リベンジプロポーズ - 4/6

人気のない公園のベンチに座るカラ松(若)に溜息が隠せない。しょぼくれかえった背中はいつもより曲がっていて、まるで僕みたいだ。
正直に言おう。カラ松(若)のしょんぼり顔超かわいい。控えめに言って僕のイッチはお祭り騒ぎの大興奮だ。お神輿担いでねり歩きたい気持ちは満々なんだけれど、でもそれは恋人になってからの話で。僕が慰めてもいい立場になれているならどちゃシコ以外の何物でもない顔だけど、ただの弟の今は見たくない表情ナンバーワンだ。なんせあいつは兄ぶる。あんな情けない顔、おそ松兄さん以外に見せないし慰めてもらうのだって兄にしか頼らない。
ま、僕が恋人になってからはだんだん頼ってくれるようになるんですけどねぇ。いちまつやさしいな、ってひらがなだなおい今の発音ひらがなだったな幼女か? 幼女だ! って勢いの僕に抱きついちゃったりするんですよねぇぇ。そんでもって安心して寝ちゃったりするんですよこの! 僕の!! 腕の中でぇぇぇ!!! ほろりとこぼれる涙をぬぐってやったらへにゃって笑うのもう尊い以外の言葉が思いつかないからな……全世界に叫んで自慢したい、僕のカラ松がこんなに可愛い。でも見せたくないから言えない。幸せな葛藤すぎる。
そんな、つきあう前の僕が何より嫌いな顔をしたカラ松(若)の背中に尻をぶつけてやる。あー肩甲骨ごりっとして興奮するわぁ。振り返って近くから顔を見られないようにって配慮のつもりだったけど、おいマジで張った背中の筋肉と曲げているせいで浮かび上がってる背骨が性的すぎる。戻ったらカラ松の背中思う存分舐めよう。背骨の数かぞえて肩甲骨噛みつこう。目の前で腕立て伏せとかしてもらおうかな、全裸で。うっわたまんねえ。しずまりたまえ息子よ、今しばらく。尻の下の男は確かに僕の彼ぴっぴだけど、死ぬほど残念だけど、まだ彼ぴっぴ(予定)だから。手出したら即未来が変わるから。

「ひひ、こんなとこにちょうどいい椅子あったわ」
「えぐっ、……い、一松?!」
「ちょうど曲がってるから座りやすいし」

びっくり声のカラ松(若)かわいいな。きょとんとした表情が目に浮かぶ。それにしても声に険がなさすぎるのは、さっきの口喧嘩を忘れたのか弟相手だから許してしまったのかどっちだ。口喧嘩というか、一方的に僕(過去)に罵られていただけだったが。
カラ松(若)に僕(過去)のがんばりを知ってときめいてもらおう大作戦は、暗礁に乗り上げている。すべては意気地なしな僕(過去)のせいで。
手紙で見守っている存在をアピールした。カラ松(若)の周囲にさりげなく僕をちら見せして、一松が何かをこっそりしている、というアピールもした。危険が迫っているから僕(過去)ががんばっているんだと理解してもらうため、ストーカーを装って手紙もだした。これはストーカーは一人じゃないからもっと積極的にカラ松(若)の近くで守れよという僕(過去)への呼びかけにもなったと思う。危機感持てよほんと。このままじゃ結婚どころじゃないんだからな。

しかしながら、これだけしてやっているというのに僕(過去)のしたことと言えば、公共の場での喧嘩である。というか一方的な罵り。カラ松(若)がもらった手紙に書いてあった場所に行く、のを馬鹿だなんだと言い放っただけ。そこはついてくとか言えよへたれ。

