかえりなさい、なんて迎えられたらどうしよう。新婚夫婦なんだからただいまと返すべきだが、そんな慣れないことしたら声がひっくり返ってしまうかも。クールじゃない。いやその前に後ろにいる子供の説明をしなければ。
カラ松の予想はものの見事にはずれた。無人の室内には急遽別件で現場に行くとの走り書き。メモに記載された時間はほんの十分ほど前のもの。
「おれが食べるよ。ねえ、一緒に食べよう」
別に大したことじゃない。仕事だし、夕食を共にと思っていたのもカラ松の勝手で、同僚も誰もなにも悪いことをしていない。
だけど部屋にするりと入り込んだ子供の声があまりに優しかったから。だからカラ松は、うんとうなずいた。楽しみにしてたんだ。誰かと一緒に食べる、家族と一緒に食べるごはん。
「辛口だけど大丈夫か?」
◆◆◆
隣室との境、薄い壁にもたれたままカラ松はぐいと背を伸ばす。隣からは未だ有力な情報は拾えていないが、別班の情報によるとそろそろ売人と接触する時期らしい。食後のデザート、とりんごにかじりついている子供にどううまく伝えようか。危険だからしばらく近づくな、では反発しそうだがごまかしてもすぐ感づいてしまいそうだ。利発な子だが相手は犯罪者、なにがあってもおかしくない。巻き込まれないようになんとか説得しなくては。
ずるりと尻をすべらせ寝転がろうとしたその時、かすかな「隣の」という単語が聞こえた。
全神経を隣室に集中させる。空気を読んだらしい子供が同じく壁にはりついたが、咎めている場合ではない。もし危険な情報だったらきかなかったことにしてもらおう。
――怪しいんだよなぁ、隣。
――こないだ越してきた夫婦か? なにがだよ。
――声がしねえ。静かにしてるってレベルじゃねえんだよな。
ぎゅ、とのどの奥がしまった。
隣室の音を聞こうとするあまり、こちらの生活音をたてることをおろそかにしていた。子供がいることに気づかれていないのは不幸中の幸いだが、どうごまかせばいいだろう。
――昼間は二人とも働いてんじゃねえの。うるさいよりいいだろ。
――そりゃそうなんだけどよ、夜もなんだよ。
――へえ、そりゃ妙だな。テレビの音なんかもか?
――新婚だからテレビより他に楽しいことがあるにしてもよ、風呂の音もろくにしねえし。
まずい。まずいまずいまずい。
げびた笑い声を聞きながら、カラ松は必死で頭を働かせる。テレビはあまり見ないんですよってゴミ捨て場で会った時に話を振っておこうか、シャワーはジムに寄るからそこでとか。いやそんなことわざわざお隣さんに言うのはおかしいか? おかしいな! じゃあ今からテレビを、って急に音が聞こえるようになったらよけい怪しまれるだろ。えええどうしよう。
――結構いい女だったから夜の声期待してたのによぉ。
――なんだよ、おまえ耳すましてたな。
――そりゃちったぁ思うだろ。平日はなくても土日なら、って思ってたんだけどなぁ。
夜の声。
つまり同僚とカラ松があれこれと、夫婦の営み的なやつを。薄い壁越しに聞こえるだろうそういった音がないから怪しまれる。まさかそんなことで。いや確かに新婚夫婦なら。いやいやでも二人は単なる同僚でそういったことになるかな、ならないよな、わかってるわかってるでもほらなったら責任とるからもちろん結婚結婚! という覚悟はカラ松一人で抱いているわけだがまったくそんな気配はなく、それより子供も聞いてきるのになに言ってるんだ教育に悪い! いや子供がいることは気づかれていない方がいいんだからこれでいいんだけど、でも。
「ねえ、刑事さん」
「うひぃっ!? きゅ、急に耳はダメだぞ少年っ」
「あっちの人たちが言ってるの、昼間のお姉さんのエッチな声聞きたいってことかな」
昼間のお姉さんってなんかエッチな響きだな、つーか意味わかってるにしても知らないフリしてほしかったこんな子供が、というか耳。耳の傍で話さないでほしい。
「夫婦だからって言ってたよね、お姉さんと刑事さんって夫婦じゃないのに」
