おまえを絶対凹ませてやる!

やはりな、と風呂場で最後の男士をチェックし、山姥切は確信した。
この本丸の男士の内、山姥切だけ胸に突起がある。
来た当初からほんのり違和感を抱いていたのだ。なんだか妙に皆、胸がなだらかではないか、と。だが戦ごとに直接関係するわけでもない些事で、主や仲間をわずらわせるのもいかがなものか。胸の形状が少々異なろうと、刀剣男士として問題があるわけではない。だから山姥切は気にしなかったし、なんなら違和感を忘れてさえいた。だが、ここにきて急に気にしだしたのは理由がある。
もう一度さりげなく周囲を見回し、うん、とうなずく。やはり間違いない。胸がでっぱっているのは山姥切のみだ。
風呂場で行き会うたび地道に確認し、まさに今、最後の男士の胸元も見た。平であった。山姥切にはある胸の突起ふたつが、なぜか皆にはない。
これが乳首だという知識は持っている。
女性はここから赤子に乳を飲ませるし、突き出していて当然の部位だ。刀剣男士の肉体は人の身を模しているのだから、出ている分にはなんの問題もない。
だがこの本丸の男士には、乳首がなかった。山姥切をのぞく全刀剣男士に。
正確には、乳輪はある。だがその真ん中、乳首が突き出しているだろう箇所にはなにもなく、胸部はただなめらかだ。
風呂で顔を合わすたび、不自然にならぬようさりげなく胸元を確認したが全員ない。これはいったいどういうことだろうと、山姥切は乳首のある己の胸板を見つめた。

 

実はこの本丸、審神者が陥没乳首であったため顕現された男士も影響を受け、皆『そう』であった。
審神者は己の乳首が陥没している自覚はあれど、まさかそんな影響があるなど想像もしていない。何か不自由はないかと問うことはあれど、「乳首ちゃんと出てる?」と確認せねばと考えたこともない。男士とて手足や視界の不備は気にかけても、乳首が陥没していようがいまいが気にもとめない。そして、全員の乳首が陥没しているため違和感を抱く隙もなかった。これまでは。
陥没乳首なので無いのではなく中に納まって『有る』のだが、間近でじっくり見たわけではない山姥切には『無い』としか思えなかった。
またこの審神者、思春期に陥没乳首をからかわれたことから「自分と違う部分があってもけして面白半分に口に出すものではない」と折にふれ伝えていたため、誰も山姥切のみ乳首が出ていることを口にしなかった。あからさまなバグならまだしも乳首である。腕が三本生えているや指が二本少ないならまだしも、乳首。そんなもの、髪色以上に気にする必要はないのだ。

 

気づいた当初は、もちろん山姥切もそう考えていた。
政府で顕現した時から己の体に乳首はあるし、それは本丸の男士として主に再顕現されてからも変わらない。この本丸の男士達には乳首がないようだが、それは戦にも本丸業務にも何ら関わり合いがない。
だが、こう、あまりにも。
そう、あまりにも全員の胸がつるんとしているのだ。
別に誰も何も言わないし注目もされていない。わかっている。わかっていても、どうにも、自分だけ違うことが居心地悪い。また寒くなってくるにしたがって、ときおり乳首が勝手に硬く尖る様になった。温かい風呂にでも入ればやわい乳首に戻るのだが、尖ると服にこすれるし、シャツ越しに妙なでっぱりがあるように見え不格好ではと気になる。
他にもそういうものがいればよかったが、山姥切だけなのだ。この本丸で、山姥切のみが乳首をでっぱらせている。
大したことではない。だからこそ主に相談できない。だが気にしないでいられるほど山姥切は大雑把ではなかった。乳首なんてあってもなくてもどちらでもいい。なら不都合のない方がいい。
全員の乳首チェックを終え、己の乳首の形状のみ違うのだと確信した山姥切は決意した。
気にするようなことではないと言い聞かせている時点で、すでに気にしているのだ。それほどなら、もういっそ原因を取り除けばいい。
つまり己の乳首を取ってしまえばいいのだ。
そうすればこの胸もつるりとなめらかなものになる。
決意した山姥切の知識に残念ながら『陥没乳首』はなく、皆は乳首がないのではなく中に入り込んでいるのだとは誰も伝えてやれなかった。まあ、伝わったとしても思いとどまったかどうかは不明である。

 

◆◆◆

 

