今日も今日とてふらふら出歩くカラ松(若)の後を苛立たしげにこっそりつけている僕(過去)、の背後をそっとつける僕。なかなかにシュールだな。あー、なんでこんな時くらい家でじっとしてない、って絶対考えてるな僕(過去)。すごい舌打ち今聞こえたし。僕もそう思うけど、一応あれだから。カラ松(若)は呼び出しの手紙を受け取ったから出てきただけだから。もちろんそれを知ったところで馬鹿の一択以外ないんだけどね。『これで最後にするので』って書いてあるからって信じたらダメだろうって思うんだけど、信じちゃうのがあのカラッポ松だから。
内容よく知ってるなって? 安心してください。書いたのは僕です。
これまでカラ松(若)に惚れてもらおうと遠まわしに僕(過去)がおまえを守ってるアピールを繰り広げてたけれど、いいかげん時間がないうえにこのままじゃ僕(過去)がすべてを台無しにしそうなんでやり方をかえることにしたのだ。だってこのままじゃ首尾よくカラ松(若)が惚れてくれても、ありえないだろそんな夢みたいなこと、って勝手に僕(過去)がお断りしちゃいそうなんだ。というか、僕の記憶ではこっちから告白している。
ストーカーを撃退した後、あまりのぽやぽや加減に怒り心頭した僕は思いっきり怒鳴り散らしたんだ。そうしたら、いつもは涙目になるくせに妙にきょとんとしながら「そうしたら一松が助けてくれるんだろ?」って。あんまりにも信じ切った声であどけない顔でそう言うから、僕はもうなんだかどうしようもなくて。なんでこいつなんだとか、どうしてこんななんだとか、いっぱいいっぱいになってもう手も足も出なくなっちゃって。もう、いいかなって。この馬鹿はきっと僕が兄を性的な目で見てるのを知っても拒まないくらいに馬鹿だろうし、もう、いいだろって。
ああ思い出したらまた泣きそう。あの時の、迷子になったみたいな心許ない気持ちがぎゅうぎゅう心臓を鷲掴みにする。これまで気楽に過ごしてきた世界からぽろりと落ちちゃって、どうしていいかわからなくてひたすら困っていた僕に与えられた手。なにひとつ僕のことを、僕の苦しみや悲しみや混乱を考慮しない、暴力的なまでに甘くてひたすら優しいだけのカラ松の。好き、と呟いたたった一言であっさりと明け渡されたあいつの恋人の位置。
そうだよ、僕から告白するんだ。ただ一言、好き、ってそれだけだったけど。そうしたらあいつはへにゃっと安心したみたいに笑って。だからこれが正解だったって、間違ってなんかないって、クズでゴミな僕だけどカラ松に正解をあげられたんだって。ずっとずっとああして笑っててほしいから、それを隣で見ていたいからがんばらなくちゃいけない。僕(過去)がなんとしてでも告白するように、カラ松(若)に惚れてもらえるように。
昨日と同じ、人気のない公園のベンチに座ってカラ松(若)はきょろきょろあたりを見渡してる。近所に見晴らしがよくてもう少し大きい公園があるから子供たちは大抵そっちに行ってしまう。あまり剪定されてない木や奥まったベンチが多めのこちらは夕方から夜にかけて大人に人気のスポットだってことは、この辺の住人は皆知ってる。そういうことを全部知っていて、それでも呼び出されたら一人でほいほい来ちゃうのがクソ松クオリティだなマジで。その危機管理能力のなさはなんなの。野生動物ならまず生きてないからな。男だし力も強いしって過信してやがるけど、おまえ呼びだしたのストーカーなんだからな。もちろん僕の偽手紙だけど。来てくれなけりゃ計画がおじゃんになるからカラ松(若)が来てよかったんだけど、それでもあまりの無警戒っぷりに頭が痛くなる。ほんともう困る。計画成功させてカラ松(若)にも危機感持ってもらおう。
