このあとめちゃくちゃ責任とりたい!!!!! - 2/2

最近カラ松はサムライと仲良くなった。

 

きっかけはなかなか運命的で、一仕事終えた爽やかな早朝、不条理な暴力に襲われていたカラ松を颯爽と助けてくれたのが彼だ。不慣れな外国で出会った親切にいたく感動したカラ松が礼をしたいと告げると、謙虚にもなにもいらないと去ろうとする。
なんて格好いいんだとカラ松は震えた。これが噂のサムライか。男ならば喜ぶだろう、女性を斡旋すると告げても別に不要だと首を振る。これが本国ならマフィアとしてそれなりの地位にいるカラ松にできることは多い。しかしいくら日系といえ、初めて足を踏み入れた国でできることなど取引先の伝手を頼っての風俗を奢ることくらいだ。それを拒まれてしまい、カラ松は困惑した。正直そこまで礼をすることにこだわらなくてもよかったかもしれない。けれど、かたくなに拒むサムライの態度がカラ松を燃え上がらせた。困難は打ち砕いていくタイプだ。でないとマフィアなんてやっていられない。

日本通の同僚から聞いたサンコノレイはさすがによく効いて、サムライの家に入るのは成功した。女性に興味がないのに初物が好き、という情報から同僚が推察したように、初めてなら男でも問題ないおおらかな性格だったようだ。日本はHENTAIの国だから大丈夫なんせ今のトレンドはこんなに可愛い子が女の子のわけない男の娘だ、とふたなりだよHAHAHA! とカラ松にはよくわからない呪文を唱えていたが仕事はできる男なので気にしない。メイドキッサ、とやらを奢る約束はきちんと果たすつもりだ。
カラ松としては、礼ができたのと同じくらい、自ら拡張した尻穴が無駄にならなくて安心した。
もちろん趣味ではない。これまでの人生、穴につっこむことはあってもつっこまれたことはないし、そもそも男の尻の穴など興味をもったこともない。かっこいいことが好きなカラ松としては、前立腺マッサージで己の尻になにかつっこまれてひぃひぃ言うのはスタイルに反する。
しかしながら、風俗を拒まれてはカラ松が現在使えるものなどこの身ひとつである。そして同僚から借りた参考資料には、初めてであってもちょちょいと指をつっこんだだけで皆尻穴にぐいぐいつっこんでいるのだ。
これまで意識して触れたことなどない場所にそっと指をすべらせる。きゅ、と指先に力を入れてみて確信する。
無 理 だ。
ここにあんなものを入れるとか無理。あんな、とかサムライのものがどんなのか知らないが、どれだけ短小だろうが指一本よりは太いだろう。どう考えてもあの資料はおかしい。
切々と訴えたカラ松に、同僚は鼻で笑った。
簡単だったら礼にもならないだろ、ほんとおまえ馬鹿だな。自分で慣らして入るように拡張してから行くんだよ、あっちに労力使わせたら礼にならないじゃん。
確かにその通り過ぎてカラ松は肯いた。目からうろこが落ちる、とはこのことか。初めてだからとかしたことがないとか、そんなものは言い訳だ。サムライが望んでいてカラ松はそれを持っている。正直男で本当に大丈夫かと不安であったが、尻穴がちょっとくらい広がってもクソがしやすくなる程度で死ぬわけじゃなし、他の誰に知らせるわけでもないからかっこわるい所を見られることもない。

 

◆◆◆

 

結果的に大成功に終わった礼の後、再びサムライの元を訪れたのはアフターサービスのつもりだった。
男相手で本当に礼になったのか。喜んでもらえたのか。射精していたからそれなりに気持ち良くなってはくれただろうけれど、ごつくて硬い男の身体だ。後から気分が悪くなっていないだろうか。
心配と、あとほんの少し。少しだけ、仕事で下手を打って沈んだ気持ちのまま職場に戻りたくなかった。ターゲットは処分したから仕事は完遂したけれど、みつかって殴られた頬が己の未熟さをじくじく苛む。気分転換に、謙虚で静謐なサムライの顔を見たかったのだ。