もちろん馬鹿な行動だけど、記名のない手紙に呼び出されるなんて警戒心がないと思うけれど、それでも行くのがカラ松だしあいつのそういう頭からっぽのふわふわな優しさがどうしようもなく好きなのが僕なんだから観念してしまうしかないのだ。だってたぶん、あの手紙を疑ってストーカーからかもしれないとか言いだしたら僕は安心しながらも失望するから。身勝手極まりないけど本心から。ストーカーに狙われてて、差出人不明の手紙で呼び出されて、それでも二つをイコールで結びつけない能天気馬鹿で、行かないと手紙の主が待ちぼうけになるからって考える脳みそ綿あめの五歳児じゃないとだって弟と恋愛なんてしてくれない。その時に一番大きい気持ちだけでいっぱいいっぱいになるあいつじゃないと、近親相姦ホモとか絶対受け付けない。†静寂と孤独†とか言いつつ寂しがり屋だし。兄弟大好きだし。だから家族や兄弟から排除される可能性が少しでもあることは避けるし。

ねえ、だからカラ松の頭の中を『一松が好き』ってのだけで埋めなきゃなんだよ。
そうでもしないとこっちを見ないんだこいつ。でもそれができたらまっすぐ見てくれるんだよこいつ。
馬鹿だから。どうしようもない不器用馬鹿だから、僕のこと見てくれるんだよ。僕のことだけ。僕への気持ちが一番大きくなったなら。

わかるかな。わかってよ。早くそれ理解してくれよ僕(過去)。今だけは僕がフォローしてやれるけど、ずっとは無理だから。僕だって早く僕のカラ松のところに戻りたいし。つーかプロポーズ成功させたいし。
顔を見られないように背中に腰かけたまま、過去の僕らしい言葉を探して口を開く。まだつきあってないからあんまり優しすぎるのはダメだ。だけど喧嘩腰じゃ意識もしてくれない。ちゃんとときめいてくれるような言葉で、でもあんまり甘くはならずに。いかにも僕(過去)が言いそうな台詞。カラ松(若)を心配している言葉。

「……おまえ馬鹿なの。さっきも言ったけど、名前のない手紙とか普通に怪しむやつだから」
「いや、うっかり書き忘れたのかもしれないし」
「それは忘れた方が悪いんだろ。本気のヤツなら見直すだろうし、そうしたらその時気づくじゃん」

あああああ難しいいいいい。どういう流れに持ってけばおまえは僕にときめくの。そもそもときめくってなに。キュンとするってやつか。手紙の記名がないのをうっかり忘れたとか言っちゃう次男(推定五歳、成人男性、分類:幼女)に今まさにキュインキュインいってるんですけど胸が! ドキがムネムネしちゃってるんですけど!! 僕がときめいてどうするよ!!!
そもそもカラ松が僕にときめくとこってどこだよ。顔か? あいついっつも鏡見てるしナルシストだから、って同じ顔あとよっつあるから怖い結論になるし嫌だ。じゃあどこ。金はないし力はあっちのが強いし楽器ができるわけでもとりたてて頭がいいわけでもない。なんとか就職はしたからニートは脱却したし童貞も切ったけど、この時間の僕は両方ばっちり持ったままだ。え、本当ちょっとどこだよ。胸倉つかんですぐDVするクズ弟とか燃えないゴミ以外の何物でもないんですけど。
いや違う落ち着け。そう、確かあれだ。ストーカーから守ってくれた僕に惚れたんだよなカラ松は。うん、だから今がその時で。あれ? そもそも現在、カラ松がストーカーにあってるって僕(過去)は知ってることになってるんだっけ???

「あのさぁ、面倒だから誤魔化すのやめてね。……ストーカー、あってるでしょ」
「……気づいてたのか」

びんごぉ~!
よかった。この会話の流れで正解だ。よし、このまま心配して、僕に頼りなって、力になるよって。あと照れちゃってひどい態度とってごめんね、も告げておこうか。過去の僕の不始末をフォローしてやれるなんてゴミはゴミなりにちょっとはマシになってきてるんじゃないですかねえ。ひひ。

「そりゃ気づくよ。ずっと、見てたし」

後ろ手でカラ松(若)の頭を固定したまま背中から降りる。さすがの僕も、背中に座っている男に優しいこと言われても微妙だということくらいはわかる。もちろんカラ松が僕にしてくれるなら話は別だ。できれば椅子になりたいし上に座ったまま退屈そうにあくびとかしながら「んん~、なんだか揺れてる気がするなぁこの椅子。はぁはぁ変な声も聞こえるし、不良品かな? 故障してたらこうするんだっけ?」とか言いつつピンヒール履いた足で四つん這いの僕を蹴ってほしい。「あ、でも声ださないのはえらいなぁ」とかにやって笑いながら褒めてほしい。頼んだらやってくれるかなぁ。下が床じゃなく畳なら膝も痛くないし妥協してくれるかもしれない。いや僕の夢は今は置いておこう。とりあえず一般的に、というかカラ松的には、乗られたままなにを言われても喜びはしないだろうという話だ。いやだな、いくら僕がドMでも一般的な性癖は理解してるよ。踏まれる程度までだよね?

