千空ちゃんが二人に増えた。
何を言ってるのかわからないだろうけど俺もよくわかってない。
自分が二人に増えたら片方に仕事頼んで自分は寝たいな、俺なら遊んじゃう、なんてよくある雑談をしていたらクロムちゃんが任せろって駆けて行って。戻ってきた途端持ってた木の実を千空ちゃんに食べさせた。で、千空ちゃんが増えた。
何を言っているのかわからないよね。俺もまったくわからないんだけど、目の前で起こった事実だけを述べています。
慌てふためく復活組を後目に、村の皆はまだあったの懐かしいね、なんてのんきな態度。
どうやら3700年の間に新たに自生した謎植物らしく、食べた人間が二人に増える木の実、らしい。人体に悪影響はなく、小さい頃に食べて遊んだと皆懐かしそうに笑っている。
いや待って。最近は見なくなって、じゃないよ。千空ちゃん完全に二人いるんだけど。
ねえ、さすがクロムよく見つけたな、じゃないんだって。同じ顔が向かい合って首かしげあうというイリュージョンが、マジシャンの手を通さずに起こってるわけですけど!?
「効果はどれくらいだ?」
「せいぜい一日ってとこだな。なんだったか、一人は寝て一人は遊ぶのか? するなら今日の内だぞ」
「そんな無駄な事するかよ。せっかく作業できる人員が増えたんだ、することなんざ決まってんだろ!」
クロムちゃんを挟んでクククと二人の千空ちゃんが笑う。
だよな! ってにこにこしてる場合じゃないと思うんだよクロムちゃん。ドイヒー作業ふってくる人間が倍に増えてんだよ、倍!
案の定、嬉々として工作に向かった先からヤベーだのヒョーだの、なんとも楽し気な悲鳴が響いて。
「……確かに、増えたからって自分は寝てたいってことはなさそうだよね、千空なら」
「遊ぶ、が新たな工作かもよ」
「ある意味健全っていうか」
「羽京ちゃんならなにする~?」
「いざ聞かれると……コーヒー豆探索…?」
「バイヤー、とんでもなくカフェイン求めちゃってんじゃん」
「まあ一日じゃ無理そうだから別の事するかな」
巻き込まれないようにそそくさと逃げ出しながら見た千空ちゃんは、どっちが増えた方かわからないくらい同じ顔して笑っていた。
それにしても増えるなんて、最初に食べた人間は驚いたろうな。クロムちゃんみたいな子だったのかな、増えたぞスッゲー! って。千空ちゃんみたいな子なら絶対、唆るぜこれはってイキイキ研究しちゃうだろうし。
……そういえば千空ちゃん、全然調べなかったな。珍しい。
「あ゛? んなもん一日で効果切れるってんなら時間が足らねえだろ。それでわかる程度のことはとっくにこれまで調べあげられてるしな」
「クロムが昔それなりに調べたらしくてな、どう時間を引き延ばそうとしてもそれ以上にはならないんだと。ならマンパワーとしてお役にたっていただいた方がよっぽど唆るっつーもんだ」
「大量に摂取すればって食って腹壊したらしいからな、有害じゃないにしろ積極的に取ることもねえ」
「増えてなにしたかったって鉱石探す範囲が二倍になるだろってんだから、あいつも石バカだよなぁ」
二人に増えるなんて不思議現象をどうして調べないの? という疑問を口にしたとたん一気に言葉が降り注ぐ。
待って待って。楽しそうにお話してくれるのはうれしいんだけど、両側から同じ顔同じ声同じ口調でこられると混乱するしかない。
「うん、体に不調なさそうなのはジーマーで良かったよね。楽しそうでなにより。……で、ちょっと聞きたいんだけど」
「おう、なんだ」
「口ごもるの珍しいじゃねえか、メンタリスト様がよ」