その日、何の気なしに腐れ縁の部屋を訪れた南泉はとんでもない光景を見ることになった。
山姥切が己の本体を、自身の胸に突き立てようとしていたのだ。

「なっ、にしてんだにゃー!!?」

まさか巷で噂の『山姥切問題』とやらを苦にしてか。この本丸は認識もしっかりしているし写しは素直に本歌を慕うタイプだったはずだが、見逃していたのか。いやそれよりこいつがそんなことで自刃を選ぶか? 今日も元気に山姥切していただろうに。
胸中にごうごうと嵐が吹き荒れる中、懸命に止めれば返ってきたのは不審げな顔。寒いから早く襖閉めてくれないかな、と言われてようやっと南泉は己の勘違いを悟った。心臓に悪い。
かくかくしかじか、説明されればなんともはや。

「……つまりなんだ、おまえは乳首がいらねえから切ればいいって思っただけなんだにゃ?」
「ああ、手入れで戻るといえ髪や肌の手入れをしているものもいるだろう。それと同じことだよ」

理由を聞けばなんてことない、どころかしょうもない。そりゃ誰にも言わず己だけで対応しようとするだろう。
だって乳首って。要不要を考えたこともない、南泉もまるで意識したことのない部分だ。
というか、乳首を切り落とす行為を髪や肌の手入れと同一視していいものか。どちらかというとイボを切り落とす方が近くないか。

「そんな違ってたか?」

内番着をめくりあげて見比べれば、確かに山姥切のものとは違う。
顕現当初、自分の乳首が本霊の頃見た人の子のものと違うな、と調べ『陥没乳首』という状態なのだと知っていた南泉は、伝えてやろうとして、つい口をつぐんだ。
これはこういう形態なだけで異常ではないし、たとえるならまぶたが一重か二重かの違いのようなものだ。どちらがいい、悪いという話ではない。あと乳首がないのではなく隠れているだけ。
だが、インターネットで調べた際、「陥没乳首ってエロいよな」的発言を南泉は目にしていた。ただ乳首がちょっと引っ込んでいる事のどこにエロさを感じるのか、人の子というのは面白いなと感心しただけだった。その時は。
正直、本丸全員が陥没乳首なのでエロさを感じるどころか違和感のいの字もない。なんなら変化が見える分、出ている山姥切の乳首の方がエロいのではないかとすら思う。
だがここで山姥切に、これは陥没乳首だと教えるとする。己の乳首を不要だと切り落とそうとしたこいつなら確実に、陥没乳首になる方法を調べるだろう。そして「陥没乳首ってエロいよな」発言を目にしてしまったら。
別に南泉は、己の乳首が陥没していようがいまいがどうでもいい。これまで気にしたことはないし、これからもきっとないだろう。
だが、知ってしまった山姥切に、猫殺しくんの乳首ってエロいんだ……と思われるのは。
俺はよくわからないけど人の子達にエロいって思われてる乳首なんだな、猫殺しくんの……と今後ずっと見られると思うと。
絶対に阻止しなければいけないという強い気持ちが、胸の内に湯水のごとく湧き出てくる。
勘弁してくれ。五百年の腐れ縁にそんなことひそかに思われて、なんなら気なんてつかわれてみろ。想像だけで折れそうだ。

「あー、……出てるつってもこんなもん誤差だろ」
「今はそうでもないけど寒かったり刺激を与えたりするともっとでっぱるんだ。見てなよ」

山姥切が指でぎゅうぎゅうとこねれば、米粒のようにちんまりした乳首がぷくりとふくれあがった。指先でつついてみれば確かに硬い。でっぱっている乳首というのはなかなか面白いもんだな、と南泉は思わず引っ張ってしまい痛いと怒られた。意外と敏感らしい。