「しーっ、しーっ、ナイショだって言っただろぉ!?」
「小さい声だから大丈夫だよ。……ね、エッチな声、お姉さんに出してもらうの?」
疑われないために夫婦の営みを。感じている声を。
「っ、ダメだ!」
仕事だから、と頼むことじゃない。セクハラだ。夫婦設定だからとそんなこと、レディーにお願いできるわけがない。そもそもカラ松がもう少しうまく生活音をたてていればこうして怪しまれることもなかった。
なんとか道はないのかと必死で考え込むカラ松は気づかない。無邪気に問いかける子供の口が弧を描くのを。
「じゃあ刑事さんがエッチな声を出すしかないよね」
「えっ」
「それとも、まさかこんな子供にさせるとか?」
「ない! 冗談でもそういうのはダメだぞ!」
「……うん、ほんと刑事さんって……」
ぽすんと肩に頭がぶつけられる。甘えられるのはうれしいので撫でてやれば、今それどころじゃないでしょと低い声を出された。
「疑いははらした方がいいんだよね? で、ここにいるのは二人で、そのうちの一人がダメなら」
カラ松しかいない。
覚悟を決めろ松野カラ松、ここで男を見せないでどうする。地域の平和を、皆の笑顔を守るために刑事になったんだろう。ちょっとそれっぽい声を出すだけだ、演劇部の過去を思い出せ。できる。やれる。おまえなら七色の声でちょちょいのちょいだ!
「よし、まかせろ!」
覚悟を決めたカラ松に与えられたのは、控えめな拍手と新たなる難問だった。
「さすが刑事さん! やるときはやる男って信じてたよ」
「いやなに、ふっ……おまえたちはオレが守る! たとえ灰になっても、な…!」
「かっこい~。で、刑事さんが一番抜けるのってなに」
「えっ」
「萌えシチュっていうかいつも妄想してるやつね。あ、いっとくけどこれまじめな質問だから。これから隣に聞こえるくらいのエッチなあえぎ声出すんでしょ? なるべくぐっとくるシチュエーションをっていうおれの思いやりだから」
なぜ言わなければいけないんだ。いや少年はまじめなんだ、役に立とうと精一杯がんばってくれているに違いない。だって見てくれ、このきりりとした顔。狙っていた獲物を追いつめけして逃さないと心に決めている猫みたいじゃないか。真剣すぎてちょっと怖いくらいだ。
脳を働かせすぎたカラ松はなんだかよくわからなくなってきた。とにかく答えなければ、少年は真剣なんだ。子供だからと適当に扱うような大人にはなりたくない。「裸エプロン」と告げると、即座に台所から持ってきてくれた。カラ松が持参した、青いデニム地のいかした相棒だ。
これはちょっと裸エプロン的には違うやつでは、などと言えない雰囲気に、無言で着替えだす。カラ松としても別に白いふりふりのいかにもなエプロンをしたいわけではないので、このエプロンでよかったと思うべきか。……いや違うな? そもそも裸エプロンは相手にしてほしい格好で、いくら好きでも自分がするのにときめくわけではないな!?
気づいた時はすでに遅く、カラ松はエプロン以外なにも身につけていないという完璧な裸エプロン姿になっていた。行動に移すのが早い己が憎い……っ。
「せっかく考えてくれたのに悪いが少年、これはさすがにない。それっぽい声を出すどころじゃないな」
「エッチじゃないってこと? そうかな、見てて」
手を引かれ、隣室との境の壁に手をつき膝立ちするよう誘導される。カラ松と壁の間、できたすきまに子猫のように入り込んできた子供は向かい合わせで笑った。
「見て。すっごいエッチだから」
胸元の布が引かれぺたりと平らな腹まで一直線に視線にさらされる。腰でひもを結んだため股間は見えないが、エプロンというのは本当に無防備な代物だ。ちょっと上からのぞき込んだだけで丸見えじゃないか。いや、カラ松の想定していた裸エプロンならここは胸の谷間や乳首がちらっと見えるんじゃないだろうか。特にないから腹まで見えてしまっているだけで、これはや~だエッチと甘く叱られるシーンなのでは!?
