石神村では最近「あーん」が流行っている。
といっても恋人同士のイチャつく方便じゃなく、子ども達の気軽な友情の発露って感じ。
収穫祭以外で秋に手軽なイベント……と頭を悩ませていた千空ちゃんにポッキーの日を提案した余波っていうか。
ほら、村は狩猟メインで農耕はあんまりだし。お祭りといったら春なんだよね~。モチベーションアップのために祭や宴会はしたいけど、来る冬のために食料は温存しておきたい。できたら準備をさほど必要とせず、皆が楽しめるようなものが望ましい。
つまりはポッキーゲームでしょ!
別にお菓子の形を完璧に再現しなくてもいい。パンを細長く焼いてはちみつ塗っちゃうとか、なんなら甘くなくてもオッケー。だって長い棒状のものを両端から食べる行為に意味があるんだよ、あのゲームは。
なんだそりゃと呆れた顔をしていた千空ちゃんも、当日の盛り上がりには驚いて俺に尊敬のまなざしを向けてたね。
基本的に娯楽が少ないこの世界は、普段と違うというだけで興味を持たれる。そのうえ今回は、意中の誰かと同じパンをくわえちゃう♡なんてドキドキ感まで組み込まれてるんだから盛り上がらないわけがない。
ただ、ちょっと俺の意図した方向と違う流れになったのも事実だ。
石化から復活した皆はポッキーゲームの一言で趣旨を理解し、相手を探したわけだけど……現状、圧倒的に女の子が少ない! しかも誰が見ても両思いなのにつきあってないとか、好きな人がもういるとか、すでに人妻とか。キラキラ三姉妹なんて、食べすぎてお腹いっぱいって言ってるのに「くわえるだけでいいから!」の大合唱に羽京ちゃんの教育的指導が入ってたもん。
その点村の皆は微笑ましかったよ。両側から同時に食べてドキドキを楽しむ、の意味がわからないっていつの間にか相手に「あーん」してあげることになってたけど。
自分の取り分をわざわざ分けてやることで好意を伝えるのか、なるほど! ってコハクちゃんがスイカちゃんにあーんしてあげてたの、かわいかったな。
スイカちゃんも、コハクにもらったのはなんでかいつものよりずっとおいしいんだよ~! なんて不思議そうに笑って。
ポッキーの日がとっくに終わった今も、相手の口に食べ物を入れてあげるという行為だけが流行ったままだ。
◆◆◆
たぶんこれまでは、誰かに自分の取り分をあげるなんて親子でもなけりゃめったになかったんだろう。
村の皆が冷たいわけじゃない。ただこの世界が、俺たちが知るものより厳しいだけ。特にまだ自分で獲物を獲れない子どもたちは、分け前を十分に得られるかどうかもわからないんだから。
だからこそ、分けても問題ないと思える、のがうれしかったんだろうね。一方的に搾取されない、飢えない、「あーん」でお互いに与えあえる。もらうだけじゃなく、自分もあげられる。これ大事よ、案外。
千空ちゃんも、子どもたちからポッキーゲームだよと呼びかけられればあんぐり口を開く。ちゃんとお返しを用意して、くれた子の口に放り込んでくの律儀だよね。こんなもんポッキーゲームじゃないだろ、ポッキーの日はとっくにすんだ。いくらでも断れるのに当然の顔してさ。すーぐ悪ぶるのに優しいんだから。
そう、律儀だし優しいのだ千空ちゃんは。
だから俺がちょっとくらいバカな事してもスルーしてくれるはず。大丈夫。いやスルーじゃなくて乗ってほしいんだけど。
つまり、その、俺は。この流れに乗っかって。
千空ちゃんから「あーん」されたい!!
いいでしょ別に。誰もポッキーゲームしたい、まで言ってないわけだし。
持ってるパンの行方が、自分の口か俺の口かって些細な違いしかないわけ。それで俺のやる気がじゃんじゃん上がるなら、するのが合理的ってもんでしょ!
と主張しても絶対リームーなので、大人しく俺は自然にあーんされるようがんばります。諦める? なんでよ。そこまでの無茶じゃないでしょ。
「千空ちゃんおっつー。キリいいとこで休憩しよ~」
おあつらえ向きにラボは千空ちゃん一人で、俺の声に反応して上げた顔は機嫌が良さそう。顔色良し、隈なし、よし!