カラ松は本当に、顔を見たら帰るつもりだった。こないだの行為がきちんとお礼になっていたかを確認して、サムライの静かなたたずまいを感じて、そうしたらこの縁もおしまい。異国で親切にしてもらった楽しい思い出のひとつとして寝物語にでも語るのだろうと。
計算が狂ったのはサムライのせいだ。
眠そうな半目をぱちんと見開き、カラ松の腫れた頬を見てひどく心配気に瞳を揺らした。それがあんまりにもあからさまで、あけっぴろげで、どうしようもなくて。目の前のサムライが無力な子供のような顔をするから、カラ松はどうしてかうんと年上の隣のお姉さんみたいな気分になった。
お隣のお姉さんがしてくれることはなんだと思う? もちろん世の男の子たちがすべからく妄想する夢のお姉さんだ。現実のじゃない。カラ松はもちろん夢見たし、きっとカラ松の下であえいでいるサムライも夢見ただろう。
腰を動かすたび聞こえる声に、じわりと喜びが沸き上がる。感じてくれている。たかが一度身体をつないだだけの見知らぬ男を心配してしまうような優しいサムライが、カラ松の身体で。男の尻なんてきついだけでそう気持ちいいものでもないだろうに、それなのに。
上下運動は慣れていないからしんどいしきっと明日は筋肉痛だし尻穴は広げたといってもやっぱり痛いし、カラ松にとって気持ちいいことなんてなにひとつない。射精のひとつもできていない。でも。
気持ちいいかと問いかけてこくこく肯かれたのが、なんだか妙にかわいらしくて頭から離れなくなった。

 

◆◆◆

 

二度ある事は三度ある、ということわざがこの国にはあるらしい。つまり空から女の子が降ってきたらその後を追ってお付きのメイドだのライバルだのも降ってきて最終的にハーレムになる、という意味だと同僚は主張するがそんなことをことわざとして後世に伝えてどういうつもりなのだろうとカラ松は首をひねっている。この国の文化はひねりがきいていてカラ松にはたまに理解できない。ワビサビ、というやつだろうおそらく。
理解できないといえば、サムライのこともよくわからない。
その日暮らしで余裕のない生活をしているのだということはカラ松にだって一目でわかった。だから愛用しているジッポがなくなった時、もしかして彼のところにあるのではないかと思ったのだ。一応オリジナルで、クロス部分にサファイアとダイヤが埋め込んである。質屋にでも持ち込めば腹の足しくらいにはなるだろう。

別に責めるつもりはなかった。カラ松とて昔はそういったことをしていたし、生に貪欲な証拠なのだから喜ばしいくらいだ。カラ松が気づかないように盗るなんてさすがだな、と感嘆していたくらいで。
それなのにサムライはあっさり返してくれた。ばれたから気まずいと思っているのかと思えば、そういうわけでもないらしい。名前を名乗りあい、知り合いになったのだから金に困っているなら援助できる、とカラ松が意気込めばなぜか食事まで勧めてくる。他人に食事を分け与えられるほど余裕のある生活にはとうてい見えないのに、聖人なのだろうかこの男は。

ハンチョー、と教わった名を呼べばすいと視線が寄越される。カラ松が高級スーツに身を包み彼の年収よりも高価な時計をしていることなど一目瞭然だろうに、そのまなざしにうらやみなど欠片もない。ただひたすら、料理が口にあうか、足りているかなんてカラ松のことを思いやっているだけの愚直な視線。
意味がわからない。理解できない。これは彼がサムライだからなのか。この国の人間を多数抱えている取引先は、カラ松もよく見知った人間ばかりだ。利害関係で結ばれ、計算高く、冷酷でほんの少しだけ義理がたい。ビジネスだからかと個人的な知り合いを作ってみても、やはり皆理解できる者ばかりで。
ハンチョーだけが理解できない。