「ほら、刑事さんのなにも知らないおっぱいがさ、見てて」
右乳首がエプロン越しにつんつんつつかれる。厚い生地でこすられたり指の腹を押しつけられたり、痛いともかゆいとも言いづらい微妙な刺激に身をよじれば動かないでと咎められる。
「あんまり動いたらエプロンとれちゃうよ」
「少年がひもをひっぱらなければいい話だろ!」
いつの間にか背中で揺れるエプロンのひもを踏まれている。動けないことはないが、ひもが引かれほどければ尻だのなんだの丸見えだ。さすがにきちりと服を着た子供の前、風呂でもないのに首から布を下げただけの姿になるのは勘弁願いたい。おまけに今など彼に多い被さっているような状況じゃないか。まったくそうではないのに百パーセント逮捕間違いなし。
カラ松があらぬ犯罪の加害者になってしまう想像で肝を冷やしている間も、右乳首はふにふにと刺激を受け続けている。やんわり押され、こすられたかと思えば布越しにきゅっとつままれる。いつの間にか、子供の薄い手はカラ松の胸を直接もんでいた。一心不乱に平らな胸をもむ子供は、世界を救う偉業を成すかのような真剣さだ。つい笑ってしまいそうで唇をかんで我慢していれば、怪訝そうな子供の目とぶつかる。バカにしていると思ったのか、むっと眉間にしわを寄せた子供はいらだちの勢いのまま、カラ松の乳首に吸いついた。
「い゛っつ」
「ほら、エッチになった」
唾液で色を変えたエプロン越し、ぷくりと存在を主張する小さな突起は確かに性的な気配がする。いやこれは女性のもののような気がするから、だから。言い訳のように考えて、己の乳首を女性のものだと見たことに気づく。なにもない平らな胸、さわっても揉んでも楽しくない首をかしげるばかりの。その胸、ひたすら子供に撫でつつかれした右乳首。ちょっと布越しに吸われたそれだけの行動で、どうしていきなり。
「押されてもすぐ頭もたげてさ、けなげだね。よしよしって撫でてやりたくなっちゃう。ね、こんなに重い布持ち上げるくらい乳首勃起してるのすごい、刑事さんエッチなこと考えてた? お仕事熱心だね。エッチな声出すのが必要なんだもんね、捜査に。仕事に真面目だからこそちゃんとエッチな気分になろうとしてるんだよね。おれもできることはがんばるからさ、すごい刑事さんの力になりたいから」
エプロンごと口に含まれたから、話すたびちゅくちゅく吸ったり歯があたったりする。濡れてまとわりつく重い生地が勃ちあがった乳首をぞろりと撫で、先端にやわりと歯をたてられる。撫でてやりたい、の言葉は手でなく舌で行動にうつされ、べたりとぬるい温度のやわらかいものが固く勃ちあがった乳首の形を記憶するよう押しつけられた。
「これはお仕事だから、エッチな気分になって声だすのがえらいんだよ。なかなか感じないより、早くたくさん気持ちよくなってエッチな声いっぱい隣に聞かせるのができる刑事ってやつだよ、ねえ刑事さん」
「……っ、そうだよな。疑いを、はらすために」
「そうそう。新婚夫婦のラブラブエッチを聞きたいって耳すましてるんだよ、隣で。早くしないと偽物ってばれちゃうかも」
きゅい、と無防備な左乳首を直接ひねられ腰が跳ねる。
右の時はさっぱりなかった鈍い快感が生まれたことに、カラ松の頭はついていけない。なに、なんで。だってこんなところさわってもこれまでなにも。さっきだって。そりゃ今右乳首はちょっとかなりあれだけど、それは時間かけてあれこれしたせいで左はいっさいなにもしてないのに。なのになんで。なんでこんなに。