なんだかんだ千空ちゃんはノリがいい。機嫌がいいならかなり成功率上がるんじゃない?
俺、ついてる!
「こないだポッキーもどきでパンを細長くしたでしょ? そこからインスピレーションじゃんじゃん刺激された子がいてさ~、いろんな形にしちゃった。までは良かったんだけど、立体はやっぱ難しかったみたいで」
「焼くとどうしてもな……こりゃ家か?」
「気球だって。こっちは千空ちゃん」
設計図を避けてお茶と共に置いた前衛的なパンに目が行くの、わかる。気球はいいとしても、千空ちゃんをモデルにしたらしいパンはなんと拳サイズの球なんだもん。
顔を模したパン、平たい丸に目とか髪の毛をペタペタはりつけるイメージだったから、結構驚いたよね~。ほら、石化前にパン屋でよく見たタイプの。これ本当は髪の毛もあったのよ、作成者ちゃんの予定では。細い木の枝刺してたから、焼いてる間になくなっちゃったんだけどね。
細長い生地を重ね箱状にするのは上手くいったけど、気球の布部分に悩んでいたと伝えれば上出来じゃねぇかと明るい声。
「千空ちゃんパンの方はさ、真ん中まで焼けてないかもだから食べる時よければ炙りますよってフランソワちゃんが」
「球だからど真ん中に火は通りにくいわな。……そうか、平面で人間の顔つくるっつー考えがねえのか」
そそこれしてる千空ちゃんはかわいいしいつまでも見ていたいんだけど、今回はそれが目的じゃない。
楽しい話題と明るい雰囲気に便乗して、千空ちゃんの目の前のパンをひょいとつまみ上げる。
「他にもいっぱい作ったのよ~、ねじったりとか。ほら、おいしい?」
指揮棒のように振りつつパンを口に押し込めば、そのままもぐもぐと食べる姿につい笑ってしまう。
か~わいい。石化前、ウサギやハムスター動画が人気だったのわかるな。何回でも美味しいもの差し出したくなっちゃう。
でも今回はもう一歩。俺から食べさせるのはこれまで何回もあった、その次の千空ちゃんからの行動。
ほら。ほらほら村長、村の子たちにあーんされたら次どうするんだっけ!?
この間から何度もしてたやつだよ! お返し!
俺のお口、いつでも空いてますけど!!
「ポッキーゲームだって言い出した時はどうかと思ったが、それなりに盛り上がったな」
千空ちゃんの視線は立体パンに向けられたまま、俺へのお返しあーんがないので計画は第二段階に移ります。
「まさか「あーん」が流行るとは思わなかったけどね~。今の状況なら、恋人同士って限定するより友人間でって形の方が受け入れやすかったのかも」
「こっちとしちゃ買う奴らが多いほどおありがてぇがな」
「皆はイベントで楽しい、俺らはドラゴいっぱいで嬉しい、正しくシェアハピってやつじゃん」
わっるい顔して笑う千空ちゃんの口に、もう一本パンを突っ込んでやる。
視線を俺に向けさせて、あえてにんまりあくどい笑顔。これからワルイコト言いますよ、悪だくみだよちゃんと聞いててね。あからさまなまでにわかりやすい、千空ちゃんへのアピール。
「ところで、俺、実は気づいちゃったんだよね~。千空ちゃんのヒ・ミ・ツ♡」
「あ゛!?」
「言っちゃっていい? やっぱズイマー? 俺はどっちでもいいんだけど、千空ちゃん的にはどーかなって」
心当たりなんてないんだろう。それでもわざとらしい俺の『これから悪だくみ言いますよ』ムーブのためか、千空ちゃんは必死に脳をぶんまわしてる。
んふふ、俺がする悪だくみに説明抜きでピンときて乗ってくるの大好きだもんね。何のことだ、なんて悔しいから言いたくないよね。知ってる~!
