「そういえば今回の前世松兄さんはなんか外国語しゃべってたよ」
「は!?」
不定期の兄弟宅飲みにて末弟からぶち込まれた爆弾に、一松はがばりと身を起こした。
うっかり気持ちよく酔っぱらっている場合ではない。あわてて確認したカラ松はすでに転がっていびきをかいていたのでひとまず胸をなでおろす。
「えーなにそれなにそれ! おにいちゃん聞いてないんですけどぉ~」
「だっておそ松兄さんいなかったから。ほら、新台がどうこうって十四松兄さんと一緒に朝からパチ並びに行った日」
「あ~、あの日は外せなかったんだよねどうしても。ってかそういう楽しいことは俺のいる時にしてよ一松ぅ」
「チョロ松兄さんは役立たないしカラ松兄さんはもっとわかってないしさ、おもしろいってか大変だったよ」
さらりと三男をディスりつつ柿ピーのピーナツだけよけ、トド松はかわいらしく頬を膨らませた。長男からのいわれのない不満を無視しつつなんとかこの話題を終わらせたい一松は必死で餌を考えるが、これ以上皆がおもしろがるネタなど思いつかず歯がみする。生贄がいない。
「で、で、で? 今度の一松はどんなだったわけ!?」
「んふふ~、これが意外なんだって。当ててみてよ」
「えー、チョロ松も見たんだよな。ヒント! ヒントちょーだい!」
「ヒントって言われてもなー。ええと、うーん……ちょっとアンダーグラウンドな?」
「っひー! あんだーぐらうんど!! なにうちの四男ってば裏の世界にまで進出してたの!??」
ひゃー、と倒れ込みながら笑うおそ松にスマホを操作するトド松、あんまり笑ってやるなよなんて諌めるふりをしつつにやけ顔を隠しもしないチョロ松とにこにこ楽しげに一松の頭を撫でる十四松。
「そーだねそりゃ面白いよね他人事なら。俺も思いっきり笑ってからかってする自信あるよ自分のことじゃなかったら」
おどろおどろしい声で一松が嘆けば、ですなー! ととびきり明るく十四松に同意される。うん、今は同意じゃなくて同情が欲しかった。
「あはは。ごめんって一松兄さん。おわびにほら、これ。今回の前世松兄さんね」
「え、おまえ動画撮ってたの!? あの一松そういうの大丈夫だったんだ?」
「うん、ちゃんとお願いしたらいけたよ。あとカラ松兄さんが俺の弟なんだって言ったから」
『…まえの弟? じゃあいいさ、許そうかわいいgattina。代わりに俺の頼みも聞いてくれよ? 難しいことじゃないさ、ほらここに座って』
小さな液晶画面から唐突に流れ出す一松の声。どこか剣呑な雰囲気の一松がとまどうカラ松を引きよせ腕の中に囲い込んでいる映像が映る。
『緊張しているのか、かわいいな。怯えるおまえも愛おしいが俺はおまえの幸せそうなsorrisoが一番気に入ってるんだ』
指先でちょいとカラ松のあごをとらえ、成人済みの兄弟としてはおかしい近距離から舐めるように顔を見てにやりと笑う。するりと顔が寄り互いの唇が触れるか、という瞬間一松はいつの間にとっていたのかカラ松の手を引きよせ爪先に口づけた。
『おまえが俺を思い出すまでbacioはお預けな、il mio amore』
「っあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」
あまりのことに耐えきれず、一松はトド松のスマホを壁に投げつけた。こんな映像は残しておいてはいけない。すぐさま亡きものにしなくては一松の精神が擦り切れる。なんだあれ。ねえなに。がってぃーなて。あもーれって。おいどうした。
当然そういった行動に出ると予測していたのか偶然か、壁に当たる前に十四松が受けとめてしまったのでトド松のスマホは無事だった。
「ありがと十四松兄さん。ちょっと気持ちはわからないでもないけどさ、壊すのやめてよねー」
「は? 気持ちわかる?? おいトッティおまえそんなこと気軽に言っちゃっていいわけ!??」
今度はキャラメルコーンのピーナツを分け始めた末弟は、真っ青な顔をした一松にぱちんとウインクを決めて言いきった。おいそこで寝落ちてるクソに似てたぞ今の。いいのか。
「わかるよそりゃ。出てくる前世どれもこれもカラ松兄さんに惚れてんだもんね、死にたいよね!」
ほんとその通りですよチクショウ!!!
