「おっ疲~」
あたりをつけてラボをのぞけば、朝から姿の見えなかった千空がいた。
なにに夢中になっていたのか知らないけれど、作業台の前で伸びをしているんだから終わったんだろう。ナイスタイミング、さすが俺。
自画自賛しつつゲンが湯呑の乗った盆を置けば、ガサガサと作業台を片づけてくれる。こういうところは気が利くのに、なんでお礼の一つくらい言えないかなこの子は。じっとり見てやれば気まずげに口をとがらせるので、心広く見逃してあげる。まあまだ高校生だし、それくらいの年齢は妙に照れたりするものだった記憶もあったりなかったり。
「あ、これカセキちゃん欲しがってた接着剤?」
「瞬間、とまではいかなかったがそれなりに強力だからな。さわるなよ」
作業台に置いてある瓶を指しわかりやすく話題を提供すれば、そそくさと乗ってくるあたりかわいい。なるほど、これを作っていたわけだ。司帝国とのあれこれが終わって以来、千空は暇をみては誰かが欲しがったものをせっせと作っている。勝つために、と考えず科学の力をふるうのが楽しいのだろうと科学王国民一同が温かい目で見守っているのに、気づいているかは知らない。
村長として、よりも年齢相応の幼さが見え隠れする少年の顔が強いから仕方ない。そういうところがかわいいんだよね、と口にしては怒るだろうから言わないけれど。
でも出しっぱなしはかわいくない。
「バイヤー、そういう危ないのこそ棚にしまってよ」
せっかく作ったんだからさ。壁に新たに備えつけられた扉つきの棚を指して大仰に嘆けば、今度はきちんと頭を下げる。うっわ素直。ずるい。こういうとこあるから普段の生意気な態度も許しちゃうんだよね。
危険な薬物が増えてきたから、と出入りする子どもたちが事故に遭わないよう作られた鍵つきの戸棚。
たぶんラボ自体に鍵をつけた方が簡単だったろうに、わざわざ壁に戸棚を作りつける。その理由が、リリアンの曲をいつでも誰でも聞けるように出入りを制限しないため、なんだから本当にもうこの子は。
千空が当然の顔をしてとる選択があまりに優しいものばかりだから、世界も優しくあれと願ってしまう。ゲンらしくもなく。なんだろうね、変なの。でも悪い気分じゃない。
「あ゛~、片づけたら休憩にするわ。せっかくメンタリスト様が気ぃきかしてくれたからな」
「そうしてそうして。朝からずっとやってたでしょ、そろそろ何かお腹に入れないと倒れちゃうよ」
「そこまで軟じゃねえよ」
お茶と一緒に持ってきた軽食にわかりやすく顔をほころばせるなら、ちゃんと食べに来たらいいのに。時間を誰より正確に把握できるくせに、食事も就寝もすっぽかすあたりどうしようもない。これは千空だけではなくクラフトチームの悪癖だけれど。なんせカセキもクロムも、自分の好きなことのためなら徹夜も当たり前なんだから。
できたての接着剤を棚にしまおうと手に取れば、意外とずしりとした重みが腕にかかる。瓶に入っているせいだろうか。そういえばゲンが慣れ親しんだ接着剤は、もっと小さなチューブに入っていた。これ結構大量だけどいいのかな……乾いて使えなくなったりとか。ふと心に浮かんだ疑問は依頼したのがカセキだったと思い出した時点で消えた。使うわ。これくらい平気で使い切っちゃうね、クラフトチームなら。なんの問題もないじゃん。
この戸棚を作る時にあったらもっと手軽に作れてたのかな。まあ案が出たその日のうちに作り上げていたから接着剤なんていらなかったのかもしれないけれど。嬉々として作業していた千空を思い出して軽く笑う。明日でいいじゃねえかと呆れていたクロムを後目に、イキイキ制作にかかっていた千空の嬉しそうな顔といったら。あんな表情をされちゃ、早く寝なよと促すのも申し訳ないくらい。
んだよ、と怪訝そうに問われ思い出し笑いだよと答えれば、首をかしげられる。
「棚に思い出すほどの面白いことあったか……?」
「あの時千空ちゃん、楽しそうに作ってたなーって。遅いから明日にしろってクロムちゃんにまで言われてたのにさぁ」
別に急ぐ必要もなかったのに。
そりゃ早くできるに越したことはないけれど、でも即じゃなくてよかった。なんなら千空じゃなくて、カセキに頼んでもよかったのだ。それなのに自分の役目だと言わんばかりにせっせと作っていたから。
なんだこんなに子どもっぽいとこ見せるんだ、もう、って。ちゃんと弦を緩めることができるんだ、って思えて嬉しくて笑っちゃうなんて言ったらまた気持ち悪いって引かれちゃうね。
「ああ、ありゃテメーが欲しいって言ってたからな」
は?