ちらりと見れば僕(過去)が公園の入り口に身を潜めている。そこ確かにカラ松(若)からは見えないけど公道からは丸見えだからね。おまえ今結構な不審人物だよ。平日昼間っから公園を身を隠しながら覗く男ってどう言い訳してもペド犯罪者一直線だから。他人の目をひどく気にする僕らしくない必死さに吹き出しそうになって、慌ててその場を離れる。すごい他人事感しかないけどまああれが僕なんだろう。カラ松に必死な一松。自分の姿をこんなに外から見ることなんてないからびっくりしたけど、うん、まあ。そうだな。
悪い気はしない。
僕よりずっと若い、二十歳そこそこの僕が。卑屈で自虐的で他人の目を気にしては猫背になってマスクでいろいろを守った気になっていた僕が。好きな人相手にならそんなこと全部放り投げてがんばれるなんて。
記憶の中ではもっとスマートに守れていた。カラ松(若)の後をつけていたのだって、その姿を周りに見られているなんて思いもしなかった。現実はこうして僕やそこらへんをお散歩中の猫や老人会のグランドゴルフ(最近はゲートボールじゃないらしいよなんだそれ)帰りの集団にもひっそり見守られてるわけだけどさ。
そういうかっこ悪い諸々全部がくすぐったくてにやにやしてしまう。なんだろうな、本当。カラ松が絡むと僕はいつだってこんな風に意味のわからない感情が込み上げてきて、でもそれもいいなって最終的に思っちゃうんだ。
顔を不気味に歪ませながらぐるりと回りこみ、反対側の入り口から何気なく公園に入れば痛いくらいの視線を感じた。カラ松(若)のはともかくとして僕(過去)、ちょっと加減して。おまえの視線、物理的に痛いレベルでぐっさぐさ刺さってる。
「こんにちは」
許可も得ず隣に腰かけたのに、挨拶しただけでカラ松(若)はぺこりと頭を下げて会釈まで返した。ちょっと戸惑ってるのが下がり気味の眉でわかる。あ゛~尊い。なんでこんな帽子マスクサングラス装備の完全不審者ルックの男にまでそういうかわいいことしちゃうんだよクッソ聖母め。おまえの優しさで僕(過去)が目ぇ向いて倒れそうになってるぞ! おいクソ松おまえの知りあいかいつそんな男と知り合ってんだよどういうことだよ聞いてねーぞ言えよこんなゴミには言えませんかそりゃすいませんねぇぇぇ、くらいのこと考えてるぞあれ。なんせ過去の僕だから。
「来てくれてよかった」
「……あの、手紙とか写真とかを送ってきてたのは」
「話がしたかったんだ」
なるべく穏やかに、でもカラ松(若)の言葉を遮ってにこにこ笑う。まあマスクで隠されて見えないんだけどさ。雰囲気は伝わるでしょ。予想通り、カラ松(若)は身体の力を抜いてほにゃっと笑った。だからその笑い方をするなって。外部に!!!
ここからが勝負だ。僕(過去)を煽るだけ煽って危機感を持たせ、ストーカーに渡すかって奮起してもらうのと同時にカラ松(若)にも僕(過去)を意識してもらわなけりゃいけない。兄弟で普段自分に当たりの強い相手からまさかの恋愛感情で想われてるとか、普通に考えつかないだろうけどそれもありだなって思ってもらわなくちゃ。知ってるんだよカラ松(若)、僕はおまえも知らない恋人としての八年間を。わりと僕の声が好きだとか、男同士に忌避感ないとか、甘えられるの好きだとか。そういうの全部使って僕はおまえに僕(過去)を意識してもらうから。
「怖がらせてたかな、ごめんね。どうしても会いたくて」
「いえ。……あの、どこかで会ったこと、ありますか」
「うん、て言いたいけどどうかな……俺はキミのことよく知ってるけど」
なんとなく身内感がするんだろうか。カラ松(若)は頭の中で必死に親戚の顔を思い出しているんだろう。自分たちより年上で、大きくなってからの交流はほぼなくて、そのくせ親しげに話しかけてくる男。いないからな、そんなの。そもそもストーカーとして手紙で呼び出したの覚えといてクソ松(若)。一松に感じが似てるな、って考えてるのばればれだから。
内緒話をするように耳元に口を近づけると、心得たとばかりに身を寄せてくる。だ か ら! 警戒心!! おまえはなんなの。三歩歩いたら忘れる鶏なの。今ここに居る僕は不審人物どんなんだ、つったら一番に挙げられるレベルの怪しさなんだからいいかげんにしてください!!!