◆◆◆
一松には前世がある、らしい。
別に宗教的な話ではない。一松としては前世があろうがなかろうが輪廻転生でもなんでもかまわない。前世も来世もあるかもしれないしないかもしれない。フィクションとしては楽しむし自分のことであるならどうでもいい。そりゃ現世でかないそうもない願いなんてあったりしたら来世来世なんて口走ったりはするけれど、だからといって本気で来世があるとか次がんばろうとかそういう気持ちはまったくない。これまでそうして生きてきて、これからもそのつもりであった。
あった、のに。
最初に現れた前世はジェイソンと名乗った、らしい。どこの十三日の金曜日だよ影響されすぎ頭悪いって思っちゃったよね、と口にしたトド松を殴りはしたが気持ちはわかる。映画じゃん。殺人鬼ぶるとかなんなの恥ずかしい。一松だってそんなの目の当たりにしたら大笑いする。
案の定大笑いした兄弟を完全に無視したジェイソンは、なぜか庭に出てきょろきょろし、ひどく落胆した様子でそのまま眠ったらしい。
らしいらしいと伝聞になるのはその間の記憶が一松にないからだ。一松としてはふと気がつけば皆が口ぐち質問をぶつけてきて意味のわからない日であった。ジェイソンってイッタイよね~、と言われてもなんの話だ。そもそもなんで俺の足は泥がついてるんだ。
それで終わればこんな出来事、日常の中に紛れて忘れてしまっただろう。
たとえ一松の意識がそれ以降ちょくちょく途切れ、庭が妙に手入れされだし、いつの間にか松代の許可を得てバラの木が植えられていたとしても。六つ子は庭にも花にもさほど興味を持たなかったし一松は意識を失うことを誰にも言わなかったから、なにも起こらないはずだった。爪の間に土なんて普通に生活していても入る入る。これまでそんなことなかったとか知らない。うん。
そう。ジェイソンだけならなにも起こらなかったことにできた、のだ。
次に現れた前世はそれはもう弁が立った。弁護士をしていた、と言い張る四男を不審な目で見ていた長男三男六男をきれいに丸めこみこの意味のわからない現象が一松の前世のせいであると納得させたのだ。どうやってか。なぜその手腕を一松に使ってくれない。この意味のわからない事態を納得させてくれ頼む。
おい前に弁護士だったんなら今もがんばればいけるんじゃね? 一松センセー稼ぎ頭になれちゃうんじゃね!? などと目覚めたとたん興奮気味にまくしたてられてどうしろと。とりあえず二度寝を決めようとした一松は責められる筋合いなどない。だって前世て。どこの厨二わずらった次男だ。それともイケメンアイドル四男か。
そういったことに最も興味がありそうなカラ松が一言も口を開かないのを不審に思い視線をやれば、びくりと怯えられたのも記憶に新しい。その時は意味がわからなかったから胸倉をつかんでおいたが正直今ならわかる。申し訳ないな、とさえ思っている。謝らないけど。そりゃ弟がいきなり前世とか言いだしてなおかつ自分を口説いてきたら困惑しますよね思いっきり引きますよねはーいわかりますわかります。いっそ殺せ。
自称弁護士は状況説明をこなしつつ器用に次男を口説き、じゃあまたなどと再会を匂わせる挨拶までして去ったらしい。
俺は気にしてないからおまえも気にするなよ、と普段より遠い距離から言われた自分の気持ちを誰か四百字詰め原稿用紙五枚で説明しろ。いやもういっそ気にして!? そこまでなら気にして思いっきり罵って避けて!!?
それでもこの時点で、一松はすべてが終わったと信じていたのだ。
まさかまだ前世追加ありとか思いもしないだろう。濃すぎる。他の兄弟はこんなおもしろい現象おこっていないのに、一松ばかりがなぜこんな。
ふと気づけばそれなりの金額がしそうな指輪を持って次男の腕をとっつかまえていた時には、一松はもう本気で死のうと思った。
なぜ動画を撮っているトド松。どうして結婚雑誌CMソングを熱唱している十四松。おねがいつっこみのために居てほしかったんだけどチョロ松兄さん留守とか使えねえ。あと雑誌とか読んでるのこっちがほんとつまんないみたいなんでせめてなにか反応しておそ松兄さん。つーかなんで今ここで気がついた俺!!!!!
一松の記憶のない間にちゃっかり働きしっかり金を貯めあまつさえ指輪を購入した男は、班長でいいよと兄弟たちの怒濤のつっこみを流してカラ松に指輪を差し出したらしい。ねえだから伝聞なの。これは俺の意思じゃないの。らしい、なんだっつってんだろクソかこの人生!
社畜だったらしいよーじゃねえよブラック工場とか怖いよなやっぱ働かない人生サイコーじゃねえよ雑談キメてる暇あるなら止めろよ俺を! いや俺じゃねえけどね赤の他人だけどね前世とか!!