「おっぱい気持ちいい?」
低いささやき声はカラ松の戸惑いをするりとないものとした。
「き、もち……いい。たぶん、このままいったら……気持ちよくなる、んだと思う」
「さすが刑事さん、優秀だね。かっこいい。潜入捜査のプロじゃん」
「そ、そうか!? ふっ、この松野カラ松、刑事になるため生まれてきた男といっても過言ではないからな……ひっうやぁ」
「ひひ、すごい声。直接おっぱいなでなでしただけなのに」
「っ、それっ、なでなで、とか」
胸元を覆う布を真ん中でまとめ、むりやり乳首を露出させた子供はカラ松の目の前でべろりと舌を出した。ほとりと唾液が落ち、畳にシミを作る。布越しに吸われるのと直接舐めあげられるのはまるで違った。ざりざりした感触がもどかしい弱い快感が、一転目の前に花火が上がったようなぱちぱちしたものに変わる。なまぬるい体温、ぺとりと濡れた質感、口の中で弾かれ歯をたてられなぶられるのに。どれもすべて気持ち悪い、そう感じるはず、なのに。
「……ああ、これじゃもう片方を撫でてあげられないや。ね、刑事さんがここ持ってよ。おっぱいよしよしの協力して? そうしたらおれ、ほら、こっちでさみしいって待ってるかわいこちゃんも撫で撫でしてあげられるから」
ぱ、とつかまれていた胸元から子供の手がはずれた。先端が濡れた布にはりつくのが、ぴんぴんに乳首を勃てていた証になってしまい頬が熱くなる。
「少年、協力って」
助けを求めるように見つめても、無邪気に笑みを向けられる。
自分から、差し出さねばならない。胸元を守る布を避け、舐めてくれと乳首を子供の目の前に。まるで授乳だ。だけど姿勢だけはまったく違う。子供を壁際に追いつめ腕で囲い込み、こんな成人男性の胸を、なんて。
震える腕をぴしゃんと叩き気合いを入れる。左手は壁についたまま、右手でエプロンの前あて部分をぐしゃりとつかめば乳首までこすれてまた背筋がしびれる。生地がふれてしまえば気持ちいいとわかっているのに、幾度も初めてのように肩を跳ねさせるのはどうしてだろう。もしかしてわざと、乳首を刺激したくて動いているのだろうか。無自覚に。
顔が熱い。こめかみに血がのぼりすぎて頭ががんがんする。子供をみるカラ松の視線はきっとすがるものだっただろう。だってそういう気持ちだった。助けてほしくて。これだけがんばったからもういいだろう、恥ずかしいのにちゃんと自分で胸を出した、だから。ねえ、少年が言うとおりしたから。
「なぁに?」
情けなくてぎゅうと目を閉じる。少し重くなったまつげがうっとおしい。言わなくちゃダメか。こんな年端もいかぬ中学生に、いい大人が。ああ、けれどカラ松が口にしなくてはけして動かぬということがわかってしまう。それくらいには親しくなったのだ、この生意気な子供と。
「オ、オレの胸、を……っ、なめ、ええとあの、す、うじゃなくてその」
「違うよ刑事さん。おれはね、刑事さんがえらいからおっぱいをなでなでよしよししてあげたいの」
だからそうお願いしてよ。とんでもなく楽しそうに笑われ、目の前が暗くなる。そんなあからさまにプレイっぽいセリフを仕事といえ子供に! まるでクールじゃない!!
