SGR

「BSS?」
「ボクの方が先に好きだったのに、っていう、自分の方が先に好きになったのに違う人と結婚しちゃうかなしいお話なんだよ」

この間ルリから聞いた新知識を披露すれば、千空は呆れたように鼻をならした。

「んだそりゃ。好意に先も後もあるかよ。んで? SSRスイカ様は一体全体なんでそんな話聞いてきてんだ」
「それ! 千空やゲンが言うSSRみたいな言葉が他にあるかなって巫女様に聞いたら教えてくれて」

挑むならクロムが五歳の頃から好きな食べ物と初めて拾った鉱石の名前を言ってからにしなさい、と妙に迫力のあったルリのことは口にせず、スイカはそっと本棚の本を手に取った。
紙ができてから本ができるまでは早かった。千空の研究室には色々な種類の本が置いてあり、遊びに来るたびかりるのが楽しみだ。

「あ゛ぁ、そりゃテメーはスーパーでスペシャルにお役立ちなレアカード様だからな」
「お役に立ててたならすっごく嬉しいんだよー!」

何もできない子どもなのに一人前のように扱われて嬉しかった。なんでも知っていて教えてくれるすごい人なのに、頼ってくれるからもっともっとと張り切って。
石神村の頃を思い出し懐かしい気持ちになったスイカは、もう手に取らなくなって長い本を見つけ、つい引き出した。字を覚えたての子ども用の絵本。きっと他の本に紛れてしまわれたのだろう、懐かしい。
ひらりと本の間から何かが落ちる。写真だ。
スイカのマスクをかぶっている幼い自分と珍しく薄着のゲンが、海辺で笑っている。二人ともカメラに気づいていないのか、視線はこちらに向いていない。
船を作っていた頃だろうか。記録だ、と南が張り切ってあちこちでシャッターを切っていた。
初めてのことに最初は戸惑っていたスイカ達も、なんだかんだしょっちゅう撮られているうち慣れて気にしなくなって。

「千空、これ」

スイカに渡すつもりで忘れていたのだろうか。PCの画面をのぞきこんでいた千空は、写真を目にした途端ヒュッと息をのんだ。

「あ゛~……その、後ろめたい事には使ってねえから見逃しちゃくれねえか」

予想していたのとはまるで違うセリフに、スイカは首をかしげる。
後ろめたいこと。
使う。
見逃す。
スイカとゲンの写った、今となってはピントの甘い古ぼけた写真にどんな役割があるのだろう。純粋に答えを知りたくて向けた視線からなぜか目をそらし、らしくもなく千空はしどろもどろに言葉を紡いだ。

「誓ってそういうことにゃ使ってねえ。いや、思い出したりは、その……そこまで厳密にしちまうとアウトだが、ちゃんと手も洗ってから写真には触れてるし問題はねえ! ……かと、思うんだが」

確かに写真を見るとその時の事を思い出す。これは遊びに行こうと海に連れられた時のもの。この時までスイカは、海が遊ぶ場所だと考えたことがなかったのだ。泳いで沖に出られない子ども達は、打ち上げられた海藻や貝を拾うのが役目で。
海辺にあった木の枝は流木というのだとゲンが教えてくれた。どこか遠い、石神村じゃないところで生えた木の枝が海を渡って流れ着いたのだと。スイカの知らない木。知らない遊び。
カニを追い、砂で山を作り、海水を汲んできて流した。どれも食料にならず、持って帰っても何の役にもたたない。ただ視界に入ったから追った。楽しかったから作った。最後には崩して平らにしたから、本当に何も残らず。
ひたすら楽しかった記憶だけが残っている。スイカの中に。

「いや待てみなまで言うな。そうだな、自分が写ってねえ写真持ってるのは怪しんでくれって言ってるようなもんだ。だが、こう、同じ科学王国メンバーだし」
「千空」
「なんの関係もねえとは言えないというか」
「千空」
「そもそもこんな腕だしてんのが珍しすぎるんだが写真に撮られるとか油断しすぎてねえかっつー話で」
「千空!!」