「ところであそこに隠れてるの、キミの兄弟じゃない?」
ばれちゃうからこっそり見てね、と反射的に動きかけた首根っこをひっつかんで耳元で囁く。落ち着けと腰を叩けばそろりと横目で公園の入り口を見る。素直だな、今も昔も。
それなりに鍛えているせいで肉の薄い腰を役得とばかりに撫でていると、もう落ち着いたんで、とカラ松(若)が袖を引いてくる。なにそのかわいい仕草。そんなだから幼女扱いされるんだよ僕に。いや隠してるっぽいけど結構トド松とかも怪しいから。あいつしょっちゅう「兄さんの面倒は僕がみてあげなきゃだから」とか言ってるけどその兄さんって十四松とカラ松限定だから。長男三男四男ガン無視で面倒みるとか言ってる末弟ってなに。構ってちゃんの長男の面倒みてろよカラ松は僕が責任もつって言ってるだろおまえの職場行ってないことないこと暴露したあげく脱糞するぞコラ。ぐるりと逸れた思考が僕の袖を握るカラ松の手を見て戻ってくる。
骨っぽくて節がごつりとしていて、指先は少しささくれができてる。手の平が厚くて指先はギターを弾くから皮がちょっと分厚い。体温が高いくせに触れたらさらりとしていて気持ちいいの、懐かしいな。もう十日近くさわってない。早く僕のカラ松に会いたい。名前を呼びながら頭撫でてほしい。力任せに抱きしめても楽しげにくつくつ笑うだけでちっとも諌めない、恋人をべたべたに甘やかしまくる僕の。
「あの、そろそろ離してくれませんか」
「プロポーズ受けてくれないのって、なんでだと思う?」
「え?」
左手の、なにもはまっていない薬指。
いつまでも腰から手を離さない不審者にも、その男を警戒することもなく顔よせあって離しているカラ松(若)にも殺意を隠せてない僕(過去)には大変申し訳ない。おまえを忘れてるわけじゃないんだけど、煽って煽ってするつもりなんだけど、でもなんだかぽろりと口からこぼれ落ちてきた言葉をなかったことにできなくて、ぽかんとしているカラ松(若)の顔をじっと見る。
教えて。ねえ頼むから。
なにをどうしたらいいの。おまえの望むとおりにがんばるよ。ねえ、結婚しないって約束、誰となんでしちゃったの。
「お、お兄さんは恋人にプロポーズ、したのか」
「うん。断られたんだけどね」
「……それはつらいな」
「勝算はあったんだよね。わりとラブラブだったし」
「そうか」
「今のおまえとはできない、とか言われちゃったよね。就職もしたし指輪も用意したし小ぢんまりとした式くらいならできる金も貯めてさ、あいつの好きそうなシチュエーションで好みの言葉で一生懸命やってみたんだけどさ……こんなゴミでもなんとかなるんじゃないかとか、夢見ちゃった俺が悪いだけなんだけどさぁ……」
ほろほろと情けない言葉がこぼれ落ちる。だってカラ松(若)の手が、いつの間にかぎゅうと僕の手を握ってて。親指がゆっくりゆっくり労るように手の甲をさすってくれるから。つらいなって。そうかって。うんうん肯いて悲しそうな顔までしてくれるサービスっぷり。聖母だ。これはもう処女受胎まったなし。じゃあもう僕いっそあいつの子供に産まれようかな。ひひ、こんにちはキリストです。あ~でもそれだとすでに処女じゃない僕のカラ松は僕を産めないのか。会えないのか。それはダメだな、却下。
僕が深遠なる宗教の世界に考えを馳せている間に、カラ松(若)もまたなにやら考えていたらしかった。ちょっともうその無駄に振りまかれる優しさせめて家族限定くらいに抑えてくれない? なんで僕が僕扮するストーカーにまでいらっとしなきゃいけないの。反省してください。そんなんだからしょっちゅう変なのにひっかかるんだろうが。僕(過去)よ覚悟しとけ。すでに身を隠すことを忘れてしまってこちらに呪いのまなざしを向けることを生業としている過去の僕にエールを送りつつ、久しぶりのカラ松の匂いを堪能していたら爆弾が落とされた。え、僕(過去)の呪いもう効いてきたの?
「お兄さんのつらさわかるぞ。俺もふられたからな」
え、おまえ明日っから僕とおつきあい開始予定だよ? もしかして傷心?? 僕ってば気づかぬうちに失恋して傷心のカラ松(若)につけこんだ形だったの??? 確かになんで僕の告白受け入れてくれたのかなって疑問だったけど、ストーカーから守ったのが良かったんだろうそこで惚れてくれたに違いないって思ってて。あ、言われたことない。勝手に思い込んでたけど、カラ松からあの時好きになったって言われてない。
あ~、そうですよねはいはいはいわかりますよそりゃこんなゴミに告白されたところでよっぽど自棄になってなきゃ恋人とかなりませんよね。そもそも弟で一卵性近親相姦ホモなんだから、すごい自分をいじめたい時とかじゃなきゃ普通ない。さすがにドMの僕とて飛び込むには勇気のいる設定だもんな、こんなの。不良物件にもほどがある。罪深き俺への罰…ギルティ…とか思って実の兄に告ってきた可哀そうな弟に同情しちゃった? ぽいわ~、ぽい。クソ松案件だわ。