「この状況じゃ仕方ないと思ってほしいなあ!?」
右に千空ちゃん左に千空ちゃん。
そろそろ寝ようかという時間に「テメーはこっちだ」と引っ張られるのはしょっちゅうだし、ドイヒー作業の手伝いもあれば天体観測の時もあるから気にしないけれど。
天文台に二つ並べて敷かれた布団に転がされて、両側から千空ちゃんサンドされるとなったら話は別だ。
いやこの場合俺が具だからゲンサンド? 食欲わかないなぁ。
「なんでこの態勢? 俺、ここに居る意味ある?」
「大アリだ。そろそろ夜は冷えるだろ、たとえひょろがりでもひっつきゃ体温様が大活躍だ」
「いやいやいや、二人いるじゃん。せっかく二人に増えてんだから千空ちゃん同士でひっつきなよ」
「見た目は増えたがどうも分裂してる可能性がある。俺らは筋肉量が減って体温が上がりにくいんだよ、今」
「えっ、それ大丈夫なの!?」
「日常生活送る分には問題ねえ」
「そっか~。まあ筋肉は暖かいとか言うもんね、寒いのつらいよねぇ」
「おう、だから」
「じゃあマグマちゃんとかに頼む? 筋肉ゴイスーよ」
「あ゛!? なんで男とひっつかなきゃいけねえんだよ!!」
「……俺も男なんですけど~」
「い、っや、まあそうだが、今から移動するのも面倒だろ」
「別にまだ宵の口じゃん。それに俺、ちょっと骨っぽいらしくて一緒に寝るとゴツゴツ当たって痛いらしいんだよねぇ」
「らしくてじゃねえよ、細っこすぎるわ。もっと食え」
「千空ちゃんには言われたくありません~。ミジもや仲間でしょ」
「じゃあお互い様じゃねえか、痛いの。気にしねえよ」
両側からかわるがわる、俺にここに居てほしいって内容をすり潰して粉にしてサラサラっとかけた声。
別に嫌じゃないし、作業中に一緒に寝落ちもわりとするし、今から移動が面倒なのは事実だし。
でも、なんだかなぁ。ちょっとねえ。
「千空ちゃんが風邪ひいたら大変だし、寒いなら布団もう一つもらってくるよ」
「いきなり増えるなんて想定外だろ、余分なんてねえよ」
「そこまでじゃねえから大丈夫だ。おら、さっさと寝ちまえ」
両側からぎゅうぎゅう詰められ、高い千空ちゃんの体温に包まれると熱すぎて寝られないくらい。
二つ分の布団をしっかり敷いて、見るからに体温低そうな俺を湯たんぽにしようって目論んで?
あーあ、メンタリストにこんな勝負挑んじゃう?
「……千空ちゃん、俺ねえ、好きなのは素直な子なんだよね」
好きなものに一目散で、楽しい! ってイキイキしてる姿とか最高だよね。
「あ゛!? その言い方」
「ゲン、好きなヤツいんのか」
同時に跳ね起きるなんてゴイスー気が合ってるの、やっぱり同一人物だから同じ行動とっちゃうんだろうか。
言葉にはできないのに行動は素直なの、かわいいね、千空ちゃん。
「千空ちゃん達のために用意された布団はちゃんと二人で使いなよ。俺は……まあ、どうにでもできるから」
布団の余りがないだとか、筋肉量が少ないとか、雑な言い訳を俺が見逃して甘やかしてくれると思ってるのは間違いじゃない。これまでちゃんと甘やかしてきたし、これからもそうしてあげてもいい。
でも。
「俺はキミと一緒には寝ないよ」
これからずっと一番近くに居てほしいと望むなら。
「ちゃんと、素直に言える子が好きだからね」
目を白黒させている二人を背に天文台から抜け出せば、ゲンと情けない声で呼ばれた。
ああかわいい。でもちょっと甘やかしすぎたかもしれない。
「……明日言えたら、百点満点~」
賢い頭を二つ夜通し並べたなら、口説き文句のひとつくらい出てくるだろうか。