前世の情報なんて一松はまったく必要としていない。出てこないでほしい、願いはただそれだけなのに、慣れたのかおもしろがっているのか兄弟は皆一様に前世達に寛容だ。唐突に俺はこいつの前世で、なんて語り出したら即病院に叩きこんでほしい。このさいデカパン博士のところでもいい。なんでもいいからカラ松から離れさせてほしいのに、前世を名乗る一松達が皆カラ松を探すからと一松がおかしくなるとすぐさま次男が呼ばれる始末だ。
◆◆◆
そう。問題はそこだ。
別に一松は前世があろうがなかろうがどうでもいいし、自分の意識のない間に身体をちょっと使うくらいなら事前に予約しておいてくれればまあ構わない。なんだかんだ未練もあるだろうし? それをかなえたいと言うならどうせ猫に会いに行くくらいしか予定なんてないし、寿命が縮むだの妙に疲れが残るだのありがちな不都合がまったくないのでこんなゴミクズでもお役に立てるんならいいんじゃないですかねってスタンスだ。
そのつもり、なのだ。あいつらが揃いも揃ってカラ松カラ松叫ばないなら。
一松の前世にすべからくカラ松も絡んでいるのはまあいいとする。よくはないけれど話が進まないから、六つ子の神秘的な流れで認めよう。えー他の四人はどうしたよ一松、じゃねえよ他人の脳内に口出すなおそ松兄さん。
ご主人さまと庭師だとか、弁護士仲間だとか、マフィアと班長(どこのだよ)とか、ああ追加でマフィアのボスでしたっけドンですっけなんでこないだのマフィアカラ松とセットじゃねえのそこ、つーかまあそれはいい。兄弟でも赤の他人でもなんでもいい。
そこまでは心広く一松とて認める。今更前世とかない、なんて言わない。いやあってもなくてもどうでもいいけど、一松が眠っている間に別の一松がなんやかんやしているのは事実なのでそれは認める。
問題は。ただ問題は。
なんでどいつもこいつもカラ松を口説こうとするか、その一点だ。
一松は前世達に言いたい。
確かにおまえらの知っているカラ松は他人で、男同士とか身分違いとか生きる世界が違うとかそれなりに問題があったんだろう。生きてる間苦しんだんだろう。わかるよ。いや一松とて我がことのように理解できるかと問われればぬるくニートとして生きてる身、無理だけれど。でもまあ、許されない恋、っぽいなあとかそりゃ苦しんだだろうとか世間体あるよなとか、それくらいは想像できる。だから目の前にカラ松がいて、なんかわからんけど強くてニューゲームかひゃっほう! となる気持ちは理解しよう。それくらいは歩み寄れる。なんせ自分らしいんで、魂。魂?
でも考えてみてほしい。現世の、今のカラ松は一松の兄だ。六つ子の、他人からは見分けがつかないほど似ている兄弟だ。
きつくない?
そりゃ孤児で腹減らして死にそうなとこ助けられて優しくされたら惚れるよね。男とか女とか関係なくこの人のために生きようって思うよね、わかるわかる。バラの花が好きだから、って育てて一番きれいに咲いた花を毎年送る、のとこであのドライモンスターまで涙ぐんでたからね。お金持ちのご頭首様でいつか奥さん迎えて家を繋いでいく立場だからジェイソンの気持ちは絶対にかなわないし相手の幸せ願えばそりゃなにも言えないってもう、なんなの。どこの映画なの。全米が涙するのか!!? 松野家は涙したわ!!! あとから聞いて一人時間差で一松も泣いた。再度つられ泣きしたトド松から「でも身体の関係はあったらしいよ」と聞くまでは。
なんっでだよ!!!!!
いや昔はそういう倫理が緩かったのかもしれない。相手が奥さん迎えちゃうのはつらいよね、と弁護士もしんみりうつむいていたことを思い出し一松はなんとか心を穏やかに保つ。ビークールビークール、ここで頭に血が昇ったらなにを口走るかわからない。
弁護士の知っているカラ松は妻子持ちだったらしい。子供が女なら紫の上計画発動したんだけどねぇ、と不気味に笑っている動画を見て一松はとにかく弁護士を慰めたくなった。だってものすごく疲れてるだろ、クソ松が舅になってもいいとか。一松ならばそんな人生即座にリセットだ。
しかしそんな疲れきっている弁護士だが、最初にこのふざけた現状を説明したからか松野兄弟からの信頼は妙に厚い。弁護士兄さんが言ってたからだよ! なんて十四松に答えられたのは結構な衝撃だった。七人目の兄弟への道を着々と歩んでいる。まあ弁護士だし頼りになるんだろう。働いてるし。ニートじゃないし。法律関係の質問にめっぽう強いと言っていたのはチョロ松であったか。離婚とか親権あたりすごい詳しいよ、ってねえそれなにか意図を感じるんだけど大丈夫? いや仕事のことだし詳しいのはいいことだけどでもどっちかってーと企業相手してるって言ってなかったっけ!?