「例えば俺に最初から尾が生えていたなら、切ると方向転換などで問題があるかもしれない。でも乳首ならなくていいだろ」
「まあ、乳首だもんにゃあ」

本丸には赤子もいなけりゃ山姥切は女性体でもない。不要と言えば不要、だが。
見えないだけで南泉達にも乳首はあるから切る必要はない。隠れているだけだ。そう伝えても、出ているのが嫌だと言う山姥切は聞かないだろう。
正直、切り落としてもなんの問題もなさそうな部分すぎて説得の言葉が見つからない。
南泉とて、本丸内かつ南泉の目の前でなければ見逃してしまいたい。だが、今ここで切れば本丸内での刃傷沙汰、確実に主には気づかれる。ならば初期刀と近侍、今晩の主の警護についている短刀は当然知る。そして本日の近侍は山姥切国広なのだ。せめて昨日、もしくは明日なら前田か江雪であったのに。
この格好つけが、己の写しを前にして「乳首がでっぱっていて硬くなるのが嫌で切った」と素直に言うだろうか。言うわけがない。このカシオミニを賭けてもいい。ところでカシオミニってなんだ、にゃ。
適当な事をペラペラ言いたてごまかすのに南泉を巻き込むのはほぼ確実。それを避けるには陥没乳首と伝えるべきだが、そうすると山姥切が陥没乳首はエロいという知見を得てしまう。
それだけはイヤだ。本当のオレは背が高くてでかいはずで、決してエロい乳首の持ち主ではないのだ。

「つーか出っ張ってんのが嫌なんだろ。じゃあ押し込んで中に入れりゃいいんじゃねえの。ほら、へそみてぇに。にゃ」

いや押して入るとか人体はそんな風になってねえだろ、と口にした南泉も思う。あとへそも押されたから引っ込んでいるわけではない。
だがいい案が思いつかなかったのだ。とりあえず今を乗り切りたい。たぶん山姥切国広に知られなければこいつもそこまで暴走しないだろう。あと巻き込まれたくないので目の前で切らないでほしい。できたら自室で一人こっそりやってくれ。俺はそうしていたのに部屋を訪ねてきたのは猫殺しくんだろ、と言われればその通りすぎるがそこはそれ。できれば南泉が遠征で留守の時などが望ましい。
だが、いずこの神が味方したのか、山姥切は納得したとばかりにうなずいた。

「なるほど、一理ある」

あったか!?
え、押したら入るだろ、に一理もあったのか!??

「猫殺しくんの胸筋ふかふかだものね。俺のももう少しやわらかくすれば入りそうだ」
「だろ~?」

なにひとつ「だろ~?」ではない。南泉の胸筋は乳首収納のためにふかふかなのではないし、そもそも特に言いたてるほど柔らかくない。一文字は皆こんなものだ。鍛えた筋肉は柔らかいと聞くので、山姥切としては褒めているつもりなのかもしれないが。
しかし乗る。このビッグウェーブに乗らずしてどうする。

「これまで意識して鍛えてなかったから仕方ねえにゃ。ま、ちっとふかつき意識して鍛えりゃおまえならすぐだろ。とりあえず押し込む方で考えて、どうしても入らなかった時に切り落とすかどうかまた考えりゃいいにゃ」
「そうだね。俺としたことが結論を急ぎすぎていたようだ」

生真面目にうなずく姿にホッと息をつく。
これで今日の所は本丸内での刃傷沙汰は避けられた。あとはどうにかして、山姥切に陥没乳首を調べさせないようにすればいい。

「ま、これに関しちゃオレのが先輩だからにゃ。わかんねえことがありゃ聞けよ」
「助かるよ。主に相談するほどでもないが気にはなっていたから」

すべてやりきった気持ちの南泉が腰を上げる前に、山姥切はさらりと告げた。なにひとつ疑うことなどありませんという幼げな顔と真っ直ぐな声音で。

「では明日の夜から俺の乳首を収納するため、協力よろしく頼むよ」

にゃんで俺が、はぐっと飲みこむ。ここで断れば絶対にこいつは調べる。そして陥没乳首はエロい、と知るのだ。
あ、猫殺しくんの乳首って……そうなんだ……へぇ……ねえ、演練の時はシャツのボタンを閉めた方がいいんじゃないかな人の子の目にもふれることだし。からかわれるならまだしも、眉を下げ珍しい本気モードの心配をのぞかせた腐れ縁が余裕で想像できて南泉は歯噛みした。こいつにエロいと思われるならげんこつでもくらわしてやればいいが、人の子達にそう思われるのだと同情などされてみろ。それで気遣われる? 最悪も最悪、こいつの言を借りるなら不可不可の不可である。
それくらいなら山姥切の乳首収納チャレンジにしばらくつきあう方がマシだ。
押して引っ込むものでもない気がするが、南泉としては収納されなくても気にしない。こいつとてしばらくがんばって結果がでなければ諦めるだろう。乳首が出ていることで戦闘に不利になるならまだしも、勝敗にはまるで関係ないのだから。

