お楽しみは明日以降

どんどんと蹴りつけるような音とクソ松準備できたかと問う声。仮にも人様の家なんだからドアを蹴ってはいけないと注意するべきだろうか。まあハタ坊のいくつもある別荘らしいからいいか。
面倒事はあっさり放り投げ、カラ松はため息をつきながら返事する。

「開けてくれ! オレにはその運命のドアは小さすぎる……」

ああ、いったい全体どうしてこんなことに。神はどこまでこのギルティガイに試練を与えたもうか。

「そういや今でかいもんね、おまえ」

かっこいい台詞に全く感銘を受けなかったらしい一松は、あっさりと事実で受け流しながら入室する。確かに巨大化したためドアを開けにくかっただけだが、そこはそれ、なにかイかした返しがほしかった。一言文句でも、と口を開いてはみるが、めったに見ない弟の真剣な表情にカラ松はそっと口を閉ざす。
ああ、このハードボイルドな空気、最高だ。イかした男達のとっておきの作戦を遂行する時なんかこういう顔をするんだろう? んん~、オレはマフィアか、スパイか、そうだないっそ闇の弁護士なんてのもかっこいいんじゃないか。一松もマフィア仲間か、敵対組織で取引中もいいな。手の内の獲物を確認し、一呼吸おいてからそう、渋く一言。

「じゃあ乳首出して」
「っ、ちっが~う! そうじゃない、そんなの全然イかしてないじゃないか!!!」
「は? でかすぎて家に入れないおまえのためにハタ坊まで協力してくれてんだよ? 今更ワガママ言うなよ」
「ハタ坊には感謝しているが! 今は違うんだ!!」

現実があまりにハードすぎてカラ松はついていけない。いきたくない。脳内のハードボイルドな雰囲気を粉々に打ち砕いた弟は、呆れたようにため息をつく。
先程までの想像内でなら様になった仕草は、現状カラ松を追いつめるだけのものでしかなかった。

 

◆◆◆

 

朝食時、なんかカラ松でかくねえ? というおそ松の言葉に首をかしげているうちにあれよあれよと巨大化してしまったカラ松は、状況判断の早かった十四松によって縁側から外に放り出された。なぜ唐突に大きくなったのかさっぱりわからないが、とりあえず家には入れない。サイズ的に。混乱はしたが理解不能な状況に慣れてもいた六分の五は、あっさりとカラ松をデカパンラボへ送り出した。よくわからないけれどそれなりに起こることだ。ある意味日常である。
同じくカラ松も、ひとしきり残してきた卵焼きと海苔に思いをはせた後さっそうとラボへ歩き出す。ニートの朝は遅いため通勤通学の時間はとっくに過ぎていたのは助かった。二階建ての家ほどもある人間、しかもナイスガイが歩いていては大騒ぎになってしまう。カラ松ガールが増える分にはウェルカムなのだが、あまりファンが増えすぎてもご近所の皆さんに迷惑をかけてしまう。
話を聞いたデカパンは、犯罪者ぎりぎりの格好をしていてもさすが博士だった。ホルモンがどうこう、エネルギーが生み出され、なんたらかんたら。なにやら呪文のような説明を受けたが、要はカラ松の体内にエネルギーが溜まり破裂しないように身体が巨大化したらしい。ふんふん、ほほう。なんだそれ。謎エネルギーか。別にその辺で怪しい物を拾い食いとかしてないけど。
きょとんとしたカラ松だが、さすが十四松くんと同じ遺伝子ダスなと言われてはそういうこともあるのかと納得するしかない。なんせ弟は分裂までもこなすのだ。その兄の身体が大きくならないこともないだろう。
ここまではいい。納得した。なぜ突然エネルギーがとか、そういう根本的な謎はこういうものかと受け入れるしかない。花だって人間になるんだからエネルギーもカラ松に溜まりたくなったりするんだろう。だから身体を元の大きさに戻すにはエネルギーを出してやればいい、ここまでも理解できる。多すぎるものは出せばいい。

「じゃあ始めようか」
「ウェイト! ちょっと待つんだいちま~つ」
「だからなんなの、さっきから。協力してやるつってんだから早く乳出せよ」
「いや協力はありがたい、さすがオレのブラザーだぜ……じゃなくて!」

