ラブレターではありません - 1/2

アンケか、とこぼされた声はいつも通りかすれていたけれど、ほんの少しだけ低かったのをカラ松は敏感に察した。

「いや、それだけ一松先生の筆に力があるということだな!? なんせここ最近の展開は」
「暗かったもんねぇ」

ひひ、と特徴的な笑い方で先生は話を切り上げようとする。
カラ松が、人嫌い・暗い・コミュ障と編集部での評価は一定の小説家、松野一松先生の担当になってそろそろ一年になる。こんなに先生が受け入れたのは君が初めてだ、と営業のはずなのになぜか担当編集者のような立場となってしまい悩んだのも今は昔、気心も知れた現在は二人三脚でこの大海原を進んで行ければと希望に燃えている。それは目の前で猫をかまいだした先生も同じ気持ちだと思っていたのだが。

「先生、オレとしてはこの展開は悪くないと思っている。いや、正直に言うならおもしろい。波瀾万丈だし先が読めない」

担当編集者のような、であって担当であると胸を張れないのはカラ松がまるで編集の仕事をしていないからである。
社との連絡や原稿の受け取り、資料を集めたりはもちろんしている。ただ、作者とどういった展開がいいか話し合ったり意見したり、ということをいっさいしていないのだ。そう、同期のチョロ松とおそ松先生のように、侃々諤々とやりとりできれば。一松先生はすべてを自分で考えたいようだし、デビュー作からもわかるように独自の世界観で話を展開するタイプだ。
せめて自分の古巣である営業で役に立てればと願っているのだけれど。

「だけど人気のあるキャラクターがどんどん死んでいく今の展開は、幅広い層にアピールするには厳しいと思う」

自分の作品にカラ松のような素人が意見するなんて嫌だろう。む、と眉間にしわを寄せた先生は返事もせず猫ばかりを見ている。その気持ちはわからなくはないが許してほしい。
売れてほしいのだ。だって先生の話はすばらしい。カラ松は彼のデビュー作からずっと、どの話も最後はほんの少しだけ前向きになれる作品達を愛している。

「先生には今後のビジョンが見えているから彼らの死も必然のことなのはわかる。だが自分の応援しているキャラクターがいなくなってしまうのはとても悲しい」
「・・・・・・そんなご大層なこと考えてない、し」

むかつくから退場してもらっただけ。ぼそぼそと視線をそらしたまま呟くのは気まずいからだ。それくらいは一年のつきあいでカラ松とて学んだ。
うれしい。先生が自分の意見に耳を傾けてくれている。うれしい。なんだかまるで、先生の世界にカラ松が入ることを許されたような。うれしい。うれしい。うれしい。

「なに、あんた熱でもあんの」
「はい?」
「顔すっげぇ赤いけど」
「え??」

体調などこの喜びの前ではなんの問題もない。けれど、メシだ掃除だとこき使われていたことを思うと心配されている現状がこそばゆくてならない。

「あ、はい! 元気です! なんの問題もないです!!!」
「そ。ならいいけど」

確かに額にふれた手は熱い。知らぬ間に風邪でも拾っていただろうか。しかし今はカラ松の自覚ない体調不良よりも先生の次回作の展開だ。ほんの少しでも耳を傾けてくれている今を逃すわけにはいかない。

「先生、ところで次の展開なんだが」
「誰も殺すな、ってゆーんでしょ」
「うーん・・・・・・先生は最終的にどう着地させるつもりなんだ? 猫の国で猫に間違われたままカニャマッツ姫は暮らすのか、人間に戻って猫の国を去るのか」

呪いによって猫になってしまったお姫様の冒険活劇は、小中学生に莫大な人気を誇っている。そんじょそこらの男よりも力が強くたくましいカニャマッツ姫と人間の王子様や猫の騎士が入り乱れるどたばたコメディとして人気を博した作品が、恋の相手候補であった男達がどんどん死んでいくミステリーと化した今かわらずの人気を保っているかと言われると厳しいところがあるが。

「オーソマ王子は」
「あんな博打好きに姫預けられるわけないでしょ」
「チョッロ大臣」
「細かすぎる」
「ジュッシ」
「彼女猫がいるでしょ」
「トッディなら」
「友情と恋は違うからね」