ぶっちゃけ秘密なんてない。
あえて言うならイベントの日、大樹ちゃんと杠ちゃんが同じ場所に居られるように村長権限でシフト動かしてたくらいだけど、その程度千空ちゃんがしないなら俺がしてた。
だってさ、ポッキーゲームしよ♡って日にあの二人バラバラにしておく意味がわかんないでしょ。
こんなのバラされても何の問題もない。なのにあえて意味深に話してるのは、千空ちゃん専用の言い訳のためだ。
「こういうのって俺の口から言わない方がいいって感じだし、でも知っちゃったの黙ってるのは心苦しいよね。あ~、どうしよ」
親友の恋の応援のためのあれこれバラすの、野暮だよね。でも気づいちゃった俺としては他の子の手前、ヒイキはダメだよって言わなきゃだし。なーんて。
後からネタばらしした時に、嘘はひとつもついてませんって言い切るためふわっとぼかした言葉を選ぶ。
「今ちょうど俺の口空いてるからさ。何かでふさげば黙っちゃうと思うんだけど」
たとえば千空ちゃんの手元にあるパンだとか。
「……テメーはその秘密知って、どう思った」
「え? 微笑ましいなって」
つい正直に答えてしまい、ガキ扱いかよと千空ちゃんは眉間にしわをよせた。メンゴメンゴ、友達の応援するのに大人も子どももないよ。
「ちーっとばかし先に生まれたからって年上ぶりやがって。で、つまりその秘密に対する、あ゛~、ゲン、テメーの感情はプラスか? マイナスか?」
「プラスってわかってるくせに~」
俺だって二人を応援してるんだから、プラスに決まってる。もどかしいもんねぇ、つい背中押したくなっちゃう。
反応から、秘密が大したことない与太話ってわかったらしい千空ちゃんの表情が明るくなる。そうそう、ちょっとした悪ふざけ。
お返しするのも気恥ずかしいなら悪態ついて俺の口に入れちゃってよ、そのパン。
勝手に脳内で千空ちゃんから「あーん」してもらった♡って変換しておくから。
「ほら千空ちゃん、早くふさがないとバラしちゃうよ~。なんせ俺の口ペラッペラだから」
男同士で気持ち悪ぃ、と拒否するだろう千空ちゃん用の立派な言い訳。
秘密をバラすなんて言うから、口にパンを突っ込んでやった。後から詳しく聞けば、秘密と言えるようなものじゃなかった、バカらしい。ゲンの悪ふざけだ。
ね、言い訳バッチリ。明日からの俺のモチベーション向上のためにも。ほら、ひょいって。
「ふさいでいいんだな?」
「甘いのでお願いしまーす」
はちみつを塗ったパンを指定すれば、千空ちゃんはぺろりと自分の唇を舐め頷いた。ああ、さっき口に入れてあげたの甘いやつだっけ。
◆◆◆
千空ちゃんの手が、なぜか俺の手と腰に回っている。
目の前にゴイスー整った顔、がぼやける近距離で。唇に触れるのはパンよりずっと柔らかな感触。
「……秘密だなんだって、人の気持ちをからかいやがって。テメーが悪い気はしねえって言ったんだからな」
「え……と、いつ?」
ポッキーゲームにおける最終目標をしたいとか、いつ俺の希望伝わっちゃってたの。バレバレ!?
「あ゛ぁ゛!? 俺がテメーに惚れてんのプラスだっつっただろーが!」
そんな話してましたっけ!?
わかんないわかんない。わかんないけどゴイスーチャンスってことはわかる。から。
「千空ちゃん。俺、もっとふさいでくれないとダメだ」
好きが。
「あふれちゃいそう」
唇を擦り合わせながら伝えれば、そりゃ構わねえがと返されまたふさがれた。
「あふれてくるのが落っこちたらもったいねえからな」
俺の唇からこぼれ落ちそうになったのか、べろりと舐め上げ千空ちゃんはしゃあしゃあと言ってのけた。
さっきまで眉間にしわよせてたくせに。
「秘密が?」
「秘密が」
そうだね。俺も気づいてなかったレベルのトップシークレット、もったいなくて落っことせない。
これはリーダーと参謀だけで守る方がいいかもねと、俺は甘い秘密をもう一度二人の口の中に封じ込めた。