戸惑うカラ松(若)が振り返らないように頭を押さえたまま、片手ずつ離してくるりと向き直る。さすがに至近距離で見られれば過去の僕ではないとばれるから、けして後ろを見ないようにもう一度頭を抱えなおす。そろりと動かそうとした頭を指先に力を入れることで阻止して、僕は再度口を開いた。

「こっち見ないで。このままでいて」
「え、あの、い、いちまつ……? どうした、何かあったならこの兄に」
「黙って」
「あ、はい」

ぴくり、と跳ねる肩は見覚えのあるものと大差ない。襟足は記憶にあるものより短い。カラ松は散髪代をケチってチョロ松兄さんカットだから、二人の時間が合わないとなかなか切ってもらえない。そろそろチョロ松の都合きかないとな、って笑ってたのはついこの間だ。僕も手先はそこそこ器用だから切ってやろうかと提案した時、うなじを真っ赤に染めて断られたのはいい思い出。心臓がもたないから、ってどうよ。どうですかねこの殺し文句。おつきあいしだしてからも定期的に僕を惚れさせてくる腕はちょっともうどこかのスナイパー並だ。あいつが殺し屋なら何千回と死んでる。キミのためなら死ねる。そんなのこっちだっておまえの髪の毛に合法的にさわりたかっただけですー! あわよくば目をつむったままのおまえにちゅっとしながらもう目ぇ開けていいよとかそういう少女漫画かってことやってみたかっただけですー!!!

カラ松(若)のこめかみは冷たい。春先とはいえまだ冷える中ぼんやり座ってたから当たり前だけど、なんで僕(過去)は横にいないのかなんて理不尽な怒りがわくくらいに。身体が冷えただけとわかっていても、珍しく背中を丸めて座っていた姿がどうしようもなく寂しそうに見えたんだから仕方ない。頼ってほしいなら、強がった笑い方してほしくないなら、素で接してほしいなら。もっとできることはたくさんあるはずで、だけど言い訳ばかりで過去の僕はなにひとつ動かない。馬鹿め。

「ピンチの時に頼るのは、ふつー、だし」

僕(過去)らしい言い方で、でもきちんと伝わるように。
おまえが兄貴ぶりたいのも弟のことをかわいがってるのも心配かけたくないのも知ってる。全部知ってる。だって僕は、それがむかついて仕方ないから噛みついてたんだ。ずっと。
同い年だろ六つ子だろ兄も弟もないだろ。いくら叫んでも馬鹿なおまえの耳は素通りするばっかりで俺の言いたいこと欠片もくみ取ってくれない。へんに頑固なところがあるおまえは貫き通しちゃうんだ、自分のこだわりを。それで弟達がどれだけ腹立っているかって言っても理解しない。ほんっとう馬鹿。八年かけて、ゆっくりちょっとずつじわじわと、甘やかして甘えて詰って強請って弱いとこ見せて、それでようやく恋人に頼るようになるんだ。二十年以上弟だった存在を、やっとアップデートしてくれんの。
だから目の前のカラ松がわかってくれないって理解しながら、それでも僕は口を開く。
伝わらないから言わない、じゃいつまでたってもダメなのを知っているから。言い続けることで変わることはあるって知ってるから。

「いや、でも特になにかあったってわけじゃ」
「は!? 隠し撮り写真大量に送りつけられてるよね。変な手紙ももらってるし後つけられてるし今も呼び出しかけられてココにいるよねおまえ。それで何かあったわけじゃないってなに? 脳みそすっからかんなの!?」
「実害はまだないから話を聞こうかと……」
「そもそもストーカーおまえ狙いってことは同じ顔した俺らもやばいじゃん。警戒しなきゃなんだから情報出し惜しみしてんじゃねーよクソ。考えなしにも程があるだろ」
「! そうか、そうだな皆に魔の手が及ぶ危険性が」