大樹くらい大きな声で呼べばやっとスイカを見た千空は、ぱちぱちとまばたきをした後、あからさまに顔をしかめた。やっちまった、の顔だってことくらいもう大きくなったスイカはわかるのだ。

「まだスイカ、何も言ってないんだよ」
「言わねえでいてもらいたいが……ダメか」
「千空のお願いはききたいんだよ。でもスイカ、肉親でもない子どもの写真を隠し持っている人間とはなるべく穏便に悟られないよう距離をおきなさいってゲンに言われてて」
「正しいが待て! メンタリストの意見は正しいし俺もその場合は離れろ一択だっつーが、今回はちっと待ってくれ!!」

いつもまっすぐ人を見る千空の視線が揺れる。
天井、床、右の本棚からのもう一度天井、左側のドアを助けを求めるように見てから、最後にやっとスイカ。

「あ゛~……その、こういう言い方はなんだが、その写真の目当てはスイカじゃねえ」

目当てだと言われたら本格的に困ったな、と思いつつスイカは先を促すようにうなずいた。

「……ゲンが、写ってんだろ。だから」

だんだん小さくなる声に首をかしげるしかない。
ゲンは今、エンターテイメント盛り上げちゃうよ、とテレビにショーに忙しく働いている。雑誌にもたくさん載っているし、テレビで見ない日はない。複数のSNSで自撮りも披露している。今のところ、世界で一番写真を手に入れやすい人間じゃないだろうか。
仕事ではなく、プライベートのものがよいのなら。

「ゲンのスマホに千空との写真いっぱいあるんだよ?」
「あれはちげぇ。もっとこう、気の抜けたふにゃけた面したやつだ」

俺と一緒のは顔つくってやがるだろ。
口にしてから言う必要のないことだったと自覚したのか、あーだのうーだの言葉を選んでいるのが妙におかしい。顔を作っている、なんて。あれはゲンの努力だ。
ちょっとでもマシな顔で写りたいじゃんあんなゴイスー美形の横でさぁと嘆いては、千空は別に気にしないだろうとコハクに喝を入れられている。どんな表情でもゲンらしくていいとスイカは思うのだけれど、そういうものではないらしい。恋愛脳ってやつよ、とウインクしたゲンは少し照れくさそうだった。
写真の、ふにゃけたと称されたゲンの顔。スイカに向けられた慈しむまなざし。こんな目で見てくれてたのか。見守って、くれていたのか。マスク越しでは見えなかった表情に、胸がふわふわあたたかくなる。
千空の言いたいことはわからないでもないが、直接伝えればいいんじゃないだろうか。こんな写真を隠し持ちなどしなくとも。

「あいつ、こっちにゃそんな面向けねえだろ」

世界で唯一、ゲンが他の誰にも向けない表情を向けられる男がなにを。
拗ねた声音にスイカは笑いをこらえきれない。

「笑うなよ」
「だって千空、子どもみたいなんだよ」

もっとずっと、なんでも知ってるすごい人だと思っていた。わからないことをなんでも教えてくれて、スイカの想像もつかないことばかりして。本当に最初ちょっとだけ、神様みたいなんて思ったことがある。くっきりきれいな世界をくれた時に。

「恋愛脳ってやつは非合理的だわ、ジーマーで」
「ゴイスーなんだよ」

目を合わせてにや、と笑いあう。
ああ、こんなこともできるようになった。たぶんきっと、スイカが大きくなって、千空はすごくなくてよくなった。
好きな人の珍しい表情が見たくてこっそり写真を持っておくなんて、きっと神様はしない。そんなことするのは恋愛で浮かれているただの。

「スイカはSSRで、巫女様はBSSって言ってたんだよ」
「いいのかBSSで」
「なんか負けないからいくらでもかかってきなさいとかなんとか」
「すげぇな」
「で、千空とゲンはSGR!」
「ほーん、その心は?」

千空とゲンは恋愛脳!!

ゲンみたいに両手を広げて写真をひらひらさせれば、目の前のただの男の人は腹を抱えて大笑いした。