婚姻届の使い方(ヘタクソバージョン)

そもそも最初はプレゼントのつもりなかったと思うわけ。

千空ちゃん、人を喜ばすこと好きでしょ。で、工作も大好き。石化から復活後なんて正直足りないものだらけだったし、楽しく作っては周りに配って、また作って。そりゃ司ちゃん達と戦争とか石油ゲットが最優先とかはあったけど、目標に行き着くまでに必要なクラフトまで楽しんじゃうっていうか。ほら、金線のためにわたあめ作っちゃうとかそういう。
でもあくまで個人で作る量だし、人数も増えてくると全員に上手くいきわたらなかったりね。希望が通る子と通らない子とか。
そういうのでギクシャクしないように、上手く使ってくれってまず俺に渡すようになったんだよね。気軽に試作したあれこれを。で、俺が必要そうな子にそっと渡したり、評判よさそうなら量産して千空デパートで売るよう伝えたり。そういうのはメンタリストにお任せ、でしょ。

あ、でもあれはジーマーのプレゼントだったかも。今考えると。
実はトランプを、四月一日に渡されたんだよね。テメーのいいようにしてくれってポンと。たださぁ、その時すでに自分用のトランプ作り出してて。やっぱカードマジックは基本じゃん? 時期によっては花の補充も難しいし、自分専用の凝りに凝ったやつ作っちゃお♡ってデザインとかもオリジナルで。だから千空ちゃんからもらった方、皆のカードゲーム用に回しちゃった。
そんなドン引き顔しないでよ~。いや思い返せば悪いことしちゃったなと思わないでもないけど、まさか誕生日プレゼントだなんて考えもしなくて。おめでとうとか一言あれば気づくかもだけど、特になかったし。そもそも千空ちゃんが俺の誕生日知ってるとか思わないでしょ。いつものさ、試作品を上手く配ってくれ~ってやつだとばかり。それに自作トランプ、しっかり俺の名前とか入れてたし。
ほら、あの頃って個人の誕生日を祝う雰囲気も薄かったでしょ。最近は結構戻ってきたけど。
生活に余裕がなかったのは大きいよね。科学の力でどんどん便利にはなってきてたけど、プレゼントを何かって考えると思いつかないっていうか。人も増えたし、誰かを祝って次はなしってわけにもいかないもん。豪華な食事を振舞う、宴会する、なんてのも結局自然相手だからさぁ。冬生まれの子とか食料の余裕ないし、お祝いされにくいよねジーマーで。
だから、偶然かぶっちゃったんだなって。ほら、千空ちゃんが俺のこと個人的に祝う必要もないし。大樹ちゃんや杠ちゃんならまだしもさぁ。
でもその年からずっと、四月一日に試作品渡してくるわけ。他にくれる日はまちまちなのに、毎年四月一日だけ確定されたらさすがに気づくでしょ。これ誕生日プレゼントのつもりだ!? って。ジーマーでかわいいことするよねぇ千空ちゃん。普段こき使ってるからお礼のつもりなんだろうね。別に気にしなくっていいのに。

そうそう、それでさ。
千空ちゃん律儀だから、俺が世界中飛び回っててもちゃんと誕生日プレゼントだけは当日に届けてくれるわけ。テメーのいいようにしてくれ、って試作品くれてた時と同じこと言ってるけど。あ、最近はおめでとうも言ってくれるから誕生日プレゼントってことはごまかさなくなったよ。ウケるでしょ。初めておめでとう言われた時、今更!? って叫んじゃったもん、俺。
結構復興進んだし、もう試作品のフリは難しかっただろうからって? 確かに~。千空ちゃん直々に作らなくても、もう色んなものが売られるようになったもんね。ってか、かなり前から試作品うんぬんはポーズになっちゃってる。なんせ去年とかこれだよ、婚姻届。

「は?」
「見て見て、千空ちゃん本籍地石神村って書いてるの。絶対よろこぶと思ってアルミちゃんに見せたらさ、持ったまま村中ダッシュだよ。も~慌てちゃった。いくら元気でも準備運動なしにダッシュはズイマーだよね、年齢的にも」
「は??」
「あ、大丈夫よ。ちゃんと俺一緒についてったから転んだりしてないし、怒らないであげてね? ジーマーで喜びのあまりって感じだったし。やっぱさ、うれしいと思うよ、千空ちゃんが村長として村を大切に思ってくれてるって形として見えるの」
「いや……いやいやいや待って。落ち着いてゲン」
「うん? 羽京ちゃんこそ大丈夫? 急に立ち上がってどうしたの」
「どうしたっていうか、えぇと……婚姻届?」
「そ。ほらここ、本籍地」
「記入捺印済の婚姻届!?」
「千空ちゃんのとこだけね」