さらりと告げられた千空の言葉に思わず振り向く。ぐきりと首が鳴った。痛い。
「取引だなんだ言い出さず、お願いってのは珍しいからな。急いだ方がいいかと思ったんだわ、確か」
待って。なにそれ。
つまりクロムちゃんにまで呆れられて、それでもせっせと棚作ってたのは俺のため。みたいな。風に聞こえてしまうんですけど。
しかもそれをさらりと告げちゃうあたり、本人まったくおかしなこと言ってる自覚ないっぽいんですけど。
え、おかしくない? これあり? いや確かにラボに鍵つけるって話になった時、棚でいいじゃんささっと作ってよ~とか言った。言ったけど。でもあれはラボの出入り制限したくないって千空ちゃんの意見をさ、後押ししただけのことで。
いや後押ししたから? だからオッケー? え、ジーマーでわかんないわかんない、これ大丈夫??
「……へ~、やっさし~んだ千空ちゃんてば」
動揺を隠そうと何気ない素振りを装って、失敗する。
戸棚にしまうために頭上に持ち上げていた瓶が滑り、トロリとした中身が降ってきた。
バカ。なにしてんの最悪。え、これもしかして目に。
「ゲンっ!!!」
目をまん丸に見開いた千空が両手を伸ばす。
強力な接着剤だからさわるな、だっけ。これ目に入ったらまずいよね、やっぱり。洗い流したらなんとかなる? ってこの世界で視界失ったら詰みじゃん、バイヤー。
目の前がなにかでさえぎられ、ドンと勢いよくぶつかられた。吹き飛ばされた勢いのまま落としそうになった瓶を支えるように手首をつかまれ、押し上げられる。ぶれた身体は背中から後頭部まで壁に打ちつけ、やっと止まった。痛。コブできたかも。打ち身は絶対なった。いやさすがに助けてもらった手前、文句など一切ございませんが。
「っ、っぶな……ごめ、ありがと千空ちゃん」
「テッメ、う゛ぁ゛~……気ぃつけろ。目にでも入ったら終わりだ。洗浄くらいしか手がねえ」
「下手したら失明とか、な~んて……ごめんなさい反省してますからそんな目で見ないで怖いって」
「笑い事じゃねえからな」
じっとり睨みつけられて真面目な顔をつくれば、めまいか? なんて心配する言葉まで。
やめてこれ以上優しくしないで。ただ千空の言葉に動揺しただけなのに、体調不良なんて疑われたら申し訳なさで穴から出てこられない。うん、まだ入る穴掘ってないけど。いや本当になってない、気を抜きすぎてた。メンタリスト以前に大人としてダメ。たかが自分のためにがんばりましたって言われたくらいで。
……たかがではないな?
千空の時間を時給計算しようとしている自分を慌てて止める。意味がない。わかった認める。ゲンが言ったからと張り切って棚を作ってもらったのが嬉しい。それは当然、なんせ全人類を復活させようと動いている少年が自分を気にかけた、驚くし動揺もする。うん、よし、認めたからもう大丈夫。
ほら、ちゃんといつも通りの声が出せる。
「……あの、そろそろ手離しても大丈夫よ? 瓶、ちゃんと持ってるし」
「あ゛~、いい知らせと悪い知らせ、どっちから知りたい」
「え、なにいきなり映画みたいな。じゃあ悪い知らせ」
大丈夫でないのは千空だった。
ゲンの両手をつかんだまま、うろうろ眼を彷徨わせ唐突に二択を出してくるのはどういうことだ。
先ほどまでの会話で気まずくなるようなことはあっただろうか。棚については一方的にゲンが動揺したけれど、千空にとっては大したことではなかったはず。それなのに目の前の彼はまるで、都合の悪いことを白状する子どものよう。
「俺の手が接着剤でひっついた。とれねえ」
「ジーマーで!? え、俺にかかりそうになったの庇ってくれた時のだ? やだ、メンゴ千空ちゃんゴイスーかっこいいんだけど~!」
「結局庇えてねえんだからかっこよくないだろ」
む、とぶすくれた顔を向けられゲンのテンションがぶち上った。え、かわいい。拗ねちゃってんのかわいすぎない? かわいいって言っちゃっていいやつ? 怒られちゃうやつ??