あんたなんで上脱がないの、と訊かれたのはいつであったか。マフィアだと告げているのだから拳銃を隠し持っているためだと知っているだろうに、抱きしめて眠りたいのだとねだられ目を白黒させた。やはり敵対組織の手先でカラ松を殺そうとしているのかと疑ってみたものの、それなら食事に毒を盛るなりなんなりもっと効率的な殺し方はいくらでもある。試しに上着に拳銃を隠しシャツだけになってみたら、ほくほくと抱きしめて本当に眠ってしまったからカラ松は困惑するしかなかった。まだナイフも隠し持っているがそれはいいのか? 奥歯に毒も詰めてるけど大丈夫か??
おかえりもただいまもいってきますも、ハンチョーから教わった。こちらで仕事をするにあたってよく使う日本語だけは叩きこんできたものの、日常をゆるやかに送るための言葉に割く余裕などなかったから。仕事仲間にはふざけるなとくそったれ、それしか挨拶なんて必要なかった。それなのにハンチョーが、繰り返すから。会う度何度も、何度も。カラ松のためだけに作られる温かい食事、カラ松に向けてだけ放たれる受け入れる言葉、金も地位も権力も要求しないくせにキスだけはかたくなに求めてくる。

これは惚れられたのだろうかと思いきや、あんたの匂いが嫌いだなんて拒まれて。
匂いはフェロモンだ。好ましい相手はどんな匂いでもいい香りだし、どれほど高級な香水をふりかけても嫌なヤローはどぶ川だ。つまりハンチョーはカラ松に惚れていない。こんなに全身で好きだと言っておいて? 意味がわからない。

わからないながらも恩人だから、初めてが好きだと言っていたから会うたびしたことないことをした。幾通りか体位を試して、なぜかしたがるから事前準備も明け渡して。ハンチョーは本当に好奇心が強い。初めてのことはなんでもやりたがる。男の尻穴など触るのはごめんだろうと必死に自分でほぐしたのは、結局数回だけだった。おそらく順応性が高いのだろう。茫然と寝転がっていた初めが嘘のように、自主的にカラ松の服を剥ぎ舌をすべらせあちこちを労るように撫でる。
せめて嫌いだと言われた体臭が少しでもしないようにシャワーを浴び香水をふって来ているのに、鼻先を耳の後ろにつっこんでは険しい顔をする。その度ぎゅうと心臓が痛むのを無視するのにも慣れてしまった。
そう、ハンチョーと同じくカラ松とて順応性はそれなりに高い。口でなんて絶対に無理まずい、と避けていたフェラチオだって最近じゃしない方が少ないくらいだし、痛いだけだった尻穴はうっかり前立腺を発見されて以来快感を得られる穴に進化してしまった。事前準備をハンチョーがするようになってから、面白半分にいじられまくったのが悪かったのだと思っている。
順応性。慣れ。親しみ。
これはそういったものであってけしてそれ以上じゃない。けして、そう、昼に見たドラマのような愛だ恋だの騒ぎじゃないはずなのだ。

 

 

 

「結婚して、ください」

 

 

 

愛だ恋だの騒ぎじゃない、はず。

「……ハンチョー、どうした」

なぜか目の前で正座しビロードの小箱を差し出すハンチョーに、カラ松は寝起きのガラガラ声でとりあえず問いかけた。スーツ姿なんて初めて見る。作業着とジャージ以外もってたのか。
今日はどこかへ出かける用事があると言っていただろうか。いつも通り遊びに来て、セックスして、シャワーを借りて、だらだらドラマを見ながらなに食べるか話して。そうだ、急に真っ赤になったハンチョーが「せせせせきせきせせせき」なんて壊れたレコードのようにどもりだしたから「赤飯だろ! ビンゴォ~」って助け船を出したのだ。そうしたらなぜか「ああそうだよお祝いだよクソったれふざけんなお祭り騒ぎだ大喜びだよ俺がぁ!」って理不尽に怒鳴られて、出かけると言うからカラ松も帰ろうとすれば寝ていていいから家に居ろと止められて。最近とみに成長著しいハンチョーのせいで疲れ果てていたカラ松は、お言葉に甘えて先程まで二度寝を楽しんでいたのだ。
そして唐突なスーツ姿の正座ハンチョーが目の前に居る。