「ねえ現実逃避もいいけどさ現世松兄さん、弁護士兄さんも当時のカラ松兄さんとセフレだったっていうのは忘れちゃわない方がよくない?」
「げんせまつって呼ぶんじゃねーよクソトッティ! あと俺は認めないから!! あのクソ松とセフレだったとかぜってぇ認めないから!!!」
「うんそこで寝落ちしてるクソタンクトップの現世カラ松兄さんじゃなくてさ、弁護士兄さんのカラ松兄さんね?」
「だっから俺は認めないっての!!!!!」
なんなの。なんでみんなそう簡単にカラ松とやっちゃってるの。
五億歩譲ってジェイソンはいい。思いつめた感とかどうしようもない閉塞感とかあるし、せめて身体だけでも的な流れは認めたくはないけれど一松とカラ松のことでなければまあありかなとも思う。譲りまくって、だけれど。
だが弁護士てめぇはダメだ。
学生時代からの腐れ縁で偶然同じ職を選んで家も近くて、ってどんな偶然でそんなことに、という周囲の呆れ顔にひひっと笑っていた『一松』は。あれは、自分がいろいろ画策しましたよ~ばれてんでしょふひひつっこんでもいいですよなんなら詰って罵って、て表情だ。一松は自分のことだから知っている。つまり弁護士は、意図的にカラ松と共に歩む道ばかり選んできたうえにそれを隠す気さえないのだ。セフレに持ち込んだのだって、絶対酒の勢いとか若気の至りとかに決まっている。なんせあの兄はクソほど流されやすくて押しに弱い。
知っているのだ、一松は。嫌になるほど。
「でも意外だったのはさぁ、今回の一松がカラ松とまだやってなかったことだよね」
「あー、手早そうだったのにね」
「ねえやめて……俺とクソ松の間に肉体関係があること前提みたいな話の進め方やめて……」
「いいじゃんおまえの今の身体は新品だよ?」
「精神だってピッカピカの新品です! ってか慰め方雑!! チョロ松兄さんはもっと優しい言葉を学ぶか言葉責めがんばって!!!」
「えぇ……おまえのためにとか微塵もやる気が起きないし」
「あっ、そういうの! そういうのお願いします……ッ!」
三男からの御褒美に震えていると、すべてのつまみの仕分けを終えてしまったトド松が獲物を狙う目で一松の手元をうかがう。そっとポップコーンを差し出せばきれいに爆ぜたものと硬いコーンのままのものを分けだしたので正解だったらしい。酔いが進むと妙にモノを分類したがる弟は、分ける物がなくなると対象を広げてくるのでめんどうくさい。兄弟ランキング程度なら笑い話ですむが、過去、トト子ちゃんから名前を呼ばれた回数ランキングが開催された際は血の雨が降った。やっぱ名前呼ぶ方が好意あるよね~ところで上位三名と下位二名地獄一名に分けてみたよ、じゃねーよ死ね。それ以来松野家では、酔っ払いトド松にはなにかしら仕分けできるものを与えよがルールだ。
しかしその一松の心遣いをまっぷたつに切り裂く男が現れた。
「ん~、なあトド松仕分け的にはさぁ、どの一松の勝率が高そう?」
否、男たちだ。
驚きで飛び上がったのは一松だけで、あとの三人は口々に賭けだしたのだから。
「お兄ちゃんとしてはさ~、やっぱこないだの班長が強いと思うんだよね。ほら、うちの次男ってば養ってほしい男子じゃん。こっそり働いて指輪とか渡されたらさ、きゅんきゅんきちゃうんじゃない!?」
「そこはやっぱ悲恋系じゃないっすか? なんだかんだカラ松兄さんロマンチックなこと好きなんで、前世で叶わなかった恋を今ってやつポイント高いんじゃないっすか! ひゃー」
「いや前世で叶わなかったのは全員だろ。だから一松たち皆化けてでてきてるんだろうし」
「幽霊みたいっすね兄さん!」
「うん前世前世。あ、でも養われるならこのあいだのドン? あれ金持ちそうだったしどう。あいつ養ってくれるならちょっとくらい後ろ暗い仕事しててもいい的なクソいとこあるじゃんカラ松」
ね、と三方向から声をかけられ一松は再度飛び上がった。いや酒の場での与太話だし一松は一切関係ないしクソ松の本命とかほんと心底どうでもいいし。し。し。
「……ねえせめて一人くらいさぁ、クソ松が誰にも流されないエンド選んでもいいんじゃないの」
「あっは、やだな往生際悪すぎ兄さんったら。自分でも言っちゃってるじゃん、流されないって。それっくらい流されやすいでしょカラ松。押されたらえ、え、え、ってうろたえてる間にゴールインしちゃうって。なんせ生まれ変わってまで求めてくる相手だよ?」
