本日は良いお日柄で

「いいお式だったよねぇ。杠ちゃんドレス手作りしたんでしょ、ゴイスーだよね」
「大樹は式場作るのに協力してたぞ」
「究極の手作り結婚式じゃん!」

晴天の元、花で飾られた机と椅子を並べただけの式場で参列者に愛を誓った二人はそりゃもう幸せそうだった。
子供たちが花びらを撒き、歌い、フランソワちゃん渾身のウェディングケーキをお互いに食べさせあって。
本当は、結婚式場ができてから式をするという案もあったそうだ。大樹ちゃんと杠ちゃんのご家族も復活して、それから落ち着いて考えればいいと。
ただ二人からは、今、皆に誓いたいと希望された。ホワイマンの脅威もなくなり、科学王国の皆はそれぞれの道に進みだす。その前に、皆に。共に歩んできた仲間に誓いたいから、と。
そう願われれば誰も反対なんてできない。なんせ嬉しい。ひたすらお互いを思いあっていた大樹ちゃんと杠ちゃんの恋の行方は、ハッピーエンドとわかっていても科学王国民の注目の的だったのだ。確かに今後、皆が集まるのはどんどん難しくなっていくだろう。海外や海底、宇宙なんかに飛んでいく人間ばかりなんだから。

「……節目、だよねぇ」
「あ゛?」
「皆、それぞれの道を行くんだなって」

二人の結婚式は、復興の始まりの明るい灯のようだ。
人類の脅威を打ち破り、今日この日からそれぞれの未来に歩いていく。
これからは敵のことなど考えず、唆る科学一筋に突っ走るだろう千空ちゃんはまだ鼻をぐずぐずさせている。花婿と花嫁の家族と親友役を全部こなした少年は、式が始まる前から「花粉症だ」とまばたきばかりしていた。
ああ、もう少年じゃない。青年だ。同級生が結婚するくらいの、青年なんだ。

「今度こうやって皆で集まれるの、いつになるかなぁ」
「さっき別れたばっかじゃねえか。気が早えな」

俺はしばらくうんざりだわ、と相変わらず思ってもいないことばかり口にする。
案外寂しがり屋で人恋しいタイプだって、皆知ってるからいいけれど。これから知り合う人達には、初対面もう少しとりつくろった方がいいと思うけどなぁ。
まあでも、俺が考えなくてもいいことか。科学王国のメンタリストはこれで終了。今後はマジシャンとして皆の結婚式に呼んでもらおうかな。

「じゃあ千空ちゃん、元気でね」

年に一回くらい石神村に集まる機会作ったら、参加してくれるかな。
村長だから、やっぱり顔見たいと思うんだよね。アルミちゃんとか言わないけどたぶん。

「俺ともまた遊ぼうね。週に一回くらい!」

多すぎだろ、と笑い飛ばされるつもりで口にしたジョークはなぜか真剣な顔と指先を立てる仕草に迎えられた。あれ? 今ドンするところあったっけ? 月一は本気度がにじみ出るかなって冗談にできる週一にしたんだけど。

「……遊ぶってなにするんだ」
「え、え~と……ごはん食べたり、お酒のんだり?」

あ、そこ? そこに引っかかっちゃってんの??
確かに俺たちは、共に過ごした時間は多くてもあくまで生活だった。改めて遊ぼうと言われて混乱しちゃうのも仕方ないかもしれない。

「別にそんな難しく考えなくても、久々に会おうねってことだよ。自分の近況語ったり、相手のこと聞いたり、そういう」
「同窓会みたいなもんか?」
「それそれ! そういうのやりたいよね、年に一回くらい。村でどうかな、俺幹事やるよ」

先ほどまで考えていたことが形になりそうでつい熱をこめて語れば、好きにしてくれとあっさり村長の許可が出た。村のじじばばが死なないうちにな、なんてまた悪ぶる。
皆が集まる機会なんてなかなかないから、今のうちにざっくりと日付を決めてしまおうか。頭の中で予定を組みだした俺を、トントンと肩を叩いて千空ちゃんが呼び戻す。

「で、テメーのは週に一回なのか」
「なに? 俺の?」
「飯食ったり酒のんだり、が週に一回って言ってたろ」

ん? あ~、遊ぼうねっていうのまだ考えてたんだ。脳を並列に使うっていうの未だにわからないけど、たいしたことない事も考えてるの大変そうだねぇ。

「も~、あんまり引っ張られたら恥ずかしいじゃん。乗りツッコミにしてもさ、もうちょっと勢いよく乗ってくれないと」

受けなかったジョークほど恥ずかしいものはない。
流してくれてもいいでしょと絡めば、なんでだと真顔が返ってくる。ああもう、ジーマーで勘弁してよ。これ説明するの? 俺そこまで悪いこと言ったっけ?

「ハイハイつまんないこと言って申し訳ございませ~ん。週一は多すぎるだろ、ってツッコミ待ちだったんだよ、一応」
「いや、少ないだろ」
「は?」
「適正日数は週七だわ」
「え?」
「ちーっと目離したらすぐふらふらあちこち行っちまうだろ。飯食うならとりあえず毎日顔合わすっつーことだから、まあ妥協内だな」

ふらふら? 毎日顔を合わす??