「……次の日、出陣ない時だけだぞ」
「もちろんだよ」

面倒な事になったな、とため息をついたのは本心だった。まあどうせすぐ飽きるだろう。協力を、と言うが別に律儀に毎晩顔を出さなくともいいだろうし、数回つきあえば山姥切も満足するはず。
南泉は確かに、この時、そう考えたのだ。

 

◆◆◆

 

山姥切は困惑していた。
なぜかたまに脳筋扱いと言うか、なんでもかんでも力押しで解決する男士だと思われていることがあるが、山姥切はけしてそのような性質ではない。悩むより行動、不審な事があればまず現場に、をモットーとしているだけで考え無しではないし時によりけり悩みもする。
そして今がまさにその、悩み時であった。

「猫殺しくん、その、もうそれはいいから」
「ん? でももうちっと硬くなんだろ、ほら、まだぷにぷにしてっし」

きゅむ、と乳首を摘まみ上げられ思わず腰が跳ねる。勢いのまま逃げた山姥切の乳首を、南泉は当然の顔をしてもう一度摘まんだ。そのままくにくに弄られると、乳首だけでなくなぜか腹の奥がじわじわしびれどうにも大人しく座っていられない。つい腰を揺らした山姥切をどう思ったのか、疲れたなら寝転がるかと南泉は機嫌よく笑った。
山姥切が己の乳首を収納するため南泉の協力を求めた時点では、ここはこんな反応ではなかった。
刺激に硬くなりふくりと立ち上がることはあれど、胸板に米粒のようななにかがついているな、程度の認識で。乳首を押し込むために胸筋をやわらかく鍛えねばと奮い立っていた山姥切にしてみれば、鍛錬の最後にでも押し込んでその日の結果を確認しようかな、くらいしか考えていなかった。

いつからだろう。
胸を揉む南泉の指がかすり、くすぐったいと身をよじっていた頃だろうか。
押し込む方も硬い方が押し込みやすいのではと、揉む前に乳首をピンピンに尖らせるようになった頃だろうか。

向かい合っておざなりに胸を押されていたのに、こちらの方がやりやすいと胡坐の上に乗せるよう横抱きにされ、南泉に抱え込まれるような態勢で胸を揉まれ乳首を潰される頃には、もうびくつく身体を自力で止めることはできなかった。肩や腰を跳ねさせる山姥切を抑え込む南泉は、当初の面倒そうな顔ではなく、ひどく愉快そうに炯々と目を光らせて。
走ったわけでもないのに息が荒い。膝裏に腕を通され抱き込まれているせいで足が浮き、踏ん張りがきかない。身をよじっても、距離を取ろうと腕を突っ張っても、腕の中から逃れられない。ゼイゼイと真っ赤な顔で汗をかく山姥切の上、布団に転がされ、横になった方がラクだろうと南泉がのしかかってくる頃にはもうとっくに自覚していた。

これは快感だ。
山姥切は、乳首を胸に収納しようとして、快感を得てしまっているのだ。

「ぷ、にぷにとか! してないかな!!」
「そうか? ああほら、健気にぷるぷる震えてピンクでかわいいにゃあ」

ピン、と弾かれた乳首は確かに震えていたし以前より色味は増したが、健気だのかわいいだの言われる筋合いはない。それなのに南泉は、いい子いい子と山姥切の胸元を撫でた。唾液でたっぷり濡らされた乳頭が南泉の指先できゅむりと押され、左右に揺らされる。

「ほら、もっと硬くなれでかくなれ。おまえならできるにゃ」
「そこに話しかけるな」
「こっちのがよっぽど素直だから仕方ねえにゃあ」

素直ってなんだ。
ふざけるな俺だって、と言いかけ山姥切は慌てて口を閉じた。勢いに任せてとんでもないことを言ってしまいそうになった。俺だって、なんだというんだ。乳首に対抗心を燃やしている場合か。

「ふにゅっとした乳首が芯もってぐんぐん頭もたげてくの、張り切ってんにゃって微笑ましいし、俺に撫でられてうれしそうに震える先っぽうっすら赤くてたまんねぇし、胸元も首筋も顔も耳も真っ赤に染まってんのキレイだろ。にゃ」
「いや、だから」
「赤い夕陽はキレイだろ? ピンクってかわいいって乱が言ってたぜ。目的もって行動すんのはいいことだし、褒められて嬉しそうな短刀とか見てたらうれしくねえ?」