酔っ払いきったトド松の発言はおおむね正しい。
一松とてカラ松の流されやすさは知っているし、そもそも一松が前世などと言いだしてもぴしゃりと断っていればこんな奇妙なこと続いていないはずなのだ。オレゼンセノコイツ、オマエノコトスキダッタ、イマモスキ。これでどんな『一松』でも拒否できないのだからどうしようもない。おまえが甘い対応するから何度も何度もあいつら出てくるんだろーが、と罵りたくともさすがに主原因としてカラ松に当たれるほど一松の面の皮は厚くなかった。
「でもさぁ! さすがにひどくない!? そもそもいくら前世っていっても俺じゃん!」
「お、一松センセーの演説入りました~」
「兄さんのターン! ドロー! ツースリーからのピッチャー振りかぶってぇ」
「野球が混ざってきてるよ十四松兄さん」
そうだ。ひどい。
いくら流されやすいポンコツといえどカラ松はひどい。
「前世でさ、やりたいことできなかった俺はそりゃかわいそうだけどさ、そんなの誰でもそーでしょ。だから来世に希望もったりしちゃうわけじゃない? そこをね? 唐突によみがえって美味しいとこだけ~ってのはなしでしょ」
「そーだそーだぁ!」
「お、自己批判から始めるのか一松らしいね」
「チョロちゃんなんでそんな面接官チックなの?」
「なのにさぁ、そんな昔の俺に同情してさぁ、強く出れないどころか優しくしちゃうから俺も調子のるんじゃん!? 花とか受け取ってる場合じゃないだろーがクソ松!!」
「別にいいじゃん花受け取るくらい」
「母さんも庭きれいになったって喜んでるしねー」
「働いて指輪とかさ、吐き気するんだけどマジで。なんなの。おまえ俺が隣で寝てないことに気づかないとかウケルし。給料三カ月分とか今時ないしそもそもおまえがいもしないカラ松ガールズとやらに渡す立場だろうに受け取っちゃってさ、大事にしまってさ、たまにこっそり指にはめてみたりとかはぁっ!? って感じだよね。なにぶってんの!!?」
「あ、カラ松まだ売っぱらってねーんだ」
「勝手に売ったら怒られまっせにーさん」
「本気であんたに気持ちを受け取ってほしいわけじゃないんだマフィアさんの代わりにはめているところ見てみたかっただけなんだ、とか明確に身代りって言われてますよクソ松兄さんあんたその頭カラッポすぎじゃないっすかって聞いてよほんと誰か。与えられることにあぐらをかいて伝えることができなかったから、ってふっざけんなどこのドラマの主人公のつもりだよどっかのしょぼい工場の社畜だろ、っあ゛ー!」
「わー動画どんだけ見たらそんな台詞覚えられちゃうわけイッタイよねー」
「っつーかやっぱ一途系じゃね、指輪の一松。俺あいつに賭けよっかな」
「俺は地味にカラ松がマフィアってのひっかかるんだけど。バラエティ豊かすぎない? あいつらの前世」
「だいたいマフィアさんってなんなの、職業にさんづけとかぜんっぜん親しくなくない!? なのに指輪とか勘違いも甚だしくない!!? せめてあの意味わかんないかっこつけとセットじゃないのマフィアなら! そんで社畜は社畜同士ってのが世界の常識でしょ!!!」
「あ、そこひっかかってたんだ細かい松兄さん」
「トッティそろそろ一松の名前で遊ぶのやめてやれよ。あとかっこつけってマフィアのドン名乗ってた一松かな」
「アンダーグラウンド()なのにカラ松にまだ手だしてないやつだよな~。新品とか好感度高くない?」
「ドン兄さん初体験は12歳だって!」
「マジか!? えー裏切られたぁぁぁぁぁ」
「つーか十四松いったいいつ聞いたのそんなゴミ情報」
好き勝手にさわぐ兄弟たちは心の底から他人事だから仕方ない。けれどカラ松は。カラ松だけは本当に。
「そもそも前世とかって弁護士名乗る怪しいのの言うことぺろっと信じちゃってさ、まあそりゃじゃあなんなのって言われたらわかんないし二重人格とか言われるよりマシかもだけど、でも、俺の、」
ひどい。
ひどいよ兄さん。
「俺の、言うことよりっ、……よくわかんないの、の、言うこと、信じて」
信じてるよと言ってくれるのは僕にじゃないの。
僕じゃなくても信じるの。
「……ぼくの、言うことっ、……じんじな゛ぃぃぃぃぃ」