頭の血が全部心臓に流れてったみたいにざりざりと音がする。耳がきぃんと鳴って、視界が揺れる。うわ、立ちくらみみたい。ちかちかと眼の端に白い光が舞って、あまりの不快感に手をぎゅっと握りしめる。
わかってる。違う。この八年間のカラ松を信じてないわけじゃない。ちゃんと僕を好きでいてくれて、クリスマスだってバレンタインだって、そういうリア充撲滅イベントも、一緒に猫を構いに行ったり居間で雑誌を見たりなんてイベントじゃない毎日のちょっとしたことも、あいつは僕を好きでだから笑ってて傍に居て。一緒にこなして。だって働こうかなって言った時応援してくれたじゃん。おまえにばっかり甘えるのも、ってちょっとしたらバイト始めて。二人して稼いだ金で旅行も行ったし松造と松代にもプレゼントしたし今だってずっと貯金して。お金溜まったら二人で住まない、って訊いたら耳真っ赤にして肯いてくれたじゃんか。そういうの。そういう全部、僕はちゃんと覚えてるしだから別に僕のカラ松の愛を疑ってるとかじゃなくて。なくて。でも。
プロポーズは断られたんだ。
がつん、と肩に衝撃を受けてベンチから転がり落ちた。
「い、いちまつ!?」
「離れろ不審者! おまえもおまえだよ、なに絆されてんだよクソ松が!!」
息切れして、上ずった声で、そのくせ身体はカラ松と不審者の間に割り込ませて。まるで守るみたいに背中に囲い込んで。ああ、まるでじゃなくて守ろうとしてるのか。
ぱちぱちと忙しなくまばたきしたカラ松(若)は、何が起こったのかやっと理解できたようでぐいっと僕(過去)のパーカーを引っ張った。
「おい一松、ちょ、落ち着け! いきなり他人を殴りつけるのはダメだ。びっくりするだろ!?」
「なっにのんきなこと言ってんのおまえ馬鹿なのクソなの脳みそカラッポすっからかんなの、ってああ全部だわそうだったわおまえほんっとーにクソだな。頭ん中牧歌的なのも際限があるぞ、ハイジの方がまだスペクタクルだろてめぇの脳内ふわふわ劇場」
「ハイジ? そういえば三丁目の佐々木さんのところヤギ飼いだしたらしくてな、庭の草刈りしなくてもいいらしい」
「なあそれ今必要だった? どうしてもこの場でしなきゃいけない話題だった!? 状況判断ってもんを松代の腹の中に置いてきたのかよクソ松がぁっ」
あ、すごい。カラ松に他人って言われちゃった。産まれて初めてだ。
どうにも緊張感のない会話を聞いてる間に落ち着いた。カラ松(若)の優しさにほろりときていた僕はつい聖母マリアにすがる勢いで手とか握っちゃってて、というか腰にも腕回したりしちゃってて、それはもう上手に僕(過去)を煽って煽って煽ってしまえたので見事釣れた、と。なるほどなるほど。つまりこれは逃げないと、僕と僕(過去)が思いっきり至近距離で顔をあわせてしまっている。いくら帽子やマスクで隠しているとはいえ気づかれない保証はない。
普通に逃げては先日のように追いかけられる。二十代の体力を甘く見てはいけないと理解したから、なんとか僕(過去)を足止めしないと。
「カラ松くん」
言い慣れてなさすぎてむずがゆい。きょとりとこちらに向けられる温度のない視線と、煮て焼いて踏みつぶすと雄弁に語ってくる視線が同時に向けられて温度差にびっくりする。
「今度会った時に、失恋したって話詳しく聞かせてよ」
僕(過去)の関心が一気に移ったのを悟って走り出す。過去にきてから走ってばっかりじゃないの僕。こんなに健康的になるつもりないんですけど。そういうのはカラ松にまかせっきりだから。あいつ変なとこ凝り性で、カロリー計算とかプリン体がどうこうとかテレビで見ては影響されて料理に反映させちゃうし。松代は料理しなくていいの楽でいいわって全部受け入れちゃうけど、リコピンがいいって聞いた時は毎食トマトジュース出されてなかなかに不評だったからね。ごはんとみそ汁にトマトジュースだよ。せめて洋食の時だけにしてよってトド松が言ったら次のみそ汁、具がプチトマトだったから。意外といけたけど口の中で熱いのが弾けるから十四松が驚いて飛び跳ねて、足が当たったチョロ松兄さんの腕がそのままおそ松兄さんにジャストミートしてたからそれ以来トマトをみそ汁に入れるのは禁止された。
もうなんなの。何考えてもすぐさま僕の脳内に出てくるカラ松はどういうことなの。それくらい好きなんだろうって? はいはいソーデスネ認めるよ別に今更それくらい大丈夫。
でもそれと同じくらい、あいつが僕の傍に居たってことで。僕のこと見て、僕のこと考えて、僕のためにっていろいろ行動して。そういうことだ。ねえ、そういうことでしょ。
僕に向けられたひどくあっさりした視線と、優しく撫でられた手の甲。僕(過去)に向けられる感情と、そのまなざし。握りしめられる服。