「千空ちゃん……? なんかちょっと話がわかんなくなってきたんだけど」
「あ゛? テメーが言い出したんじゃねえか」
「うん、俺が振った話題のはずなんだけど予想と違う跳ね方してるっていうか」

これからそれぞれの道を歩いていく俺たちは、当然活動する場が違うから離れて暮らしていく。だから、たまに顔を合わそうね。これはおかしな話じゃない、はずだ。
わりとつきあいも長いんだし、月に一回くらい誘ってもいいかなというのは俺の希望だけど。いや、都合がつかない時もあるだろうから実際はもっと会えないんだろうけど。

「まあそうだな。毎日顔合わすならいっそ一緒に暮らす方が理にかなってるな」
「……理に?」
「まだしばらく日本だろ、テメー。そのうち海外も考えてんのか?」

やっとわかる話題になったので頷く。マジシャンとして活動するにしても、いきなり始められるわけじゃない。観客がいなけりゃショーが始まらないんだから、まずはエンタメの地盤を固めて。

「じゃあどっかに腰据えるってなったら早めに教えろよ。なるべく近くの研究所に行けるようにするから」
「待って、じゃあってなに!? なにひとつ話がつながらなかったけど!!」
「テメーの腰据えた国に行くっつー話だが? 一緒に暮らすって言っただろ」
「いっ、てたけど!」

オッケーしてないよ!?
日本に居る間一緒に暮らそう、はまだ理解できる。なんだかんだこれまで共に過ごしてきたのだ。皆が離れ離れになったうえ突然の一人暮らしはさみしいのだろう。
でも海外ってなに。
いや、俺は将来そういうこともあるかも、くらいは考えてるけど。日本にこだわりがあるわけじゃないし、ショービズの世界にどっぷり浸かったり、あちこち渡り歩いて流れのマジシャンも楽しそうだなとか。……酒の席で語ったことはあったな、うん。
いやいやいや、でもそれは俺一人の話で。
今の、どう聞いても千空ちゃん一緒についてきてるよね? 俺の行く国の研究機関に入ろうとしてるよね??
なに? ずっと一緒に暮らすって話にいつからなってたっけ。というかたまに会おうねってだけの話じゃなかったっけ。

「無理でしょ。俺いろんなとこから恨まれちゃうじゃん」

復興の立役者に来てほしい国なんていくつもある。ちゃんと自分で考えて決めなよと促せば、フリーでやるから平気だ、なんて。そういうのアリなの?

「でもね、男同士のルームシェアが気楽なのはわかるけどずっとそれじゃ続かないでしょ。慣れた顔を見なくなるのがさみしいのは当然だけど、だんだんそういうものだってなるよ」
「……続かない」
「しばらくは一緒に暮らして、適当なとこで一人暮らしにチェンジするのはどう? 俺もいきなりは慣れないし」

至極当然の俺の提案は、またドンしてる千空ちゃんの耳には届かなかったみたい。
そんなに考えなきゃいけないことあったっけ? でも離れるのがさみしいって思ってくれてるのは正直嬉しい。たんに慣れの問題でも、浮かれてしまうのは仕方ない。だってこんなの、まるで好かれてるみたいじゃん。これからはこういうちょっとしたラッキーがなくなるんだから、今くらい素直に喜んでおいても罰は当たらないでしょ。

「ゲン」

考えがまとまったらしい千空ちゃんが珍しく俺の名を呼んだ。
悪いこと考えてなかったら本当、整ったきれいな顔してる。珍しい赤い目も、まっすぐ伸びた背筋も、のびやかな声も。きれいなものばかりでできている、俺の特別な男の子。

「結婚するぞ」

全人類の復活なんて夢みたいなことばかり言って。

「妥協案じゃやっぱり足りねえわ。顔あわせて飯くうなら、もう籍も一緒にするぞ」

夢みたいな、っていやだから待って待って待って。俺いま結構エモナレーションを。っていうかだからなに!? 話が飛びすぎ、一貫性がない、意味がわからない。

「……千空ちゃん、俺にもわかる言葉でお話して」
「ずっと一緒に居たいから結婚してくれ」
「唐突!」
「そういう話してただろ?」
「いきなりの一人暮らしはさみしいから気楽なルームシェアのお話ならしてたね」
「結婚を前提に同棲から始めりゃいいのか?」
「そこ! なんで急に愛だの恋だのが入ってきてるの? 同居、の話だったよね!?」

一番の問題点を指摘すれば、ムッと下唇を突き出して拗ねたような顔をする。かわいいからってごまかされてやらないんだからね。

「俺は最初から愛だの恋だのの話をしてる」
「え」
「勝手になかったことにしてるのはテメーだ。週七が適正日数だ、毎日顔を見たいって言った」
「や」
「惚れてもない相手とずっと一緒になんぞ、居たくねえよ」

結婚式で気分も盛り上がってるだろうしちったぁ流されてくれるかと思えばこれだ。ぶつくさ文句を言われても対応できない。だって。だってそんな。

「……俺たちわりと、ずっと、一緒にいるけど」
「だからそういうことなんだよ」
「つきあって、ないし」
「見合いしたと思えばいいだろ」

あまりの強引な理屈にふきだせば、またぶすくれた顔をする。ねえ、照れくさいの隠すの下手なの、知ってたけどかわいすぎない?
まあ、そうだね。今日は最高の結婚式があったくらいの良いお日柄だし。幸せ気分もお裾分けされてふわふわ浮かれちゃってるし。
右手を差し出せば、千空ちゃんも右手を出してきて握手になった。そのまま俺の左手にバトンタッチすれば、戸惑ったように右手が固まっている。

「っふふ、逆、逆。まず手をつなぐところから始めようよ」

おつきあい初日じゃん、と笑えばやっと眉間のしわが伸びた。
本日はお日柄も良く、どうも俺はお見合いをしたらしく、結婚を前提にした婚約者ができました。