そう、問題はここだ。出す方法が。

「仕方ないでしょ、乳首からエネルギー吸い出さなきゃおまえ戻らないんだから」
「ノー! 断固としてノーだ!! もっとこう、目からビームとか指先からビビッと」
「そういうの周りに被害が出る可能性が高いってデカパンからダメだしされてたじゃん」
「Oh……」

エネルギーを体内から出すためのかっこいい行動はなんせ危険がいっぱいだ。カラ松とてくしゃみの拍子にビームを出して赤塚区を破壊したいわけじゃない。平和的解決ができるならそれが一番だとわかっている。わかってはいるが。

「……せめて乳首でなければ……」
「えっ、おまえちんこから出したかったわけ!? それ吸い出すの、別におれはスカもオッケーだからいけるけど結構攻めてんね……」
「ちっ、違う、誤解だ一松っ!!!」

確かに股間から出るよりはマシだったかもしれない。その場合一松に吸い出してもらう必要はないのでは、という疑問は慌てふためいたカラ松には思いつかなかった。

「じゃあほら、腹くくって出せよ乳首。……おまえ、さっきよりもでかくなってるし」

ちょっとだけだけど、という弟のフォローになぜこうも急かしていたのかを悟り、カラ松の目は感動で潤んだ。心配してくれているんだなマイリルブラザー。普段ちょっとあたりは強いけどやはり兄弟、こんな時はちゃんと心配してくれるし協力もしてくれるのだ。そうだ、なんせ乳首。ここからエネルギーなど出したことのないカラ松は、誰かに吸ってもらうしかないのだから仕方ない。かっこよくないのは確かだが、さすがに外ではなんだろうとハタ坊に家まで借りたじゃないか。そう言えば適当にごまかしてたけどなにをどう言って借りたんだろう。他の兄弟ならまだしも一松とカラ松でなんて、想像がつかない。それにしても天井高いな。
覚悟を決めたカラ松はなぜか破れなかったパーカーをがばりとめくりあげた。最近の衣類はすごい、ストレッチがよくきいている。

「一息にやってくれ、頼む一松」

 

◆◆◆

 

ちょっとひやっとするかもしれないけど動かないでね。
腰を下ろしたカラ松の足の間に立つ一松は、濡れタオルを持ったまま真面目な顔で注意する。急激に大きくなったためか力の加減がきかず、タオルを何枚も真っ二つにしてしまったのを見ていたのだから警戒するのも当然だろう。勢いで兄弟の数を減らすなんて不幸な事故を起こしたくないカラ松も真剣に頷く。
けして腕を動かしてはいけない。一松に触れないように、両手でパーカーをたぐり顎で固定する。

「ここから絶対動かさないから安心してくれ!」
「……うん、じゃあ始めるから」
「ひっう」
「動かないでつったじゃん」
「そ、ソーリーだ。すまん、ちょっとこう……初めての感じだったからびっくりして」

胸元を濡れタオルで拭くのなんて慣れたもの、気にする必要もないと思っていたのだがいかんせん普段と違いすぎた。いつもより衝撃を感じやすいというか、過敏になっているというか。知らず跳ねあがり首をひねるカラ松の返答など求めていないのか、おまえがやってって頼んだんだろと一松が一喝する。

「せめて拭いてからじゃなきゃやだやだやだ~、つって」
「そこまで駄々はこねてないぞ! ただちょっと、やっぱり……きれいにしたいだろ、おまえの口に入るものなんだぞ」
「っぐ……クソ松なんなのそれ……わざとだったら殺すからな……」

顔を真っ赤にした一松から不穏な言葉が聞こえる。やはり拭いてもらって正解だったらしい。日頃から不潔にしているつもりはないが、人の口に入ることを想定して乳首を洗ったことがないので不安だったのだ。

「……お、おまえの身体にっ、きた、き、きたないとこ、とかないし……どっちかっつーと、その、な、舐めてきれいにとかしても、あの、いいって言うかやりたいって言うかぜひよろしくって言うか」

やはり距離が遠くなったせいだろうか。普段から聞き取りやすいとはいえない一松の声が、常よりもっと聞こえない。うつむいて口の中でもごもご話されると正直なにを言っているのかさっぱりわからない。