「赤飯は?」
「炊いたよ! もち米たけぇよクッソ腹立つ!!」
「そうなのか。初めて食べるな、楽しみだ」
「はっ、初めて……デスカ……ソーデスカ初めて」

ぐぇぅ、とカエルを踏みつぶしたような音がしてなぜかハンチョーが顔を覆って天井を見上げた。カラ松が寝ている間に一体なにがあったのか。
普段は喜怒哀楽を表に出さないサムライであるところのハンチョーがこうも激情に身を震わせている理由を、訊いてしまってもいいだろうか。カラ松はあくまでも知人であり、彼の関係者ではない。興味本位で首をつっこむのはもっと嫌われてしまいそうで嫌だった。

「ええとハンチョー、何かあったなら俺はもう行くから気にせず」
「あんたがいないと意味ないから!」
「う、うん!? そうか、え、そ、そうなのか?」

がしりと力任せに握りしめられた左腕が痛い。べたついているのはハンチョーが汗をかいているのだと気づいて訝しむ。偏食で栄養が足りてないハンチョーは低体温で汗をろくにかかない。夏場でも青白い顔をして、シントウメッキャクスレバヒートモマッタナシ、の心意気だったはずだ。

「あの、だからせき、責任を」
「ああ赤飯は俺が責任を持って食べきるぞ!」
「ちょっと黙っててくれませんかねぇ!?」
「あ、はい」

睨みつけてくるハンチョーは正座のせいでカラ松よりも視線が上だ。未だ離されない左腕のすぐそばには先程差し出された小箱。きれいな濃紺のそれは、中になにが入っているかカラ松にだって予測がつく。ただ、どうしてここにあるのかがわからないだけだ。
息を吸って、はいて。ぐいとなにかを飲み込んだハンチョーは、カラ松をまっすぐ見て口を開いた。

「あんたの初めてもらった責任とって、結婚したい。結婚、してください」

寄る辺ない子供のような揺れるまなざしのくせに、逸らすことなくただひたすらカラ松に向けられる視線。これはいけない。カラ松がうっかり夢の隣のお姉さん気分になってしまった時も、こんな目をしていた。セックス中に初めてのことをしては気持ちいいか問いかけた時も、こくこくといっそ無邪気に肯いて。このハンチョーに、カラ松はすこぶる弱い。どうしてか、なんでもしてやらなければいけないような気がしてしまう。ちょっと邪険にしたら泣いてしまいそうな気がするのだ。りっぱな成人男性なのに。サムライだというのに。

「ん? 血痕、……けっこん???」
「籍がどうたらはおいとくとして、とりあえずあんたが俺のになってくれたらいい。俺だけのになって」
「いや俺はボスのもので、ファミリーを裏切るわけには」
「あ゛ぁ゛!? 誰だよボスってやっぱりあんたそういう商売してんのかよ俺に傷物にされたって言ったのはなんなんだよ!!?」
「ボ、ボスはボスだぞ俺はマフィアだって言っただろ前に! 名前は一般人にばらしちゃダメだから言えないけど」

泣きそうな子供がいきなりすごんでくるからちょっとカラ松は涙目になった。驚くと涙が出る悪癖はどうにも治らない。
そもそもキズモノ云々はちょっとした軽口じゃないか。小粋なイタリアンジョークだ。確かに礼として差し出したのに感じが悪かったかもしれないが、それくらいのじゃれあいは許される雰囲気だったはず。男の初めてとかそりゃ心の底からどうでもいい瑣末なことだけれど、でも、カラ松とて一応がんばったのだから怒らなくても。
だいたい勃ったし、出たし、その後なんだかんだ自主的に動くようになって最近じゃ舐めたり噛んだりまでしてくるのはハンチョーの方だ。じっとしていてくれればカラ松ががんばるのに、そうじゃないと礼にならないだろうと思うのに、まるでカラ松も気持ち良くないと嫌だと言わんばかりにあれこれしてきて。優しくして。