いやだってかわいい。なに、なんなの高校生ってこんなんだっけ。弟とかいたらこんな感じ? 顔にかかりそうだった接着剤を手で払ってくれた時点でかっこいいに百億万点なのに、本人は不服そうな顔を隠しもしない。
手首をつかんだのも、一緒に瓶を支えるため。バランス崩したのも指を滑らせたのもゲンで、千空はできる限りのフォローをしてくれたのだから胸を張ればいいのに。感謝しろと上から言ってもいいだろうに、庇えてないからかっこよくない、とか。
誰か聞いて。王様の耳はロバの耳するしかない? ねえこのとんでもなくかっこよくてかわいいの、科学王国のリーダーなんですけど! ちょっと誰か語り合おうよ!!
は~、ダメ。こんなのゲン一人の胸に収めておくにはときめきが巨大すぎる。
「ちなみにいいお知らせは?」
「中和剤が棚に入ってる」
「サイコー千空ちゃん抱いて」
「なんでだよ」
お約束じゃん、まあ俺が言っても罰ゲームになっちゃうけど。
笑ってみせればしかめられた眉がやっと緩まる。
中和剤があるとなれば問題ない。もともとは、カセキ一人で作業する時に仮止めできるなにかが欲しいと求められできた代物だ。組み立てる際に留めた部分を外したくなった時用に、接着部分がはがれる薬剤も作るなんてさすが千空ちゃん未来が読めてる。
「……え、もしかしてジーマーでそういう能力が?」
「そういう?」
「未来が見える的な」
「もしそんな能力があったとしたら、テメーに接着剤持たせねえわ」
「メンゴってば」
組み立てミスるかもしんねえだろ、そん時外せた方がいいじゃねえか。さらりと口にするけれど、中和剤を作る手間を考えれば使う時に気をつけろと注意しておく方がラクだ。組み立てを間違えば、カセキならば自分のミスにカウントしてやり直すだろう。
本人まったくそんなつもりはないだろうが、人誑しだなぁとしみじみ思う。なんせ先ほど顔を出したばかりのゲンが、すでに本日分の誑されを終了してしまった。だってせっかく作った接着剤こぼしたのにさ、気をつけろの一言であとは責めるどころかこっちの心配ばっかよ。こんなの誑されない方がおかしいでしょ。
誰にかはわからぬまま内心言い訳を繰り返し、ゲンは作業台を見た。休憩のために軽く片づけられた台の上、棚の鍵は無造作に出しっぱなしになっている。
作業台に瓶を置く、棚の鍵を手に入れる、棚から中和剤を出す。足は自由に動くし鍵は作業台の上。両手を上げっぱなしという制限はあるけれど、瓶さえ置けば手も指も動く。ラッキーなことに戸棚の位置は視線の高さだ。かがめばなんの問題もない。
「じゃ、ひとまず瓶置こうか。で、鍵とって中和剤。ラクショーラクショー」
同じロードマップを頭に描いていたんだろう。頷いた千空と二人、作業台の横まで移動した時にはまさかこんなことになるなんて夢にも思っていなかった。ゲンにだって想像力の限界はある。
なんの問題もない、そのはずだったのに。
◆◆◆
「い゛っででででで、お゛い゛、いで、い゛い゛い゛い゛」
「うっそでしょ千空ちゃん……ロボットなの?」
「人体はそんな角度で曲がらねえよ!!」
「曲がるよ!? 脇腹のひとつやふたつ伸ばしなよ! これ瓶なんだから、投げ捨てたら割れるんだからね」
予定外だったのは、千空の体の固さだった。
腰の高さの作業台に体を曲げて手が届かないってどういうこと。固い。あまりにも固い。横に曲げる方が前に曲げるより確かに曲げにくいけれど、それでも曲がるでしょ人体。ラジオ体操でもやるじゃんこの動き。これじゃ瓶を置くどころか鍵も取れない。
「テメー柔らかいな」
「マジシャンですから」
「ほーん、人体切断系か」
「ネタバレしませ~ん」
ゲンがどれほど柔らかかろうが、手首を持っている千空の脇腹が伸びなければ意味がないのだ。
ちょっと横に曲げただけでぜえはあ言っている千空に期待はできない。これは何回か伸ばせばいける、とかそういうレベルではない。たぶん前屈しても床に指つかないタイプだ。指摘してみればよくわかったなと返ってきた。わからない方がどうかしてるし、そもそも当たっても全然嬉しくない。
「……よし、こうしよっか」
まっすぐ立ったまま、右足を太ももからぐぐっと横に上げて見せる。百八十度とは言わないまでも、百五十度くらいは開脚できていたはず。頭上までいけば自慢できただろうに、どうにも中途半端だ。