「一松、すまんがさっぱりわからない」
「そーですよね特殊性癖ですっみませんねえ!!!」

性癖の話なんかしていただろうか。カラ松が駄々をこねたという話題からなにをどうしてそんなことに。なぜかカリカリ怒っている一松に理由を問うては火に油を注ぐ。ここはぐっと貝の口だぜ、とカラ松が窓ガラスを鏡代わりに待っていると、ひとしきり怒りを発散した一松が行動を再開する。
ひやり。きゅ、ぺた、ぺた、ぎゅう。
痛くはない。もっと雑に拭われる覚悟もしていたというのに、一松の手は予想よりはるかに優しく、いっそ撫でられているかのようだ。やはり大きいものを拭くのは体力がいるのか、はあはあと息を荒げてまできれいにしてくれるのは感謝しかない。ただ。

「い、いちまつ」
「なに」
「あの、ちょっと手を止めて聞いてほしいんだがっ」
「なんで。集中してんだよ今」

そう、痛くはない。そこが問題なのだ。
濡れタオルで優しく撫でさすられた乳首に一松の息が不規則にかかる。妙に敏感になっているせいで、そのたび震える身体を押さえることができないし、なんだか尾てい骨のあたりにじわじわとなにかが溜まっていくような感覚が。

「だって一松、なんかあの、いつもと違うというかその」
「だからなに」
「こう、いつもより……敏感、なような」

カラ松はこれを知っている。今はまだくすぐったいだけ、なんだか腰がじわじわしびれるだけのこの感覚を放置してしまえば、もれなく快感に変化するのだ。一人シコる時、陰茎をこすりあげるだけでは芸がないと玉やその奥をさわさわと刺激してやった時と同じ。直接的ではないけれど、確実に理性を追いつめるデンジャラスな刺激だ。
職人の目つきになってしまっている一松に、なにをどう告げれば止めてもらえるだろう。気持ちよくなってしまった、と正直に言えばすぐさま止めるだろうが、エネルギーを吸い出すことまで嫌がられては困る。そろそろカラ松も元の大きさに戻りたいのだ。しかし乳首を磨き上げることに心血を注いでしまっている今の一松を、それ以外でどう。

「ああ、あれじゃない。皮膚が伸びて薄くなってるとか」
「へ」
「急激にでかくなったのについていけてないんでしょ、色々。たぶん、でかいままならそのうち分厚くなるんじゃないの」

成長痛とかと同じで。低い声でさらりと与えられる予測はカラ松の混乱した脳内にぽすりと落ち着いた。そうか、仕方ないことか。確かに皮膚が薄い部分は少しの刺激も拾ってしまうし、つまりこれは当たり前の。
敏感でいい。当たり前。だって急激に大きくなってしまったから。その弊害。

「そ、そうか……皮膚が、薄いのか」

もしかして、だから一松の手は必要以上に優しかったのだろうか。
カラ松のことを考えて、常よりずっとやんわり撫でるように。こちらにはなにも告げず、知らん顔をして。
せっせとカラ松の乳首を拭いている一松は、顔を上げもしない。作業を中断せず、ひたすら没頭しているように見せて。ああ、でもひどく耳が赤い。眉を寄せ不機嫌そうな顔をしているけれど、手つきは繊細なガラス細工でも扱っているかのよう。
くるり。なにかが回るような音がしたかもしれない。気のせいだと決めつけてカラ松は慌てて口を開いた。
いけないいけない。そんなことよりこのくすぐったさから逃れないと。快感に変わってしまえばカラ松にはもう止められない。

「……あの、一松、そろそろ吸ってほしいんだが」
「ふぇあ」
「オレの乳首、吸ってくれないか」

結局うまい言い回しを思いつかずストレートに要望を口にすると、一松はぽかんと口を開いたまま三十秒程動きを止めた。息も止めてないか? 大丈夫か?