乳首がはりきっててうれしそうで顔も耳も赤? 乳首の顔?? 褒められて桜を散らす短刀はかわいいから見ていてうれしい、それはそうだな。なんだか妙な理屈をこねられている気がするが、山姥切の茹だった頭にはまるで入ってこない。
南泉の手のひらがやさしく胸元を撫でる。その度ひっかかる乳首が揺れ、なだめるように指先がトンと乳頭を上から抑える。
ぬるぬると人肌のぬめり、芯に響く衝撃、耳元でささやかれるたび吐息にくすぐられ、同意を求めるように唇で耳朶をやわやわ食まれる。ふれられ、南泉の体温を感じるたびじわじわと山姥切の胸に快感が溜まっていく。普段言われないような言葉。そんなんじゃない、違うと否定するも褒めているのだと言われれば拒むことは難しい。

「なあ山姥切、化け物斬り、おまえならわかるだろ?」

返事を求めるよう、きゅ、と先端に爪をたてられ慌てて口を開く。
ダメだ。今変な声が出そうになった。

「ま、まあ誉め言葉ならっ、……受け取らなくもない、かな」
「褒めてるに決まってんだろぉ。かわいくて頑張り屋でえらいにゃって」

だから今夜もがんばれるよにゃ。耳に甘ったるい吐息を注がれながら、山姥切は布団の上に押し倒された。見上げる南泉は山姥切の気持ちなどまるで理解せず、にこにこと無邪気に笑っている。
当然だ。だって南泉は何も気づいていない。山姥切が乳首で快感を得ているなんて、欠片も。
もし知れば、さすがの南泉も気を悪くするだろう。乳首がでっぱっている古馴染みが気の毒だ、という情で協力してくれているのに、山姥切だけ勝手に気持ちよくなってしまっているなんて。さすがにこんなこと、申し訳ないしいたたまれない。あまりに身勝手すぎる。絶対気づかれてはいけない。

 

最初はこうではなかったのだ。
そう、向かい合って座っていた頃は、どれだけ南泉の手がふれてもなんともなかった。
これまで通りの筋トレではやわらかくならないのでは、と南泉のしている筋トレ方法を聞いたり、ストレッチをしたり。ほおずきの実の中身を抜くように揉めばいいのでは、と思いついた時には世紀の大発見かと二振り盛り上がったものだ。あれは焦るととたんに皮が破け中身が出てしまう。ひたすら根気強く、硬い実をやわやわと時間をかけて揉むのが重要なのだ。

出陣のない日の前夜、はそのうちほぼ毎晩になった。
レベルが頭打ちになった山姥切も極修行にまだ赴いていない南泉も、出陣を他のレベル上げ中の男士に譲ったからだ。身体が鈍らないようカンスト男士も出陣できるが、人気のため週に一度しか回ってこない。
つまり週に六日は乳首収納チャレンジができるわけで、南泉は真面目に毎夜通ってくるわけで、連日、山姥切は胸を揉まれることになった。
途中、これ一振りでできるのでは? 筋トレやストレッチならまだしも、胸をひたすら揉むのにわざわざ来てもらわなくてもいいのでは? と気づいてしまったが、一振りで己の胸を揉むという絵面のつらさについスルーしてしまった。どうせむなしい行為をせねばいけないなら、気の置けない相手と楽しく話しながらがいいに決まっている。