それでも鍵を取るには十分だろう。
「マジシャンなので、実はこういうこともできちゃう」
じゃじゃーん。頭の真上まで、は上がらないけれど顔の高さで足の指先をぐーちょきぱーすれば、バレリーナかよと呟かれた。なにその感想、かわいいかよ。身体固いのも許しちゃう、ジーマーで。
「千空ちゃんの固さで鍵とるの、ジーマーでリームーでしょ。まず手が作業台に届かないし。だから俺が足でさ、こう」
「なるほど、じゃあ俺がこの位置で……いや、だが取った鍵どうすんだ。瓶、持ったままだろ」
「別にそこまで重いもんじゃないから指離せるよ。それより鍵ひっかけた足から手に渡す時が大変かも」
「まあそこはトライアンドエラーだな。やってみるか」
千空が作業台に背を向け、体重をかける。重なるようにゲンが立ち、右足を持ち上げた。
太ももで千空の身体を挟むように前へ伸ばし、作業台の上に足の裏をつける。
「どうだ?」
「ん~、ちょっと見えにくいな……メンゴ、体重かけるよ」
「おう。俺も作業台にかけてる、気にするな」
千空の肩越し、鍵を吊るすために括り付けてある紐に目星をつけ爪先を伸ばした。紐は輪になっているから、どこかがひっかかれば勝ちだ。距離がつかみにくいためごそごそ足を動かしていると、下敷きにしている千空も居心地悪げに身をよじっている。ゲンと作業台に腹を挟まれた形になっているから苦しいのだろう。いくらゲンが細身といえ立派な成人男性だ。未だ少年めいた体格の千空なんて押しつぶしてしまいそうで正直ハラハラする。
「メンゴ、重かった?」
もうちょっとだけ我慢してね、と膝を伸ばすも少し足りない。股関節を開いてさらに太ももをぐっと斜め前に出す。自慢じゃないが可動域はちょっとしたものだと自負している。石化から目覚めてからも、なんとなく習慣になっていたストレッチを欠かさないでよかった。
「ん、んん~……あっ! あ~ダメかぁ」
「……耳元であんましゃべんな」
ぼそぼそと、千空にしては珍しく聞き取りにくい声音の文句に首をかしげる。さっきまでさんざん話していたのに今更。うるさいなら黙るけれど、らしくない。
まあゲンとしても、無言はつまらないだろうからというサービス精神だったので口をつぐんだ。話さなくとも鍵は取れる。
チャリ、と軽い金属音とかかとに硬い感触。ビンゴ。膝を外側に開くように足を引いて、鍵をズルズル引っ張ってくる。このまま作業台の端に寄せて、爪先にひっかけて手まで持ち上げればいい。一時はどうなるかと思ったけれどよかった。
「千空ちゃんいけそう! あとちょっとだから!」
仕方ないといえ、片足のゲンを支えるのは体力ミジンコの千空にはつらかったはずだ。ゴールは近いからと応援の気持ちで笑いかければ、なぜか千空は気まずげに視線をそらした。
眉はしかめられ、いかにも機嫌が悪いと言わんばかり。けれど千空の放つ雰囲気は、機嫌が悪いというより戸惑い、どうしていいかわからなくて混乱しているような。
少し考えてみるも、まあ気にしなくてもいいかと態勢を変えたとたん、ゲンは足の付け根にぐにょんと主張する塊を感じた。
「……あ゛~……すまねえ」
「いや、ああそゆこと……うん、そっか、ええと健康ってことだよ若いし!」
不機嫌ではなく気まずかったのか。確かにこれはどうしていいかわからないだろう。
抱き合う距離にある人肌と体温。触れ合う身体。そういう意図ではないと頭では理解していても、肉体は誤解してもおかしくない。
しかも股間を、ゲンが思いっきり刺激してしまっている。足で千空を引き寄せて股間同士すり合わせてるも同然の姿勢だ。不慮の事故でしかない。
「平気平気、ちゃちゃっと鍵とって中和剤ゲットしよ!」
下ネタで笑い飛ばすには千空は純粋培養すぎる。
せめてからりとした雰囲気にしようと明るい声を出したが、恥じ入るように目を伏せた千空があまりに稚く、なぜかゲンが悪いことをしたような気持ちになってしまった。違います誤解です冤罪です、確かに性器を押し付けあう形になってはいますがそういったつもりは一切なく。
……コートの下真っ裸でうろつくおじさんってこんな気持ちなのかな、わかりたくないなぁ。