「……ハイ、おれ、おまえのちくび、すう」
「おお」
「すう……吸う……え、あの、おれに吸ってほしい、とか今言った??」
「そうだな」
「………………神かよ」

なにがだろう。なにか電波を受信している可能性のある一松とこれ以上会話するのが怖くなってきたカラ松は、疑問をそっと水に流した。聞かなくてもいいことはある、兄弟間でも。

「では、ええと……いただきます」
「ど、どうぞ?」

 

◆◆◆

 

ぺちゃり、時折響く水音と息継ぎ。後は無音の空間で、カラ松は必死に声をこらえていた。
パーカーを持っていた両手は口を覆うのにちょうどいい。よかった。もしこうして口を押さえていなかったら跳ねる身体の勢いのまま一松を押し退けてしまうところだ。常ならまだしも体格差のある今はまずい。力の加減もうまくいかないのだから、絶対に手を動かすわけにはいかない。
一松が乳首を口に入れてからどれほどの時間が経っただろう。くすぐったいだけの刺激はいつしか身悶えするほどの快感を生み、カラ松の体中を駆けめぐっている。今すぐカラ松ジュニアを解放し、ゴッドフィンガーテクを駆使して快感の階段を昇りきってしまいたい。いつか出会うカラ松ガールとのめくるめくラブアフェアを想像しつつ、本能に忠実になりたい。

「ねえ、痛くない?」

だけど無理だ。今はオンリーロンリーシコ松中ではなく、一松に協力してもらって体内のエネルギーを排出しているのだ。性的な空気を出してしまってもし気づかれでもしたら、確実にからかわれる。なんせ一松とてむつご、チョロ松に対するからかいはめっぽうひどいのだ。シコっていたという男として当然の現象でさえあそこまでなのに、ちょっと乳首を吸われたからちんこが勃ちましたなんてどう言われることか。恐ろしくてカラ松は想像もしたくない。

「結構長く吸ってるからかな、なんか真っ赤になってる」

実況中継は趣味じゃないと告げる口が開けない。なだめるようになま暖かくぬるりとした舌の感触。一松の。

「先もぴんぴんに尖っちゃってさ、ちょっと息吹きかけたらほら、ふるふる震えてんの。痛そうなんだけど」

乳輪をぐるりとたどり、下からぞろりと舌全体で乳頭を押しつぶすように舐め上げ、最後に上顎と舌で乳首を挟み込む。きゅむきゅむとリズミカルに吸われるたび、なにかが胸の先から流れ出る感触がある。繰り返される行為はエネルギーを吸い出すためで、つまりこのなにかはエネルギーで、だから。だけど。

「っ、だいじょう、ぶ……はぁ」

なんとか吐き出した声はでろでろに溶けたひどいものだ。精一杯なのに。
乳頭をなにかが通るたび、胸の先を羽根で撫でられたような、痛くない針を抜かれたような、これまで体感したことのない強烈な刺激で目の前がちかちかする。ぬろりと宥めるように舐められるとひどくむずがゆくて、早く吸ってほしくて仕方ない。もっと。もっと、ずっと吸ってほしい。イタ気持ちいいこの感覚をもっと。
気を抜けばねだってしまいそうな口をぐっと閉じ、カラ松は胸を張ることで続きを促す。自ら乳首をさらすこんな姿勢、ペーパーラヴァーなガールズなら様になっただろうが男のものでは興ざめだ。それでもこの声よりはマシだろう。こんな情けない、べたべたの声でもっとしてくれと告げるわけにはいかない。絶対確実に拒まれてしまう。

「……ハハ、すげえ。なんかあれ? おねだり、ってやつなの」

本当は一松の頭を胸に押しつけるくらいのことはしたい。けれど今の大きさのカラ松がそんなことをしては、弟を病院送りにしてしまう。不可抗力であったとしても協力してくれている優しい一松の頭を握りつぶすなどあっては、申し訳ないどころの騒ぎではない。
声も出せない。誘導も。カラ松にできるのはただ、パーカーの裾をめくりあげたままけして動かず、胸を強調するような姿勢でいるだけ。

「声、出さないのはまあいいけどさ、じゃあせめて首動かせよ。それくらいならできるでしょ」

早く作業に戻ってほしいのに、一松は胸の先を撫でるばかりでちっとも吸ってくれない。一松の唾液で濡れたそこはぬるぬると指先を滑らせ、むずがゆい感覚ばかりが溜まっていく。ちょっと爪をたててくれたら、指で挟んでくれたらそれだけで。
いや、違う。カラ松はエネルギーを吸い出してほしいのであってけして快楽を求めているわけでは。
真っ赤に熟れた実のような乳首を見ていては卑猥な想像ばかりしてしまいそうで、カラ松はぎゅうと目を閉じた。このまま待っていても一松はまるで動く気がないらしい。仕方なしに頷けば、ひひ、と楽しげな引き笑いが聞こえた。