誰にでも問答無用で優しい聖母だって勝手に思い込んでたのはクソゴミの僕だ。あれのどこが。産まれてこの方向けられたことのない温度だったから心底戸惑った。カラ松。なあ、おまえ。カラ松。やっとわかったけど、気づいたけど、でも。じゃあつまりどういうことだ。
振られたなんて、おまえ家族以外好きになれないくせにどうやって。
◆◆◆
プロポーズなんて馬鹿げたことしちゃってるな、なんてずっとそう思ってる。
籍は最初から一緒だし、家族になろうよって元からそうだし、同じ墓に入ってくださいとか言ってもあのままなら問答無用で同じ墓だったし。つきあってる、て皆に言った時びっくりされたじゃん。なんでわざわざ形にするの、っておそ松兄さんきょとんとしてたじゃん。そうだよ。だって形にしてもしなくても僕らの関係性も距離感も変わらなくて、恋人とか言いあっても周りに吹聴してもだからなにがどうって。変わらない。同じ顔の兄弟が仲良くしてるだけで、身体の関係とかヤッてもヤらなくても同じで。俺別に弟ならだれとでもいける、っておそ松兄さんは言うしきっとカラ松もそうだなって肯く。チョロ松兄さんは上はともかく弟共にはつっこませねえよ、って叫ぶけどヤらないとは言わないし十四松は俺どっちでもいけるよぉ~って笑ってトド松はイッタイよねぇ僕は女の子としたいの近親相姦ホモとかお呼びじゃないの! ってぷんすかしながらもなんなの兄弟大好きすぎるよ皆、って受け入れる。僕? 僕だってそうだ。一般的に見て軽く狂気の沙汰だけど、松野家の六つ子なんてこんなもの。自分を受け入れない人間は死ぬしかないじゃん。そういうこと。
でもさ、それなのに形にしたいんだ。恋人とか言いあっておつきあいしてひとつひとつのプロセスを馬鹿みたいに丁寧におまえと重ねていっただろ、カラ松。なにひとつ変わらないのに、変えないのに、それでもプロポーズなんてして区切りをつける。結婚しよう、なんて。結婚てなんだ。同じ籍に入ってて同じ家で暮らしてずっと一緒にいる。もうとっくにそういう生活を送ってきて、産まれた時からずっとで、それなのに。
それなのに、世間一般のプロセスをなぞってしまうのは。
「やあお兄さん。ここで会えたのは運命の女神のお導き、かな」
「いや俺がメモ入れといたからだよね、呼び出しの」
昨日さんざ〆られただろうに僕(過去)の目をかいくぐって出てきたカラ松(若)は、お約束のようにベンチに座る。昨日の公園で、とだけ書いたメモには時間指定をしなかったからもっと待つかと思ったのに案外早い。一応夜まで座り続ける覚悟をしていたので用意していたチーたらを渡してみたら、なんでつまみ系…と嘆かれた。すみませんねえ乾きもの好きで。あと柿ピーもあります。
「昨日、あれからどうしたの」
「ん? 家に帰ったぞ。ああ、弟にはちょっと怒られたけど」
「デショーネ。ところで怒られた原因は理解できてるの? 俺の読みでは半分くらいしかわかってないと思うんだけど」
「……なんでお兄さんは俺がわかってないってわかるんだ?」
「ぽいわ~。アレでしょ、手紙で呼び出されて一人で行くのが兄弟に心配かけた、まではわかったけど、それで弟くんが俺に肩パンくらわしたのはやりすぎだって思ってるんでしょ」
「すごいな! お兄さんは心の内が読めるのか!?」
ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛っ。なにこの子尊い……にじゅうにさいとかおらんかったんや……ごさいとにひゃくよんかげつ……サンタさんも宇宙人も超能力も全部あるってことにしよう……僕がおまえを汚い世間から守るよカラ松……。
あまりの幼女みに震えていると、お兄さんはちょっと一松に似てるな、なんてのんきな感想がくる。ソーデスネ、僕もそう思いますよ。でもお兄さんって呼び名は超いいんでぜひともそのままでお願いします。あと僕(過去)にその感想伝えたら胸倉つかまれる程度じゃすまないと思うんでお口チャックしといた方がいいよ。
「あのさあ、恋人からのプロポーズ断るってなんでだと思う?」
「昨日の続きか! そうだな……お兄さんには申し訳ないが、あの、心変わりが可能性高いんじゃないかと」
「ラブラブの恋人同士だから心変わりの線はなくて、家族の反対もなくて、お金とかもまあ贅沢しなけりゃどうにかなるって前提な」
「それで断る方がありえないだろう!?」
「……俺もそう思うよ」
だってどう考えてもカラ松は僕を愛してる。この卑屈でネガティブな僕が疑ったことがないくらい、それは当たり前のように与えられてきて。リア充死ねバカップル爆発しろ、って呪文を唱えてきてた兄弟たちも慣れて流しちゃうくらいの八年間。
「お兄さんと恋人は、その、愛し合ってるんだろう? ならお互いの望みを叶えあいたいと思うんじゃないか。お兄さんがどうして結婚したいのかをちゃんと説明したら、なんとか」
「……幸せに、したいから、デショ」
「結婚しなくても幸せにはなれるだろ?」
