「これ?」
必死に腕を伸ばしている千空ちゃんの目当ての実をひょいと採ってみせれば、誰だと言わんばかりの目を向けられた。俺だってわかってるくせになにその顔。
「……なるほど、テメーの腕のがなげぇっつーことか」
「それドンしてまで言うこと~? ってか俺のが背高いんだから当然じゃない」
「あ゛?」
「ん?」
事実を口にすれば心底意外そうな声。
あれ、もしかして今の負け惜しみじゃなかった? 本気で身長同じくらいだと思ってた感じ?
「似たようなもんだろ」
「五センチは違うでしょ」
見た感じ、千空ちゃんは百七十くらいかな。髪型であいまいなとこあるけど、それでも誤差はプラマイ一センチってとこ。
この石世界じゃ揃ってひょろがり扱いされてるけど、俺と千空ちゃんだけ並べてみればそこまでミジンコでももやしでもないよね。復活者も村の皆もバイヤーにたくましいタイプが多いから仕方ないけど。
みじもや仲間だと思ってた俺の方が高いの、よっぽど悔しかったみたい。千空ちゃんは自分の頭のてっぺんに置いた手を、無言ですすっと俺の方に動かした。したいことはわかるけど、いや、でもそこまで? 別に手間でもないしいいけどさぁ、どっちが背高いかとか別にいいじゃん。
なんて考えつつ、つい姿勢をよくしちゃうのはお約束ってやつで。だってやっぱり低いより高い方がいいでしょ。
地面と平行に動かされた千空ちゃんの手は、俺のこめかみにトンと当たった。
「ね?」
「テメーいつもより伸びてんじゃねぇか。どういうこった」
「一瞬で背が伸びちゃうマジックでーす」
「インチキが過ぎんだろ」
いつもは軽く曲げてる膝と背筋をしっかり伸ばして立っただけ、をマジックと言い張ればチョップが飛んでくる。
こういうとこ千空ちゃん上手いよね。軽いふれあいっていうか、親しみやすさを感じさせる行動を意識せずするとこ。村の子達の頭撫でてるのとか自然すぎて、二度見したもんね最初。ああいうの照れちゃう年頃だと思ってたな、高校生って。そりゃ慕われちゃうよ、ジーマーで。なんせ年上のコウモリ男相手にまでこれだもん。
正直、男相手のスキンシップを過剰なほど避けるの、この距離感でなにかあったからじゃないかとかね。思っちゃったりね。聞かないけど。でもほら、千空ちゃんお顔ゴイスー美形だし、笑うと一気にかわいいし、それで懐いたらこうでしょ。誤解をさ~……招いちゃいそうだもんねぇ。
もちろん千空ちゃんは何ひとつ悪くないけど!
俺の頭に手を当てたまま何やら考えこんでいる様子を眺めつつ、注意したくないな~って思う。言いにくいじゃん、やだよ「千空ちゃんにやましい事考える人間出てきそうだからもう少し警戒心もちな、とりあえず距離ちかすぎるよ」とか言われたい? 俺絶対やだ。そんなこと言うテメーがまず怪しい、になるじゃん。なるよ。え~千空ちゃんに警戒されたらかなしくて泣いちゃう。せっかく懐かれたのに。こんなにかわいいのに。
「よし、そのままじっとしてろ」
「千空ちゃん、人は三分で身長伸びないのよ」
「うるせぇ。さっきは俺の姿勢が悪かった」
何を考え込んでたのかと思えば、身長の話はまだ続いていたらしい。再度の背比べを求める千空ちゃんは、まっすぐ立てと妙に急かしてくる。なに、なんかごまかそうとでもしてるの? なんて、今ごまかすような事なにもないけどさ。千空ちゃんの方が背が低い、のはこれからはっきりさせちゃうしごまかせる事じゃないもんねぇ。
ピンと姿勢を正した千空ちゃんがもう一度、自分の頭から俺の方にゆっくり手を進める。地面と平行に、ぶれないように、斜め下に進まないように。慎重に慎重に向かってきた手が当たったのは、さっきと同じ場所。
「ブフッ……ッ」
「笑うなら笑えよ」
「いや笑ってない、笑ってないよ」
我慢はしてるのよジーマーで。だから笑ってはいない、かな~。うん、メンゴ、笑ってる。
だってさ、膝裏伸ばして胸張って、ゴイスーがんばって姿勢よくしてたじゃん。なんならちょっとあごも上がってたんじゃないかな。それくらい俺に勝ちたかったのに、さっきと同じ位置なんだもん。
ここでズルして自分の身長盛らないあたり、千空ちゃんだよね。二回目チャレンジしちゃうくらい負けず嫌いなのに。
「高校の時はどれくらいあったんだ」
「確か一七五だったかな~。卒業してから測ってないし、今はもっとあるかも」
たぶん伸びていないと思うけれど、悔しがる千空ちゃんがもう少し見たくて口にすれば案の定舌打ちが聞こえる。お年頃の青少年には申し訳ないけど、貴重な俺より小柄枠だし。メンゴだけどなるべく長くこのままでいてほしいな~、なんて考えバレたら怒られること確実。
別にね、ムキムキになりたいとかはないのよ。千空ちゃんからひょいひょい寄ってくるのも、強そうだったり逞しかったりしないからだもんね。正直、周りとの軋轢を避けるためにわざとひょろく見せてるところもある。やっぱ警戒心持たせないのって大事だからさ、ジーマーで。
でもそれはそれとして、俺が一番背が低いとかはちょっと嫌。一応石化前はそこそこ高身長枠で生きてきたんで。
「いや、ねーわ。一七五から一ミリたりとも伸びてねえな」
「わっかんないよ~、石化後の方が健康的な生活しちゃってるもん。早寝早起きですくすく育っちゃう」
「条件同じなら俺のが若い分成長率いいはずだろ」
千空ちゃんの手が、目標を確かめるように俺の頭に置かれた。すぐ離れるかと思ったのに、そのまますりすりとてっぺんを擦られている。
なに、縮め縮めって呪いでもかけてんの?