「痛い?」

ぶるり。

「じゃあ気持ちいい?」

こくり。

「へえ、弟に乳首吸われて気持ちいいんだ。女みたいじゃん」

ぶんぶんぶん。

「うっわあぶね、おい急に動くなよ! 肘当たったら大けがするって……いやそこまでしょげなくても、つーか気をつけたらそれでいいって」

こく。

「あのさ、やっぱりおまえ気づいてないみたいだから言うけど。結構吸ったわけ、エネルギー。で、だいぶ戻ってきて、るんだけど」

一松の発言に思わず目を見開くと、確かに部屋が先ほどより大きく感じる。目の前の一松も……目の前、に一松の顔が見える。さっきまでは胸の前にあったはずなのに。

「……もど、った?」
「いやそれなんだけど」
「やったー! サンクスだ一松! さすがブラザー、困ったときは百人力だぜ」
「いやだから」
「ふっふ~ん、皆まで言うな、わかっているさ。オレを助けたことを大々的にブラザー達に報告するなというんだろう? おまえが照れ屋だということは重々承知、だが男の乳首を吸うという行為までしてくれたおまえの崇高な犠牲を語り継がず、いったいなにをどう」
「黙れ!!!」

滔々と感謝を述べ立てていたカラ松の乳首がぎゅむりとつねられる。乳首質をとられてはどうすることもできない。卑怯だ。再度両手で口をふさげば、ギザ歯をかちかち鳴らしていた一松がやっと乳首から指を離した。痛かった。ここまでの刺激は求めていなかったんだが。

「いいか、最後まで聞け。途中で口挟んだら次はむしり取るからな」

恐ろしい犯行予告をした協力者だったはずの一松は、カラ松が声を出す気がないのを確認してからようやく口を開いた。

「おまえがでかくなったのはなんでだか妙なエネルギーが溜まったから。おまえが縮んできたのはおれがエネルギー吸い出してやったから。ここまではわかってるな?」

改めて指摘せずともカラ松は大変に感謝している。誠意を見せろと言われると懐の具合で困ってしまうが、荷物持ち程度の肉体労働ならいくらでもこなそう。そう、猫缶を持つとか。猫缶を運ぶとか。猫缶を……まあなんやかんや。
告げたくとも口を開くことは禁じられていたので、カラ松はせめてと何度も頷いた。感謝してもしたりない。いっそ歌でもつくってやろうか。

「で、おまえからでたの、どこ行ったか見てたか?」

カラ松の胸から一松が吸い出したエネルギー。
おっぱいなのに白くないとか詐欺かよ、とかなんとか一松がうなっていた記憶はあるけれど吐き出す姿は見ていない、ような。
つまり。
血の気が引く音が聞こえる。カラ松の顔色から理解したことを察した一松は、そうなんだよねとため息をついた。

「なっ、なんで飲んじゃったんだ!!?」
「だっておっぱいじゃん!??」

血を吐くような切実な叫びに思わず黙る。

「そりゃ白くもなけりゃ甘くもない、単なる水っぽいなにかだったよ!? でもおっぱいでしょ。おまえの乳首から出たおまえの体内にあった液体だよ!? そんなのおっぱいに決まってるじゃん!!!」
「ああうんまあそう……そうか……?」
「じゃあ飲むでしょ! 飲まないとかないでしょ常識的に考えて!!!」

常識的に考えて兄の胸から出た透明の液体はおっぱいではないと思うのだが、そう伝えるには一松の嘆きは深すぎた。

「ちょっとは考えたよ!? 考えるよそりゃ! これ飲んだらおれもでかくなっちゃうかな~とか普通に思うけど、でもさあ!! 踏み絵っつーか愛を試されてるって言うか……正直飲みたかっただけなんだけどさあ! まさか本当にこうなるとか、ちょっとはひねりを入れてくるかなって」
「ええと……すまん」
「おまえはなにひとつ悪くないんですよねふっざけんな!!!!!」

理不尽に怒鳴られているが責められてはいないようだ。よく、あまりに混乱している人間がいると逆に落ち着くというがカラ松もそうだった。いや、やっぱり混乱しているのだろうか。