当初の目的からずれてしまった山姥切を見透かすように、乳首を硬くした方がいいのではないかと提案してくれたのは南泉だ。
やわらかいモチにゆでる前の硬い小豆は押し込めるが、ゆでた後のやわらかい小豆では押し込む時につぶれて入らない。乳首にも同じことが言えるんじゃないか。このまま揉んで胸筋がせっかくやわらかくなっても、押し込むべき乳首がやわらかければ結局意味がないのでは。
なるほど、と山姥切は感心した。理屈は通っている。そして真剣に考えてくれている南泉に感謝し、ぼんやりしていた己を恥じた。いくら毎晩南泉と語るのが楽しいからといって、当初の目的を忘れてはいけない。南泉は山姥切の胸筋を揉むために来ているのではない。乳首を胸に収納するために来てくれているのだ。
さすが猫殺しくんだ、これからもよろしく頼むよと礼を述べた山姥切に、南泉はなぜか顔を赤くしほんとにいいのかよとかもう少し警戒心をもてとかよくわからないことを言っていた。めったに素直に礼を言わない腐れ縁から感謝の気持ちを伝えられ照れたに違いない。これだから猫殺しくんはかわいい。
その日から、乳首への刺激が追加された。
乳首をつまんでいるのになぜか腹の奥や腰がビリビリしびれ、自分でやるとつい手加減してしまうから、代わりに南泉がしてくれるようになるのはすぐだった。じっと座っていられず落ち着かなげに腰を揺らす山姥切を抱え、動かないように両手両足で抱え込み、顔をのぞきこまれながらひたすら乳首を弄られる。
見るなと言っても「おまえすぐ痛くないとか適当言うし、傷になってもヤベーだろ。痛いかどうか見てんだから隠すにゃよ」と言われてしまえば顔を隠すこともできない。
あんまりさわりすぎると摩擦で痛くなるだろ、と舐められた時は驚いたが、確かに南泉の舌は指先より当たりがソフトだ。唾液をしっかり絡められればぬるぬると摩擦は弱まり、軽い痛みを覚えていた乳頭はピリピリしびれるだけになった。舌全体で押しつぶされたり唇で乳首をしごかれたりちゅくちゅく先端を吸われたりするのは乳首だけでなく腹の奥がぞわぞわするけれど、その間は南泉が胸元に顔を伏せているので山姥切の顔を見られない。だから情けない顔をしているだろう時に舐めてほしいとねだれば、南泉は「おまえそういうとこ……勘弁しろよそういうところだぞ」とブツブツ言いながらも丁寧に舐めてくれた。顔を見られたくないから、という逃げの理由に気づいているだろうに見逃してくれる、おまえこそそういうところだぞと山姥切は言いたい。
他にも、他の皆と違う乳首を気にしてると思ったのか、大浴場に人がいない時間に声をかけてくれたり、刺激で痛みがあるならつけろとオロナインを買ってくれたり、細やかな気遣いエピソードには事欠かない。さすが脇差としても扱われたこともある南泉一文字、気遣いが違う。

 

山姥切は本当に感謝しているのだ。
乳首が自分だけある、なんてたいしたことない話をきちんと聞いてくれて。悩みともいえない愚痴のようなそれに、真摯に対応してくれて。
正直、協力しろと言っても面倒だとごねられると思っていたし、二、三回顔を出せば役目は果たしたとばかり来なくなると思っていた。
それがこうも毎晩つきあい、山姥切以上にこちらのことを考え、親身になってくれるとは。
だからこその困惑。
まさかここまで南泉が協力的だと思わず、またそれが継続してしまったからこそ、言えない。
もうそろそろ乳首収納チャレンジやめようかな、なんて言えるわけがない。

実は山姥切は、最近、乳首がでっぱったままでもいいかなと思い出したのだ。
邪魔でしかないただのできものと同程度だった乳首だが、今はさわればとんでもない快感を産む箇所である。
成人男性の人の子を模した身を持つ山姥切は、性欲もそれなりにあった。これまではそういうものだと定期的に性器を刺激し対処していたが、快感はあれど、まあこんなもんかというレベルだった。陰茎をこすったら気持ちいい。確かにそうだな、うん、程度だ。だがここでまさかの乳首。このしびれるほどの快感。おまえの役割はこれだったのか。赤子に乳をやるでもない男性体になぜついているのかと不思議だったが、ここを弄るだけでこんなにも気持ちいいなんて、そりゃつけておく。わかる。今俺は人の子と完全にわかりあった……!
同時に湧き出る、南泉をはじめとした本丸内の仲間へのほんの少しの申し訳なさ。なんせ乳首が凹んでいる皆は、この快感を得られないのだ。
知らないままならいい。それなら、ないのと同じだ。
だからこそ、知ってしまった山姥切は口を閉じる。だって南泉の乳首が出ているなら同じ快感を得られるが、南泉の乳首は凹んでさわれないのだ。ならば絵にかいた餅、わざわざ気持ちいいよと言いたてるなど性格が悪いどころか性根が腐っている。