姫の相手として人気の高かった名前を出していってもことごとく否定される。先生の中では誰も姫の相手ではなかったのか。毎月はらはら読んでいたカラ松など、活躍する王子様や騎士を、彼かそうかどうなんだ? とやきもきしていたというのに。

「じゃあ皆お友達でハーレムエンド、というやつだろうか」
「っはぁ!?? おれのカラマツを勝手にビッチにしないでくんない!?」
「す、すまない」

自分の作品は子供のようだという。ではキャラクターも子供、しかもどうやら思い入れのある姫ならば目に入れても痛くないのだろう。先生の剣幕に驚いたカラ松は、姫の名前が自分の名前のように聞こえたことはスルーした。言い間違えは誰にでもあるし。たまにキャラクターのモデルになんてこともあるらしいけれど、一松先生がカラ松相手にそんなことするわけないし。そもそも姫はちょっと力が強くてぽんこつなところがあるけれど、笑顔がかわいくて健気でぬけててどうにも守ってやらなければと思ってしまう魅力的なレディなのだ。

「じゃあイッチか」
「っ!!!!!」
「イッチも悪くはないと思うんだ。確かに王子だの騎士だの大臣だのっていう社会的地位はないし、姫にいじわるばかり言ってるし。でもあれだろ、ほら、流行の」

呪われてしまった姫の傍に最初からいた、彼女の飼い猫。猫になったから言葉を交わせるようになって、彼がなかなかに辛辣で口が悪いとわかった姫は驚いたり困惑したりしていたけれど。
でも確かに助けられていた。精神的にも肉体的にも。

「ツンデレってやつだ!」

さすが先生、流行物も押さえているなんておみそれしたぜ。
バーン、と手で拳銃を形作り撃ってみれば、うぐぅと先生は倒れてくれた。なんだなんだ、今日はノリがいいな。機嫌が直ったのだろうか。

「・・・・・・あ、あんたは」
「んん~?」
「あんたは、姫の相手があいつでも、あの、いい、と、思うわけ」

アンケートではイッチの順位はそう高くなかった。そもそも猫なので姫の相手として換算されていなかったのだろう。カラ松とて王子様だの騎士だのが盛りだくさんの話でまさか飼い猫とフラグが立つとは思わない。
けれど先生はもしかしたら最初から。
そうだ。ずっとずっと一緒にいたのは。話を聞いて、寄り添い体温を分かち合い、なにがあっても傍にいたのは。

「いいんじゃないか」
「口、悪いよ。ひどいことばっかり言ってるし、素直じゃないし、役立つこととかしてやれないし、コミュ障だし」
「でも姫のことが好きなのは、確かにイッチが一番なんだよなぁ」

先生に言われるまでこのミスリードに気がつかないなんてうかつだった。さすが一松先生はギルトガイだな。
本心からのカラ松の言葉に、ずっとそらされていた先生の視線がするりと持ち上がる。

「・・・・・・本気?」

ああきっと先生も不安だったのだ。
自分の作品の展開は決まっているけれど、連載は毎回の反応がこまめに届く。このままでいいのか、受け入れられるのかと胃を痛めながら書いていたに違いないのに。

「おれは先生の作り出すお話も、イッチも、先生のことも」

カラ松は営業だから、通常編集がするようなことができない。子供のおつかいのようなことしかできないけれど、でもせめて。ここにファンがいる。あなたのことが、あなたの作り出す世界が大好きな人間がいるということで先生に少しでも力強く思ってもらえたら。

「大好きだ」

 

◆◆◆

 

今後の展開に希望はあるのと問われ、ハッピーエンドがいいなぁと何の気なしに返したカラ松の元に、バラの花束と完結した冊子が届いたのはその一年後のことだった。
姫のモデルはあなたです。そっけない一枚のカードで回りだす歯車は、きっとこれまでに何度も油をさされていたんだろう。たった一文、一押しでくるくると勢いよく回る理由。
真っ赤な顔の差出人は王子様でも飼い猫でもなかったけれど、カラ松もお姫様ではないからこれもまた立派なハッピーエンドというものなんだろう。