「一松」

そうだ。カラ松はちっとも悪くない。そして同じように、カラ松のエネルギーを排出する手伝いをした一松もまた悪くないのだ。どちらかというと良い行いをした部類で。
怒鳴られたし口煩く文句も言われたけれど、一切責められなかった。なんでこんなことに、と言わなかった。しぶしぶでも乳首を拭いて、エネルギーを吸い出す唇は優しかった。おっぱいに多大な夢を見すぎている気はするが、兄のものでも気にしないくらい飲んでみたかったんだろうから別にそれは問題じゃない。

「……オレは、恩は返す主義だ」

だって回る音が聞こえたのだ。回っているのだ。
カラ松のこの胸に密やかに設置されていた恋の歯車。まさか運命のカラ松ガールズではなく目の前の弟によって回されることになるなんて予想もしていなかったが、それもまた一興。
回り出したら止まらないなんてすばらしくデンジャーでクールだ。ギルティガイなカラ松にふさわしい。

「おまえのエネルギー、責任もってこのカラ松が吸い出してやるぜ!」
「あっそ。でもおれ乳首とか吸われる趣味ないし。ちんこなら大歓迎だけど」

床に丸まってあからさまにやさぐれている一松は、自棄になったのか隠す気がなくなってしまったのか色々とさらけだしてしまっている。大丈夫だろうか。後から恥ずかしさで憤死しないだろうか。切れたら脱糞まで一息に跳んでしまう弟のダッシュ力を心配しつつ、カラ松はもう一度胸を張った。
今回はおねだりではない。

「オッケーだぜぇ」
「……いいの!?」

がばりと身を起こした一松にパチンとウインクをきめてやれば、猫耳としっぽまで飛び出す興奮具合だ。現金なところもかわいいぜマイスイート。

「え、え、え、なんで、いやもうなんでもいいけどやっぱやめたとかなし! そんなつもりじゃなかったとか絶対なし、聞かないから!! じゃあこれから、いや待ってそれならちゃんと風呂とか入ってから、ってあー入れないじゃんサイズ!!! ダメちょっと心臓痛い……なんでこんないきなり、明日おれ死ぬの……待ってなんかもう……おれにはおれのペースが」

赤くなったり青くなったり一人おろおろする一松は大変かわいい。これが恋愛フィルターというやつだな、とカラ松はしみじみ納得した。恋の歯車が回る前であったならおそらく、一松の不調を心配し恥ずかしさを隠す彼に怒鳴られていただろう。
真実を知った賢者は余裕である。鼻歌でも歌いそうなカラ松に不審を抱いたのか、一松はじとりとした目で探りを入れてくる。

「……なにか企んでんの」
「企み?」
「こんなうまい話あるわけないじゃん」

やはり弟は未だ混乱状態らしい。かわいい。

「いちま~つ、落ち着いて考えてくれ。好きでもない男の乳首を吸いたいと、オレは思わない」
「……は」
「どんなイカした男でも、たとえオザキであったとしてもだ。乳首を吸うのはごめん被るし、ちんこ吸ってくれると言われても断る。おまえもそうじゃないか?」
「はあ、そりゃそうだろうね」
「つまりそういう状況でな、ちんこ吸ってやるって言われて『うまい話』なんて疑うの、そういうことだろ」
「……っ、あ゛、う」

カラ松の乳首だからで、カラ松が了承したから。そういうことだ。そういうことだと、真っ赤になっている一松が全身で訴えている。

「一松、おまえがオレの歯車を回してくれたんだぜ」

パチンと特大のウインクを景気付けに。カモンマイラブ。謎のエネルギーがオレ達のキューピッドなんてイカシてるな。

「さあ! 今日ここからオレ達のハッピーラブウェイがスタートだ!!!」

 

◆◆◆

 

いきなりとかむりおれにはおれのペースが、と大泣きされ脱糞三歩前でなんとかなだめすかし、お互い背を向けてのソロ行為によってエネルギーを排出しきったのは翌朝のこと。
昨夜はお楽しみでしたね、と悪気なくお約束の挨拶をしたハタ坊の部下に猫の糞を踏む呪いをかけたのは責められやしないだろう。一松の呪いはわりと効くのだ。部下の人は新しい靴を買うといい。