一番見てほしい部分より前でつまずいちゃってるの、羽京ちゃんにしては珍しい。そこまで動揺することかな。

「あ、さすがに千空ちゃんが不用心って話? まぁハンコは押さない方がよかったかもね、悪用される可能性もあるし」

俺はしないけど、と言外に主張しても羽京ちゃんは頭を抱えたままだ。
確かに普通、自分のところだけといえきっちり記入済の婚姻届を恋人でもない相手には渡さないだろう。証人欄を書いてほしい、ならギリわかるけどすでに大樹ちゃんと杠ちゃんの名前が記載されていたので俺の役目はない。ちょっとだけうらやましかったよね、言わないけど。そりゃ千空ちゃんがお願いするならあの二人だろうけど、でも俺だって婚姻届の証人なりたかったもん。
ま、この書類を預けられるくらい信頼されてるんだって思えば拗ねてるわけにいかないけど。

「こういうの、世間一般的には結婚相手に渡すと思うんだけど」
「ね~。ゴイスーだよね千空ちゃん」
「何がゴイスーなのかわからないけど、つまりプロポーズされたってことだよね?」
「え? 違うよ??」

なるほど、どうして羽京ちゃんが戸惑ってるのかわかった。
そりゃ結婚するための書類だもん。千空ちゃんが俺に渡したって聞いたら驚くよね。つきあってもないのに。

「なんで!? ここまで書いたの渡されたら結婚してくださいってことでしょ。プロポーズがヘタクソなのは許してやりなよ、千空の精一杯なんだろうし」

当然のようにプロポーズが下手だろうって思われてるの、かわいそうだな千空ちゃん。いずれする時にはちゃんと相談してねって言っておこうかな。お相手ちゃんの心に残る、ゴイスーなの考えてあげたいし。

「ん~……違うのよ羽京ちゃん。これはね、俺の外交用カード」

世界が順に目覚め怒涛の勢いで復興中といえ、いやだからこそ。石神千空、の名は強い。
モドキといえ石化前はかじったこともない外交官なんて俺がやってけるのも、科学王国の初期メンバーって名前の力がゴイスー大きい。千空ちゃんが身内を大切にする、というか正直甘いのも大変に有名。だからこそ、直接つなぎを取れる俺ってカードはなかなかに強キャラなわけ。

「ここに名前を書いて提出すれば世界の石神博士の身内になれる、俺からの覚えがめでたければ可能ですよって露骨に言ってるんだよね。この書類チラッとさせるってことは」

トン、と空欄を指せば、落ち着いたのか羽京ちゃんもやっと座りなおしてくれる。

「ゲンのSNSに婚姻届の端っこチラ見せしてたことあったね、そういえば」
「そうそう、匂わせってやつ! 俺はここまで千空ちゃんに信頼されまくってるぞ、太いつなぎだぞ、だから俺に有利なように話を進めようねって」
「俺に、じゃなく千空に、でしょ」
「そこはどっちでも一緒じゃん」

違うよ、って肩を落とす意味がわかんない。千空ちゃん、自分の利をす~ぐ周りに配っちゃう子でしょ。千空ちゃんがゲットした利は俺たちにしっかり回ってくるんだから、一緒だよね。石油代のためにドラゴ稼いでた頃から変わらないんだもん、そういうとこわりと好き。気持ち悪ぃって言われちゃうから口には出さないけどね。
ちなみに外交用カードは、ここまで有効かってビビっちゃうレベルで効いた。
ろくな経験のない若造扱いしてくる相手や俺のこと軽く見まくってる相手、お話合いさえせず門前払いくらわすような相手ほど効果抜群。千空ちゃんがどれだけ俺を信頼し任せてくれてるのか、目に見える形になるととことん弱いよね。俺の一存でドクターストーンのパートナーを決めてもよい、それを俺は許されている、のカードの強さといったら。
去年これもらってからの仕事の進み、ゴイスーだからね。羽京ちゃんも実感してるだろうけど。

「俺としてはさぁ、千空ちゃんの後押しがなくても今くらいスムーズに話進められたらよかったんだけど」
「ゲン以上になんて誰もできないでしょ」
「えーん羽京ちゃんやさし~惚れちゃう~」
「絶対やめて」
「え、そこまでヤな顔する? ドイヒーすぎない? そりゃ冗談だけど」

言っていいことと悪いことがある、ってなんで俺お説教受けてんの? よくある言い回しじゃん。え、誰にも言わない方がいいって? バイヤー、ついこないだも千空ちゃんに言っちゃったけど。あ、それは大丈夫?