そう。優しく、優しく、優しくしてくるんだ目の前でいきなり怒りだしたサムライは。一番最初、名も知らぬ親切なGiapponeseでしかなかった頃からずっと、金も地位も権力も与えないこの身ひとつのカラ松に。なにもいらないと言って。

「っ、ああ違う責めてんじゃなくて、あの、つまり……あんた俺以外につっこまれたこと、ないって、こと……デスヨネ!?」
「あたりまえだろ! でないと礼にならないじゃないか、初めてがいいってハンチョーが言ったんだ」

言いきった瞬間、すがるように伸ばされた手を拒めなかった時点でカラ松の運命はきまっていたのかもしれない。
本当は簡単だ。さほど鍛えていない細い腕、骨が目立つ肩、薄い胴体に大きいけれど平べったく節の目立たない手。ひねって、押し倒して、ちょっと体重をかければこんな骨なんてすぐ折れる。成人男性で身長はそう変わらないといえ、実戦を好むカラ松にとっては子供のように頼りない身体。
抱きしめられているまま動かない、理由をつけないといけない。

「……確かに俺もまだ家庭を持ったことはないが」
「あ、そっかそっちの心配もしとかないとだったか……いやでも職がアレだって思ってたんだし仕方ないよね」
「ハンチョー? 一人で納得してないでくれ。ええと、結婚というとあれだろうか。神の前で誓って夫婦になる、あの」
「逆にそれ以外ありますかねぇ、こんな格好でこんなもん差し出して」

かぱりと蓋を開けられた小箱の中は、予想通り指輪が入っている。あまりにこの場に不似合いすぎて、盗んだのかなんて冗談でも口にしようとして殺されるかもしれないとカラ松は珍しく空気を読んだ。
確かにカラ松は目の前の男に感謝している。恩人だしいかすサムライだし彼が嫌いだという体臭を消すため努力するくらいには好きだ。わりとなんでも叶えてやりたいと思っている。いるけれど。

「いやでも結婚は好きな人とした方がいいと思うぞ」

初めてが好きというニッチな趣味のためだけに暴走してはいけないと真面目に諌めてやれば、感動したのかハンチョーはぶるぶる震えた。確かに男と結婚なんてこんな機会がなければできないだろうけど、趣味のために全てをかけるのは賛成できないとカラ松は思う。考え直してくれるようでよかった。

「……だからそう言ってんじゃん……なんで伝わってないの……なんなのこいつ頭悪いにもほどがある……ッ」
「ん? どうしたそんなに思いつめた顔をして。もっとsole(太陽)のように……ううん、えーと、なにか企んでいるような引き笑いを浮かべている方がハンチョーらしいぞ!」

カラ松はハンチョーが好きだ。優しくしてくれて、恩人で、なんせいかすサムライで。惚れられているのかと思いきやそうでもないとわかったときはちょっとがっかりしたくらいに、男相手にセックスしまくれる程度に、好意がある。だからこそいけない。男同士はこの国の文化だと同僚も言っていたけれど、さすがに生涯を神に誓うのは避けたい。彼への恩一択でそこに賭けるのはリスクが高すぎる。
これからも遊びに来て、セックスして、飯を食って、だらだら過ごしたいのだ。
それはハンチョーにとっても悪い話じゃないと思うからなんとか説得したいのに、目の前で頭を抱えるハンチョーはさっぱり聞く耳を持ってくれない。

「……わかった、わかんないけどわかった。とにかくあんた、俺が嫌なんじゃないよね?」
「おう! ハンチョーとずっと一緒にいたいと思ってるぜ」
「じゃあどこまでなら譲れるの。結婚はダメってことはセックスももうしない?」
「いや、したいな」
「っ、し、仕事とかそういうのじゃなく、あんたがちゃんとしたいって思って、る!?」
「気持ちいいからするの好きだぞ」