いや、だが仕事だ。捜査を続けるために仕方ないことなんだから、敏腕刑事としてカラ松がすべきことは。
「お、おっぱい、を……オレのおっぱい、をかわいがって、くれ」
少し違った気もするが羞恥でショート寸前のカラ松にはどこが間違いだったのかわからない。真顔になった子供がかみつくように乳首に吸いついたので問題はない。結果オーライだ。
問答中もけなげに勃ったまま待っていた乳首は、高い学習力により見事に快感を受け取った。声をあげることにためらいのあったカラ松もまた、いきなり胸にかじりつかれ驚いて声をあげてから生まれ変わる。のどが開いたのかもしれない。こらえようとしても勝手にでてしまう声はあえぎ声以外のなにものでもなく、これで問題は解決するはずであった。
ぱぁん、と鈍い音が室内に響く。
「ひっ……っ、うぁ」
「痛いよね、かわいそうに。でもこれはお仕置きだから。刑事さんが悪い子だったから仕方ないんだよ。おれもこんなひどいことしたくないんだけど」
心底悲しげな声に、カラ松もひどく申し訳なくなる。
成人男性の尻を叩くなど、そりゃあしたくないだろう。しかもむきだし、下着すらつけていない生まれたままの姿だ。なんてかわいそうなことをしているんだ、なのにこの子はカラ松のことを気にかけ慰めてまでくれる。痛いの痛いのとんでけ、とぺちゃぺちゃ乳首を舐められ尻の痛みはとたん胸元の快感にとってかわられる。
「あ、刑事さんまた。ダメだよ勃起させちゃ」
ばちん。
壁にすがり、叩かれやすいようつきだした尻に子供の手が振るわれる。すでにカラ松の腕の中から抜け出した子供は、真っ赤に腫れた尻をもう一回叩いた。
「うーん、刑事さん職業病かな? 痛みに強いからちょっと萎えてもすぐ復活しちゃうんじゃないかな。もっと痛いことしなきゃダメだね」
「ご、ごめん……っごめんなさっ、い」
「気にしないで。刑事さんが優秀な刑事ってことだもんね」
あまりの優しい言葉にじわりと視界がうるむ。こんなに思いやり深い子供相手に、ギルティにもほどがある。
おっぱいをよしよしされて声を出していた頃はよかった。セックスしているような雰囲気を隣室に伝えられている、自分は任務を果たした。達成感に満ちあふれていたカラ松の股間が誤動作してしまわなければ、平和に終わっていたはずなのに。
勃ってる、と指摘した子供はさらりと問いかけた。おれにぶち込みたいの? 違う、とすぐ否定できなかったのはカラ松だ。胸を撫でられて気持ちよかった、乳首に吸いつく子供は愛らしかった。一人前みたいな顔をして生意気な口をきいて、そのくせ毎日カラ松に会いに来るさみしそうな子供への同情と好意。快感と混ざってしまえばとたんなにを言っていいのかわからなくなる。
戸惑いは一瞬で、けれどそれで十分子供をおびえさせたのだ。
気持ちよくなるのは仕事のため、セックス中のような声を出すのは仕事のため。だけど勃起はいけない。必要ない。そんなの、協力してくれた子供に挿入したいと言っているみたいじゃないか?