「ま、いいや。それでね、婚姻届パワーでお仕事はかどっちゃってさ、そろそろこっちに戻っても大丈夫そうになったってわけ」

俺の実力じゃなく千空ちゃんの御威光なのは悔しいけど、日本に腰を据えてお仕事できそうなのはうれしい。ホテル暮らしも気楽でいいけど、そろそろどこかに落ち着きたいなって思ってたんだよね。

「ああ、だからこの前、よさそうな家あったら教えてとか言ってたんだ」
「羽京ちゃんのお勧めなら間違いないかなーって」

あ、でも、と口を開けば羽京ちゃんは、今更驚かないからなんでも言ってとため息をついた。
驚かすことなんか何も言ってないでしょ。本籍地に石神村って書く千空ちゃんのかわいげとか、それを大喜びで村中に見せに回ったアルミちゃんのほほえましさとかを語りたいだけなのに。

「たぶん今年の誕プレが家だから、羽京ちゃんに見繕ってもらってたけど無駄になっちゃいそう」
「家!?」

驚かないって言ってた舌の根の乾かぬ内に、羽京ちゃんはまた立ち上がった。落ち着いて、ここホテルのラウンジだよ一応。

「こないだ電話でさ、去年の誕プレは使ったのかって聞かれたからバッチリだよ最高お役立ち~ってゴイスー感謝したんだよね。おかげで仕事もはかどって、そろそろ日本に戻れそうって」

千空ちゃんは昔から、試作品のアフターケアにも力を入れてくれてる。
作りっぱなしで放置じゃなく、改良点があればきちんと対応しバージョンアップしてくれるのだ。トラエラは基本だろ、とかウキウキ改造楽しんでるの千空ちゃんのいいとこだよね。ここもう少しこうして、とか言いやすいもん。
だから婚姻届の威力も気にしてくれてたんだろう。俺の仕事の役に立てば、と渡してくれたんだから、ゴイスーお役立ちだったってきちんと伝えなけりゃ。

「そしたらやけに内装の好みとか部屋数とか話題にしてくるからさ。これは俺の代わりによさげな家を見繕ってくれるつもりだなって」
「あぁ……」
「羽京ちゃんに先にお願いしてたのに申し訳ないけど、たぶんそろそろ誕プレの内容に困ってるんだと思うわけ。毎年贈ってくれてるからバリエーションも尽きるでしょ。だからここは千空ちゃんにお願いしようかなって」
「なるほど家……いいようにしろって婚姻届……理解した、けどこれどうしようかな」
「羽京ちゃん?」
「あのねゲン、落ち着いて聞いてほしいんだけど……たぶん今年のプレゼントは、一人暮らし用賃貸物件の紹介じゃなくキミ達二人の新居だよ」
「……なんで??」

どこから説明すれば、と悩む羽京ちゃんのお仕事は政府関係だ。もしかして内密に千空ちゃんが狙われているという情報を得て、守るために誰かと同居が必要なんじゃ。俺みたいなひょろがりでいいのかな。司ちゃんや金狼ちゃんだとガードがあからさますぎて警戒されちゃうとか? 一般市民に言えないことがある、のは重々承知しているから俺のことは気にせずすべきことだけ伝えてくれたらいい。優しい羽京ちゃんはできる限り説明したいと考えてくれているんだろうけど。

「まず最初に、キミが考えていることはすべて違うから。千空が狙われているとかないから悲壮な覚悟決めないで」
「え、じゃあなんなの。俺と千空ちゃんが同居する必要って他にある?」
「こっちも口出ししたくないというか巻き込まれたくないんだけどね、ここまで聞いて何もしないのはさすがに千空が哀れだし」
「羽京ちゃん?」

すぅ、と息を吸った羽京ちゃんは姿勢を正して重々しく告げた。

「記入捺印済婚姻届は、結婚したい相手に渡します。他の可能性はありません」
「いや、でもこの場合は」
「他の可能性はありません」

え、怖。取り付く島もない。真顔で繰り返されるのジーマーで恐怖なんですけど。

「でも千空ちゃんだよ? 俺の仕事がうまく回るようにって」
「ゲン、一度千空を頭から抜いて考えてみて。一般的に、特定の人間にだけ必ず毎年誕生日プレゼントを贈るのは、相手に好意があるからじゃない?」
「そうだね、家族や親友とかね」
「それ以外なら、友好な関係を結びたい相手だよね。『やみくもに贈り物からってのが鉄則』なんでしょ?」
「そ。ホワイマンちゃんにも効いちゃう古今東西のお約束だよ」

羽京ちゃんがどこに話を持って行きたいのかはわかったけど、どうしてそうしたいのかがわからない。
だって俺と千空ちゃんだよ?