さらりと告げられる言葉が胸に突き刺さる。カラ松(若)の言葉はきっとそのままカラ松の言葉だ。結婚しなくても幸せになれる。そうだね、今まで僕たち幸せだったし、これまでもきっと幸せだし。形だけの、単にコスプレするだけのことしなくても充分で。
「正直、もっと欲しいんだよね。あいつを構うための役柄が」
馬鹿みたいだ。
三十歳だしいい機会だしつきあって長いし、じゃねーよ。ロマンチストなとこあるから、あいつが好きそうなシチュエーションで、とかなんだよ。
なんだ僕は。本当に馬鹿か。大馬鹿だ。
僕が、したくてたまらなくてどうしようもなくて、やっとなんとか勇気を絞り出せたのがこないだだ。八年かけてやっと、口にすることができたんだ。
「心配、させろよ。馬鹿じゃねーの」
弟としても、家族としても、する。当然。無視しても、口汚く罵っても、殴っても、僕はカラ松のことが嫌いなんてことなかったし、家族が本当に好きだからその枠に入ってるカラ松のことだってもちろん大好きで。でももっとしたかった。兄弟いち力が強くて、骨ばった肩と割れた腹を持ってて、同じ体型の成人男性をお姫様だっこできちゃうような筋肉だるまだけど。でも。
カラ松の心配を、もっとしたかった。家族として、弟として。それだけじゃ足りないから、もっと。
もっと他の役でも。恋人とか、旦那とか、そういう人生において追加できる役柄をもっと。おまえが大丈夫だって、強いって知っててもそれでも、心配したかった。おまえが弱いからするんじゃなくて、大丈夫だってわかってたけど無駄に心配したかったんだ。していい立場が欲しかったんだ。いくつも積み重ねて。
「……俺なら心配してほしくないなぁ。家族にも、恋人にも」
「ぽいね」
「好きな相手には笑っててほしいだろ? スリルも人生には必要かもしれないが、誰かの心配をして心を痛めるのはつらいだろうし」
「そういうこと、俺の恋人も言いそう」
きっと言う。どうせ八年経っても基本の考え方が変わらないんだから、カラ松はこう告げるんだ。俺がしたいことをするりと目の前から取り上げて。
「でもそれってこっちとしては、きつい。結構」
好きだよ。でも俺は欲張りだからおまえの持ってるもの全部欲しい。
なんだかよくわからない、手の平がこそばゆくなって腹がじわじわ温くなる、頬がひきつってうなじが妙に熱を持つ、そういう。好きとか愛してるとか言っておさまるぴかぴかしたきれいな好意だけじゃなく、問答無用で叫びたくなって転がって頭打ち付けてそのまま溶けてしまいたい、なんか思いっきり抱きしめて頬を引っ張って平手打ちでもくらわしたいような、どう説明したらいいんだろう。おまえもこんな気持ちを抱えていてくれたらすぐ伝わるのに。
感情の奔流に流されて流されて流されて、行き着いた先が結婚してほしい、だからね。なんだろうね、どうしようもない。
「じゃあわがまま聞いてって言えばいいんじゃないか?」
「え、そんな軽い感じの内容だっけ、今」
「お兄さんはしたくて、恋人さんはしたくないんだろ。じゃあ話しあうしかないじゃないか。そういうのできるから、恋人なんだろ」
あっれー?
僕なんで過去にまできてるんだっけ?
一世一代のプロポーズ断られて死ねるってなったから原因を探りにきたんだよね??? 僕のこと好きなくせに約束したとかいうあやふやな理由で断られたからなんならそんな約束反故にしてやろうって。誰としたのか知らないけどさ。でもつきあう前って言ってた。記憶通りなら、今日、僕(過去)が告白する。結婚しないでいて、なんて約束は今のところ、交わしていない、はず。誰とも。
「カラ松くんは、さぁ。失恋したって言ってたけど、その人のことはまだ好きなの」
「そうだな。……諦めるにはもう少し時間がかかりそうだ」
「じゃあその人にプロポーズされたら受けちゃう?」
約束だから受けない、って言われたら妙な約束はすでに交わされてる。結婚するって言ったら約束はまだしてない。
もしもの話だよ、たとえだよ、って言っちゃうのはカラ松(若)が少しだけ目をすがめたからだ。泣かないでよ。僕以外のことで泣いたりなんてしないで。ああでも、僕が八年かけて養ってしまったカラ松から愛されてるって自信が、都合よすぎる予想を立てて勝手にテンション上げるからどうしよう。それなら泣いていい。嘘、やっぱり泣かれちゃうと困るから泣かないで。
ひとつだけわからないのは、振られた、という言葉。
「ありえない」
「弟くん、すごい必死だったよ。キミのことで」
「……一松は優しいから。ちょっと苦手な、あわない兄貴でもピンチには駆けつけてくれるんだ」
「でもカラ松くんをふっちゃったら優しくないんじゃない?」
「ちゃんとつきあわないって言ってくれた。嘘だろとか冗談でしょとか言わなかった。俺の気持ちを否定しなかった。……な? お兄さん、俺の好きな人は優しいだろぉ」
はいびんごぉ~! 大当たり!! ビバ一等賞!!!
