「吸わせてくれ、ゲン」
「なにを!?」
睡眠不足でよれよれになった千空ちゃんのはしょりすぎた説明を繰り返し聞いてなんとか理解したのだが、つまりは癒しが欲しいということだった。
いい加減眠らなければさすがにまずいが、脳が覚醒しているためうまく眠れない。副交感神経を優位にさせるためリラックスしたいから協力してほしい。そう最初から言えばいいのに、とは思うが三徹目らしいので今回は大目にみる。
天文台に顔を出した途端いきなり上着をひっつかまれ、吸わせろと迫られた時は何事かと思った。
「それにしても千空ちゃんが猫吸いを知ってるとは思わなかったな。猫、好きなの?」
「好きだ嫌いだは考えたことねえな。とりあえず猫の腹に顔うずめりゃいいんだろ」
「大雑把~! って犬はチョークがいたけど猫って誰か飼ってたっけ?」
「いや、飼ってねえ。そもそもストーンワールドで猫が生き延びてるかも怪しいな。野生化したのがいるかもしれねえが、人間に腹なんぞ向けちゃくれねえだろうよ」
「え、じゃあどうするの。チョークかサガラにお願いする?」
猫でなくともかわいい動物にふれあえばいいだろうと提案すれば、首をかしげられる。
「だからテメーに頼んでんだが」
「んん?」
「俺の知る限りテメーが一番猫っぽい。だから吸わせてくれ」
待って俺が猫役だったの!?
ありえないと否定しようにも、千空ちゃんは目の前で大真面目な表情を崩しもしない。これは本心から言ってる……俺の何がどう猫っぽいのかはわからないけれど、まあ犬か猫かと言われたら猫かもしれない。蛇とかコウモリなんかの方が言われ慣れてるんだけど。
いやそれはどうでもよくて、ええとつまりこの子は俺の腹に顔をうずめて深呼吸したいと。そう希望を。
「……ダメでしょ!?」
「なんでだ」
「いやいやいや絵面が! そう、あの、ほら猫吸いはさ、猫のお腹のやわらかい毛とかふわふわの感触とか体温で癒されるわけでしょ? あと猫のにおいとか!? 俺にはどれもないから!」
「……毛はない方がすべっとしてていいんじゃねえか?」
「服を脱ぐ前提なの!?」
「別にそれはテメーの好きにしていい。とりあえずじっとして吸わせてくれりゃ」
限界に達しているのか、千空ちゃんの言動がふわふわだ。たぶん俺の言ってること、耳には入ってるけど理解してない。これ説得しても無駄なやつ。
「わかった。でもさすがにこのままじゃ俺が嫌だからちょっと待ってて」
「なにが嫌だよ? なんかやることあるなら」
「千空ちゃんはおとなしく寝てて! 俺は用意があるから!!」
だから眠れねえんだって、と文句を述べる少年を床に転がし自分の上着をかける。目を閉じて温かくして動かなかったらワンチャン眠気が来るかもしれない。そうじゃない時のために一応準備はするけれど、このまま千空ちゃんが寝てくれたらそれが一番いい。
◆◆◆
そろりと天文台を覗けば、遅かったなと声をかけられた。
千空ちゃんは俺の上着を肩に引っ掛けたまま、何かの設計図を描いている。おとなしく寝てなって言ったのに。
「で、もう吸ってもいいのか?」
「……いいよ」
お風呂は無理だったけど川で水浴びはしたし、洗濯済みの服に着替えもした。これならたぶん臭くはないはず……おそらく……きっと。
さすがに俺も、におい嗅がれて臭いって言われるのはショックだ。一応それなりに清潔にはしてるつもりだけど、石化前を思えば、ねえ? あぁ、いい香りの花とか仕込んでおけばよかった。在ることがばれないようになるべく匂いの薄い花を選んでるのが裏目にでちゃった。いや、でもさすがにいきなり千空ちゃんに吸われるとか想像もしないわけで、いくらメンタリストといえ推測できることとできないことが。
「ゲン」
「っ、はい!」
「別に取って食やしねえよ。おら、びびってねえでこっち来い」
「眠いのに寝れない~なんて言ってるオコサマ相手にびびったりするわけないでしょ」
隣に座った途端、待ってましたとばかりに胸元に抱きつかれる。
痛い! 固い! 熱い!
骨が目立つ成長途中の体が勢いよくぶつかってくれば痛いばかりで、そのくせ眠いせいか湯たんぽでも抱いてるんじゃないかと思うほど温かいから、つい受け止めてしまう。
ゴソゴソと胸元で服に頭を擦り付けている仕草が妙に動物めいていて、ついうっかりときめく。
かわいい。
なに。なんなのこの仕草。こんな男子高校生いる? かわいすぎない??
内心もだえる俺をよそに、パッと顔を上げた千空ちゃんはとんでもない爆弾を投げつけてきた。
「……いつもより落ち着かねえな」
「は」
「匂いがなんか……テメーさっき水浴びでもしてきたのか? 別にそのまんまでよかったのに」
「え」
すう、と深い呼吸をして眠りに落ちていく千空ちゃんを起こさないよう両手で口を抑えた俺ほんとえらい。ゴイスーできる男。
いつもってなにさ!?
いつもって??
◆◆◆
以降、意地でも毎日水浴びと洗濯を欠かさなくなった俺はさすがきれい好きと女性陣から褒められまくり、影響を受けた男性陣もこれまでよりは水浴びの頻度が上がった。
しばらくの間は納得いかない顔をしていた千空ちゃんも、頭を撫でるというオプションをつけることにより俺を吸わずとも眠りにつけるようになった。
かくしてリラックスするための猫吸いならぬゲン吸いは営業終了、めでたしめでたし。
「テメーにネコになってもらいてえんだが」
「千空ちゃんまた眠れないの? 猫吸い、そこまでリラックス効果高かったっけ」
「いや、あれはあれでまた頼みたいが違う。ゲン、なあ、ネコ側になっちゃくれねえか?」
「…………猫は、ストーンワールドには、いません」