「そんなことしても俺の背は縮まないのよ千空ちゃん」
「うるせぇ」
とうとう自分の身長を伸ばすのではなく俺の背を縮める方向に来た。おもしろすぎるからそのまま突っ込めば、気まずそうにむくれた声で悪態をつくくせに手は止めない。
え~、かわいい。子どもじゃん。
それにしても、上から押さえつけるじゃなくひたすら擦るって。悪ふざけまでかわいいとかどういうこと。俺は砂の山じゃないから、これくらいで小さくなったりしないんですよねぇ。
我慢、はとっくにどこかに飛んでっちゃって笑い声を隠すことさえしない俺に舌打ちするくせに、千空ちゃんはどこにも行かない。ドイヒーな作業振ってきたり、笑いすぎだとむくれたりもしない。
ふらふら揺れる俺の頭に手を添えたまま、隣に居る。視線が痛いくらい、じっと俺を見ている。まるで観察でもしてるみたいに。
頭頂部からゆっくり後頭部に移動する感触。戻る時に少し髪が逆立って、さりさりと音がする。髪の毛が軽く引っ張られた。毛束の間にするりと潜り込んで、地肌をやわく押したのは少しざらついた指。千空ちゃんの。
確かめるようにゆっくり、千空ちゃんの手が動く。まるで髪を梳くような。頭を撫でるような、いっそ慈しんでいると言えるほどに。
……あれ?
「千空ちゃん、あんまり撫でたら俺削れて小さくなっちゃうかも」
「そーかよ」
撫でてねぇよ、がくるかと思ったのにそのまま受け入れられる。撫でてんの? え、千空ちゃんの認識としてこれ、俺の頭撫でてるってことで大丈夫なのジーマーで。
手のひら全体で包み込むように、ゆるりと頭が撫でられる。指先が地肌をくすぐり、感触を楽しむかのように髪の毛を撫でつける。戻って、もう一度。繰り返し。繰り返し。繰り返し。
「ゲン」
あれ? これは、ええと。
村でしょっちゅう見る、村長と子達のスキンシップとはちょっと違う感じが。千空ちゃんの『頭撫でる』ってもっとこう、ガシグワヨッシャ、って勢いあるやつかポンポンよくやったなバージョンで。
「俺は成長期なんで、すぐ伸びる。どれくらい伸びたか毎日テメーと比べるから、よろしくな」
「えぇ……ずいぶん一方的じゃない?」
「ダメかよ」
少し下から向けられる、真っ直ぐなまなざし。強気に宣言したくせに指先は冷たい。髪の毛がまるで俺にすがるように軽く引かれた。
背比べ自体は何の問題もない。毎日は多すぎでしょとかそういうのは置いといて。
じゃあ何が問題かって、……問題、は。
「千空ちゃん、今この瞬間も俺たち背比べしてる感じ?」
「あ゛ぁ。髪の毛でカサ増ししねぇようにしっかり撫でつけてるとこだ」
「それ千空ちゃんが言う~!?」
その髪型で! その髪型で!!
俺も撫でつけてあげようかと問えば、そのうちなと返ってくる。
いらねえ、じゃないんだ。そのうち撫でてほしいんだ。本当に千空ちゃん、俺に懐きすぎじゃない? 別にいいけどさ、かわいいから。
雑な言い訳が俺への甘えなんだろうなってわかっちゃえば、断るなんていじわるできない。だって千空ちゃんがここまで距離ナシなの、俺だけなんだもん。ずっと警戒するのしんどいよねぇ。
いいよ、お兄さんがちゃーんと甘やかしてあげましょう。
千空ちゃんが人恋しい時、無条件にいつでも寄って来れる体温だよ。安心しておいで。
「いつ身長差なくなるか賭けよっか。俺はね~、ずっと俺のが高いまま♡」
「あ゛!? ソッコー追い抜かすに決まってんだろうが!」
身長差より先に保っていた距離の方がなくなることを、この時の俺は予想もしていなかった。
ああ、いいお兄さんでいるための四センチだったのに一気に飛び越えられちゃった。甘ったれたガキだったことなんてないだろ、なんてずるいよねぇ千空ちゃん。キミはずっとそうだよ、かわいいの。