違う。生理現象だ。けれど挿入されるのではとおびえる子供になにを告げても、怖がらせたという事実は覆らない。カラ松を信じている子供を傷つけた。だから提供された方法にそそくさと乗った。少しでも早く子供の恐怖心をなくしてやらねばいけないから。
「ねえ刑事さん、お尻叩くくらいじゃ萎えないんだからさ、これ挿れようか。穴に」
尻を叩かれる痛みで萎えても、なぜかすぐカラ松の陰茎は復活する。早く萎えさせなければいけない。刑事として、大人として、目の前の子供に勃起などしてしまってはいけない。
「大丈夫、コンドームあるしこっちの細い方を挿れるから。ね? お尻叩かれても気持ちよくなっちゃってるからさ、もうこれしか方法がなくて」
「え、いやでもそれは」
「本当におれもひどいことしたくないんだ。けど仕方ないよね、刑事さんが優秀すぎてお尻叩かれるのも快感にしちゃえるんだもん。真っ赤でかわいそうなお尻、ふるふる揺らしておねだりするからさぁ」
にんじんにゴムをかぶせるのが妙に手慣れている気がしたが、カラ松はぶるりと頭を振った。自分より上手なんじゃないかとか今は考えている時じゃない、なんとかやめてもらわなければ。さすがににんじんはない。いけない。尻の穴にそんなもの入らないとか痛いとか食べ物を粗末にしちゃいけませんとか、ありとあらゆる問題がある。絶対にダメだ。
「ダメ? でも刑事さんが萎えるためだよ」
「さすがに勘弁してくれ……そもそもそこは出すところだからな、ものを入れちゃいけないんだ。だから他のっ、ぅぐ」
「あ、先だけならいきなりでもいけたいけた。安心してよ刑事さん、にんじんはやめたから。ちゃんと他のにしたよ」
唐突な尻への違和感に背筋がぞわぞわする。脂汗が一気に吹き出て動けない。
他の、って。他のっておまえにんじん以外になにも持ってなかっただろう。つまりそれは。
固まってしまったカラ松の緊張をほぐそうとでもしているのか、わき腹を優しく撫でながら子供はあれこれと説明してくれている。
「食べ物はダメって言うけどさ、少しくらいは滑らないと血がでちゃうから油はオッケーにしてね。悪い子の刑事さんへのお仕置きだけどさ、けがさせたいわけじゃないし。一応オリーブ油にしたし。サラダ油じゃなくて。あ、コンドームは一つしかないから今はしてないけど、爪は短くそろえる派だから安心して。中を傷つけちゃうのはさすがになしでしょ」
油の種類など正直どうでもいいから早く指を抜いてほしい。
そう、子供はいきなり自らの指をカラ松の尻に突き立てたのだ。小さい頃はカンチョーなどといって遊んでいたが、あれはあくまで服の上から。しかもこんなにぐりぐり入れない。ぐにぐに傍若無人に動き回り、じわじわと奥へ入り込んでいったりなど絶対にしない。
「ほら力入れて、指追い出すつもりでぐーって」
「や、なに、なんだこれ」
「追い油だよ。追加しないと奥まで届かないでしょ。そうそう、出す時みたいに力入れたらここ通路になるから」
先ほどまで叩かれていた尻タブにもぬめった感触がする。油まみれの手で尻を割り穴の縁に新たな指がかけられたのがわかった。
「ちょ、や、待て!」
ずりゅ。
通路になる、などありえない。そりゃ出すときはそうかもしれないがあくまでここは一方通行で、子供の細い指二本くらいなら普段出しているもののサイズと変わらないと言われてもあれは出るのは一瞬だ。こんなにずっと、ぐにぐにずぽずぽと留まられることなどありえない。
ずるりと壁についていた手が落ちる。畳に伏せ、尻だけをあげている犬のような姿勢に頭が煮える。
「安心して、切れてないから。痛くないでしょ?」
穴にすうすうと空気が当たるからどこで話しているのか予想がついて、思わず身をよじった。瞬間、腰から背骨を伝いうなじまで一気になにかが走り抜ける。
声が出ない。しびれる。びりっとして鈍い、痛みではないけれど違和感。体の内側をかきむしりたくて叩き潰したくてじれったくて、早くどうにかしてほしい。この原因をなんとかしてくれ。