僕に優しい世界のままだった。ここは僕が、このクソ底辺社会のゴミな僕が好きな人と愛し合ってこれから八年間を過ごす優しすぎる世界のままだった! しかもあのふざけた約束もしてないんだから祝いのサンバでも踊るしかない。正直、なんでカラ松(若)が僕(過去)に振られたって信じ込んでるのかわからないけど、オーケーオーケー今なら無料で僕がどうとでもいたしましょう。なんせ気分がいい。任せろ。今なら世界でもなんでも救ってやるよ。ただしDQはⅨまでな。異論は認める。
「俺はそういうの、優しいとは言わないと思うけど。ってゆーか、カラ松くん振られてないでしょ」
全部なんでもどうでもいい、ひどく一方的で独善的な愛情。皆に同じだけくれて特別がない、なんて本当に優しい。神様みたいな優しさだねカラ松。
そのくせ家族だけ、両親と兄弟だけ特別枠に入れて、甘ったるくて身勝手で暴力的なまでの愛情を無制限に与え続けるんだ。産まれてこの方欠かされたことのないそんなもの、もはや空気だ。なかったら生きてけない。死ぬ。カラ松からの愛がなけりゃ少なくとも僕は死ぬ。
ねえ、だってあんな目で見られたことない。他人なんて呼ばれて。過去の僕がまるで気づかず知らず考えた事もない、おまえがくれる絶対の愛情。
そんな区別を無意識でこなしているカラ松が僕ら以外で恋になんて落ちられるはずがなかった。そんな大きく感情が揺さぶられること、家族以外を対象にするわけがないんだ。だから確率は五分の一。失恋相手はカラ松以外の兄弟で、賭けられたのはこれからの八年があったから。
おまえ、傷心につけこまれる程繊細な性質じゃなかったわ。わりとずうずうしいとこあるし、確実に愛されてると理解してる相手にはそこそこ塩対応もするし。具体的に言えば弟を絶対的に愛しちゃってるおそ松兄さんとか。恋人になった後の僕とか。
「つきあってくれ、って言ったらおまえとつきあうくらいなら猫見に行くって言った」
「それ最重要だから。猫構いに行くのは生活していくうえで必須行為だよ」
「ふっ、お兄さんも猫が好きなのか。じゃあ話を聞いてくれてるお礼にひとつアドバイスだ。猫を見に行くの、もし恋人を連れて行ってないなら一緒に行くのもいいんじゃないか? かわいいし癒されるし……待ってるのは寂しい、し」
「ん゛ぐぅ゛」
萌えすぎて喉の奥から変な声でた。何か喉につまったか、じゃない。心配してくれるの超かわいいけどちょっと待って。おまえ。原因はおまえだからとりあえずその暴力的なまでのかわいいの嵐をおさめて。
なんなの。なんなの寂しいって思ってたの。毎日は面倒だろうとか今日は寒いからとか雨だしとかこちらとしても一応気を遣ってですね、誘ったり誘わなかったりしてたんですよ。一人でしたいこともあるだろうとかね。心広い包容力のある彼ぴっぴにね、なろうとね、僕なりに一応考えてね。っあ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛カラ松んがわ゛い゛い゛。どうしよう。誘って良かったの? ほぼ毎日だけど良かったの!? 寂しいなぁって思いながらいってらっしゃい言って、おかえり言ってくれてたの!!? なんだよ良妻賢母だよ僕の嫁だよ!!!!!