そして男と結婚するような仕事はしたことがない。どちらかというと家庭を築くより滅ぼす方が得意だ。

「っぐ、ソーデスカ、好き、デスカ。……い、一緒に住んだりとか、は」
「別にかまわな」
「いいの!!???」

え、じゃあもう事実婚じゃん適当に言い繕って指輪はめさせたら虫よけにもなるし最適じゃね。ぶつぶつと手元を見つめ呟くハンチョーが楽しげなのでカラ松もほっとした。世界の終りのような顔をしていたから回復してなによりだ。人と一緒に住む、のもきっと初めてなんだろう。ハンチョーのしていない初めてのことがまだあってよかった。
一緒に住んでしまえば『初めてのこと』は今よりももっとなくなっていくだろう。毎日顔をあわせるのだから当たり前だ。そしてなくなればもうカラ松がハンチョーに会う必要はない。どれだけ楽しくとも心弾もうとも、会えない。
それでもいい、理由は探さない。

「前向きに一緒に住む方向で考えるから、あの、ねえ……名前で呼んでよ」
「ハンチョー」
「いや名前」
「? ハンチョー」

腕に記してあるかっこいい名前を告げれば愕然とした顔で返される。もしかしてハンがファミリーネームで名前で呼んでほしいというのはチョーとかそういう。なるほどもっと親しくなりたいということか。
愛と親しみを込めて『チョー』と呼びかけようとしたカラ松の唇に、ちゅ、と軽い音がした。

「一松。松野一松、です。これからも末長くよろしくお願いしますネ」

イチマツ。ハンチョーではなく? ああでもとても。

「サムライっぽくてよく似合う、いい名前だな」
「ふひ、うん、そう? 末長くよろしくするの、いいんだ?」
「おう。よろしく頼む」

ひきつった頬としゃっくりのような声はどうやら笑顔のようだったから、カラ松もにっこり笑って見せた。サムライは簡単に笑顔を振りまかないのだから少しぎこちないくらいでいいのだろう。きっと。

 

◆◆◆

 

最近カラ松はサムライと仲がいい。
同じ家に住み一緒に食事をし挨拶を交わしキスをする。あとセックスも。サムライというからには刀が命で性欲は二の次なイメージを持っていたが、一松は大変に貪欲な性質なのでカラ松としてはとてもありがたい。そういうところから同居生活にひびが入るらしいので、二人の生活は今のところ安泰である。

「……そのサムライ? がどう聞いても侍に思えないんだけどなんなの。単に恋人だよね」
「一松は俺に惚れてないのに恋人はおかしいだろ。あいかわらずおもしろいことを言うな、おまえは」
「いやいやいやそう思い込んでるのおまえだけだから。普通ちょっと会った男の尻につっこんで出せないから。その後餌付けしてセックスしてプロポーズまでしてるサムライくんが哀れだからねほんと。おしかけメイドキターと思って惚れたらロボットでしたー、愛とかさっぱりですってラノベだったら放り投げるよ」
「おまえの言うことは難しいな」

日本通の同僚の尽力もあって日本支部の設立は順調だし、支部が順調であれば支部長として来たカラ松もずっとこの国にいられる。一松と過ごせる。ずっと一緒にいるための、一松が知らないであろう知識も身につけられる。

「あ、でもこの間教わったのはよかった。サンキューな」
「ブツの前でまばたきするの? え、試したの!?」
「おう! 睫毛のビッミョーな感触がふわってなってちょっと後においまさか今の、って気づくのがたまらないって」
「おまえのサムライくんはなんでそういうの堂々と感想述べちゃうのかね」
「こんなの初めてぇ! ってなってくれたぜぇ」

最近カラ松は一松と仲がいい。たくさんしゃべって、いっぱい触って、ずっと笑っている。
ずっと一緒にいるから慣れたのか、もう一松はカラ松のうなじに鼻をつっこんで険しい顔をしない。もしかしたら、もっとずっと一緒にいれば、あんたの匂いが嫌い、だなんて言われないかもしれない。
そうしたら一松の告げるいろいろな言葉がきちんと耳に入ってくる気がするのだけれど、今のところはまだ、仲がいい。それだけでカラ松は満足している。

 

だって仲がいい相手なんて初めてだから。