【苦節6年】僕のヨメがかわいすぎてつらい【祝成人】 - 2/2

目の前の男がなにを言っているのかカラ松にはわからない。

「みんなに祝福されちゃったよ。やっぱり祝ってもらえるのはうれしいよね」
「……ど、して」
「ん? ああ花束驚いた? カラ松バラ好きでしょ。だから」

にこにこと上機嫌なこの男はなぜここにいるのだろう。ストーカーとして刑務所にいるのではなかったのか。もう二度とカラ松に近づかないと念書ももらったはずなのに。

「卒業式に迎えに行けなかったのはほんとゴメン。ごたごたで傍にいられなくなっちゃってさ、不安だったでしょ。やっと会いにこれると思ったら誕生日も過ぎちゃってて」

記念すべきハタチの誕生日だったのにね、と頬を撫でられ鳥肌が立つ。頭上で縛りあげられた腕はぴくりとも動かせない。指先が冷たいのは血が通わないほどに締めつけられているせいか、恐怖か。

「そうそう、気づいてた? ほら、このネクタイ。中学の時におまえがくれようとしてたのだよ」

黒地にドクロのマークがついた安っぽいネクタイ。なんのことかまったく記憶になくて、けれど口を開くこともできずただカラ松は唾液を飲み込む。

「やっぱり記念だからさ、今日つけたかったんだ」

ネクタイを贈ったことがあるのは父親にだけだ。中学3年の時新しくできた父親は兄にも自分にも優しくて、なにより女手ひとつで育ててくれた母親を愛してくれた。今日だって、せっかく実家に帰って来たからと夕食は家族で食べる約束をしていて。楽しみに、していて。

「せ、んせ」
「もう名前で呼んでよ」

なぜ。
中学校の時の保健医だ。それは覚えている。当時はそれなりに懐いていた。保健室は空調が効いていて快適だったしお菓子やココアをこっそりくれるのも楽しみだった。ふざけて悪ノリしても笑って流してくれる、飄々とした穏やかな先生だった。
でも温かな交流なんてそこまで。
満員電車での痴漢や夜道の変質者、気持ちの悪い手紙を送りつけてくるストーカー。高校に入学してからずっとカラ松を悩ませていた原因がこの男だと判明して以来、中学の時の記憶もすべて唾棄すべきものでしかなくなったのに。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
なにを考えてなにを言ってなにをするつもりなのか。
さきほどのように無理やり身体を痛めつけてカラ松を女の代わりにするのか。そのために、さらったのか。

「カラ松、幸せになろうね」

足に力が入らない理由を目に入れたくなくてカラ松は視線を向けることができない。
縛られていて痺れている、だけならどれほどよかったことか。

「愛してるよ、この生の終わりまで」