不穏な内心を振り切るように勢いよく足を動かす。さっさと鍵を手に入れてしまえば、あとは棚から中和剤を出すだけ。少し気まずくても一晩寝れば笑い話になっているはずだ。
希望を込めて動かした足の、勢いがよすぎた。
足の爪先にひっかけたままゲンの手まで届けられるはずの鍵が、ひゅんと宙を舞い――足を広げた千空の股の間に落っこちた。
「っ、ナイススカート!」
「スカートじゃねえわ!」
「落ちなかったからバンバンザイじゃん、細かいこと言いっこなし!」
床に落ちていたら、足の指で拾うにしても苦労しただろうから落ちなくてよかった。千空がゲンを支えるために足を広げていたから、落とさなくてよかった。
よかった探しをしてみたけれど気まずいことに変わりはなかった。
こっそりうかがった千空の顔は、ぐっと眉をよせしかめ面をしているけれど頬が赤らんでいる。どこからどう見ても照れ隠し百パーセント、メンタリストじゃなくても恥じらっていることがわかってしまう。
なんせ鍵が落ちたところがまずい。ほんのり盛り上がっているのが見てわかるのだから、つまり固くなってきているということで、それが目の前の男に股間ずりずりされたからって理由なもんだからゲンとしてもどうしてやればいいのやら。
さっさと股間から話題をそらしてあげないと、これ以上千空ちゃんが恥じらう乙女みたいなとこ見せてきたらどうなるかわかんない。俺が。俺が!? 勘弁して、変質者の気持ちだけは理解したくない。
とりあえず鍵の位置だけでも変えてやろうと、ゲンは足先でぎゅむっとつかんだ。鍵を。
その時はすっかり頭から抜け落ちていたのだ。急いでどうにかしてやらねば、とばかり考えて他の事が目に入っていなかった。自分の足がわりと器用なことも、よく動くことも、鍵が落ちていたのは千空の股間だということも。
全て抜けたまま、悪気などかけらもなくゲンの足で。
「っう゛ぁ」
軽く勃ちかけていたところに刺激を与えられ、思わず声を出した千空は悪くない。わかってる。
だからその声にびっくりして足を振り上げてしまったのも仕方ない、はず。
鍵をとるためにスカートを爪先でつかんだままだったから、裾がめくりあがり千空のお元気なジュニアが外に出てしまったわけですが。でもわざとではない。わざとじゃないんです、事故です、仕方なかったんです。お巡りさん本当なんです信じて!!!
ああでもさすがに、まさか鍵についていた紐がそこにひっかかるだなんて。
「せ、せんくちゃ、あの」
「……何も言うな。テメーは悪くないって必死で言い聞かせてんだ、こっちは」
鍵についていた、くるりと輪になっていた紐がスポッと。
元気よく勃ちあがりかけていた陰茎に、見事に。
イン。
「輪投げの才能ゴイスーあったんだ、俺……マジシャンとメンタリストと輪投げ師の三足のわらじはけちゃう……」
「黙れっつったな」
「千空チンが輪っかにイン」
「テメーうまいこと言ったみたいな顔してんじゃねえ!」
「待ってジーマーで待って、千空ちゃん怒るたび千空チン揺れんのこれ笑うとこだよね? 笑っていいとこだよね??」
だって鍵がチャリチャリ鳴ってんだよ!?
ちんこ勃起したまんま根元で鍵ぶらぶらしてんだよ!??
金玉の前に金の鍵揺れてんだよ金色じゃないけど!!!
「おっま、ゲン覚えてろよテメー、っぐ」
「笑ってんじゃん! 千空ちゃんも笑っちゃってんじゃん!!」
「そりゃ笑うわ! 自分のちんこになんかぶら下げたことあんのか、動くたびに揺れてるの感じてんだぞこっちは!!」
「やめて! 俺の千空ちゃんはそんなちんこ鍛える修行みたいなことしない!!」
「誰の千空ちゃんもちんこは鍛えてねーんだよなぁ」
「え、やだ鍛えようよ……耳動かすみたいにちんこ動かして鍵ぴょーんって手まで投げてよ」
「それできるようになってなんの得があるんだよ……今か。今大活躍してくださるわけか」
「ダメ、勘弁してジーマーで。頭の中で千空チンがダンベル持ち上げ始めた」
「本体より力強いじゃねえか、やるなちんこ」
「千空ちゃんも話しかけちゃってるよ、自分のちんこに別人格与えない方がいいよジーマーで」
「そりゃメンタリスト様のおありがたいお話か?」
「一見落ち着いてるけどかなり頭てんぱっちゃってんだね千空ちゃん……」