伏せたまま、背後をうかがう。まだぐにゃぐにゃした感覚は尾てい骨にある。なにかを察した細い指先は先ほどから一点を押したまま、もう一本は広げるようにゆっくり穴を出入りしている。
「しょ、ねん」
「なにかな刑事さん。おれ、ちゃんと言ってくれたら協力するよ。さっきみたいに」
おっぱいかわいがって、って言えたもんね。顔は見えないけれど上機嫌なのは伝わってくる。よかった、もうおびえていない。
「あれ、でもまた勃ってない? せっかくさっきまではおさまってたのに」
「っ、なんで、え、なんで……ごめん! ちが、ごめん、ちがう」
「いいよ、気にしないで。刑事さんは乳首も勃起めちゃくちゃ早かったじゃん。きっと勃起するのが得意なんだよ。ほら、おっぱいちょっと舐めて吸ったらすぐぴんぴんだったでしょ、すごいエッチだったよ。ベージュの乳輪も乳首も少し色が濃くなって、でも普段縮こまってるとこはピンクでさ。ね、今も勃ってるからわかるでしょ。さわってみなよ、固くしこってるから」
「ちが、ちがうから」
「なにも違わないよ。ね、気持ちいいってがんばって背伸びしてるのかわいいね。エプロンにこすりつけてるの、悪いことじゃないよ。気持ちよくなる刑事さんは悪い子じゃないから」
「わ、るい子、じゃ」
ほたりと畳に水滴が落ちた。汗か、涙か、それとも。
子供の言葉ひとつに浮き足立ち、カッカと燃える血が全身を駆けめぐる。気持ちよくなるのは悪くない、勃起が得意、仕事。そう、仕事で。エッチな声をあげるために協力してもらって、乳首をぴんぴんに尖らせるのもこっそり胸を畳に押しつけて気持ちよくなっていたのも悪くない。悪い子じゃない。
「っ、悪い、んだ」
「どうして? 快感に弱くてすぐエッチになっちゃう刑事さん、お仕事熱心だからだよ。おれの手で気持ちよくなっちゃってるのかわいいよ、大丈夫、いい子だよ」
腰にやわらかな感触。あやすようにキスを降らせながらも手は止めないから、カラ松の腰は砕けっぱなしだ。
「お尻叩かれたから悲しくなっちゃった? ごめんね、痛かったね。気持ちよさそうでかわいかったから叩きすぎちゃった、後で湿布はろうか」
違う。ごめん、悪い大人なんだ。
にんじんは受け入れられないのに指は黙ってしまったとか、叩かれて萎えてもすぐ復活するとか、ちょっと舐められたらすぐ声を出したとか。もっとずっと最初。遊びに来たからと部屋に入れてしまった、その理由まで全部。
うっすら気づいていたのに知らぬ顔をした。いい大人のまま流された。いつでも逃がしてやれるように、なんて自分を偽ってまでこのかわいい子供を側に置いたのは。
「……なでなで、してほしい。もっと奥、のところ」
ぴたりと指が止まる。
こんなの絶対ダメなんだ。だって相手は子供で、カラ松は大人で。刑事でなくてもダメで、言ったら協力してくれるなんて言葉に甘えている。
「一松」
「……ずるい」
ずっと震えていた指先。穏やかに紡がれる言葉と裏腹に緊張を隠せずうわずった声。カラ松が提案を受け入れるたび安堵の笑みを浮かべる真っ赤な顔。恋に逆上せたふわふわの頭でもわかる。わかってしまう。
「こんな時に名前で呼ぶくせにまだ逃げるの、ずるいだろカラ松」
「だっておまえ、まだ子供だから」
未来があるからこそ縛ってはいけない。カラ松を好ましく思ってくれている子供の将来をつぶしてはいけない。
だけど欲しい。ひたすら見つめてくる一途なまなざしが。隠しきれない恋心が。カラ松に向けられる真摯さが、かわいくて愛おしくてむずがゆい。落ち着かなくてふわふわして浮かれてしまう。だってこんな、世界のすべてだと言わんばかりの感情を向けられるのは初めてだから。
だからいいわけを重ねて、仕方がないと理由付けして、一度だけ。セックスじゃないから、愛ある行為にはしないから、これは仕事に協力してもらっているだけだから。だからだからだから。
身体の奥の奥、カラ松の全部をよしよししてほしい。いい子だねって。