バラが一番好きなんじゃないだろ他に名前知らないだけだろ知ってるんだよ馬鹿。
セフレとかなにしてんだよ本当は断って関係が途切れる方怖かったんだろ考えなし。
好きだって言われなくてもわかるじゃん見てよちゃんとしっかりこっち、なのに言葉にばかり翻弄されて。
そのくせ甘ったるい言葉を並べたてても聞いてくれない。ちっとも。
「ぼ、僕だってこないだからバイトしてっ、お金貯めてたし! 花でも指輪でもっ、おまえがっほ、ほしいなら贈れるのにあいつらがっ、ぐす、う゛ぅ゛ぅ゛」
「あーあ泣いちゃった~。チョロ松兄さんひっどーい」
「え、なに人のせいにしてんの!? 情緒不安定なのは一松の特技でしょ」
花なんて一松だって贈れる。育てた方がいいならそう望んでくれたら別にやるし、暇だし、ニートだし。
いっぱい口説くとかセフレは無理だけど話すことならがんばったらできるし、やるし、猫のこととかいっぱい。
指輪がほしいならそれだって買えるし。それくらいは貯め込んでるし、別に使う宛ないし、うん。
英語はそんなに得意じゃなかったけど今からだって基礎英語とか聞くし、ラジオで。イタリア語だってラテン語だってきっと基礎なんたらがあるし。気障ったらしいことはまかせるけど。
「ぜんぶできる……ぼくだってできる゛ぅ゛ぅ゛……な゛の゛に゛」
今の、現世のカラ松の『一松』はここにいる一松なのに。
この一松だけがカラ松の『一松』なのに。
カラ松はひどい。ひょいひょい出てくる前世の一松たちにほだされて優しくしてまた懐かれて、一松の分の『カラ松』をあいつらに分けてやってしまっている。あんなのの言うことを信じて一松の言うことを信じてくれない。
「ん~、でもさぁ一松。あいつらにはカラ松しかいなかったじゃん? おまえには俺らもいるだろ? じゃあちょっとくらい『カラ松』分けてやってもおまえの方がお得じゃね?」
酔いに任せて溜まっていた鬱憤を吐き出しほんの少し落ち着いた一松は、のんきに口を開いたおそ松の言葉をじっくり吟味した。
確かに天涯孤独とか、兄弟の存在どころか人との縁を感じない生涯を送っていそうな前世ばかりだった。同じ顔が揃っているのを見て驚いていたから六つ子ではなかったのだろう。一松の世界のほぼすべてである兄弟がいなくてカラ松だけであったなら、それは執着するのも仕方ないことかもしれない。
「希望のない毎日にさ、ぽつんと現れた光があいつらのカラ松なわけ。そりゃ必要としちゃうじゃん? ね? だからここは大人になって班長に譲ってやってみるとかどうよ」
「あってめぇ卑怯な手使いやがって! 一松一松、マフィアのドンって孤独だろ、そこを考えなしの馬鹿にほだされちゃうパターンでどうかな!?」
「そういうパターンですとやはりジェイソン氏が有利かと思われます」
「わぁ十四松兄さんメガネ似合うね」
「……ねえ待ってみんな賭けるのいいかげんにして、あと十四松はメガネ松代のとこに返してきて、つーか執着まではありとして、なんで友情で留まってないの。なんですぐ肉体関係築いちゃってんのあいつら!?」
そこが大問題なんですけど!!! と叫べばそれは前世松兄さんの責任だからとトド松にあっさり反撃をくらう。つらい。まったくもって一松の責任ではないのにどうしてか責任を負わなければいけない気がひしひしとする。
「いやほんとマジ勘弁……クソ松だぞ? 同じ顔した兄弟とか本気でどうなの……」
「だいじょーぶだよ兄さん! 前世松兄さんたちはみんな他人だったんだし!!」
「うん、いやそこを否定してほしいわけじゃないんだけどありがと十四松……」
「え、でもじゃあ単に同性ってだけでしょ? それぞれのカラ松兄さんも受け入れてたんでしょ、じゃあ別にいいじゃんね」
「そりゃそれぞれで終わってればいいよ!? 問題ありませんよ!!? 俺はっ、俺達を巻き込むなっ、て話を」
「カラ松兄さんはオッケーしてるでしょ」
「え」
なにを。
「あれ、一松聞いてなかったっけ? おまえの前世がどうやったら落ち着くか」
「あはは~、今はまったく落ち着いてませんもんなぁ!」
「十四松けっこう怒ってるの? どっか怒るとこあったっけ? わっかりにくいなおまえ」
「怒ってはいないけど面倒だなとは思ってるよ、そりゃ僕たちだって」