十分な実害を加えられてるくせにポンチなことを言うカラ松(若)の後頭部に頭突きを決めそうになって必死に堪える。あ~これは苛立っちゃう。苛立っちゃうわ僕(過去)。昔のことだからちょっといい思い出風になってたけどそういやこんなに脳みそすっからかんのトンチンカンだった。
隠し撮りされてる時点で被害にあってるんだからな!? その写真をどう使われてるかわかんねぇんだからな!!??? その平和な頭には何が詰まってんの。今時幼稚園児でももっと警戒心あるわ。だから僕と居ればいいのに。ずっと一緒に居たらいいのに。僕ってば臆病で小心者のゴミクズだからさ、クズはクズなりに周りを警戒してあげるよ。そういうのは得意だから。
なあ、皆がじゃなくておまえが心配なんだ。おまえの写真をどう使われてるかと思うと寒気がする。一人で解決しようとしないで頼って。どう伝えれば過去の僕らしくかつときめいてくれるのかと悩みながら開いた口は、言葉を発しないままぱくんと閉じた。
まずい。
公園の入り口に見えるの、僕(過去)だ。どう考えてもカラ松(若)を探しに来てる。
過去の再構築が始まるからけして会ってはいけない、と告げたデカパン博士の声がぐるぐると脳内を巡る。再構築なんて。僕の知ってる未来以外のものなんて絶対にいらない。カラ松とつきあわない、カラ松と過ごせない、カラ松と笑いあわないこの先なんて絶対にいらない。

「ん? どうした」

のんきな声に見送られながら身をひるがえして必死に走る。クソ松動くな、なんて怒鳴り声も背後から響くから僕(過去)はカラ松(若)を見つけたらしい。そのまま肩のひとつも組んでおけよ、とひそかにエールを送っておいたのにどうしてか逃げんじゃねえとか叫ばれてるんだけどどういうこと。おまえがすることは僕を追いかけることじゃなくてカラ松(若)と愛をはぐくむことだろ! 肩組めが難易度高かったら隣座って優しい言葉のひとつもかけとけよ!! こちとらろくに運動してない三十路だぞ、長距離走る体力なんかないんだからな!!!
僕(過去)の体力のなさが幸いしたのか僕の再構築してたまるかって気持ちが上回ったのか、なんとか逃げきった僕はデカパン博士のラボに駆けこんだ。治験中ダスからな、って食事つきで泊めてくれる博士マジ素晴らしい。未来のワシがつくったタイムマシン…! て震えてたから実験欲が刺激されまくったらしい。いいことだね。これからも博士にはいろんな研究してほしい。そんでゆくゆくは男でも妊娠できる薬なんか開発してくれたら松代たちに孫保障もしてやれるから嬉しいんだけど。

「ホエホエ~、今日は早いダスな」
「っは、ぐえ……うん、ちょっとね……ねえ博士、過去の僕に会ったら未来が変わっちゃうって言ってたでしょ」
「んん? 未来のワシが言ったんダスか。理論上はおそらくそうなるダス」
「それってどれくらいの範囲? 会う、って話したら? 顔見ただけでアウト?」
「あくまでも先入観によって過去を変えないためダスから、一松くんに自分だと認識されなかったら問題ないダス」

走り過ぎて吐きそうになりながら確かめると、あいかわらずのんきな博士はお茶の用意を指示しながら軽く答えてくれた。
よし。待ってろ僕(過去)。もう軽い手助けの時間は過ぎた。明日からは全力でおまえとカラ松(若)の仲を応援させてもらう。近づける範囲もこれで理解できたし、大船に乗った気で任せてくれ。
だっておつきあい開始日まであと二日しかない。僕は僕のために全力でおまえを陥れる。この際おまえの羞恥心とか罪悪感とかどうでもいいからさっさと一卵性近親相姦ホモになってくれ。大丈夫、幸せだから。