アドバイスだ、とかかっこつけてたくせになんだこの幼女。こんなの反則だろ。ダメだやっぱり役柄がいる。カラ松に絡む役のすべてが欲しい。とりあえず路地裏猫探索ツアーの添乗員の役をゲットしよう。
「……っ、あのね、それ、弟くんに言ってやりなよ。絶対連れてってくれるよ」
「そうだろうか。一緒に出かけようと誘っても断られてしまうことが多いし……それに振られちゃったんだから、気まずいだろ」
「あー、それ照れてるだけ。行かなきゃいけないって言い訳できる時は一緒に出るでしょ、おつかいとか罰ゲームとか」
「お兄さん、照れてるってのは無茶がある。おつかいや罰ゲームは嫌々なのくらい俺だってわかるさ」
「そう? おつかい頼まれるの、重いものがある時が多いでしょ。米とか牛乳とか。少なくなってきたらカラ松が買ってこようって手伝い申し出るから、一緒に頼まれるようにその時は居間にいるようにしてるんだよ。重いものが多いから仕方ない、運悪く居間にいたから声かけられたから、って言い訳して。歩く速さだって重い荷物ばかりだからいつもよりずっとゆっくりで。罰ゲームだってさ、カラ松が最下位確定してからブービーとるのばっかりじゃなかった? 肉まん冷めたりアイス溶けたりした方がいいキミだろ、ってわざとゆっくり帰って四人に怒られたりしたでしょ」
麻雀だのトランプだので最下位とブービーが全員分のおやつを買ってくるのは小遣いをもらえるようになって以来の罰ゲームで。飽きもせず三十になってもやってるんだけど、そうだ、この頃はずっと、少しでも一緒にいられる言い訳を探していたから。勝負弱いカラ松は罰ゲームを受けることがしょっちゅうで、僕は馬鹿馬鹿しくも必死で負けるようにがんばっていた。なんせ好きな人と少しでも一緒にいたいからね、煙草吸いたいとか歩くのだるいとか言っては歩幅を小さくした。
馬鹿な行動だよね。別に誘われた時に気軽に出かけりゃよかったのに。そうすればカラ松も喜んだし僕も幸せでウィンウィンだったよね。今はそう思うけれど、あの頃、つきあう前のまさに今頃の僕は、育ちすぎた好意をどう隠せばいいかに必死で周りのことなんてまるで見えてなかったから。見えてたら、ばればれな上あっけらかんと周囲に受け入れられてたの気づけたと思うんだけど。どこまでが兄弟の好意でどこからがアウトかわからなくなって、こじれて、意識しすぎてどうしようもなかった僕が唯一できたのが言い訳のある中でのお出かけなんだからもう泣けてくる。それで肝心のカラ松(若)には嫌々だって思われてるんだから。
「あ、でもなにもしてないのに幸せになるのはしゃくだな。弟くんに猫見に連れてってって言うの、ちょっと待ってな。ん~……カラ松くんにちゃんと向き合ったら、ご褒美に言うってのはどう?」
「なんでそれがご褒美になるんだ。……じゃあお兄さんは、どうする?」
「どう、って?」
「ご褒美になるかどうかはともかくとして、猫を見に一緒に行きたいって言うよ。俺は。あと、お兄さんが言うように、振られたんじゃないかもしれないって、思ってみる。ちょっとだけ。でも俺だけがんばるのは違うだろ、お兄さんもなにかやってくれないと」
左の口角が上がって少し垂れがちな目がぎゅうと細まると、カラ松はちょっと悪人面になる。にや、と笑う悪役っぽいというか。太めの眉がきりりとつり上がっているのがまた気の強さを助長してて、正直に言うとすばらしく性的。弟にはめったに見せない顔だからレア感もはんぱない。少々ドMの気がある僕にとってはご褒美以外の何物でもないSな表情に、猫がネズミをなぶって遊ぶ時みたいな楽しげな声。なんでもします。ええもちろん。
「なんでも、する、けど」
「自主性がないな」
はっきりきっぱり切り捨てるとこサイッコー! 本当に心底どうしようもなく好みどんぴしゃだからおまえが俺の女王様だから生涯オンリーワンだからもともと特別なつまりもう、その、あれだ。
「……プロポーズ、しなおす」
「へえ?」
「かっこつけずに、全部吐き出す。つきあって長いとか、そういうの好きそうだからとか、そういう言い訳しない。僕に必要だからって、わがまま聞いてって、言い、マス」
「ちゃんと向き合うんだな、恋人に」
「ん。……カラ松くんも、がんばってね」
もっといろいろ言いたいことがある気もしたけど、必死な顔して走ってくる僕(過去)が見えたから終了。タイムオーバー。これから僕(過去)はカラ松(若)に告白して、受け入れられて、恋が成就するっていうハッピータイムエブリディカモンな幸せ生活を謳歌するんだから頑張れ。とりあえず全速力な。連日不審者と会うなんてあいつ絆されたんじゃねえのまさか押されてつきあうとか寝言いわねえよなおいやめろよ待って嫌だやめてカラ松、ってネガティブ全開に考えてるだろう過去の僕、大丈夫だから。そうやって、これ以上悪いことはないからもうどうでもいい、まで落ちないと好きの一言さえ口にできないんだ自覚してない僕は。カラ松だって僕を好き、て理解しさえすればまああれですよ。恥ずかしい台詞とかもそこそこ言っちゃうようになりますけどね、ひひ。乞うご期待。だって受け入れてくれるの知ってるし、笑ってくれるんだもん。こんな僕にさ。
じゃあ行くね、と立ち上がればがんばってくれと返される。僕のことをどうでもいいと思ってる平等な優しさ。『松野一松』には絶対向けない表情だから、ちょっとばかりときめいたというのは嘘じゃない。だってカラ松の全部を知っておきたいんだから仕方ない。でもやっぱり僕の一番は、僕のかわいいかっこいい彼ぴっぴである三十歳のカラ松で。とにかく約束は阻止した。だからやっと会えるし、もうとにかく抱きしめたい。戻ったら絶対する。最初にする。あと全裸腕立て伏せも忘れない。
背後からはそれはもう賑やかな怒鳴り声。だけど知っている。好き、の一言で世界は幸せに包まれましたとりあえず八年後までは確実に二人は一緒です、めでたしめでたし。