「えーなんで末二人でぷんすかしてんだよ、おまえらモンペにも程があるぞ」
待って。ストップ。お願いシンキングタイム。
一松には前世がある。唐突に出てきてそれが当たり前のように受け入れられたからつい流していたが、そうだ、他のみなにだってあるはずなのに出てきていない。
前世たちはそろってカラ松を求めた。そうだ、伝えることができなかったからと言わなかったかあいつは。あいつらは。自分ができなかったことが心残りで。
つまり前世がこうも頻繁にとびだしてこないようにする、には。
「前世のおまえが今のおまえのっとってまでやりたかったことをかなえてやればいーんだよ」
花を贈って指輪を贈って偶然を装ってでも傍に居続けてなんだって願い事をかなえてやって。甘い言葉を告げて。誰のものになっても誰のものでなくてもずっとずっとずっと、自分のものにならないカラ松にそうしてひとりよがりの好意を贈って贈って贈り続けて。
いつかのいつか、俺だけの『カラ松』に。
「……え、クソ松オッケーしたって、どーゆーこと」
「だーかーらー、いつものクソな兄さん節だって。俺でできることならなんだってするぜブラザー! ってやつ」
「弱いもんねあいつこういうの」
「え、でもできることって、え、あいつらの望みって」
口をパクパクさせることしかできない一松に、からりと笑って十四松が断言した。
「セクロス!!!」
「っ、ダメダメダメなにそれ絶対ダメありえないなしなしなしでしょそんなあいつ馬鹿なのクソなのああクソだったそんな同情とかで俺とするとかそんなの」
「一松にーさんとじゃないよー」
「でも身体は俺だしそもそも前世ってことはまあ俺だしいや俺じゃないけど俺はぜんぜんクソ松とそんなあのそういった関係になりたいとか思わないっていったらいやそれはそんなまあそりゃ僕だって欲望は人並みにあるっていうかお願いしますじゃなくてあのだから」
「おまえとヤるのは勘弁だから前世たちが迫ってきても止めろ、って言っておけばちゃんと止めてくれるよカラ松だって。あいつ力だけはゴリラだし」
「いやそういうんじゃないと申しますか僕だってあちらがいいならやぶさかでもないっていうかでもそんなだって兄弟だし男同士だしなんであいつらはそういうこと気にしないのかっつーかそもそも妻子持ちに手出してるとかサイテーかサイテーじゃんか僕どうしよう子供がかわいそうだよおまえのとーちゃんほも……俺浮気相手……え、浮気とか地雷なんですけど……生涯一棒一穴主義なんですけどちょっとどうしようつらい特にあの弁護士絶許だねえ死人呪うのってどうしたらいいんだっけ」
「闇松兄さんの主義はどーでもいいんだけどさ、前世松兄さんたちってあれで打ち止めかな~。もっとでてきそうな気もするんだよね」
「あ、だからまだ仕分けてなかったのトッティ」
「うん、トッティ呼びやめてね十四松兄さん。ほら、もっと同情しまくるしかない前世松兄さんでてきたらさ、そっちにころッといっちゃいそうでしょ」
「待って待って待って俺の人生これ以上弄ばないでつーかねえ今の俺も結構同情するべきじゃないのいきなり兄のこと好きだったって人格がよっつもでてきてんだけどこれなんなのしかも落ち着かせるにはセ、いやあのセ、セックス、とかそんなちょっと俺の身体で意識がない時にしても童貞卒業になるのってゆーかこれ睡眠姦!?」
「気づいた! みたいな顔しないでよ変態松兄さん」
「だってトッティ憧れの睡眠姦」
「憧れだったんだ!?」
「通常はヤられる方が寝てるパターンですなーこれは新しい」
「ねえなんでちょくちょく十四松は解説ポジになってんの」
わあわあと騒ぐ四人の隙間を縫って、じゃあさ、と響いたのはおそ松の声。
いまだ眠り続けているカラ松の隣にいつの間にか座っていた兄は、じっと一松を見て口を開く。
「おまえはいいんだ、一松。おまえの意思じゃなくおまえのお兄ちゃん抱いちゃうけど、それは関係ないから仕方ないってことで」
一松の。この、現在の、今の。ここにいる一松の意思はまったくなくカラ松を。
「トド松じゃねえけどさ、こいつ同情でなんでもしちゃうよほいほい。なんせかわいい弟の顔して中身はその弟の前世だっつーの、しかも自分の前世と関わっててさ、おまえがいいおまえがほしいって言ってくるの」
違う。
