「石垣くんさんはな、使命があるんよ」
従兄と同じ小さい頭の中でなんやいろいろ考えてるのかもしれんけど言うことはなかなかパンチきいとるな、と俺はちらっと彼女の肩にはねる髪の毛を見ながら黙った。感想は口にせんほうがええ、とさすがに学んでいる。
「ええ大学行って顔そこそこで要領ようてそれなりに女の子にもてる友達いっぱいつくってな、滞りなく学生生活をエンジョイしたら関西圏のそれなりにええとこにお勤めして」
できたら京都から通勤圏内、と真顔で言うから真面目に肯く。それは言われるまでもなく、地元にいるつもりなら大阪で就職先を探すのはあたりまえなので否定することもない。
「あ、ええとこ言うても転勤はあかんよ。転勤あるとこはなしな」
なるほど保険屋と銀行と、あとなんやろな。それは避けよう。
「先輩やら同僚はもちろんやけど、後輩とも仲ようしてな。一緒に合コンとか行くくらい」
まあ石垣くんさんやったらそのへんは大丈夫やろうけど。さらりと伝えられるあけっぴろげな信頼がかわいくてうれしい。
「大事なんは質と量やで。顔はそこそこでええの。でも男同士でええやつって言われてる人はあかん。デリカシーないのがほとんどやし。あと頭悪いんもイヤ。うちに優しくないのとかもありえへん」
指折りあげられる理想はなかなかに条件が厳しい。
でもそれはあたりまえでしょうがない、俺が受け入れんとあかんところなんで否定だけはいっこもせんと。
「優しいてな、うちのこと大事にしてくれて、頭ようて背がたこうてちょっと照れ屋で口数は多ないけどちゃんと話は聞いてくれて。叱ってくれて、けどどうしようもないとこあるからうちも背中押したりできてな、家族思いで、ちょっと誤解されやすいけど中身知ったら絶対かわいい」
そうやな。
俺もそんなんが好きで、そんなヤツに出会ったからもう離してやれんくなってもうて。
「いっこのことだけあほみたいに一生懸命で、不器用で、いらんことも結構言うし勉強かてねだらんと教えてくれんししかも教え方結構スパルタやしユキちゃん最近太ったんちゃうとか昨日言いやがったしちょっと自分が細いからって腹ぺったんこやからってちくしょう」
「ユキちゃん、ずれてきたで」
「あ」
ぐぐぐ、と思いだし怒りをしだした小さな頭を撫でれば大きな目をぱちりとまたたかせる。しもた、と笑う顔は年齢相応でやっぱりかわいい。
「まあとにかく、石垣くんさんの使命はな、そういう男の人をうちに紹介することやから。いっぱい」
「ユキちゃんまだ中学やろ」
「これからの話や。準備すんのに早すぎるっちゅーことはないし」
そーゆー人がそのへんにひょいひょいおる、なんてさすがにうちかて思てへんよ。つんとすまして缶コーヒーに口をつけたユキちゃんは、くるくる変わる表情と同じように機嫌も変わるのか今度はえらい楽しそうに笑いだす。
俺にも妹はいるけど全然違う。これは遺伝かたんに外向けの顔かどっちや。
「石垣くんさん、油断してたら知らんで? ゆーとくけどこれ脅迫なんやから」
キョーハク。
女子中学生が口にするにしてはなかなか物騒な単語をだしてくるのは、やっぱり遺伝か。血、すごいな。
「せやかて考えてみ? うちがええ年して恋人の一人も連れてこんと、結婚なんてする気ない相手おらーん、て過ごしてたとするやん」
「ユキちゃんなら選り取り見取りやろ」
「今そーゆー話ちゃうねん。もしも、や。もしそんなやったら心配したおかーさん絶対『ユキもなー、ええ年して相手もおらんとか心配やわぁ。いっそ翔くんがもろてくれたら安心なんやけど』とか軽い気持ちで言うからな。確実」
それは言うな。言うだろう。脳内で完璧に再生できた。
「したら翔兄ちゃんうちと結婚するもん。捨てられんの石垣くんさんやろ。な? うちがちゃんとした人と結婚せんとあかんやん」
「ものすっごい理解したわ」
「がんばってな」
「めっちゃ脅迫やった」
「せやろ」
恐ろしいなと震えて見せれば、奢りの分教えたげたんよと缶をぷらぷら振って。
俺の人生設計をするりとなぞってみせた恐ろしくかわいく健気な女の子は、とてもきれいに笑って難題を押しつける。
「翔兄ちゃんくらいうちのこと大事にしてくれる人やったら、さっきの条件よかちょっとくらい落ちてもええよ」