「じゃあ相手からも好意を感じている状態で、つきあいも長い場合に自分の記入済み婚姻届を渡すのは」
「プロポーズ」

言わせたかっただろう単語を口にしてみたけど、ゴイスー違和感。この問答、なんのためにしてるんだろ。

「でも羽京ちゃんも知ってるでしょ? 千空ちゃんがどれだけバイヤーか。目的のために結婚もするし彼氏にもなる、純情科学少年は復興後までおあずけって恋愛スイッチ自分でオフにしちゃう子だよ。一般論で語るのリームーだって」
「うん、僕たちは千空を知ってるから、外交が上手くいくように自分の結婚まで手段にする可能性を考えられる。ゲンが言うようにね。あの頃は目的のために、できる手はすべて打ったものね」
「そう! だから今回は」
「でも千空をよく知らない人間はどうかな」

世界を巡りながら次々復活させた人々。ホワイマンとの決着がついた後に目覚めた人々。
人類の救世主、ドクターストーンとしての千空しか知らない人間は。

「初期から献身的に支え復興まで共に歩み、ホワイマンの脅威が消えた今も未経験の外交官なんて大役をこなし、世界中を飛び回って自分のために協力している。そんな相手に記入済婚姻届を渡すのは。ねえ、千空が、じゃなく一般論で考えてみてくれるかな」
「……いや、でも」
「そもそも婚姻届は結婚する時に書く書類なんだよね。空いてる欄に誰の名前書くか俺が決めちゃいま~す、だから俺の持ちこんだ案件オッケーしてね、なんて考えないんだよ」
「それくらい俺のことを信じてくれてる証っていうか、俺がお勧めする子となら結婚できるってくらい」
「さすがにそれは信頼というより丸投げだよね? というか婚姻届の使い方間違ってるよ」

誰もそこまでひねくれた考え方をしない、と断言され混乱する。
でも確かに強力な後押しになったのだ。千空ちゃんの記入捺印済婚姻届は。

「あとね、プレゼント使ったって千空に答えたんだよね? 婚姻届の使い方って、役所に提出して二人で新たな籍を作る、なんだよ」

は?
それはつまり俺と千空ちゃんが? 結婚したと?? 千空ちゃんが理解した可能性があるって……こと、では。

「日本に戻るって言ったら家の話になったんだよね? どう考えても新婚の二人が暮らす家を用意する、になるよね」
「なるの!?」
「なるんだよ」

でも婚姻届は役所じゃなくて俺の手元にあるし、俺と千空ちゃんは結婚してない。そう切々と訴えても羽京ちゃんは、そう見えるって話だよと繰り返すばかりだ。
千空ちゃんがどれだけぶっとんだバイヤーなことばかりする手段を選ばない人間だって知らないなら、一般的には。
え、待って。今、ゴイスー嫌な事考えついちゃった。
そろりと羽京ちゃんを見れば、そういうことだよと頷かれる。え、嫌だ。ねえ嘘って言ってよ羽京ちゃん。

「……じゃあ俺が婚姻届チラ見せしてたの、あなたの娘さんの名前書いてあげちゃうかも、じゃなく」
「石神博士に愛されまくってまーす♡ここ俺の名前書いちゃうもーん♡だよ」
「あ゛ー!? 無理!!」
「本物の婚姻届だって真実味増すためにSNSでチラ見せしたのも、プロポーズうれしい博士は俺の♡アピールに見えるね」
「むりむりむり、恥ずかしくて死ぬ!!!!」
「リームーじゃないんだね」
「そんな話したくない!!!!!!」

信頼を元手に海千山千の相手をしていたつもりだったのに、愛されてるんで♡結婚するから御祝儀代りに♡ってアピりまくってたと思われてたとかなに。それも世界中に。ねえなんでSNSにのっけちゃったの俺。匂わせた! じゃねぇのよ狙ってない方に正しい匂わせすぎる。全世界に。全世界に!! つかそれで仕事ゴイスー進んじゃってるのもなんなの。え、もしかして早くダーリンに会いたいからがんばる♡皆も協力してね♡だと思われて……? は?? 死ぬ。恥ずかしすぎて死ぬ。
ありえないでしょ。なんで。いやでも千空ちゃんだよ。世界中がそう思ってたとしても、千空ちゃんだけはきっと俺と同じように考えていたに違いないから。

「諦めなって。婚姻届を出したって聞いたら即家の話はじめた男が浮かれてないわけないでしょ」
「だって純情科学少年は復興後に、って」
「だからゲンと始めたつもりなんじゃないかな、千空は」

いつまで復興途中のつもりなの、なんてそんな。
そりゃ好意はそれなりに持たれてるだろうけど。毎年プレゼントを楽しみにしてたけど。誕生日おめでとう、を告げる声の響きに何も思わなかったわけじゃないけど。

 

テメーのいいようにしてくれ、が期待した言葉じゃなくて拗ねた自覚は少しある。けど。

 

「……どうしたらいいの、俺」
「ひとまず婚姻届を正しく使いなよ」

その前にプロポーズやり直してもらうのも手だよ、と笑う羽京ちゃん的にもあれはナシらしい。

「いや全世界的にナシだよ。ヘタクソすぎる」