だってあいつらは、前世の『一松』たちは同じ自分の知っている『カラ松』が良くて。
じゃあ今のこの眠っているカラ松は、あいつらの求めている『カラ松』じゃなくて。
でも。
「や、でも、違うし……こいつじゃないって、わかってんじゃんかあっちも」
「うん、わかってて“できなかったことをしたい”んだよな」
「そんな、いやでもさすがにクソ松だってそんな」
「俺にできることならなんでもやってやるぜブラザー! 任せろ!! とか言わないのってうちの次男じゃなくない?」
「……ないね」
流されやすくて頭カラッポで弟に激甘の、優しくて優しくて優しいどうしようもない考えなしの馬鹿が松野家の次男で、いまだに寝転がったまま平和に惰眠をむさぼっているこの男で。
つまりは「子供できるわけでもないしな!」などと口走って尻のひとつやふたつ差し出してしまう可能性が。なおかつそのまま絆され流されしてうっかり愛情なんて抱いてしまったりする可能性も。一松の身体で。一松とは違う中身と。
「っざけんなダメ絶対自分の意思はっきり持って!!! 俺の身体はお れ の! 意思で動かすしクソ松とやるためにレンタルとかねーしそもそもおまえらがちゃんとその場その場で気持ち伝えて未練なくしときゃこんなややこしーことなってねーんだよクソったれ!!!!!」
「ひゅー兄さんブーメランっすねぇ」
「来世来世って言ってた男の言うことじゃないよねえ」
「うっさい野次馬!! いいからおまえら黙ってろ!!!!!」
だって現世でかなわない願いなら来世にかけようと思ってしまう。それを弱さと呼ぶのはあわれだと一松は思う。わかる。わかってる。
でも、それならって前世に出てこられても現世としては困るしかないじゃないか。
花も指輪も甘い言葉も約束も、なんでもかんでも贈ってそれで。それで首をかしげられて。どうしたんだ、ってきょとんとした表情で問われて。ねえ、ぜんぶ、あんたが喜ぶかもしれないって考えて必死にいろいろがんばって、それで兄弟だからってまとめられて。どれだけ好意を伝えてもすべて血のつながりのためだって理解しかされないで。
「っつーかあいつらの贈ったもんなんかぜんぶ僕がやったことあるからな! ばっかじゃねーの二番煎じがふっざけんなガキに負けてんじゃねーよ、あー笑える! クッソ腹立つ!!」
「え、マジマジ? それお兄ちゃん知らない系??」
「小学生の頃とかじゃん。小さな恋のメロディーってやつだよまだ兄さんが純粋だった頃ね」
「あ、夜店の指輪系? じゃあ売れねえじゃん」
「そこまで安定してクズいと安心するわおまえ」
「チョロ松なんでお兄ちゃんにそんな辛辣なの? 泣くよ??」
「あいつほんと頭カラッポだからな! 好きって告っても俺もだぜブラザーって言うんだぞチクショウおまえらにあのやるせなさがわかるのか他人のおまえらに!! 最初っから対象外なんだぞおいこら!!! なーにがずっと一緒に居たい同じ世界で生きたいいつまでも絶対に切れない関係でいたい命のやりとりをおまえとしたくないだクォラ!!!!!」
ぜんぶかなっているけれどやっぱり来世に願いをかける。
一松にはそうすることしかできない。
だってカラ松は家族の一松を愛してるのに、愛してるから、ちっともなにひとつ信じない。
「あいつらの告白は信じるのに! ぼ、ぼくの! すきっていう、の……っ、なんで信じないんだよクッソまづぅぅぅぅぅ」
こんなの来世に期待するしかない。
◆◆◆
「ありゃ~一松寝落ちた?」
「叫び落ちじゃない? あんなに騒々しい寝落ちとかおこがましい」
「そもそも前世一松たちの願いがカラ松とのセックスとか誰も言ってねーよな。絶対こいつ自分がヤりたいから思いこんでるよ」
「兄さんたちセクロス!?」
「うんそういう方向に向かいそうだよ十四松兄さん」
「なあそんで誰が勝ちなわけトド松ぅ~」
「やっだな、賭けにならないよこんなの。だって前世松兄さんたちってばみーんな現世の自分にがんばってほしかったんだから」
「だよねー。しゃーねーからシコ松の奢りで飲みいっちゃう!?」
「ざっけんな長男死ね」
「で、現世松兄さんはああ言ってましたけど寝たふり松兄さんとしてはどういったご返答を?」
「わ~カラ松にーさん顔まっかっかですぜ」
「……いいからおまえら……黙ってろ」