率直に言って、こうして毎夜南泉に丁寧にやさしく胸をもまれ乳首を弄られるのは、気持ちいい以外のなにものでもない。快感は日に日に増しているし、なんなら胸元以外にふれられるのも気持ちいい。ぐったり力の抜けた身体を抱きしめられながら乳首をきゅむきゅむ押し込まれ、ほら力抜けよ痛くない痛くない、と囁かれては陥落するしかない。
これがなくなるのは正直イタイ。ずっと続けてほしい。だけど、このままでは乳首だけで達してしまいそうで、さすがにそうなると乳首を弄ると感じるということを隠せない。今はまあ、股間が硬くなってるのは気づかれているだろうけど、リラックスしたら勃起するとか疲れマラとかあるので大丈夫だろう。たぶん。射精しなけりゃ大丈夫。南泉のもゴリゴリに硬いし。
あと、乳首を収納してしまうともうこの快感を得られなくなると思うと、ちょっとシャツのとき胸元がでっぱるくらいベストを着ればいいから気にしなくていいんじゃないかと思える。主の教育がいいのか、この本丸では誰も外見についてアレコレ言わないし。
だから今日こそ。
もう乳首は凹まさないでいいと、そう。

「ねえ、猫殺しくん……っ、もう乳首は」
「諦めねえし努力家だし、性格が化け物なところはあるけどおまえは本当にえらいにゃ。よくがんばってる」

凹まさなくていいよ、と言う前に褒めが降り注ぐ。
こんなことを言われて「もうやめます」と言う山姥切長義がいると思うか? いるわけないだろ。ここでやめると言えば、でっぱった乳首を弄るのが気持ちいいからこのままにしたいと伝えない限り、諦めたということになる。は? 諦めるとか解釈違いですが?? 俺は気持ちいいからこのままにしたいのであって、凹まないから諦めるわけではないんだが!??
だが乳首がさわれない位置にある南泉に、乳首摘まむの気持ちいいよ飛び出してるってサイコー、とか非道にもほどがある。努力でどうにもできないことをあげつらうものではない。

「っ、と、当然かな!」
「うんうん、だからもうちっとがんばれるよにゃ?」

夜に押すだけでなく日中もずっと押し込んでおけば癖づくのではないか。名案だろ、と乳首を上から押しつぶすようにして絆創膏をはってくれた南泉は、山姥切の目をひたりと見つめた。

「いいか? 勝手にとるんじゃねえぞ。これはおまえ一振りの問題じゃねえ、とっくに俺の問題にもなってんだ。何かあったらオレに言え。はがすのも、結果がどうなったか確認すんだから必ずオレの前でだ」

痛くないように、と丁寧に乳首にオロナインをすりこみ絆創膏が剥がれぬようにと上から何度も撫でさする南泉は、本当に気の利くいいやつだなと山姥切はしみじみ感じ入った。
言い聞かせながら南泉は、絆創膏の上から乳首をきゅっと急に押したり軽く爪をたてたりするので、山姥切の意識はついそちらにひっぱられる。手持ち無沙汰なのだろう。手遊びのように山姥切の乳首を弄るのは頭がぼんやりするからやめてほしいが、以前指摘した際は「んなことしてたか、にゃ」ときょとんとしていた。無意識なら仕方ない。
じくじくうずく快感ごと絆創膏で押さえつけられたから、正直、何を言われているのか耳には入っているがしっかり理解できていないような。まあ後からもう一度聞けばいいだろう。仕方ねえにゃと言いながらも耳元で幾度も繰り返してくれるから、山姥切は南泉に聞き返すのが好きだ。南泉の唇が頬やこめかみにふれるたび、ふわふわと浮かれた気持ちになるのは悪いものではない。むしろもっとこう、たくさんしてほしいような、そういう。うん。
南泉は身内に甘いから、なんだかんだ言いながらこうしてつきあってくれる。
本当にいい刀なのだ。南泉一文字は。

「うん、うん、はがさない。猫殺しくんだけ」
「おう。オレがおまえを絶対凹ませてやるからにゃ。おまえの乳首が凹んで胸の中に納まるまで、ずっと、ずーっとオレがこうして協力してやるからにゃあ」

責任感が強いなぁ猫殺しくんは、と笑った山姥切は聞き逃してしまった。
胸だけじゃなくて全身柔らかくした方がきっと乳首を押し込めるから、おまえがくたくたのやわやわになっちまうように明日からは全身マッサージもとりいれような、という提案を。ひたすら絆創膏ごしに乳首をいじられていたため、よれちまったにゃあともう一度貼りなおされていたから、なにかにゃあにゃあ言ってるなあとスルーしてしまったのだ。
次の日、『提案』を実際に施されながら耳元で何を言っていたのか繰り返され、これなら乳首を弄られて射精したとバレないのでは!? と乗り気になった山姥切を、おまえはほんとかわいいにゃあと南泉はまた褒めた。