「っ、子供子供ってもう十六だよ! 結婚だってできるんだからな!!」
「えっ!? ボーイ、きみガールだったのか!??」」
「なにをつっこんでほしがってんだよおれが女ならあんたは!!!」
いきなりエプロンのひもを引かれ腹が圧迫される。ぐえ、と息を吐き出したタイミングで尻に異物感。
「ひ、ちょ、やぁ」
「ふっ、あぁ~……イタリアは、十六歳で結婚、できるの。男は」
「いちま、バカ一松抜け、抜いて」
「ひひ、バカって言われるのなんかいいね、エッチで」
もうずっと、行為を始めてからなんでもかんでもエッチだと言ってるじゃないか。いさめる言葉までそんなことを言われては、カラ松はもうどうしていいかわからない。自分より大きい固い男の身体、カラ松ならまったく欲情しないだろう裸エプロン。そこに向けられる言葉が、視線が、体温が。一松のすべてがあまりにもあからさまで困る。
「いい子、いいっ……は~、いい子だね刑事さん。いい子だから、さ」
「バカ、バカそこで止まるのダメ、だって言ってるぅ~」
「初耳だし。……ねえ、教えてよ刑事さん。ここまでおれに許してくれたのってさ」
じりじりしてむずむずしてかきむしりたくなる、体中の力が抜ける場所がずっと押され続けている。逃げようと身をよじるも一松に上から覆い被さるよう抱きつかれているから動こうにも動けない。指よりも太いものが、ねらい定めたようにトントンくにくにするから全然冷静になれない。カラ松はクールが売りなのに。スマートでギルティないかす大人の男なのに、一松の前ではちっともいつもみたいに格好よくない。ちょっとだけずるい大人の男になったのが悪かったんだろうか。でもだって、どうしても我慢できなくなってしまったのだ。親戚の家に遊びに来たと言っていた。いつかいなくなる。近いうちに。お別れも言えないかもしれない。いると思っていた同僚がいない、無人の家のように。新婚家庭なのにがらんとした誰もいない部屋。一緒に食べようと告げる優しい子供はすぐいなくなる。明日か、明後日か、三日後か。
「って、言った!」
「え?」
「ラブラブの! 新婚夫婦って言ったのに!!」
まだ一緒に料理もしてないし手が触れ合ってドキッもないしお風呂上がりも見たことないし二日目のカレーも食べてない。
「結婚できる年齢って言ったくせにバカ! オレは悪い子だって言ってるだろバカバカバカ!!」
「ちょ、まってまってまって。え、それって」
腹の底、くすぶり続けた快感が憤りと共にぐるんと背筋を駆け上がる。
萎えさせろとか無茶言うなバカ。あっちもこっちもどこさわられても気持ちいいのにできるわけない。頭から食いつきそうな目で全部見て、逃げないでとすがるように抱きついて。
カラ松はずるい。悪い大人だ。未成年の子供相手に手を出した。どうしてもがまんできなくて言い訳ばかりして、逃げ道を残して子供に選ばせる不利をした。
だけど一松も。一松だってずるい。ひどい。
「結婚してくれるの!??」
「夫婦じゃないならセックスなんてしない!!」
「結婚した!!! してるからカラ松! おれのモーリエ!! 書類も式も後で相談しよ、ちゃんと全部するからだから」
好きな人じゃないと結婚しないしセックスもしない。一緒に暮らさない。
そういうの、伝わってるけれど全部、言わないのはダメだ。ずるい。
ぽそりとこぼしたカラ松のグチに茹で蛸のように真っ赤になった一松は、次の瞬間崩れ落ちた。
別に早いのは気にしないぜ若いんだし、と肩を叩いて慰めればあんたがかわいすぎたのが悪いとなじられたのは納得いかない。かわいいのはカラ松のハニーだ。
◆◆◆
「え、松野君指輪してんじゃん。結婚したの!? いつ??」
「ついこの前に。式とかしなかったんで呼ばなくてすみません」
「そんなの全然いいって。えー、てかこないだの潜入捜査も成功してたしさ、仕事も私生活もノリノリとか最高だね」
「ありがとうございます」
「なんかあれじゃない? 奥さんが幸運の女神的な」
「そうですね、あえて言うなら……悪い子です。お互いに」